14.神殿にて 後編
「それで、結婚式は今後どうされるんですか?」
「ええ、あんなことになったので、結婚自体を中止致しました。今後のことはどうなるか分かりません」
ザリーナがそう口にすると、ルスランは横でこの世の終わりのような悲しそうな顔をした。
ユースフはその顔を見て、心の中で「可哀そうに……」と想い、ルスランがもう一度ザリーナの心を取り戻せる日を祈りたくなったが、こればかりは二人の問題なので、その考えを捨てた。
「そうですか。ではまた何かありましたらご遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます。最近は禁止薬物のせいで、神殿の皆様にもご心配をおかけしておりますし、そちらの解決に全力を尽くしたいです」
チクリとした棘が含まれたその言葉に、ユースフはああ、と顔をひきつらせた。しかし、ユースフ自身が主導しているわけではないので、軽くため息を吐いた。
「……あの件は、神殿内でも意見が分かれています。一部の者が過敏になっているだけで、神殿の総意としては魔塔に対立するものではないことをお伝えしておきます」
「ええ、もちろん分かっております。こちらも調査隊についても快く受け入れる予定です。一番大事なのは民の安全と安心です。魔塔は神殿と共に国を守る者であることを第一としております」
「あなた方の力が国にとって欠かせないものであることを理解しております。この国が他の侵略を許さず、平和に保たれているのもひとえに魔塔の存在あってこそです」
定型の御世辞の応酬にそろそろ飽きて来たザリーナは少し、揺さぶりをかけることにした。
「ありがたいお言葉です。ところで、できれば今回ご不満を感じていらっしゃる神官様に、直接ご説明できたらと思っておりますが、特にどなたが中心となっておられますか?やっぱりカーズィム様かしら」
ザリーナは魔塔を常日頃批判している司祭の名を口にした。ユースフはそれには答えなかったが、その顔は言い当てられたというように固まった。
「……すみません。お応えしにくいですよね。こちらは神殿の皆様のご質問には誠実に対応させていただく予定です。私でできる事があったらご遠慮なく仰ってください」
ザリーナは深く追求せずに、会釈して神殿を後にした。
ザリーナに腕を引っ張られて、されるがままだったルスランは腑に落ちないという顔をして、ザリーナを問いただした。
「プシマフを探しに来たんじゃないのか?」
「そうよ。ちゃんと仕掛けて来たわ。じゃあ、とりあえず、見つけたらすぐに神殿に入られるように、隠れるところを探しましょう」
そう言った、ザリーナに対し、ルスランは嬉々として飛竜に乗って飛ぶことを提案した。神殿にすぐ向かえるし、二人きりで密着できるし、ルスランにとってまさに一石二鳥だった。ザリーナも良いアイディアだと思ったようで、素直に、ルスランに背を預け、飛行を楽しんだ。
「で、仕掛けってのは?」
「花束の中にね、使い魔を仕掛けてきたの」
「使い魔?」
「そう。今、神殿内を密かに飛び回ってるの。そのままプシマフを見つけられたら、大正解だし、見つからなかったら、誰かさんにけしかけるわ」
「……誰かさんが気の毒な気がするのは気のせいかな?」
ザリーナの含みを持った口調にルスランは顔色を悪くした。使い魔が何か分からないが、その誰かさんが助けを求めてパニックを起こすようなものなのだろうと思った。
「あっ、見つけた」
ザリーナが空を見つめて、ハッとしたように目を見開いた。
「プシマフか?」
「いえ、カーズィム様よ。私の使い魔を見つけてパニックを起こしてるわ」
振り返ったザリーナのその美しい顔に、似つかわしくないような悪い笑みが浮かび、ルスランは頭が痛くなった。
神殿ではスズメバチがカーズィムを追いかけまわし、大騒ぎになっていた。
カーズィムは剥げた頭と、出っ張った腹を揺らしながら必死に逃げ惑った。
そして、散々叫んだあと、ついにある一室に逃げ込んだ。
「お前、このしつこい虫を何とかしてくれ!」
