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リロード  作者: 黒十二色
第二部:RE LOAD
33/125

Chapter12 ピンク色のマグカップ

視点:山田ひろみ→高島さき

 皆が元気に楽しくなればいい。そう思った。


 ほかの女子達とは、ほんの少し、ほんの少しだけ距離ができてしまったけど、元々そこまで近くもなかった。


 あたしは加賀君たちが好き。


 無理矢理にでも近付きたいくらい。

 それだけは間違いなかった。


「――ばか」


 あたしはそう言って、溢れていた涙を袖に退場させた。


 だって馬鹿なんだもん。加賀君も、あたしも。


 二回も叩いちゃった。加賀君のこと叩けるような立場じゃないのに。


 級長さん……蔵野まちは、みやこちゃんを殺したらしいのに……。

 加賀君が彼女を許せるわけないのに……。


  ★


「今日、ヒロアキの家に皆で行っていて欲しいんだけど……」

 蔵野まちは……まちはそう言っていた。


「あの家に人を上げるのか…」

 と、山田君。


「私は少し用事があるから、後で行くわ」


「用事?」


「ええ、ちょっとね、だから先に……」


「わかった。じゃあ先に……」

 山田君はあたしと加賀君の背を押して歩き出す。


 帰り道で、あたしが言う。

「あの娘が、みやこちゃんを、その、殺したの?」


「……イエスだ」

 山田君はそう言って俯いていた。


「だけど約束したんだ。もう二度と、誰も殺さないって。霧野みやこを殺してそれに気付いたって」


「…………」

 あたしは、歩きながら昔のことを思い出していた。


 この世界に生まれて、あたしという記憶が生まれたのは、いつだっただろうか。


 死ぬとか生きるとか知らなくて、ただ生きていた頃。


 ぼやけた記憶がある。

 あたしは施設に預けられていたんだと思う。子供が大勢いて、そこの皆と笑っていた。楽しかった。


 あたしはそこで、お父さんとお母さんに出会った。優しい人。二人であたしの手を引いて、二人があたしに笑いかけるので、あたしも笑った。あたしがこのことを憶えていることを、二人はきっと知らない。


