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15.二人の距離感 前編

「ザリーナ、大丈夫か?」

 ルスランは、プシマフが消えた空を睨みつけるザリーナの肩をそっと後ろから支えた。

「……悔しい。こんなに歯が立たなかったのは初めてよ。魔法使い同士で戦うのって、今までなかったから、何が起こってるのかもよく分からなかったわ。でももっと早く気付くべきだった」

「仕方がないさ。魔法使い同士が敵対するなんて、誰も考えつかないことだ。それよりも、誰がばらまいたのか、プシマフが入れ知恵をしたのは誰なのか……」

「そりゃ、神殿の人間に決まってるわ。だって、地竜騒ぎの後から徐々に広まったのよ。地竜と共に、プシマフが入国して、神殿に潜伏してたと考えたら、神殿の人間しかいないわ」

 ザリーナは確信をもってそう言った。

「じゃあ、地道に証拠固めするしかないな。今、被害者たちの入手ルートから取り扱った商人たちをリストアップしている所なんだ。彼らを尋問すれば、誰が始めたことか、おのずと分かるだろう」

「そうね。でも以前は禁止薬物じゃなかったし、自己責任だから、神殿の関係者を罪に問うのは難しいわね。せいぜい偽物の南方葛を売った人間を罰するぐらいだわ。あと、王女の事件の犯人はプシマフで決まりだから、そこは解決ね」

 ザリーナはそう言いながら、国王にどう話そうか頭を悩ませた。端的な言い方をするとプシマフはザリーナのために復讐したのだ。


「ああ、もう!プシマフめ!地竜騒ぎの件の落とし前も付けてないのに!」

 ザリーナの叫びがもうすっかり暗くなった空に轟いた。



 後日、ザリーナはプシマフに関する報告結果をまとめて、国王に渡した。「ザリーナのためにやった」と言っていたことも含めてだ。

 それを聞いて、国王は頭を抱えた。

「プシマフのやったことは彼の責任でしかない。とりあえず、プシマフは次回入国次第、王族への傷害で捕縛せねばならんが、もちろんザリーナを罰することはできない。寧ろ、ディナラがルスランに媚薬を使おうとしたことの方が問題視すべきだ。ただこれも、もうあまり騒ぎ立てては輿入れに影響する。……すまんが、ルスラン、未遂だったことも含めて、今回の件はなかったことにしてほしい」

「かしこまりました。私としては、王女殿下とこれ以上会わずに済むなら異存はありません」

「もちろんだ。あれはもう蕁麻疹も収まったし、すぐにパールサに送り出す。お前たちを煩わせることは二度とない」

「どうかその御言葉が違うことがありませんよう。さて、騎士団からの報告です。南方葛とカンタリジンの流通に関してですが、持ち込んだ商人を数名特定しました。彼らは一様に神殿のカーズィム司祭派と特に取引がある者たちで、この二つの薬剤についてカーズィム司祭から情報を得たとのことです」

 ルスランの言葉に、国王は怒りをにじませた。

「なんだ、カーズィムのやつ!魔塔を責めておいて、結局自分が仕組んだのではないか。すぐにあやつを引っ立てて来い!」

 ザリーナとルスランは国王の怒りに少し驚いた。まさか直接カーズィムを問いただそうとするとは思わなかったのもあった。


「陛下、カーズィム司祭をどのような罪に問うんですか?」

 ザリーナの素朴な疑問に国王は即答した。

「もちろん、騒乱罪だ。あいつは『全部魔塔のせいだ!魔塔に調査隊を入れろ‼︎』とさんざん騒いでおいて、自作自演だったのだから許せんに決まっているだろう!」

 なるほどと、ザリーナとルスランが納得したように頷き、こっそり、二人で隠れて片手を打ち合った。

 カーズィムに責任を問うのを諦めかけていただけに、鶴の一声は思わぬ僥倖だった。


 そうして、引っ立てられたカーズィムが白状したところでは、私腹を肥やすために、南方葛とカンタリジンを輸入して売りさばくように仕向けたということだった。

 結局、これらによる薬害が判明して、怖くなって全て魔塔に責任を押し付けようとしたのだ。


「カーズィムについては騒乱罪と傷害罪を適用する。禁固三年と私財の没収を命じる。そして偽の南方葛を売りさばいた商人については皆傷害罪を適用する。それぞれ禁固一年と被害者への賠償を命じる」