そのカーズィムの必死の呼びかけに振り返った男の額には星形の傷跡があった。
「プシマフ!」
ザリーナはルスランの腕を掴み、神殿の前に飛び降りた。そのまま駆け上がり、結界を抜け、プシマフの部屋に転移した。
部屋の中では焼き殺されたスズメバチと、疲れ果てて座り込んだカーズィムと、それを見下ろすプシマフがいた。
「ザリーナ、人の部屋に入るときはノックしろと教えただろう」
プシマフは可笑しそうに口を歪めてそう言った。
「説教は後で聞くわ」
ザリーナはそう言うが早いか、光の輪でプシマフを拘束しようとした。
しかし、高速で飛ばされた輪がプシマフに触れると、なぜか、プシマフは消えて、そこには羽が切られた蛾が残された。
「何で⁉︎」
苛立ったように叫ぶザリーナをあざ笑うように、プシマフの声が背後から聞こえた。
「本当に、ティムールにそっくりになって来たな」
その瞬間ザリーナはまた光の輪をプシマフに放つが、先ほどと同じように、プシマフが消え、蛾が現れた。
そこから火が付いたように、プシマフとザリーナの追いかけっこが始まった。
ルスランは必死に追いかけたが、早すぎて、光の輪が放たれては消えることだけが視認できた。
「はあ、はあ、もう、ちょこまかと……!」
「無駄なことはやめて、久しぶりにちょっと話そうじゃないか」
すでに、神殿を出て、町中の屋根の上で、三人は対峙していた。珍しく息を切らしているザリーナに対して、プシマフは余裕綽綽という様子だった。
「何を話すの?自供?」
「自供か。王女に薬を渡したのは確かに俺だ。だが市中に流したのは俺じゃないぞ」
「じゃあ、何で、王女に薬を渡したの?王族を害するのは大罪よ!」
「可愛いお前を不快にさせたんだから、罰が必要だろう。そこの坊ちゃん含めて」
突然自分に話が振られて、ルスランは焦り、ザリーナは怒りを込めた口調で問い詰めた。
「じゃあ、私のために、やったっていうの」
プシマフはそれには答えず、視線を伏せた。
「……ティムールのこと、戻ってきてから知った。すまん」
プシマフのその重い口調に、ザリーナは眉根を寄せた。
「……お前が一番つらい時にそばにいてやれなかった」
「……そこは気にしなくて良いわ。おばばがいるし、魔塔の皆はもちろん、誰もが優しくしてくれたもの」
ザリーナはまさかプシマフがそんなに自分を気にしてくれたのかと居心地が悪い気分になった。
「あの時、何があったのか気にならないのか?」
「……会話の内容は分からないけれど、何があったのかは精霊が見せてくれたから」
ザリーナはプシマフが消える姿と、ティムールが転移が間に合わずに土砂に巻き込まれる映像をしっかり見た。
それは純粋に事故であり、プシマフのせいではないこともよく理解していた。
「ところで、じゃあ、あの薬はどうやって持ち込まれて、誰がばらまいたって言うの?」
「そりゃ、あいつらしかいないだろう」
「あいつらって、パールサ?それとも……」
「ヒントは十分だろう?ちなみに俺は持ち込んだわけじゃなくて、入れ知恵しただけだ」
「じゃあ、なんでアディーグに戻って来たの?」
「魔塔でネタをもらおうと思ったが、こないだお前が持ち帰った薬草、あれは面白いな。特に烏羽玉はいい」
「あれ、手に入れるの結構苦労したのよ!」
ザリーナはアトラメンタムでの出来事を思い返して不満そうに言った。
「俺はお前の名づけ親だからな。親には孝行するもんだろう」
その言葉にザリーナは光の輪を怒りに任せて投げつけた。しかし、やはり後には蛾が残るだけだった。
「これって、まさか形代の術?」
形代の術とは、自分の身代わりとして形代を設定する術で、攻撃された瞬間に、形代と自身が入れ替わるものだった。
「今頃気付いたのか?それに俺は蟲使いだぞ」
その瞬間、プシマフの身体を大量の蛾が覆った。
「待って!逃がさないわ!」
「ハハハ!またいつか会おう。可愛いザリーナ!」
蛾が塵尻になった後、プシマフの姿は完全に消えていた。
「プシマフ!!!」
ザリーナは悔しそうにそう叫んだが、ただ、こだまが響くのみだった。




