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第二部:RE LOAD
27/125

Chapter9 瞳に映らない緑の海

視点:組織の長→山田ヒロアキ

 高校二年の修学旅行。果たせなかった約束。


 果たせなかったどころではない。

 修学旅行に、既にいない霧野みやこは勿論、新渡戸の姿さえ無かった。


 どこか沈んだままの加賀と、必死に加賀を励ます高島と、何も出来ない俺の三人で、十一月の沖縄を過ごした。


 十一月だというのに、上着なしでも過ごせるほど暖かく、きっと加賀にはそれが、悲しかったかもしれない。


 ようやくの晴天で輝くターコイズでエメラルドな沖縄の海も、加賀遊規の瞳にはそう美しく映らなかったかもしれない。


「加賀君加賀君、見てみて、シーサー」

 高島がいつも通りの元気な声を出す。


「ああ、うん」

 気のない返事。


「なんか、かわいいねー」


「みやこと、夕実ちゃん……か」

 二体のシーサーを見ながらそう微かな声で呟いた。


 俺も高島も、聴こえない振りをする。


「ねぇ加賀君加賀君、ちんすこうって面白い名前だと思わない? ちんすこうっ! って」


「そうだね、面白いね!」

 不器用に作った笑顔で俺の親友らしい少年は悲しさを誤魔化すように答えていた。


 俺はただ、二人の後ろを歩いているしかなくて、俺はただ、見ていることしかできなくて。


 どうすれば、加賀や新渡戸が、以前みたいに笑うようになってくれるか、わからなくって。


 悔しくって……。


  ★


 宿泊する立派なホテルで、俺と加賀の二人部屋になった。


 四人用の部屋だったが、二人で使うこととなった。


 夜中、消灯時間が過ぎた頃、加賀は言った。

「なぁ、ヒロアキ。ごめんな、約束、守れなくて」


 俺の台詞だ。


「ちがうよ、加賀、俺のせいだ」


「僕がっ……もっと……ヒロアキくらい強かったらっ」

 恐らくそれでも級長には勝てなかっただろう。


 どう足掻いたって、霧野みやこは殺されてしまっただろう……。


 あれは、強すぎた。

 両腕を銃弾で打ち抜いたのに、数分経ったら兵器で動かしていたからな。


 鍛え方が根本的に違いすぎた。


 俺が言葉を返さなかったから、しばらく無言が続いた。


 広がる静寂。


 コンコンとノックの音によって静寂が破られた。


 隣の部屋の男子が遊びの誘いにでも来たのかな。

 女子の部屋いこーぜーとかそんな誘い。


 女好きな軽音部部長たちだからな。あり得る。

 高島の部屋に遊びに行くようだったら、俺も付いて行って見張らなくてはならないな。


 俺が扉を開くと、とても可愛い小さな女の子がいた。


 俺を見上げていた。


 パジャマ姿で……。


「来ちゃった」


「は……?」


「い~れ~て」


「いやいやいやいや、普通こういうの逆じゃないかなぁ」


「いいから! 入れなさいよ! 見つかっちゃう!」


 小声で叫ぶ声。

 とりあえず俺は高島さきを部屋の中に入れると、外を見渡して、誰の目もなかったことを確認。

 安堵。


 扉を静かに閉める。


「あ、加賀君だ。加賀君加賀君」


「え……。んな……高島さん、何やってんの!?」


「来ちゃった。あそぼ」


「いや、えっとこういうのって逆だよね、女子の部屋に男子がこう、忍び込んで……」


「加賀君えろいなー。そんな妄想ばっかりしてるのー?」


「高島よ、あれだぞ、これは非常に、あれだぞ、軽率だぞ?」


「大丈夫よ、新渡戸君いないし、加賀君と山田君なら、信じてるもん」


「……まぁ、いいか」


 いいのか……?

 男は狼……気をつけなさいだぞ?


「それで、高島さん、何で僕らの部屋に?」


「女子が男子の部屋に来たら、することは決まってるでしょうが。……あ、いやいや、そういうことはしない。言い方が違うわ。違う。友達が来たら、あそぶしかないでしょう! 何か遊ぶもの持ってきてるんでしょ!」


「将棋?」


「それだわ! って勢いで言っちゃったけど将棋って、どうやるの?」


 言いながら高島は首を傾げつつパジャマのポケットから電子辞書を取り出して「しょうぎ」と打ち込んだ。


 何で電子辞書……?