 あたしが、弟か妹が欲しいって言ったとき、二人は悲しそうな顔、寂しそうな顔をして、「子供ができない病気なの」と言った。


 それを聞いた後あたしは、きょうだいが欲しいなんて、言えなくなった。


 お父さんもお母さんも好き。

 大好き。


 でもだからこそ、あたしは本当の娘のように振舞わなくちゃいけないと思った。


 今、そのことを思い出して、思ってしまった。


 ――あたしを作り上げてきたあたしが、全部演技なのかも知れない。


 そう思ってしまった。あたしは何の言葉も出なかった。


 本当に嘘つきなのは、山田君でも新渡戸君でもなくて、まして加賀君だなんてあるはずもなくて。


 一番の嘘つきは、あたしなのかも知れない……。


 他人にさんざん「嘘だ」「嘘だ」と言っておいて、あたしが……。


 そんなことない。そんなことない。


 ……思っても、疑いは晴れない。


 容疑者、あたし。


 地下鉄の窓に映った笑顔。


 何この笑顔。これ本当にあたしの顔なのかな……。


「……――さん高島さん」


 不意に、声がきこえて、我に返る。


「え? どうしたの? 加賀君」


「……さっきは、ありがとう」

 ありがとう……なんて言われるようなことしていないけど……。


 だけど、あたしはこう言うんだ。


「どういたしまして」


 笑顔で。


 この舞台。

 五人の中で与えられた役目は何だろう。皆を元気付けて、立ち上がらせなくちゃならない。皆のことが好きだから。その気持ちには絶対に嘘なんかないから。


 たとえ道化師みたいになったって……。


 だからこれはあたしが本当に望んでいること。

 信じられないけど、死んじゃったみやこちゃんのためにも、あたしは……。


 ――でも、本当のあたしって、どこにいるのかなぁ……。


 考えているうちに、山田君の家に着いたようだった。


「笑うなよ?」


「笑う? 何で?」


 山田君が玄関の扉を開けると、そこには、赤い縁の眼鏡をかけた女の子が立っていた。

 まちだ。


「おかえり、遅かったわね」


「お……おう……すまん」


「入って」とまちがいう。


 奥に入ると、女の子の部屋みたいだった。


 赤を基調にして、可愛いぬいぐるみとか置いてあったりして。


「ここって、山田君の部屋だよね?」


 私は目を丸くしてそう言った。

 およそ山田君らしくない部屋だった。


「ああ、修学旅行から帰ったら、こんなことになっていた」


 そう言われれば確かに、家具とか飾り物とかが真新しくて、そんなに生活感があるわけではないように見えた。


「……紹介するわ。この子は、山田ひろみ。ヒロアキの従兄妹」


 まちは、コタツに座る女の子を紹介した。


「妹じゃなくて?」


 あたしはそう言って、首をかしげてみせる。


「そうすると色々と都合が悪いのよ」


 紹介された女の子は、こたつに座って白いティーカップを傾けて、紅茶を飲んでいた。


「アールグレイ」と山田君が言い、まちが、「ダージリンよ」と言った。


「そればっかだな」と山田君。

「それしかないのよ、この家」とまち。


「……皆に何か飲み物ないのかよ」


 山田君が気のきかないまちを責めるように言うと、


「水でいい?」


 平然と、まちは返した。


「紅茶あるなら普通紅茶出すだろ!」


「冗談よ」


 その二人のやり取りをみていた新渡戸君が、

「お前ら、何か夫婦みたいだな」

 皆、笑った。私も、とりあえず合わせて笑った。


 山田君が少し大きな背の低いテーブルを持ってきて、こたつに繋げた。


 あたしとまちがこたつに入って、加賀君たちは寒い寒いと言いながら布団のないテーブルに座っていた。


 私はひろみちゃんを見て言う。

「確かに、みやこちゃんにどことなく似てるけど……」


「霧野さんには似てないじゃん」

 間髪入れずにそう言ったあたしの好きな人。


 私はじっと彼を見てしまった。

 ちょっと、嫉妬したんだと思う。


「な、何だよ、叩かれるようなことは言ってないぞ?」


「別に何も言ってないじゃない」

 叩こうともしてないし。


「何も言わないから不安になるじゃんか」


 そこに、新渡戸君が仲裁に入ろうとする。

「おいお前ら喧嘩するなよ」


「喧嘩なんかしてないもん」


「いいから話し合いとやらを始めるんだろ?」新渡戸君。


「ええ、加賀君も高島さんも……」まち。


「さきでいいよ」

 あたしは言った。


「…………」

 沈黙。


「さきって呼んでよ」


「さき」

 と言ったのは新渡戸君。絶対に言うと思った。


「新渡戸君はダメ」


「えー」

 露骨に不満そう。でも、こういう扱いにまんざらでもなさそうだった。


「……加賀君も、さきも……静かにしていて。あと新渡戸も」


「何で俺急に呼び捨てられたの!?」と新渡戸。


「うるさい」

 まちがキツい目でにらみつけると、


「はいごめんなさい」

 黙らされていた。


  ★


 あたしの名前は、高島さき――。


 お父さんとお母さんの話では、さきという名前は、最初から付いていたらしい。


 あるいは施設の人がつけたのだろうか。


 あたしの願望では、この、さきという名前が、あたしとあたしを生んだ両親を結ぶ絆だって思いたい。


 皆はどんな風に名前をもらったのだろう。


 みやこちゃんは?

 まちは?

 加賀君は?

 新渡戸君は?

 山田君は?

 この、ひろみちゃんという子も……。


 きっと色んな希望とかを詰め込んで、色んな未来を想像して、あるいは素敵な過去から引き上げて……。


 名前って、そういう風に名付けられるものでしょう?


 あたしに名前をくれた人は、どんなあたしに育って欲しくてこの名前をくれたのかな。


 さき……どうして平仮名なんだろう?


