最終話 泥の聖女から、永遠の愛へ
「……エルゼ。またお前は、私以外のものに微笑みかけたな」
数年が過ぎた今も、ヴィルフリート陛下の重すぎる独占欲は、枯れるどころか深淵を増すばかりだった。
帝宮の奥庭、月明かりが降り注ぐ黒い薔薇の生垣で。彼は私の腰を引き寄せ、背後から逃げ場を塞ぐように強く抱きしめる。
心臓の融合は、私たちの間に「隠し事」という概念を消し去っていた。ドクン、ドクンと、私の胸の中で響く彼の鼓動。彼がいま、どれほど私を愛おしみ、同時に独り占めしたいと焦がれているか、そのすべてが熱となって私の魂を灼く。
「陛下、今のはお庭番の子供ですわ。……お花を届けてくれただけではありませんか」
「子供だろうと、お前の瞳に映るものはすべて私の敵だ。……お前を構成する光も、影も、一滴の涙さえも、私の許可なく他人の目に触れることは許さん」
陛下は私の首筋に、所有の印を刻みつけるように深く唇を押し当てた。
不機嫌そうな言葉とは裏腹に、胸から伝わる彼の感情は、凪いだ海のような深い安らぎに満ちている。
あのアステリアで石を投げられ、泥を流して泣いていた少女に、教えてあげたい。
貴女が流したその泥は、この世界で最も美しく、最も傲慢な死神の心を溶かすための「魔法」だったのだと。
「……見てください、陛下。帝都の明かりが、あんなに綺麗です」
バルコニーから見下ろす帝都は、かつての「死の沈黙」から解き放たれ、穏やかな夜を謳歌していた。
実父クロムウェルが求めた「静止」でも、教皇庁が求めた「選民」でもない。
陛下の「死」と私の「生」が混ざり合い、誰もが眠りの中で明日を夢見ることができる、優しき夜の帝国。
「……ああ。お前が創り、私が守った世界だ。……だが、そんな景色よりも、今の私にはお前の内側で育つ『新しい鼓動』の方が、よほど奇跡に思える」
陛下の手が、私のまだ平坦なお腹にそっと添えられた。
その瞬間、私の胸の奥の「融合した心臓」が、歓喜に震えるように脈打った。
「この子が生まれたら、貴方はますます嫉妬で忙しくなりますわね。……私の愛を奪うライバルが、また一人増えるのですから」
「……フ。自分の子供だろうと容赦はせん。……エルゼ、お前の第一位は永遠に私だ。……お前の魂の席は、死んだ後も、その次の生でも、私の腕の中にしか作らせん」
陛下は私の顎を掬い上げ、何度も、何度も、魂を吸い出すような接吻を繰り返した。
思えば、遠いところまで来た。
泥の中で始まった物語は、今、銀色の星々と漆黒の夜の祝福を受けながら、永遠の幕間へと入ろうとしている。
「愛しています、ヴィルフリート様。……私を拾ってくださって、ありがとうございます」
「……礼を言うのは私の方だ。……私を『人間』にしてくれた、私の小さな女神」
漆黒の指輪が、月光を反射して輝く。
私たちの鼓動は、もう二度と、別々のリズムを刻むことはない。
たとえ世界が変わり、理が書き換えられようとも。
泥の聖女と、死神の皇帝の、重く、甘く、出口のない溺愛の物語は――。
この夜の静寂と共に、永遠に続いていく。
最後までお読みいただき、本当に、本当にありがとうございました。
「不浄」と蔑まれたエルゼ様が、陛下という「最強の執着」によって救われ、自らも彼を救う……。
この二人の物語を完結までお届けできたのは、ひとえに読者の皆様の熱い応援があったからです。
泥を流していたあの日々から、この「永遠の愛」への凱旋。
皆様の心の中にも、二人が創り出した「穏やかな夜」が届いていれば、作者としてこれ以上の幸せはありません。
これにて『泥の聖女は死神皇帝に拾われ、漆黒の夜を統べる女神となる』、本編完結です。
もし、二人の「その後」や、成長した子供たちのお話、あるいはカイルやシモーヌの裏話など、番外編の希望がございましたら、ぜひ評価や感想でお聞かせくださいね。
皆様の応援こそが、物語を動かす最大の魔力でした。
また、どこか別の夜にお会いしましょう。
愛を込めて。