「うわ、いっぱいある。どれだろ……商議……娼妓……ぅぇ…………将棋、これか」


「まぁ、辞書なんか見てもわからんだろう。俺が教えてやろう」


「……えー、山田君よわそう。ねぇ加賀君教えてよ」


 あー高島……俺は傷ついたぞ。

 お前のお母さんが他人の気持ちを考えられない子に育てたことを恥じるぞ、悲しむぞ……。


 というのはまぁ半分冗談だ。


 俺は高島に先日あったことのほとんどを話したから、共に加賀や新渡戸を元気づけようという無言の協定が結ばれているようなものであり、そして、加賀と新渡戸には、俺が高島に話してしまったことは言っていない。


 こうやってまた秘密とか嘘とかを抱えて、まるでそうしないと生きていけないかのように罪を重ねて、俺は相変わらずの最悪ぶりだな。


 霧野みやこが殺されてしまったことで、何者も守る必要がなくなって、ただ平和に生きていけるかもしれないって願望を抱いてしまっていて、加賀や新渡戸と一緒に、プラス高島も入れて。皆で、笑って生きられたら良いと思った。


 霧野みやこのことは忘れられることじゃないけど、皆で、笑って。


 そんなこと、できるはずがないだろうと思いながら。


「僕よりヒロアキの方が強いよ」


「まぁ、加賀よ、俺は今日はもう疲れた。頭を働かせたくないんだ。教えてやれよ」


「そうだな、まぁ、いいけども……定跡(じょうせき)とか、僕わかんないよ?」


「そんなの俺も知らん」


「いいから、加賀君! はやく教えてよ」


 加賀の将棋レクチャーが始まる。


「あぁ、まず駒の動かし方だけど……これは歩兵といって……」


「ほへー」

 高島は、わかりやすくふざけた。


「あの、そういうのいらんから…」


「あはは」


「歩兵はただ一歩ずつ前にしか進めない」


「ほへー」


「……で、次は何にしようかな、王将って書いてある一番大きいのが全方向に一歩ずつ動けて」


「おーう」


「言うと思った」


「えへへ」


「そして……」


 それからも、一つ一つの駒を丁寧に質問していく加賀遊規。


 俺は加賀が高島に将棋を教えている姿が、少しは楽しそうに見えて、それが根本的な解決になんかならなくても、その風景を眺めているだけで沈みそうな気持ちが明るくなる。


  ★


「――王手!」


「いや、王手になってないから、それ」


「え? 香車さんって横に動けないっけ?」


「それ、飛車のことじゃない?」


「あぁ、でもこの香車さんは強い香車さんで……ってあぁ……」


 強い香車さんとやらは、あっさりやられてしまった。


「むー」


「……はい、王手。というか、詰みで、僕の勝ち……」


「王様ワープ!!」


「ちょ、どこへ……」

 高島が王様を取り上げて自分のパジャマの胸ポケットに入れた!


