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リロード  作者: 黒十二色
第一部:RE ROAD
22/125

Chapter7 はじまりの終わり_1

視点:新渡戸夕実→???

 また一つ、響いた音。

 引き金を引いた音、弾倉が回る音。



 対峙する二人。いつの間にか止んだ雨。

 朝の公園。倒された者達は、戦いの行方など、気にも留めずに眠っている。


 男がナイフを、丸腰の、両手を垂れ下げた女に向けている。物騒な画だな。これは。


 新渡戸のようにダジャレじみた言葉で表現すると、傍観して見てると暴漢にしか見えない。とか何とか言いそうだ。


「級長。退いてくれないか。霧野みやこだけは、見逃してくれ」


「無理ね。死んでも、殺すわ」


「そっか、やっぱり、戦うしかないんだね」


 霧野みやこが死ぬ。それがゲームオーバーの条件。


 守りながら戦わなければならない。


 ヒュ、っと風を切り、級長が高速移動する。


 まずい。目標は、霧野みやこ!

 相手は彼女さえ殺せば終わりなんだ!


「っく!」


 ヒロアキは地面を強く蹴って、級長に追いつくと、霧野へ向かう軌道から無理矢理弾き飛ばす。


「馬鹿な!」

 女は声を出した。


「俺は、誓ったんでね。もう人を、殺させないと! お前も俺も、もう下手な芝居はやめようぜ。動くんだろ? その両手」


「貴方の右手も動くってことかしら」


「ああ……」


「なるほど……ねっ!」

 級長が爆発的瞬発力で向かった先は、あの禍々しい形をした小太刀だった。


 ヒロアキはそれを見破り、転がっていた石を蹴って阻止しようとする。


 間一髪のタイミングで太刀を弾き飛ばした小石。その音を合図にするようにヒロアキは駆け出し、落ちていたナイフ。先刻自分で投げたナイフを掴み取った。


 右手にはナイフ。左手にもナイフを。


 級長が太刀を手にした時には、既に霧野みやこを背にして守るように、山田ヒロアキが立ち塞がっていた。


「級長さん、一つ聞いていいか? 俺の右腕は演技だとして、どう見ても銃弾で打ち抜いたはずのお前の両手が動くのはどういう手品だ?」


「さぁね。わからないようなら二択にしてあげる。その一、私が全身サイボーグの機械人間である。その二、強力な鎮痛剤。その三――」


「二択じゃなかったのか?」


「そんなこと言ったかしら?」


「ここにきて時間稼ぎかよ。」


「かかってくればいいのよ。お喋りなんてしてないでね」


「まぁ、いい。俺が本気を出せば、一捻りだ」


「あら、またお得意のハッタリ? もう騙されないわよ?」


「何とでも言っていればいいさ。両手にナイフを持った俺は、さっきとはちょっと違うぜ!」


 ヒロアキは超超高速で地面を飛ぶと、身構えた級長の背後を取った。


 超超高速がどのくらい速いかっていうと、えーと南北両極の氷河が崩れるスピード並みに速いね。正直よく知らないけど、きっとかなり速いんだろう。


 級長が振り返った時には既に残像のみが残り、また前方、級長はあてもなく太刀を振った。

 当たるはずもない。


 ヒロアキは級長の懐に潜り込むと、逆巻くように下から上に斬り上げる。

 右手、左手。二回。級長の髪がパラパラと地面に落ちる。


 ヒロアキが本気で斬りに行ったら、級長の命はなかっただろう。


「これでもまだやるかい? 級長さん」


「っ当たり前!」

 級長の反撃。


 超高速で駆け出して、木枯らしのように回転斬りを繰り出す。

 当たらない。


「級長さん、俺だってな、四年間、サボってたわけじゃないんだよ。どんなに楽しい生活でも、自分を律して、鍛錬を怠ったことなんてなかった。かえって器を壊す生活の方が、腕を鈍らせる。単純作業の繰り返しだからな。決まった動きしか、できなくなる」