 ひとつだけ言えることは、あたしはこの名前が好き。

 好き、間違いなく。


 あたしは、高島さき。


 高島の家のさきちゃん。それ以外の何者でもない。


 回想――。


 やや唐突に、あたしは思い出す。あたしが、皆の秘密を知ってしまった時のこと。少し長い回想になってしまうけど……


「山田君……話って何?」


 葉が完全に色付いて、落ち葉で舗装された歩道がキレイな公園に、あたしは山田君に呼び出されていた。壊れかけたベンチに座って話をする。


 山田くんは、私を呼び出した理由を一言であらわしてくれた。


「ああ、知りたいだろうと思ってさ」


 聞くのは正直、とても怖かった。


「俺達の新しく抱えた秘密」


「何かこわいな。でも、きっと知らなくちゃ後悔すると思うから……っ。言って!」


「聞いても絶対に後悔しないか?」


「しない」

 たぶん、きっと……。そう願う。


「聞いたこと、加賀たちに秘密にできるか?」


「する」

 できる範囲で……。


「……加賀のこと、嫌いになったりしないか?」


「しない」

 絶対にしない。


 その後しばらく黙っていた山田君だったけど、まるで用意した原稿を読み上げるように語りだした。


 実際、原稿のようなものを用意していたんだと思うけど、話している間一度もそれを取り出すことはなかった。山田君の嘘の雰囲気も、もう記憶した。だから、語った話にほぼ嘘はないだろう。


 あたしは山田君が私に対して嘘を吐くことが極端に少ないことを思い出して、どうしてか胸の奥のほうがちくりと痛んだ。


「昔むかしあるところに、新渡戸夕実という少女が居ました。新渡戸夕実には新渡戸夕貴という兄がいて、新渡戸夕貴には加賀遊規という親友がいました。夕実と加賀はとある公園で出会い、少し仲良くなりました。その後に夕実に夕貴という兄がいることを知った加賀は彼を少し恐れつつも、次第に仲良くなっていきました。加賀という少年は毎日のように夕実と遊んでいました。二人は結婚の約束すらしていました。そんなある日のことです。名前の無い少年が、夕実を切り裂いて殺してしまいました」


「え?」


 山田君はあたしの声を放置して続ける。


 そこからの話は到底、突然受け入れられるものじゃなかった。


 少し、いや、すごく……後悔もした。

 でも……聞かなければもっと後悔した気がする。


「名前の無い少年はある組織に所属していました。器、と呼ばれる人間に作られた人間を壊すための組織です。そのために多くの訓練を積んで、人間を壊す方法を教わりました。


いくつもの人間を壊してきました。でも、夕実を殺して組織に持ち帰ったとき、それは器ではなく、正真正銘の人間である、と言われました。名前の無い少年は悔やみました。そして、夕実の遺体を、器を作り出していた者達のところに置いてきたのです。そして次の器を壊した時に、思ったのは、器も人間も、違わないということ。


それから名前の無い少年は、名前を手に入れて、学校に通いはじめました。人殺しのくせに罰を受けずにのうのうと社会に溶け込もうとしました。


一方そのころ新渡戸家では、行方不明になった娘を生き返らせようとした男がいました。新渡戸夕貴の父親でした。新渡戸夕貴の母は、おかしくなってしまった家から、夫から離れて暮らすために出て行きました。器を生む者たちは新渡戸の父をそそのかして、一つの器を新渡戸夕実として生み出し、育てることを約束させました。


そして誕生したのが、霧野みやこでした。


名前の無かった少年は、霧野みやこを発見して、もう殺さないし、殺させないと誓いました。器である霧野みやこは喋りません。笑いません。どうしてそうなのかわかりません。新渡戸夕貴はそんな彼女に畏怖し、敬遠しました。


加賀と新渡戸、そして名前の無かった少年は三人でよく遊びました。楽しく。そこに人殺しが混じっていることも知らずに。


三人が同じ高校に入る頃に、霧野みやこという新渡戸夕実になるはずの器も入学しました。何故なら器を生む者たちは、彼ら曰く、完全な人間の再現をする、という目的のためにいくつもの器を壊されながらも作り続けてきたためでした。


加賀たちと霧野みやこは学校に通います。一年生の時も二年生の時も同じクラスになりました。高校二年も二学期になって、彼らの関係が少しずつ変わっていきます。高島さきという少女がいました」


「ま、待って、あたしも、関係あるんだ?」


「そりゃそうだろ。少なからず俺達に関わってる」


「そっか……」

 ちょっと信じられない。こんなすさまじい話に、あたしも絡んでいるなんて。


「ところで、大丈夫か?ちゃんと理解してるか?」


 生き返らせる?