「さぁ、捕まえてごらんなさい!」


「いや、あの……僕はそういう…」


「あたしを捕まえられないようなら、この勝負加賀君の負けで、罰ゲームよ!」


「罰ゲームって……」


「そうね、あたし、この部屋に泊まっちゃう」


「はぁ!?」


「泊まっちゃう」


「それは困るよ!」


「じゃああたしから王様を奪うことね!」


「ぅ……」


「ほらぁ! あたしはここよ!」


「ちょ、高島さん、冗談は…」


「冗談じゃないもんねー。へへーん」


「…………」


 加賀は困ってしまって黙り込んだ。


「ストップ」と俺は言う。


 さすがに見過ごせないと思った俺は、バタバタと駆け回っていた高島の肩を掴む。


 今まで俺の存在など眼中になかったのか、必要以上に高島は驚いた。


 ぎょっとしていた。


「ヒロアキ……」


 加賀がほっとしたように俺の名を口にしたので、俺は次に取る行動の選択を決定した。


「きゃ…」

 俺は高島の胸ポケットから王将を抜き取ると、加賀に山なりの放物線を描くように投げ渡した。


「っちょ、ちょっと! 山田君! セクハラ! 最低!」


「いいじゃんか、そんなに胸ないんだし」

 ちょっと頭にきたのか、俺は言ってやった。


「ひどい!」

 高島は嘆きの声をあげる。ちょっと本気で傷ついたっぽい。


「今のはヒロアキが悪いかなぁ……」

 んな……助けてやったのにそんなことを……。


「だよね、だよね。最低だよね!」


「ああ、最低だ」


「……ごめん」

 とりあえず謝った。


 冷静になって考えると、確かにまぁその……それはやってはダメだったような気がした。


「ばーかばーか。山田君なんて、死んじゃえー」


 その言葉によって、また無言の世界がやって来てしまった。


「……高島さん、死んじゃえなんて、簡単に言うの、よくないよ」


 そう言った加賀の顔は、ひどく悲しそうで、俺はもう、見てられなかった。


「さて! 実はもう三時だぞ、俺も眠い。女子は、そろそろ戻った方が良いんじゃないか?」


「……でも……」


「こんな時間に俺達が三人でいたなんてばれたら、停学くらいにはなっちまいそうだろ?」


「……そっか、常識的に考えて修学旅行な男女がこんな時間に一緒に居たらまずいよね」


「ああ」


「二人停学になっちゃったら、あたしと新渡戸君だけじゃつまんないか」


「いや、お前も停学になると思うぞ。親が泣くぞ」


「あぁ! そっか!」


「よし、じゃあ見つからないように戻れよな」


「うん……ごめんね、加賀君」


「え? 何が?」


「……本当に、ごめんね……。また、明日」


「うん、気をつけて戻ってね」

 加賀は小さく手を振った。


「うん」

 高島は寂しそうに頷いた。


 俺が扉を開けて周囲を確認。

「よし、見回りいないぞ。行くなら今だ!」


「じゃあねー! また明日ー!」

 元気に去っていく。


「声大きいって!」


 その後、何度か振り返りながら、高島さきは去っていった。


 扉が閉まる。


 心配だ。無事に戻れるかどうか……。

 本気で停学くらい覚悟したほうが良いかも知れない。


 そして真夜中、華がなくなった四人部屋で、加賀は、言うのだ。


「ヒロアキ、もしかしてさ、高島さんに話した?」


「何をだ?」


「とぼけるか?」


「何でそう感じた?」


「おかしいだろ、僕にあんなに構ってきて、以前はあんな感じじゃあなかった」


「お前が、いつまでも元気ないからだろ……」


「……どうやって、元気なんて……」


「お前の考えてる通り、高島さきにはほぼ全部話したよ。霧野みやこのこと。新渡戸夕実のこと。新渡戸やお前、俺と級長のこともな」


「なんでだよ……僕に話しちゃ駄目だって言ったじゃないか! 何で、高島さんまで巻き込むんだよ!」


 霧野が殺されてしまった日みたいに、何で何でとわめいてくる。

 それだけで、あの屈辱の時を思い出してしまうから、やめてほしいと思った。

 きっと思い通りにはならないとわかっていたけども。


「お前と、同じだぞ」


「え?」


「高島は、新渡戸が抱いてた秘密を追ってたお前と同じだ。あの高島が悩んでいる姿は、見たくないんだ俺は」


「新渡戸は、このこと――」


「高島が知ってるなんて、知らないだろうな」


「どうしてすぐ僕らに言わないんだよ! どうしてまた秘密にしようとするんだよ! もうそういうの……やめてくれよ……」


「でも、とても今のお前に言う気にはなれない」


「それでも! なんで、そんなに僕を傷つけるんだよ……」


「俺だって怖いんだ。全てを知られて、お前は良いかも知れない。死んだのは好きだった人ってだけだからな。でも俺は、――殺してる。人を」


 加賀は無言を返した。


「じゃあ新渡戸はどうだ? 大きな嘘をついていた。高島にも、加賀にも、俺にも、周囲の人間全員に。そんなの、知られたくない。人間は、秘密とか嘘とかに助けられていることもあるんだよ」


「…………」


「時機を見て、言おうとは思っていた。でも高島は、お前を……好きだった霧野みやこを失ったお前の傷を少しでも和らげようと動いてる。高島が、お前のこと好きだからだよ!」