 キィン、と高音が響く。


「っく」

 級長の回転をヒロアキの右手に持ったナイフが完全に殺した。凪いだ。


「これで、王手だ!」

 ヒロアキはそう言うと、目に見えないような動きで、手を動かした。


 微かに見えた軌道は、稲妻のようなジグザグ。


 空気と摩擦してか、火花が散った。


「そんな……業物なのにっ」

 カラン、と金属片が転がった。


 級長の持った太刀が、五つの鉄の塊に化けていた。


「もう、いいよな……」


 ヒロアキが言うと、級長は降参を表明した。


「ええ……手を引くわ。ここまでやられちゃあね……。私も、実は迷っていた。本当は器を殺すことが、人を殺すことと同じなんじゃないかって。もし、よければ、また今度……鍛錬の相手してくれない? 山田君」


「あぁ。お前が、もう、人を殺さないと誓うのなら……」


「ありがとう。あぁ、そうだ、霧野みやこを、はやく病院に!」


「あ、あぁ、そうだな! まだ息はある」


「私は責任をとって加賀君たちや、周辺に散らばった凶器を片付けておくわ。急いで!」

 そして続けて、級長は、こう言った。

「私を、人殺しに、しないでね」


「その任務、了解だ!」

 ヒロアキは霧野みやこを背負って走りだす。


 霧野の長い黒髪が揺れる。


「制服、汚れちまうな」

 山田ヒロアキは呟き、走るスピードを上げた。


 助かる。

 霧野は助かる。助かれ!