 完全な人間の再現?

 〈器〉?

 人殺し……?


 理解できない。


「えっと、みやこちゃんが、つまり新渡戸君の妹なんだよね」


「ああ、そんなところだ。どうにか頭には入ってるみたいだから続けるよ?」


「うん」

 全部聞けばきっと、わかるはず……。


「高島さきという少女がいました。彼女は加賀遊規のことが好きでした」


「な、何で知ってるの!?」


「態度見てればわかるし、……これ言っていいのかな。加賀の書いたノートにそう書いてあった」


「……新渡戸君も知ってたし……何で皆知ってるんだろう……って加賀君も知ってるんだ!?」

 やだ!

 何か恥ずかしい!


 ってことは、あれ?

 もしかして、屋上で加賀君は、寝たふりしてたってこと?


 恥ずかしすぎてまともに加賀君のこと見れなかったから、見破れなかった。そのあとに冷静になって確かめた時、本当に眠っていたものだから、てっきり知られていないものだと思ってた。


 そうか。ちゃんと伝わってはいたのか……。


 じゃあ、なんで寝たふりを続けたんだろう。


「おい、話が進まないから、続けるぞ」


「う、うん、ごめん」


「高島さきは加賀遊規が好きでした」


「それはわかったってば! 恥ずかしいでしょ!」


「茶々を入れない」


「うー……」

 いじめられている気分だった。


「高島は加賀が好きでした」


「しつこいってば!」


「だから、進まないって……ここで話やめてもいいんだぞ?」


「ごめん、話して……」


「高島は加賀が好きでした。加賀も高島さきのことが好きでした」


「本当!?」


 加賀君もあたしのこと好き?


 初耳!


「黙って聞け」


「むー……」


「加賀も高島さきのことが好きでした。しかし加賀にとってそれは難問だったと言えます。加賀は霧野みやこに興味を抱いていました。そしてその興味が好意であることに気付き、少しずつ霧野に近づいて、二回目に話しかけたとき。『好きです』と言いました」


「えぇ!? いつ!?」


「んー、たしかあれだな、女子が皆窓の方を向いて海苔巻き食ってたな」


「おぉ、あの時かー……ん、続けて続けて」


「加賀は迷っていました。高島のこと好きだけど、恋なのかわからないやと。霧野のこと好きだけど彼女の中身よく知らないうちに好きだなんて外見で人を好きになってしまったのか、と。二人の人間が合体して一人の人間にならないかな、と。


二人の人間から想いを寄せられ、二人の人間に想いを寄せる。そんな自分に少し嫌悪感を抱く加賀でした。


文化祭に、クラスで演劇をやることになって、それが決定した瞬間眠りこけていた加賀は、たこ焼き屋を推したクラス男子から強烈なバッシングを受けてしまいます。新渡戸はその責任を取って、演劇を自分主導で、加賀と新渡戸が恥ずかしい思いをするという条件で、なんとか関係を修復しました。


加賀は主役のセバスチャン。新渡戸は悪い王子様。演劇がやりたいと言い出したのに何も考えていなかった困った姫様高島さき。霧野みやこは魔女の役。皆で作り上げた劇は楽しくて、成功したと言えます。


その過程で、新渡戸、加賀、名前の無かった少年、霧野、高島、この五人が集まるようになって、より日々が楽しくなりました。しかし、そんな日々はすぐに壊れてしまいました。


級長が名前の無かった少年に言います。『貴方を動けなくして霧野みやこを壊す』それは級長が器を壊す組織に所属することを意味していました」


「級長ってあの級長!? 眼鏡の、えーと……名前なんだっけ?」


「忘れたな、俺も。級長でいいよもう」


「あ、どうぞ続けて」


 山田君は、長い長い話を続ける。


「時を同じくして、加賀は霧野みやこを新渡戸夕実にする薬を発見します。発見されたことを知った新渡戸は加賀に忘れろ忘れろと言いますが、そう言っただけで忘れられるわけもなく、霧野みやこが加賀に『もうすぐ私は死ぬ』と言っていたことも相まって、新渡戸の裏に何かあると読んだ加賀遊規は一人器を生む者達の研究所があった新渡戸の家のパン屋に早朝という時間も忘れて飛び出します。