 そう言って、俺は加賀に枕を投げる。


 ばふっと加賀の頭部に当たって、ベッドの上に落ちた。加賀は少しも動かなかった。


「僕だって高島さんのことは好きだよ」

「実は俺だって好きだよ」


 何でこんな感じで言わなきゃいけない……。


 本当はもっと、幸せな感じで……。


 たとえば加賀と高島がくっついて……それで俺が、「実は俺も好きだったんだぜ、お前ばっかりズルイぞ」とか言ったり。加賀が「残念だったなヒロアキ」とか言ってきたり……とか、そんな風に、言われることを夢見ていたのに。妄想していたのに。


 ああ、でもそうか……全ては俺が級長を止められなかったから、止められるだけの強さがなかったから……。


「で、も」


 加賀が泣き出した。手の平で流れ出したそれを拭いながら話す。


「でもさ、僕は霧野さんが好きだった……。高島さんも同じくらい好きなんだけど。でも、霧野さんはもういないんだ……」


「だから、僕が一番霧野さんを好きでなくちゃいけないーとかって?」


「……ああ、そうだよ」


「んなわけあるかよ!」


「殺したくせに! 何がわかるんだよ!」


「……お前の気持ちなんかわかんねぇよ! わかったってどうでもいいんだよ! 俺はただ高島がお前のこと好きで、お前も高島が好きなのに一緒にいないのはおかしいと思うんだよ! 俺は高島のこと好きって言ったけどな、高島よりずっとずっと加賀の幸せを願ってるんだよ! 何でそれがわからないんだよ! 新渡戸だってそう思ってんだ! お前皆にこんなに気を遣わせて、何で幸せになろうとしないんだよ!」


「だからって! こんなに嘘ばっかりで! そんなのもう嫌なんだよ! 新渡戸だって僕に何年も何年も嘘をついてた! ヒロアキだって嘘ばっかりだ! こんな……皆……こんなの……楽しくなんかない! 新渡戸なんか、僕の知らないところでこそこそして、許せるわけあるもんかよ! 高島にまで嘘吐かれたら……」


「高島に嘘を吐かせたのはお前だろ」


「何で! どうしてそうなるんだよ!」


 また、「何で」とか「どうして」とか言ってくる。いい加減にしろと言いたい。

 俺はお前の親でもなければ先生でもないんだよ。

 だけど、そんなに知りたいなら教えてやる。


「お前が、いつまでもうじうじと、大して親しくもなってない女のことでうじうじうじうじとしてっからだ!」


「ヒロアキに何がわかるんだよ!」


「嘘を吐く方だって辛いんだよ……それから、お前だってしっかり嘘吐いてるじゃねえか」


「何をだよ!」


「お前、俺のことも新渡戸のことも赦してるって言ったよな」


「……言った」


「全然赦してないじゃねぇかよ!」


「……ああそうだよ!」


「認めたな」


「赦してない。赦せるわけないだろ! 新渡戸が俺にいくつ嘘を吐いた? 理由がある? それがどうした。夕実ちゃんが実は死んでいた? どうして僕に言わない? 五年だぞ? 五年間嘘吐いてたんだよ! 僕のこと人形みたいに扱って、物語の登場人物みたいに扱ってた! 赦す? どうやってだよ!


ヒロアキだって、僕と出会った時からずっと嘘ついてるじゃないか! 山田ヒロアキって誰だよ! 正直恐怖だよ。人殺しが近くにいるなんてさ! 高島さんだってそう思うさ! 夕実ちゃんを殺した? 赦せるはずないだろ! 新渡戸だってそう思うさ! 全部お前のせいなんだよ!」