  ★


 場面は数日後の通学路。


 ビルのふもとの道を歩いている、高島さき。

 そこに加賀くんが話しかける。


「あ、高島さん、おはよう」


「うん、おはようー。まったく……今日の朝にみやこちゃんが病院に運ばれてたって山田君から聞いたときはびっくりしたよー」


「通り魔なんて、物騒だよね。犯行に使われたのは刃渡り十二センチのナイフとか、完全に殺す気だよな」


「そういえば加賀くん、今日みやこちゃんは?」


「病院寄ってから来るってさ」


「そっか。あ、そうだ、あたし病院って嫌いなのよねー」


「僕も嫌いだな」


「加賀君加賀君」


「うん?」


「気が合うね。えへへ……」


「ははは……」


「ちゃんと、守ってあげなよね。大事にね」


「え? 何? よく聴こえなかったけど……」


「おーい、加賀~」


「ほら、恋人の新渡戸くんが呼んでるぞ。行ってあげな」


「恋人って、冗談きついぞ」


 そう言ったら、高島さきは、


「あははは……」

 複雑な顔をして笑っていた。


「……なんだよ新渡戸、何か用か?」


「むー。でも、あたしだってまだチャンスは……きっと……うん!」


 何事かを呟く高島さんから離れ、新渡戸のもとへ向かう。


 ――もう、霧野みやこを選んでいた。


 ――高島さきではなく、霧野みやこを。


「なんだよ新渡戸。何か用か?」


「どうしても言っておかないと気が済まないことがあってな」


「な、なんだよ。僕何か気に障ることでも……」


「あー違う違う。そうじゃないそうじゃない」


「で?」


「あぁ、俺さ、あいつは、霧野みやこは夕実なんだって言い聞かせてきた。でも、やっぱり違ったんだよな……」


「どうかなぁ。霧野は、夕実ちゃんでもあったと思うぜ。僕にはよくわかんないけどな……」


「加賀。今まで、長いこと嘘ついててごめん! でも俺、どうしても……」


「もういいよ。僕だってたまにお前に嘘ついてるもん。女子更衣室のぞいたこと黙ってたりとかさ……」


「なんだって……」

 新渡戸は目の奥をキラリと光らせると、人が流れていく通学路で叫ぶ。

「おーいみんなぁああああ! 加賀が女子更衣室のぞいたんだってよおお!!」


「おい! じょ、冗談だってば! 冗談!! 新渡戸ぇえええええ!」


「あははは」

 楽しそうに笑ってた。


 ふと、通学路で振り返った人々の中に、もう一人の親友がいるのを見つけた。


「ヒロアキ」


「ん、あぁ加賀か」


「どうしたんだよ、一人で」


「いや、どの面下げてお前らの輪に入っていけるもんかよ、ってね」


「何言ってんだよ。霧野も生きてるし、ヒロアキのおかげじゃんか」


「じゃあさ、俺が五年前に新渡戸夕実を殺しちゃってたら、お前どう思うよ」


「ゆるせないね」


「ごめん。やっぱり、そう、だよな。新渡戸に言ったら、絶交されそうで、怖くて」


「ゆるせないから、ずっと、僕や新渡戸のそばで、罪を償うべきだと思うよ」


「加賀……」


「新渡戸に聞いておこうか? ヒロアキが夕実ちゃん殺してたらどうするかって」


「や、待って。自分で言うよ。それは」


「そうか? まぁ、がんばれよ」


「加賀」


「ん?」


「ありがとな」


「雨降って地固まるってやつだな」


 僕は言ってやった。以前ヒロアキがやらかした間違った使い方じゃなく、これは正しい使い方だと思う。


 さて、二限が始まる直前の休み時間に、霧野みやこが登校してきた。


「ゆーき」


 名前を呼ばれて振り返る。


「おかえり。霧野さん。皆待ってたよ、中に……」


「ねぇ、ゆーき、以前私に好きな場所あるかって聞いたでしょ?」


「あぁ、うん」


「今から行こうよ。そんなに遠くないからさ」


 僕は少し悩んだ後、

「よぉし、わかった。英語なんかサボっちまうか!」


「うん!」


「いくぞ、みやこ!」

 彼女の手を取って、走り出す。


 と、そこに、行く手を阻む影があらわれた。


「ねえ加賀くん? 授業サボっちまう的なこと言ってなかった?」


「せ、先生。奇遇ですね、こんなところで……それじゃ僕、急いでるんで……」


 もう一度、仕切りなおし。


 走りだす。


「こらあああ! まてえええええええ!」

 女教師の甲高い声を背に受けて。


 弾けるように、笑いながら。


 霧野みやこの手を引いて。学校の外まで。


 魔女様、お怪我はありませんか?


 などと思いながら走っていたら、急にばたりと霧野みやこが倒れてしまった。

 包帯を巻いた腕に、にじんでいく血。


「って、まだちゃんと傷治ってないじゃんみやこおおおおおおおお!」


「だ、大丈夫。ちょっと傷が開いただけ」


「死ぬなああああ!」


「……ゆーき、約束、して。ずっと傍にいるって」

 苦し気に声を出した


「ああ、約束するよ。傍にいる」


 霧野みやこは、笑った。


 その笑顔は、かつて見た霧野の笑顔とも、新渡戸夕実の笑顔とも違っていた。


 おかえり、みやこ。

 もう、この手は離さない。


  ★


 日々が過ぎていく。


 信じられないくらい楽しかった。


 僕の目下の悩みは、霧野みやこと新渡戸夕実が、一つの体にあることで。ええと、どちらかというと夕実ちゃん寄りなのかな。


 とにかく、キスとかしてみたら二人に分かれたりしないかな、だとか、キスしちゃったらあの演劇の魔女のように静かな霧野みやこが突然目覚めたりしないかな、だとか、キスする度に人格が入れ替わったりしないかな、だとか。