 国王から判決が出て、薬物事件は幕を閉じた。結局、大それた陰謀ではなく、ただの私利私欲のためだったのだが、それに振り回された者たちはザリーナはじめ、皆疲れ果てていた。


「本当に腹が立つわ!聖職者のくせに有害な薬物で私腹を肥やそうとするなんて!プシマフも本当に、騒動だけ起こして、消えちゃうし!」

 今回薬物事件の被害者たちのために、大量に薬剤を消費したので、魔塔ではまた素材を調達し、調合し、とまだまだ仕事が山積みだった。

 主に、薬剤担当のルーシェンが、甘杏仁のデザートを餌にザリーナに手伝わせているのだが、ご褒美目当てと言っても、なかなか愚痴が出るのは止められなかった。


「それにしてもプシマフは、長いこと行方知れずだったのに、生きていると分かっただけでも良かったじゃないか」

 べルスランが薬剤をゴリゴリと擂りながら言った。それに噛みつくようにザリーナが吠える。

「でも、もうアディーグでは犯罪者扱いよ!指名手配犯よ!王女の件はともかく、地竜事件は許しがたいわ」

 その言葉にファティマも頷きながら言った。

「あれで人死にが出なくて良かったね。王国法なら死人が出たら、問答無用で首謀者は極刑だからねえ」

「この国では命には命をが鉄則だもんな」

 ルーシェンの故郷、華春国では、一般人が一人くらい死んだからと言って、すぐに加害者が死刑とはならないので、彼はアディーグの法律は厳しいものに感じていた。


「ザリーナ、プシマフのことはもう忘れなさいな。あの子はきかん気だけど、根は腐って無いよ。王女の件も、誰も懲らしめられないならとでも思ったんだろうさ」

 不機嫌そうに眉根に皺を寄せているザリーナの額を指でさすりながら、ファティマが慰めるように言った。

 ファティマにしてみれば、ザリーナにとって家族に等しいプシマフへの想いは怒りや憎しみだけでなく、心配もあるのだろうと見抜いていた。

 ザリーナは目を落とし、しばらく黙り込んだ。そして何か吹っ切れたように顔を上げた。

「そうよね。あんな迷惑な奴のことで頭を悩ませるより、新しい錬金術の研究を進めないと!こないだ、アトラメンタムからもらった鉱物で何かできないか考えてみようっと!」

 そうして新しい研究に打ち込む姿勢を見せたザリーナに、魔塔の重鎮たちはホッと息を吐いた。


 ザリーナが魔塔での研究に集中するようになって、ルスランはますます接する機会を失い、焦り始めた。その暗い表情に、団員たちはうっとおしさを感じるほどだった。

「団長!そんなに気になるなら、魔塔に行って来たら良いじゃないですか。飯でも持っていけばザリーナ様も喜んでくれますよ」

「それはもう何度もやってるんだ!しかし、いくら食事を共にしても、まるでただの知り合いのようにざっくばらんと世間話をするだけでなんの進展もしないんだ!このままでは、本当に二度と結婚式を再開できない……」

「ああ、恋愛の浮かれた気分は長く続かないですし、結婚には盛り上がりと勢いが必要ですもんね……」

 身に覚えがあるように団員の一人が頷いた。しかし、もう一人が納得のいかないような顔をして言った。

「アトラメンタムでは、盛り上がったんでしょう?」

「アトラメンタム……」

 ルスランは『許してくれるか?』と聞いた時に『そういう問題じゃない!』と一蹴されたことを思い出し、机に突っ伏した。

「ウワーッ!私はもう二度とザリーナに許されないに違いない!一体どうすればいいんだ!!」

 部下たちは突然の上司の豹変に慄き、そして同情を禁じえなかった。

 そして一人が思いついたというように言った。

「そうだ!こないだルスラン様は王女に媚薬を盛られそうになったわけじゃないですか。もしかしたら媚薬じゃなくても惚れ薬とか気分を盛り上げる薬や方法ぐらいなら魔塔のお偉方なら知ってるんじゃないですか?」

 ルスランはハッと顔を上げた。アトラメンタムでザリーナが手に入れた烏羽玉は催(・)眠(・)剤(・)で、精神不安の患者の治療薬として研究すると言っていたことを思い出した。


本日3回更新です。

3回目は番外編で夜に更新予定です。

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