「ああ、全部俺のせいだ。ごめん」


「謝ってんじゃねぇよ! 謝った方はすっきりするかも知れない。でも、死んだ霧野みやこは返ってこないんだよ!」


「でも謝らなかったらもっと赦せないだろ」


「当り前だろ!」


「この旅行から戻ったら、新渡戸に言うぞ」


「当り前だろ……死んだ人間は、もう戻ってきてもいけないんだよ……」


「ああ……」


「ああ、じゃねえよ! ふざけんな! 殺しておいて!」


「すっきりしたか」


 加賀は立ち上がって俺の方に歩いてきた。そして


 殴られた。


「すっきりしたか」

 また言った。


 また殴られた。

 殴られるのはわかってたのに、さっきよりも痛かった。


「なんで……そんな……」

 加賀は悲しそうな声を出す。


 殴り足りないだろうと思った。でも、いくら殴っても、晴れることはないとも思った。


「殴ってもすっきりなんてしないだろ。謝ることや嘘をつくことと同じだよ……」


「何でこんなことに、なってんだよ……僕はただ、皆で、楽しく……何したって……どんなに怒ったって、悲しいよ……」


「お前の……何倍も新渡戸は辛いぞ」


「……新渡戸の気持ちなんてわかんない。でも、どうしようもないよ……今まで通りなんて……できない。時間は逆走しないじゃん」


「ごめんな、加賀。本当の気持ち話してくれてうれしかった」


「ああ……ごめん……僕も……もっと皆の気持ち考えるべきだった……言い過ぎたとは思ってないけど」


「俺の、せいなのに、ごめんな」


「赦さないよ、一生」


 あぁ、そうだな、当然だ。

 俺はそれだけのことをしてしまったんだ。

 新渡戸だって俺を赦さない。


 だけど……新渡戸なら、加賀に赦されることもあるかもな。


「ヒロアキ」


「なんだよ」


「絶対逃げるなよ。ずっと僕達といろよ」


「わかった」


「約束」

 と加賀が言う。


「約束だ」

 と俺は返した。


 修学旅行最後の夜は更けていった。


 明らかに起きている加賀の無言が怖かった。

 加賀が枕を返してくれなかったから、変な寝方をして、首が痛くなった。


 高島は無事に部屋に戻れたようで……それだけは、よかった。


  ★


 帰りの飛行機の中。加賀とは席が離れていた。


 加賀の様子を見ていると、

「ねぇ山田君山田君」

 高島が話しかけてきた。


「どうした?」

 隣の席は高島なのだ。加賀のことが好きで好きで仕方ないこの女子のことだ、「あたしのために加賀君と席換わってくれ」とでも言い出すかと思っていたのだが、そんなことはなかった。