 そんな風に皮算用してみても結局、どこまでいっても臆病な僕には、彼女達の唇を奪う度胸なんてありはしないのだ。


 日々は流れる。楽しい日々は普段とは比較にならないくらい高速で。流れていく。


 ある日、高島さんが霧野みやこに喧嘩を売った。


「あたし、負けを認めたわけじゃないんだからね。そこらへん、わかってるよね、みやこちゃん」


「さきちゃん」


「みやこちゃんはキレイだけどあたしだって、もうちょとしたら……」


「私、ゆーきのことが好き」


「あたしの方が加賀君のこと。加賀君のこと、加賀君――って、ぁぁあ! なんかもう負けてる気がする! とにかく、みやこちゃんはあたしのライバル! 負けないんだから!」


「私の方がゆーきのこと好き」


「むむむむむむむ……」


 そんなことがあった後、高島さんが、ふらふらと僕の前にやって来て、上目遣いで言った。


「ねぇねぇ加賀君。あたしもゆーきって呼んでいーい?」


「まぁ何て呼んでくれてもいいけど、どうしたの急に……」


 そのとき、新渡戸が急に割って入ってきて、

「かがゆうき……略して……ガキ」

 そう言い放って離脱していった。


「おい新渡戸……」


「あははは」


「みやこ!? 何故笑う!?」


「加賀くんっていうのはどう?」

 高島さんがわかりやすくボケたので、


「変わってないじゃん!」

 僕はツッコミをいれる。


「ゆーきは、ゆーきでいいじゃん」

 と、みやこはニコニコしていた。


「まて、俺はどうなるんだよ。俺だって新渡戸夕貴だぞ」

 ああそうか、こいつは、自分の名前も「ゆうき」だから、僕だけが「ゆーき」と呼ばれるのが気に食わないのか。


「ニート、でいいよ。新渡戸は」

 日頃の仕返しとばかりに言ってやる。


 そしたら新渡戸は、どこか楽しそうに叫んだ。

「あやまれ! 全世界の新渡戸さんにあやまれぇ!」


 本当に楽しくて、楽しくて、楽しくて。


「お湯かけたら夕実に戻ったりしねぇかなぁ」

 そんなヒロアキの言葉に、


「ねぇから!」

 ヒロアキがツッコミを入れたりして。


「加賀さきって語呂悪い気がするわよねぇ」

 という高島さんの呟きに、


「長崎にあやまれぇ! 高島ぁ!」

 新渡戸がズレたことを言う。


「それは少し違わない? 新渡戸君」

 真面目な顔で返されて、新渡戸はたじろいでたな。


 そのとき、霧野みやこが呟くように、

「加賀、みやこ……」

 と言い放ち、すぐに顔を赤くした。


 それを見た高島さんは、ものすごく冷めた声で、言うのだ。

「鏡を焼こう? 何かすごく罰が当たりそうね」


「…………(怒)」

 霧野さんが高島さんを睨みつけていた。


 けれども、高島さんは、そんな女子一人分の視線なんか気にも留めずに、思いついたようにパチンと手を叩き、

「あ、高島ゆーきになればいいのか!」


 そしたら新渡戸がニヤニヤしながら、

「何? 俺をもらってくれるのか? 高島」


 新渡戸の言葉に、全員黙った。


「無視だけはやめろぉおお!」


 みんなで笑った。


  ★


 積極的に活動したりなんかしちゃったりして。


「ねぇ、折角この五人でいるんだしさ、文化祭の時みたいに、また皆で何かやらない?」

 高島さんが言って、


「まぁ、賛成なんだけどさ、そう言うからにはさきちゃん何かやりたいことでもあるの?」

 まさかとは思いながらも、僕がきく。


「特にないよ!」


 やっぱりか。


「胸張って言うなよ!」

 怒ったように新渡戸が言って、そして続けて仕切り出す。

