第44話 さようなら、私を捨てた血脈
自分の鼓動が、自分のものではないように聞こえる。
ドクン、ドクンと、私の胸の奥で響く音は、ヴィルフリート様の力強い心音と完全に同期していた。
反転同調。
彼の「死」が私の「光」を汚し、私の「生」が彼の「虚無」を埋める。
視界が、これまでになく鮮明だった。実父クロムウェルの姿が、神の如き威厳などではなく、ただの「空虚な男」として映し出されている。
「……信じられん。汚れ、濁り、あろうことか死神と心臓を分け合うとは。……エルゼ、お前は自分がどれほど無価値な塵に成り下がったか分かっているのか!」
空中でよろめく父の声が、大聖堂に虚しく響く。
砕け散った杖の破片が、彼の足元で無機質な銀の砂となって崩れ落ちていく。
「無価値、ですか。……ええ、そうかもしれませんわね、お父様」
私はヴィルフリート様の腕に支えられながら、ゆっくりと父を見上げた。
私の肌には、今や黒い薔薇の紋様が刻まれ、そこから立ち上る闇の魔力が、父が放つ「静止の輝き」をことごとく霧散させていく。
「貴方の言う『完璧』とは、痛みも変化もない、ただの死です。……私はアステリアで泥を流し、陛下に拾われ、この胸の痛みと共に『人間』として生きることを選びました。……貴方の最高傑作であることよりも、この人の最愛の『不浄』でありたいのです」
「……よく言った、エルゼ」
ヴィルフリート様が、私の肩を抱き寄せ、冷徹な視線を父へと向けた。
彼の頬の銀のひび割れは、私の魔力によって漆黒の結晶へと変質し、より一層の覇気を放っている。
「クロムウェル。……お前の『理』は、私の妃の涙一つで崩れ去る、砂の城に過ぎん。……エルゼに捨てられたのは、アステリアの凡庸な貴族ではない。……お前だ、公王」
陛下が大剣をゆっくりと振り下ろす。
漆黒の一閃が、空中に浮かぶ「三つの目」の紋章を、真っ二つに叩き割った。
「――グ、ゥ……ッ! リュミエール、貴女もか……! 貴女も、娘をこのような泥沼に引き摺り込んで満足なのか!」
父の視線が、祭壇の陰で見守っていた母へと向けられる。
母リュミエールは、震えながらも一歩前へ出た。その手には、あの銀のメダルが握られている。
「……クロムウェル。私は、エルゼが『神』として凍りつくのを防ぐために、あの日逃げ出したのです。……この子が今、笑っている。……それ以上に完璧な結末など、この世にありませんわ」
母がメダルを床に叩きつけた。
ガシャン、と高い音が響き、三つ目の獅子の紋章が、この帝国の石畳の上で無残に砕ける。
それが、公国との血の繋がりの、最後の断絶だった。
「……あはは! 最高だよ。……お姉様も、お父様も、みんな壊れちゃったね」
瓦礫の上で、レオンの影がケタケタと笑い、そのまま闇の中へと溶けていく。
実父クロムウェルの体も、魔力の供給を断たれ、急速に透き通っていった。
「……エルゼ。……後悔するぞ。……その男の愛は、お前を永遠に、闇の底へ繋ぎ止める鎖に……」
「ええ。……その鎖こそが、私の求めていた救いですわ。……さようなら、お父様。二度と、私の夜を汚さないでください」
私の言葉が終わると同時に、父の幻影は銀の霧となって消滅した。
帝都を覆っていた重苦しい「静止」が完全に晴れ、朝の光がステンドグラスを抜けて、祭壇を照らし出す。
沈黙。
それから、地鳴りのような歓声が、帝都全体から湧き上がった。
時間が動き出し、人々が「勝利」を、そして「新しい女神」の誕生を確信したのだ。
「……終わったな、エルゼ」
ヴィルフリート様が、私の額に深く、慈しむように口づけた。
「……ああ……。ヴィルフリート様、なんだか、貴方の気持ちが……流れ込んでくるようです」
心臓が融合した副作用だろうか。
彼の胸の奥にある、私に対する狂おしいほどの独占欲と、失うことへの微かな恐怖。そして、何物にも代えがたい「安らぎ」。
それらが、言葉を通さずとも、私の魂を直接震わせる。
「……フ。隠し事はできんな。……お前が私の鼓動を感じるように、私もお前のすべてを感じ取れる。……これからは、お前が誰を想い、何に胸を躍らせるか、すべて私に筒抜けだ」
陛下が私の腰を引き寄せ、逃げ場を塞ぐように強く抱きしめる。
それは以前よりも濃密で、逃れられない、魂の束縛。
「……覚悟しろ。戴冠式の後は、もう二度と、お前を寝宮から出さないかもしれんからな」
「……ふふ。望むところですわ、私の陛下」
朝焼けに染まる大聖堂で、私たちは、誰にも邪魔されない新しい誓いを、互いの鼓動の中に刻みつけた。
第44話をお読みいただき、ありがとうございます!
ついに実父クロムウェルとの決別。
「お父様の最高傑作より、陛下の最愛の不浄でありたい」というエルゼ様の宣言、彼女の成長と陛下への愛の深さが爆発した瞬間でした。
そして、心臓の融合による「感覚の同期」。
陛下、これからはエルゼ様のちょっとした動揺や恋心さえもリアルタイムで感知できるようになってしまいました。独占欲の塊である彼にとって、これは最高のご褒美であり、同時に逃げ場のない愛の檻ですね。
次回、第45話「夜の女神の戴冠、真なる立后」。
ついに全大陸が跪く中、エルゼ様が正式に帝国の皇后となる儀式が執り行われます。
これまでの苦難、アステリアでの泥の日々をすべて過去にする、最高のハッピーエンドをお届けします!
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皆様の声が、最終回への最後の祝福となりますわ。