「あの後、何かあったの?」


「……ああ、高島に全ての秘密を話したこと、加賀にばれた」

 正直に答える。


 どうも高島に隠し事をするのは無意味な上にリスクばかり高いようだとわかったから、きかれたことには何だって自分のわかる範囲で答えることにした。


 まぁ、単純に俺が高島に接していたいだけなのかもしれないと疑ったことはあるが、考えないことにした。


「そう……なんだ。あたしのせいだね」

 心底申し訳なさそうにしている彼女を見て、少し心が音を立てた気がする。


「でも、あんな風に俺と高島で秘密にしていたのが、加賀は大変気に入らなかったみたいだ」


「ああ、うん……そう、だろうね……」


「殴られた」


「ええ!?」


「ずいぶん驚くな」


「加賀君って殴ったりするんだ……」


「しないよ。普段は。俺がそれだけのことをしたってことだ」


「じゃあ、あたしも殴られるべきかな」


 そんなわけがない。もしも殴られそうになったら、俺が絶対に止めてやる、とか思ったけど、それは言わないでおいた。


「……まぁ、これで新渡戸にも言わなきゃならなくなったが……ショック……だろうな……やっぱり……。だけど、俺は高島には本当に感謝してるんだ」


「そんな、好きでやってることだから」


「加賀をか」


「うん。加賀君を」


「……そうあっさり言われると何か悔しいな」


「何で?」


 わざと聞き返してるだろ、絶対……。

 なんだか頭にきたので、ちょっと踏み込んできいてみる。


「……高島ってさ、何で加賀のこと好きなの?」


「え? うーん……何でだろう。ただ、加賀君って面白い人よね」


「どこが?」


「あ、ねぇ、あの雲、美味しそうじゃない?」

 急に脈絡なく変なことを言い出したぞ。


 通路側にいた高島が、窓際の俺の右側にある窓から見えた綿飴みたいな白い雲を指差して言った。


「美味しそうって、面白いこと言うな」


「……加賀君ならきっと、食べたいねぇとか言ってくれるんだよ。そこで」


「お前の理想って難しいな」


「よく言われる」

 そう言って高島は笑った。

 全ての悩みとか、不安とか、吹き飛ばしてくれそうな笑顔で。


 でも、俺達三人の、こんな暗雲食べたらきっと腹壊す。


 わかりきったことだ。


 本当は舞台の外で……会場の外で、何も知らずに笑っていてくれれば良かったのに……。


「さぁて、俺は昨日加賀が激しすぎて眠らせてくれなかったから、今から二時間寝る。着いたら起こしてね」


「うん、じゃあ置いていくね。キャビンアテンダントさんに起こしてもらえばいいよ」


「……ひっでぇ……」


 眠れなかったのは本当。俺の視界はすぐに暗転した。


  ★


「ヒロアキ、ヒロアキ」

 声が聴こえた。俺をヒロアキと呼ぶ人間は少ない。


 すぐに思い当たるのが加賀と新渡戸くらいだ。この声はたぶん…。


「んあ……加賀……? ……って、あれ?」


「早く起きろよ、皆に迷惑だろうが」


 溜息混じりにそう言った加賀遊規。


「あ……ああ……すまん」


「高島さんがひっぱたいても起きないって僕を呼びに来たんだよ」


 なんと。ひっぱたかれていたのか…それは何とも複雑だな……。

 うれしいような……悲しいような……。


「すまんな……っうっ」


 勢い良く立ち上がろうとしたとき、シートベルトが俺を押さえつけた。


「ヒロアキって思ったよりバカだな」


「お前ほどじゃないよ」


「はいはい、行くよ。クラス全員…………揃わないと解散もできないだろ」


 クラス全員ね。

 そう言った時、ちょっと間があったのは、きっとまた、いなくなった人間のことを思い出してしまったからだろう。


「……おう、さんきゅ」

 加賀の目を見ることができない俺がいた。


 俺はシートベルトを外して立ち上がり、頭上の棚に収納していた荷物を抱えて加賀の歩いた後を歩き出す。どうやら俺が最後の客だったらしい。


 迷惑かけたようで、申し訳ない。


「ご搭乗ありがとうございました」

 と言う客室乗務員に心の中で謝りながら。


  ★


「それじゃあ、家に帰るまでが修学旅行です。気を抜かないように」


 担任の理科教師、相馬先生がお約束の台詞を言ったところで解散となった。


「ねぇねぇ、加賀君山田君。一緒に帰ろ」


「「おう」」


 二人、ハモった。


「仲良いね!」


 そう、仲良いんだ。





 帰り道、モノレールで、加賀がおそるおそるといった様子で、高島に話しかけていた。


「高島さん高島さん」


「何なに?」


「その、知ってるんだよね。全部」


「……うん」


「ごめんね……こんなことになってて……」

 加賀、お前はそればっかりだな。


「加賀君が謝ることじゃないでしょ?怒るよ?」


「ごめん」