その頃霧野みやこはと言えば、既にパン屋の地下にある研究所にいました。そうとは知らず名前の無い少年は、霧野みやこのマンションの屋上で刺客、つまり級長を待ち続けました。運良く級長が霧野みやこが研究所にいることに気付かずに名前の無かった少年の目の前に現れ、その動きを止めようとします。


簡単に追い詰められた名前の無かった少年は、目くらましをして逃げます。既に霧野みやこの部屋が空だったことに気付いたのはその時です。名前の無かった少年はパン屋に向かいました。その途中、後を尾けていた級長に呼び止められ、公園でボコボコにされます。無様に。


しかしハッタリで時間を稼ぐことに成功し、その隙に霧野みやこをパン屋地下の研究所から連れ出そうとしました。パン屋の前に着いたとき、加賀遊規がいて、名前の無かった少年の嘘が暴かれました。同時に、新渡戸夕貴の嘘も、加賀が知ってしまいました。


地下にいた霧野みやこを背負って出ようとしましたが、そこに級長が来てしまい、名前の無かった少年は名前の無い級長を止めて、加賀に霧野みやこを託しました。そこで級長を止めていられれば良かったのですが、無様にも蹴落とされて、追いつかれた霧野みやこは、かつて名前の無い少年の持っていたナイフで刺されました。


名前の無い少年はそれでも追いすがってギリギリで息のある霧野みやこの命を救おうとしましたが、また、もう一本の奪われたナイフが霧野みやこに刺さりました。放った銃弾も軌道が級長によって変えられて、霧野を貫きました。


新渡戸夕実が再び死にました。


霧野みやこが死にました。


名前の無かった少年の誓いは叶わず、新渡戸が夢見た夕実と加賀の結婚の約束も叶いませんでした。……霧野も夕実も死んでしまったからです」


 死んだ?


「死んだ……? 死んだって、あの、死んだ?」


「あの、死んだ」


「嘘でしょ、嘘だよね! 嘘だって!」


 嘘。


 山田君は嘘つくとき……嘘の、気配すらしない……何で?


「級長の前に敗れた三人は、加賀の部屋で目覚めました。そして新渡戸と、名前の無い少年は、加賀に嘘が知られ互いの嘘が知られ、表層で許し合いました。そして高島さきに嘘をつくこと、秘密を持つことを決めたのです。それから、加賀も新渡戸も塞ぎ込み、名前の無かった少年はこうして高島さきに三人で決めたことを無視して秘密をばらしてしまいましたとさ」


 あたしは言葉がでなかった。


「だから、さ。高島、俺、人殺しなんだ」


「……………え?」


 人殺し?

 理解できない。


「そして、霧野みやこは殺されたんだ」


「………………え?」


 たしかにしっかり聞いたのに、解らない。

 理解できない。


「つまり、全部俺のせい。霧野みやこは俺に殺されたようなものだ」


「……これ、全部、本当のことなの……?」


 嘘うそ……ありえない。そんなの。


「一つも嘘は言ってない。新渡戸が嘘を吐き続けていたこと、俺が何人も人殺したってこと。加賀が巻き込まれて何も出来なかったこと。高島が舞台の外だったこと。霧野みやこが殺されたこと」


「そっか、それで新渡戸君も……」

 あんな台本を書けたんだ……。


「聞いて後悔しなかったか?」


 した。


「……少しだけ」


 嘘だ。かなり。


「だろうな」


「でも! 知らないままだったら、もっときっともっと後悔した……と思う……から」

 たぶん、きっと……でも、どう、なのかな。


「出来たらさ、加賀や新渡戸を元気づけてやって欲しいんだよ……俺の手で新渡戸夕実を殺して、俺のせいで霧野みやこが生まれて、死んだから、俺があいつらにどんな言葉をかけても、そんなの……」