「じゃあさ、ゆ――じゃなかった、……みやこ、何かないか?」


 みやこは、長めの沈黙の末に、


「……映画」


「何でだ?」


「何となく」


「そっかぁ、何となくじゃしょうがないなぁ。よし、決定。映画撮ろうぜ」


「なーんか新渡戸、最近、霧野に甘いのな」

 ヒロアキの言うとおりだと思う。


「気のせいだろ?」


「でも映画っつったって、どんなの撮るんだよ?」


 僕が訊くと、新渡戸は、


「オリジナルに決まっているだろう?」


「じゃあまたお前が色々書いてくるのか?」


「いや、今回は全員一回何か書くべきだ」


「何で?」


「何となく」


「どうせ皆自分が主役のしか書かない気がするぞ」


「じゃあ自分主役は禁止。そいで、短いのをつないで、短編集みたいな感じでいければなと」


「う~ん、難しいなー……」

 何のアイデアも湧いてこなかった。


「悩むことはないぞ、加賀。何でも良いんだぜ! 表現の自由はウェポンだ!」


  ★


 団体名なんか決めちゃったりして。


「この五人の、なんつーか、グループ名決めようぜ!」

 という新渡戸の提案にヒロアキが、


「ふぅむ……五人の頭文字をとって、きたさにや」


「アフリカの国名みたいだな。北サニヤとか」


「アフリカにあやまれぇ!」

 別にアフリカを貶めているわけではないだろう。


 新渡戸は、ちかごろ「~にあやまれ」というツッコミを多用するようになったが、何度もきくうちに新鮮さがなくなって、もう全然面白くない。


 それよりも問題なのは……


「っていうか、僕の頭文字入ってないんだけど! どういうことヒロアキ!」

 僕は不満を表明する。


「しまったぁ。俺の頭の中で高島さきって名前が主張しすぎたぁ!」

 ヒロアキは本気で頭を抱えていた。


 ショックだ。どんな形であれ、親友に仲間外れにされるなんて。


 それでも僕は気を取り直して、罪悪感に震えるヒロアキを置き去りに提案をしてみる。


「じゃあ、帰宅部で……帰宅部…………第二帰宅部なんてどう?」


「「「え~」」」

 ほぼ全員から露骨に不快感を表明された。


「ぅわぃ、不人気」

 頭を抱えて見せる。


「まぁ候補の一つな、他には?」

 新渡戸が仕切って言うと、高島さんが、


「加賀遊規と愉快な仲――」


「はい他は?」


「むー……」

 むくれる高島さんがとても可愛い。


「そういう新渡戸は、何か案ないの?」僕は新渡戸に振った。


「俺か? うーん……ちょうど五人だし、何とかレンジャー、とか?」


「…………………………………………………………」


「そんな、冷たい目をしないでくれ」

 いたたまれなくなって、新渡戸は僕らに懇願した。


 けれども、完全に否定したわけではなかった。


 まず高島さんが口火を切る。

「あたしピンクね」


 次はヒロアキ。

「じゃ、俺グリーン」


 僕も続いて、

「僕はブルーで」


 そして霧野みやこが

「私は――」


 そう言ったとき、高島さんが横から言う。

「みやこちゃんはブラックでしょ?」


 しばし二人、危険な雰囲気で見つめ合う。にらみ合うって言ったほうが良いかな。


「じゃあ私もピンク」

 張り合いはじめてしまった。


「あたし淡いので、みやこちゃんやたら濃いピンクね。毒々しいやつ」


「逆でしょ?」


「えー、ありえないー」


「だいたい私がブラックなんて。女の子なのに……」


「似合うわよブラック。魔女だし」


「嫌。ピンク」


 その時、新渡戸が、「じゃ、じゃあ俺もピンクで」とか言った。


「うるさいわね!」

「最低」

