番外編「とある魔将軍の一日」
◇リリアナ視点
我が君、魔王アルノス・ヴォルティス様が玉座にお戻りになられてから、世界は目まぐるしく、しかし確実に、あるべき姿へと変わりつつある。
私、魔将軍リリアナは、この日も盟主王となられた我が君の側近として、多忙な一日を送っていた。
午前中は、新体制に関する諸侯との謁見。
我が君は、玉座に深く腰掛け、ただ静かに諸侯たちの言葉に耳を傾けておられる。
一言も発せられない。
しかし、その沈黙こそが、何よりも雄弁なのだ。
『下らぬ。汝らの矮小な言葉など、我の耳に入れる価値もない』
きっと、そうお考えなのだろう。
その圧倒的な存在感の前に、傲慢だった諸侯たちも、皆、借りてきた猫のようにおとなしくなっていく。
ああ、素晴らしい。
これぞ、絶対者の風格。
時折、我が君がこめかみに手を当て、深くため息をつかれる。
『世界の歪みは、これほどまでに根深いか……』
そのお姿を拝見するたび、私の胸は締め付けられる。
我が君は、一人で全てを背負っておられるのだ。
我々部下は、もっと我が君のお心を安らげるよう、尽力せねばならない。
ベルドリスも、ヴァルガスも、きっと同じ気持ちだろう。
謁見が終わると、我が君はぐったりとしたご様子で玉座の背もたれに身を預けられた。
そして、目を閉じ、微動だにしなくなった。
「魔王様が……眠られた……?」
新参者の元勇者アルトが、驚きの声を上げる。
愚かね。
我が君が、ただの惰眠を貪るとでも思っているのか。
私は、そっとアルトに耳打ちする。
「静かになさい、勇者殿。我が君は、ただ眠っておられるのではないわ。これは夢見の儀。夢の世界と交信し、この世界の未来を幻視しておられるのよ」
「な、なんと……! 未来を……!」
アルトは、畏敬の念に打たれたように、我が君のお姿を拝み始めた。
そう、我が君の行動の一つ一つには、我々凡人には計り知れない、深遠な意味が隠されているのだ。
午後は、軍の視察。
我が君は、ただ訓練場をゆっくりと歩かれるだけ。
しかし、その御足が地を踏むたび、兵士たちの士気は極限まで高まっていく。
我が君が、ふと足を止め、空を見上げられた。
そして、ぽつりと何かを呟かれた。
私には、そのお言葉が、風に乗って微かに聞こえた。
「……腹が、減ったな……」
私は、雷に打たれたような衝撃を受けた。
『我が飢えは、世界の渇き!』
そうだ、我が君は、この平和な世界に満足などされていないのだ。
この世界の、更なる先を。
新たなる征服を。
渇望しておられるのだ。
ああ、我が君、アルノス様。
あなた様の覇道は、まだ始まったばかり。
このリリアナ、どこまでもお供いたします。
私は、新たなる決意を胸に、我が君の偉大なる背中を見つめ続けた。
我が君が、ただ空腹で晩御飯のことを考えておられたなどとは、つゆほども知らずに。
これが、偉大なる盟主王アルノス様に仕える、私の、幸せな一日である。