「あたしにしか、できないことだね……何も、知らなかったけど、今知ったから」


「……ああ」


「山田君たちの戦いは終わったけど、今からあたしの戦いが始まるってこと」


「俺のこととか、怖くないの?」


 こわい、けど。


「怖いよ。その、人殺してたって事実は。でも、あたしの知ってる山田君は、そんなことできそうもないくらいに普通の男の子だよ? 新渡戸君だって、信用できるかって言われたら、疑問符つくけど、でも多くは優しい嘘だって思うの。加賀君は好きだから、いいの。いいの。……みやこちゃん……が死んだなんて……信じたくないよ……」


「高島……」


「こんなこと……知らなきゃ良かった」

 思わず本音を呟いてしまった。


 あたしは、家に帰っても、山田君の話が信じられなかった。


 信じたくなんてなかった。


 修学旅行の前の日だった。


 山田君も、酷いことする。おかげで期待したほど沖縄を満喫できなかったよ。


 ――回想、終わり。


  ★


 テーブルで展開されてる話、つまり、まちや新渡戸くん、加賀くんや山田君の話はよくわからなかったから、あたしはひろみちゃんと紅茶飲んでお菓子食べておしゃべりしてようと思った。


「ひろみちゃんひろみちゃん」


「……なに?」


 返事してくれた。


 ひろみちゃんはあたしをちゃんと見て、白いティーカップを置いて、そう言った。


 こういう仕草が、みやこちゃんに似ている気がするんだけどな。


「あたし、高島さき」


「たかし……まさき……?」


「ちょ、そこで切らないでっ! 男二人になっちゃうから!」


「……?」


「さきって呼んで」


「……さき……ちゃん」


「うん!」


 ひろみちゃんは紅茶を一気に飲み干して、白っぽいティーポットに入った紅茶をおかわりをしていた。


 あたしは笑顔でそれを見ていた。


 まちは向こうのテーブルで、加賀君たちとノートを囲んで会議している。


 こたつにひろみちゃんと二人。


 あたしは蚊帳の外だけど、きっとこれでいいんだろうな。


 きっとこれが、いいんだろうな。


「……さき……ちゃん」


「え?」


「さびしい?」

 彼女の口から、そんな言葉がこぼれてきた。


「え? そんなことないよ」


「……そういう、風に見えた」


 寂しい――。


 そう、思ったかもしれない。


 あたしだって、皆の輪に入りたいけれど、わからない。


 共有する世界が、少ない気がして……これって、勇気がないことなのかな?


 あたしが四人の中に入っても、きっと邪魔になるだけだって、そう決め付けているあたしは確かにいるけど……。


「ひろみちゃんを一人にしちゃうのは……」


 って、なにそれ。

 ひろみちゃんのせい?

 他人のせいにするの?