「謝らないでってば。山田君とか新渡戸君のしたことから考えれば、加賀君は聖人君子よ」


「それでも……」


「あぁ! もう! そういうところ嫌い! うじうじしてて」


「それヒロアキにも言われたわ……」


「そんな加賀君きらい」


「ごめん」


「あぁ! もう!」


 ループしていた。





 モノレールを降りて、地元の駅に向かう電車に乗り換えた。


「加賀君加賀君」


「なんだい高島さん高島さん」


「あたしを殴って」


「……はぁぁぁぁあ!?」


「いや、だってあたし加賀君に色々秘密にしてたでしょ? 許せないんじゃないかなって思って」


「いやいや、高島さんはほら、ヒロアキに操られてただけなんだよ。高島さんの分も殴っておいたから大丈夫」


「あ、あたしここで乗り換えだ。またね!」

 そう言って、既に開いていた扉から無理矢理出ようとした高島は……。


 ぷしゅー、がこ……。


「あう……」

 挟まれていた。右手と右足を挟まれていた。


「ちょっ……高島さん……」


「微妙に痛いぃ……」


 加賀は高島の左手を掴んで引っ張る。


「加賀君加賀君痛い痛い痛い痛い」


 一度ドアが軽く開く。


「きゃっ」


 加賀が引っ張っていたため勢い良く車内に引き込まれて……。


 ぷしゅー……がこん


 ゆっくりと、何も挟まっていないことを確かめるように閉まったドア。


 見ようによっては乱暴な動きにも見えた。


「あ、ごめん、高島さん」


 倒れた二人。

 加賀の上に抱きつくようにしている高島さき。


 なんつーうらやましい光景……。


「……痛かったよぉ、加賀君」


「お前らなぁ……こんな公衆の面前でイチャイチャすんなよ……」

 俺はそう言って、怒りを表明せざるをえない。


「しょうがないじゃんねぇ、加賀君」


「え? あ……その……まぁ……恥ずかしいけど」


「けど、何だよ?」


「いや……何でもない……」


 車内に転がったまま話を続ける二人は、どう見たっておかしい。


「あ、ねぇねぇ乗り過ごしちゃったしさ、このまま新渡戸くんのところに行こうよ」


「……新渡戸か……」


「そうしようよ。思い立ったらすぐ行動よ!」


「そうだな…行くか、皆で」


「さすが加賀君!話がわかる」


「あー……高島……いい加減離れろ。学校に通報されるぞ」


 俺はそう言って、何としても高島を立ち上がらせようとしたのだが、


「加賀君加賀君、あたし重い……?」


 無視かよ!


「…………軽いよ」


「今の間は何!」


「いや……特に意味は……」


「嘘」


「おいバカップル、いい加減に離れろ」

 ついに俺は無理矢理馬乗りになる高島を引き剥がそうとする。が、何故か抵抗する高島。


「ねぇ加賀君、正直に答えて。今みやこちゃんのこと考えたよね」


「うん……霧野さんよりは軽いなって」


 ドス。

 と……高島が、加賀の腹を殴っていた。


「うぉふ!」


「あ、ごめん、つい」


「はい、離れてね、皆見てるから」


 車両内、大量の好奇の目が、俺達に向けられていたので、俺が高島を引っ張りあげた。


 加賀と高島は立ち上がって照れくさそうに笑っていた。

 なんか腹立つな。


「お前ら恥ずかしくないのかよ」


「舞台で告るよりは」「舞台で告られるよりは」


 ああ、たしかにね。


 舞台に立ってない天の声の俺には理解できんわ。

 電車は俺たちを運んでいく。





 電車を無事に降りて、街を抜けて上り坂。

 寒い寒いと言い合っているうちに、新渡戸の家の前に立った。


「おぉ……なんか強そうな家だねぇ」


「だが、右半身が弱点だな。窓が多いから」


 高島の言葉に反応したのは加賀。


 俺達から見れば右半身だが、家からすれば左半身だというツッコミを入れようか迷った末にやめた。迷った時点でもうツッコミはツッコミではないのだ。


「あはは」


 高島が、俺を見て意味深にニヤリと笑ったので、俺は壊れそうなくらい力強く新渡戸の家のインターホンを押した。それで音が大きくなることもなく、微かにピンポーンという間の抜けた音が聴こえた。


 しばらくすると、扉が開いて、白い服を着た新渡戸が出てきた。


「おっす」

 と、俺と加賀。


「おっす」

 と高島。


 新渡戸は俺達三人を見渡すと、笑顔を作って、

「おっす」

 と言った。


「寒いだろ、とりあえず入れよ」

 久しぶりに入った新渡戸の家は、外よりも寒く感じた。物理的には暖かかったのだが……。


 フローリングの廊下から、フローリングのリビングルームへ。


 今日は高島もいるから、三人掛けのソファではなくテーブルの方に行くか。加賀がソファに座ったら高島が加賀の膝の上に座るとか言い出すかも知れないのでとりあえず素早くテーブルに備えてある椅子に座る。