 二人の怒りを一身に受けて、暴言まで受けた新渡戸だった。

 だが、新渡戸は打たれ強い男である。


 すぐに立ち直って再び仕切りだす。


「で、だ。話を戻すぞ。結局一番まともな意見が、加賀の挙げた『第二帰宅部』というのなんだが、いいのかこんなんで」


「だが待て。俺的には第二は既にありそうな気がするぞ。C組あたりに」


「何となくか? ヒロアキ」


「ああ、何となくだ」


「第五くらいならないだろう。たぶん」

 ヒロアキが全く根拠のない提案をして、


「うむ……それでいくか」

 決定しかけた。


 しかし、その時、高島さんが、

「でも第五帰宅部って、学校のイメージ悪くしそうよね。そんなに帰宅部あんのかーって……」


「いや、どうかな。俺の予想ではむしろイメージアップだ」


「何となくか? 新渡戸よ」


「いや、『そんなに数多くある帰宅部すら活動しているのね! 部活動が盛んだわぁ!』と奥様方に評判に……」


「なるほど」僕は一瞬納得しかけたが、「えっと……なるのか?」


 すぐに疑問がわき出した。


「と、いうわけで、だ。我々の名称が決定した! その名も、第五帰宅部! だ!」

 新渡戸が、第五帰宅部の発足を高らかに宣言した。


「なんだか堂々と言うのはばかられるね」と僕は言う。


「でももう決定したし、元はと言えば、加賀、お前の案だぞ?」


「わかってるけどさ」


  ★


 新加入する人がいたりして。


「と、いうわけで級長さんが、我が部に大変興味を示していたので、連れてきました」


 ヒロアキが、連れて来たのは、


「級長です」


「級長です、って挨拶どうなの?」

 僕はツッコミを入れざるをえない。


「学級委員です」


「それもどうなの。名前とかないの?」

 僕はもう一度ツッコミを入れる。


「して、我が部に興味とはどのようなことで?」

 新渡戸が偉そうな口調で言った。


「いえ、無断で放課後の教室を使用し、馬鹿騒ぎを繰り返す五人組の集団がいるらしく、苦情が。なので、その実態を」


「つまり、我が部に入りたいと」


「ええ」言った後、はっとして、「……いえ、違います」


「今、級長が『ええ。』って言ったよな? 聞いたよな?」新渡戸が問う。


「ああ、聞いた。確かにええって言ったな」ヒロアキ。

「言ったね」僕。

「言った」霧野みやこ。


 そこに高島さきが、

「そういえば級長さんって、名前なんていうの?」


「……っ……ぇぇ、と…………山田ヒロコです」

 級長は言葉に詰まりながらも名乗ったのだが、ヒロアキの名前にソックリだった。


「おいヒロアキ、貴様級長とどういう関係だ!」


「ちょっと級長!? 何その名前!」

 ヒロアキは慌てていた。


「しょ、しょうがないじゃない。他に思いつかなかったのよ!」


「よし、山田ヒロコ級長の入部を認める!」


「え、私まだ入るなんて……」


「問答無用デース」

 劇の配役を決めた時と同じ言葉で、彼女の入部が決定した。


「あ、それ、なつかし~」

 高島さきにも、異論は無いようだった。


「第五帰宅部へようこそ!」


  ★


 きっとこんな風に、毎日が楽しくて仕方がなくて、だから、


「うし、それじゃ本番いくぞ」

 監督兼カメラマンの新渡戸がメガホンを向けて指示を飛ばす。。


「ま、ままま、待って新渡戸くん。いきなりキスシーンなんて早いって! 早いって! こう恋愛の風景を一個ずつ撮ってって最後の最後のクライマックル……ごめんかんだ……クライマックスシーンなわけでしょ!? 最初からキスシーンはダメぇ! やめさせて!」