「……あたしは、いいの……さきちゃんが……」

 途切れ途切れの言葉。とても真剣な言葉。


「ひろみちゃんは優しいね」


 みやこちゃんみたい。


「……やさしい……?」


「うん。ありがとう」


「…………」


 ひろみちゃんは、また紅茶を口に運んだ。

 ちょっと飲みすぎじゃないかと思う。


 二人、無言。

 ひろみちゃんがお茶を飲むマシーンみたいになってるのを、あたしが見守る。


「………………」

「………………」


 こういう、何もない時間っていうのも、たまにはいいのかな、とか思うのは、現実逃避かな。


 どうも、あたしは現実逃避が得意らしい。

 自分ではそうは思わないのだけど、よく言われる。


 事実、横ではまちと新渡戸君が騒いでいるけど、こたつ王国は平和そのもの。

 隣国の戦争には不介入。


「高島さん高島さん」

 加賀君がやってきた。


「我が国へ侵略か!」

 あたしはそう言った。


「違います! 話し合いに来ただけです! 撃たないでっ」

 どう見ても加賀君だった。両手を天井に挙げてバンザイしていた。


「何か用?」


「何怒ってんのさ?」


「え? 怒ってるように見える?」


「怒ってないの?」


「ないよ?」


 勝手に人をすぐ怒る鬼みたいにして。

 失礼極まりないわね。


 でも待って、こんな風に考えちゃうっていう事実が、あたしの不機嫌さの証明だったかもしれないと思った。


 そういう自分が少し嫌でもあり、可愛くもあった。


「して、我が国へは何の用?」とあたしは言う。


「いや、ずっと一人にしちゃってて悪いなって……」


 気をつかってくれているみたいだった。いや、気をつかわせちゃってる、か。

 なんだかそれは、すごく情けないことのように思える。


 ただ、一つだけ、今の加賀君の言葉に引っかかるところがあった。


「一人? うちの国の人口は二人よ。ね、ひろみちゃん?」


「…………」

 ひろみちゃんは大きく首を縦に振った。


「そっか……ならいいんだけど…ちょっと高島が、さび――」


 その時だ。新渡戸くんが加賀君の服の襟を掴んだ。


「こら、加賀! 書記がどっかいってどうする。俺の話を書け!」


「あ、ちょっと……高島さんとぅぁ……服引っ張るなって」


 加賀君は新渡戸君に連れられて戻ってしまった。

 強制帰国。


 平和が戻った。


 さび……?

 いま加賀君はそう言った。また寂しそうとか言われるところだったのかな。


 あたしはピンクのマグカップに入った冷たくなった紅茶を飲んだ。


 ……さびしい味がした気がした。


 飲み干す。


 実を言えば、あたしは、みやこちゃんがいなくなってしまったことで、少し喜んでしまったかも知れなかった。


 とても悲しい、それが感情の大半。

 でも、心のどこかで思ってしまっている。これで加賀君があたしの方を向いてくれるかも……って。そんな、最低で最悪で最低なことを。


 そんな自分が、この上なく許せない。あたしは酷いことを考えてしまった。それがほんの欠片でも、最低で、許せない。


 きっと、みやこちゃんがずっと生きていたなら、加賀君はみやこちゃんを選んだだろうと思う。


 根拠なんかない。いや、あるのかな……。わかんないけど。


 でも、だって加賀君はずっとみやこちゃんを見てた。

 あたしとみやこちゃんが並んでいても、みやこちゃんしか見ていなかった。


 それでも、あたしは加賀君のことを好きだった。


 それはとても悲しいこと。


「もらっていい?」


 ヤケ酒気分になったあたし。


 あたしはひろみちゃんの目の前に置いてあった白いティーポットを手に取って訊いた。


 大きく頷くひろみちゃん。


 黒と言ってしまっていい色の紅茶を、残った最後の一滴まで、空のピンクのマグカップに注いだ。


 ひろみちゃんはあたしがそうするのをじっと見つめていた。


 ポットを置いて、飲んでみる。


 苦い。

 濃すぎる。


 とても一気には飲めなかった。

 ――苦ければ、薄めればいい。

 ――砂糖を入れて和らげればいい。

 この苦味が、みやこちゃんを失った悲しみだとするなら……あたしはきっと何かになれたとしても、砂糖にしかなれない。


 ごまかし。あたし自身の悲しみには砂糖が入れられない。


 入れる気はない。

 お湯で薄める気もない。


 少なくとも、今はまだ、この悲しみを背負って、皆の砂糖になって身を溶かす。


 そのとき、ひろみちゃんは急にすぅっと立ち上がった。


「…………」


 無言で冷蔵庫のほうへ向かう。


「ひろみちゃん?」


 冷蔵庫から何かを取り出して、戻ってくる。


 そしてあたしのカップに、真っ白な牛乳を注いだ。


「ちょっと、ひろみちゃん。そういうのは、ヒトコト言ってから……」


「……あたし、最後に残った……一番苦いのに、……たくさんミルク入れて飲む……のが、好きなの」


「え……」


「……の、飲んでみて……」

 飲んだ。それは、ひんやり冷たかったけど、とても温かかった。


 そして、とても。

 とてもとても、やさしい味がした。


「美味しい!」


 そう言った時、きっとあたしは、笑ったと思う。

 だって、ひろみちゃんも、笑ったから。


 どんな苦味も、飲み干せるかも知れない。

 皆と一緒なら。




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