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300万円、蒸発
その日、仕事から帰ると部屋が静かだった。
「……あれ?」
テレビがついていない。
玄関を見る。
靴がない。
リビングを見る。
いつも床に脱ぎっぱなしのパーカーもない。
「珍しい」
一瞬だけ思った。
で、その一瞬で終わった。
嫌な予感は、たいてい当たる。
わたしは棚の引き出しを開けた。
通帳。
印鑑。
全部ある。
ナノに残高だけが、なかった。
「……え?」
見間違いかと思った。
もう一度見る。
変わらない。
ゼロ。
スマホを取り出す。
共同で積み立てていた口座。
ログイン。
残高。
ゼロ。
「……」
もう一つ確認する。
結婚資金専用に分けていた口座。
ゼロ。
「…………」
三回見た。
四回見た。
何回見てもゼロだった。
「えええええええええええええええっ!?」
反射的にすぐ電話をかける。
『おかけになった電話は――』
切れる。
もう一度。
切れる。
メッセージ。
既読にならない。
SNS。
アカウントが消えている。
「嘘だろ……」
部屋を見回す。
冷蔵庫には昨日買ったプリン。
洗濯機には朝回したままの洗濯物。
テーブルには読みかけのマンガ。
生活感は残っている。
なのに、人間一人だけ消えていた。
残っていたのは、テーブルの上の紙一枚。
『俺にはもう関わるな』
「いや」
一拍置く。
「関わるなじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
結婚資金、三百万円。
わたしの人生で一番高い貯金額が、その日、消えた。