 高島さんは必死だった。必死すぎて途中で噛んじゃうくらいに必死だった。


 新渡戸が僕とみやこのキスシーンを最初に撮るって言ったものだから、高島さんが阻止しようとしているのだ。


「いや、映画の最初にキスシーン入れるぞ?」新渡戸は平然と言い放つ。


「っちょ……どんな映画よ……」


「今時珍しくもないだろ?」


「あたしたち、高校生! 不純異性交遊! だめ! ゼッタイ!」


「いいじゃん、加賀とみやこなら付き合ってるみたいなもんだろ」


「『みたい』でしょ? 付き合ってないじゃん! だからだめぇ!」


「じゃあお前にも加賀とのキスシーンやらしてやるからさ、いいじゃん」

 新渡戸は冗談として言い放ったのだが、


「……………………」


「こら、考え込むなぁ! そっちのほうが不純異性交遊! だめゼッタイ、だぞ高島!」


 手のひらを返した高島さんは、意見をがらりと変えて、言うのだ。

「いえ、キスというのは、決して不純なものじゃあ……」


「じゃあ今、加賀とみやこに――」


「だめぇ!」

 そこはやっぱり許容できないみたいだった。


「じゃあ俺とお前とかどうよ」


「ないわ」


「返答速いなそして声低いな」


「ないもの。新渡戸君とは、ありえないもの。まじで絶対。勘弁して本当に」


「ちょっと言いすぎじゃないのか、高島……傷ついたぞ」


「へへ、ごめん」


 そこで今度は僕が提案してみる。

「ここは裏をかいて、級長とヒロアキでいいんじゃないの?」


「そ、れ、だ。さすが加賀」


「あれ、でもどこ行ったんだ、ヒロコ・ヒロアキは?」

 新渡戸が言った時、いつも通り静かにしていた霧野みやこが、

「あ、なんかその呼び方かわいー」

 とか言った。そしたら今度は高島さんが、

「はぁ? みやこちゃん、なにかわいこぶってんよブラックなくせに」


 また、争いが始まってしまう。


「ほんとにブラックなのはさきちゃんでしょ? 最近メッキがはがれてきてるよ」


「なによ、それもこれも、みやこちゃんが……」


「私が、何よ」


「その……加賀君が……みやこちゃんを……って、ちょっと! 何撮ってんのよ!」


 無断でカメラを向けていた新渡戸にずんずん接近して奪い取ろうと手を伸ばす。


「おもしれーからだよ」


 新渡戸は、カメラを回しながら高島さんを捕り続けていた。


 ――本当に楽しい日々。

 こんな日々が、ずっと続いてくれると信じていて、でも――。


「なぁヒロコ」ヒロアキが目を細くして、うっとりとした感じで言う。


「なぁにヒロアキ」級長は特に表情なく返す。


「お前の好きな色って赤だったよな」


「ヒロアキは緑よね。正反対」


「赤と緑が一番仲良くできる日って知ってる?」


「え?」

 級長の表情に期待の色が灯った。


「メリークリスマス」


 女の両肩は二つの大きな手に抱かれる。


「……ヒロアキ!」


 そして二人は顔と顔を近づけていく。


「…………」


 さらに近づけて、近づいて、唇が重なろうとした時。


「って、やっぱり無理ー!!」

 級長はズドンと男を突き飛ばした。


「いっててて……」


「あ、ごめん、ヒロアキ。つい……」


「いや、大丈夫。それよりも、ショックだ……キスを拒否されるとは……」


「だって、私、別にヒロアキのこと別に何とも思ってないし!」


「……こんな映像が、曾孫の代くらいまで残ったら俺は泣くぜ……」


「どんまい、ヒロアキ!」

 僕は親指を思い切り立ててやる。


「加賀に言われるのが一番腹立つ!」


  ★


 そんなこんなで、撮りためた映像もずいぶん溜まってきた。


「よしそれじゃクライマックスシーン撮影するぞ」新渡戸。


 だけど、僕はそんなことを許すわけにはいかなかった。だって、この場所は……。


「こんな所で何撮るんだよ新渡戸……ここが、みやこが刺された場所だってわかってるか?」


 普通、そんな場所を撮影場所にするなんて、まともな神経じゃない。


「大丈夫、私気にしてないよ? トラウマとかないし」