「あぁ、加賀も高島も座れよ」


 そして二人が座ると、新渡戸が最後一つの椅子を引っ張りながら言った。


 四人がテーブルを囲んだ。


「で? 今日は三人してどうしたんだよ」


「あぁ、実はな……高島に、全部話したよ」


「…………」

 静寂。


 ずいぶん長い沈黙の後、新渡戸は口を開いた。


「……………そうか………じゃあ、俺が救えない嘘つきだって、知られちまったんだな」


「そういうことだな」と俺は言う。


「ごめんな、高島」と新渡戸。


 そうしたら、なんだか高島が不満げに声を出した。

「……似合わないな」


「え?」

 新渡戸は予想外の言葉に首をかしげる。


「だって、新渡戸君は図々しいくらいでいいのに、ごめんなんて似合わないな」


「そんなこと言ったってなぁ……」


「わかるよ? ごめんって言いたいのは。でもそれ言ったって、どうにもならないじゃん。みやこちゃんは戻ってこないじゃん。あたしは事情とかよく知らない。あたしは新渡戸君に頭下げられるようなことされてない。あたしにごめんなんて言ってる暇があったら、どうやったらみやこちゃんが居た時みたいに楽しくなるか考えてよ。あたしは頭悪いから、どうすれば良いのかなんて分からない。でも新渡戸君なら楽しいこといっぱい考えつくでしょう? だから、こんな所で一人で遊んでないで、四人で遊ぼうよ」


「高島って、勝手だな」と新渡戸。

「皆ほどじゃないよ」高島さきは突き放すようにそう言った。

「……それもそうか」


 それきり、俺と新渡戸は黙ってしまったのだが、

「……ちょっといい?」

 加賀が再び沈黙しかけた場に声を放った。


 俺たちは俯いていた顔を加賀の方に向けると、加賀は少し慌てておどおどしたような表情をしたがすぐに立て直して言葉を続けた。


「……新渡戸さ、どうして修学旅行来なかったの?」

 新渡戸は、言うか言わないか、答えるか答えないか迷った末に、話題に似合わない軽い口調で言った。


「ああ、実はな、暗い雰囲気で修学旅行して欲しくなかったから言わなかったんだが…………親父が居なくなった。金だけ置いて」


「親父さんが? 何で?」


「研究所の奴らも全く同時にいなくなった。もしかしたら、また夕実を生き返らせる気かも知れない」


「また、殺されるだけだぞ……」俺はそう言った。新渡戸に言ってもどうにもならないことは頭では理解していたが、どうにも止まらなかった。


「ああ。何度、夕実は殺されなくちゃいけないんだろうな」新渡戸は言った。


「……死んだ人間を生き返らせても、悲しいだけだよ。やめさせなきゃ」


「もちろん、やめさせる。もう悲劇のシナリオは書かないし、書かせない」


「でも、どこに行ったかわからないんじゃあ……」


「奴らは人間一人作るのに、五年はかける。できるなら今すぐ親父を追いたいけど、高校生活くらいは最後まで……。だから、卒業してから追いかける」


「……追いかけるって、新渡戸……大学は?」

「加賀……学問と人間の命の尊厳、どっちが大事だよ?」


 そういうのは、級長みたいな器を追う者に任せておけばいいんだよ。


 新渡戸は言う。

「とにかく、今まで通り。そこに霧野がいないだけ」


 加賀は、「霧野」ときくと悲しむマシンのように落ち込んで、

「いないだけで、だいぶ違うけどな……」


「加賀君加賀君」


「ん?」


「うじうじしない!」


「あ、あぁ……うん」

 高島に怒られていた。


 その後、トランプしたりテレビゲームをしたりして、午後7時ごろに、高島が家族との外食の約束を思い出し、そこで解散となった。


 ふと気付いたんだが、高島以外全員一人暮らしになったんだな。

 加賀や俺はともかく、新渡戸はこんな広い家に一人きりってのは寂しいだろう。


  ★


 高島と加賀を見送る。


「加賀、お前、ちゃんと高島送ってけよ」


「ああ」


「自宅に連れ込んでイチャイチャするなよ」

 釘を刺しておいた。


「当り前だろ!」

 必死だった。


「そうだよ、加賀君はそんなことする人じゃないもんねー」


「ねー」


「山田君じゃあるまいし」

 胸ポケット……もとい胸を触ってしまったことをまだ根に持ってるのか……。


 胸をガードする仕草が非常に愛らしい。


 というか高島なら全部可愛いと思ってる俺が最近の悩み事の一つだ。


「じゃあ、またね!」高島。


「ああ、またな」俺。


「じゃあなー」加賀。


 並んで歩く二人を見送って、「お似合いだな」と無理矢理思うようにしている自分が少し嫌いになりそうだった。


 そして俺も自分のマンションへと向かった。

 まぁまさかその自分の部屋がとんでもないことになっているとは、思いもよらなかったよ。




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