 霧野みやこは、本当に気にしていないようで、ふわりと笑う。


「みやこになくても僕には……」


「ふ、甘いな、加賀。みやこが刺されたところだから撮るんだよ」


「新渡戸、お前って……」


「なんだよ」


「いや、もう、ね、何でもないよ」


「じゃあキスした後手繋いで走りだすんだぞ、いいな?」

 霧野みやこは深く頷いたが、


「キ、キスゥ!? 聞いてないんだけど!」

 僕は目を丸くした。


「言ってねえもん。で、その後ちょっとして高島が追いかける、と」


「うん……わかったよ」

 高島さきは渋々頷いた。


 そして新渡戸は、みんなに次々に準備ができたかきいていく。

「ヒロアキ、カメラは?」


「ん、ちょっとまって、今バッテリー換えるから」

 ヒロアキは鞄の中をごそごそと漁り、バッテリーをさがす。


「級長、撮り終わった後の弁当持ってきた?」新渡戸。

「バッチリよ」級長。


「みやこ、心の準備は?」

「オーケーだよ」


「みやこが良くても僕が……――っ??」


 突然だった。


 霧野みやこが僕ににキスをした。


「ちょっと……まだカメラ…………よし、完了。準備オッケーだぜ」ヒロアキの準備がやっと整ったけれど、撮影なんてもう、どうでもよくなってしまった。


 僕たちはキスをしている。


 触れ合う唇。

 すぐに離れた。


 僕は、何だかもう、心が震えてしまって、仕方がなくて。


「みやこ!」

 僕はみやこを抱きしめた。


 すぐに彼女の右手を掴んで走り出す。


 もうこのまま連れ去りたい。


 ああ、本当に大好きで。霧野みやこが大好きで……。


「お、おい! どこいくんだよ! まだ本番じゃねえし、カメラ回ってないぞ!」

 しかし僕らは戻らない。二人で走って離れていく。


 新渡戸は慌てて、ほかの皆に声をかける。

「おい、級長、二人を捕まえてくれ」


「別にいいんじゃないの? 仲よろしくって」


「くそっ、ヒロアキ、頼む」


「撮らなくていいんなら」


「いや、撮っとけ……」


 そこで高島さんが挙手をした。


「あたしが連れ戻す!」


「よし! ゆけ! 高島!」


 僕たちは走っていく。手を繋ぎながら。


「ゆーき、どこ行くの?」みやこはワクワクしてる感じの声でいった。


「みやこの、好きな場所ってどこだっけ?」


「そんなの、ゆーきの隣だよ!」

 そう言って、霧野みやこは笑った。きっと笑った。顔はみえないけど、僕にはわかるんだ。


「まぁーーーてーーーーー!」

 高島さんが駆けてくる。あまり足は速くない。


「ありゃ、追っ手が来た。逃げるよ! みやこ!」


「うん!」


 走る速度を上げた。手を繋いで、公園を走り回った。


 フェンスのある広場。滑り台の横。ブランコ。川沿いの道。


 僕とみやこがいて、夕実もみやこの中にいて、高島さんがいて、新渡戸がいて、ヒロアキと級長がいて、こんな日々が永遠に、第五帰宅部が永遠に、続いていけばいいなって願う。


 本当に大好きで。皆のことが、大好きで、ずっと、ずっと……。


 ずっと、ずっと。


「ゆーき、ねぇゆーき」


「……?」


 不意に、だんだんと世界が暗くなる。


 すぐに真っ暗になってしまった。


 声はきこえているけれど、手を繋いでいる感触もあるけれど、何も見えない。


「もう一度……あの場所に……」


 霧野みやこの声がする。


 僕は戸惑いの声を漏らす。


「ごめんね、さよなら。やくそ――」


 彼女の上ずった声を遮って、破裂音がした。一瞬だった。


 崩れ去った風景。再生の予感。

 崩壊と創造。波のようにこだまする夢の世界の崩壊音。


 ここは、どこだろう。


 これから夢でもみるのだろうか。

 あるいは、まさか、この幸せな世界こそが夢だったとでもいうのだろうか。


 ぼやけた頭で感じ取る。

 傍に誰かいる。


 これは、誰だろう。





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