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泥を流す聖女として捨てられた私、死神皇帝に拾われて世界の心臓として溺愛される 〜不浄だと追放した王国が枯れ果て、私の涙一滴を乞うてももう遅い〜  作者: 蒼城レイ


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第1話 黒い雨、漆黒の皇帝

数ある作品の中から本作を見つけていただき、ありがとうございます。

「泥を流す」という呪いを背負わされた少女が、最強の皇帝に愛し抜かれ、自らの価値に気づいていく物語です。

皆様の日常に、少しでも「救い」と「カタルシス」をお届けできれば幸いです。

空が泣いている。

 けれど、私の瞳から溢れる雨は、どろりと濁った漆黒だった。

「……汚らわしい。その顔を二度と見せるなと言ったはずだ、エルゼ」


 冷たい雨。それよりもなお凍てつく声が、頭上から降り注ぐ。

 泥濘ぬかるみに膝をつく私を見下ろしているのは、かつて愛を誓った婚約者、第一王子ジュリアンだった。


 彼の背後には、私の異母妹であるセラフィナが寄り添っている。

 彼女の瞳からは、宝石のような、透明で美しい涙がこぼれ落ちていた。

 この国、アステリア王国において「聖女」とは、清らかな魔力を涙として流す存在。

 そして私は――その真逆。

 流す涙が黒く濁る「出来損ない」であり、忌むべき「泥の女」だった。


「お姉様、ごめんなさい……。私が、私が聖女として目覚めてしまったばかりに……っ」

 セラフィナが、震える声で私の名を呼ぶ。

 彼女の足元には、彼女の涙が触れた箇所から、季節外れの白百合が芽吹いていた。

 奇跡の光景だ。

 対して、私の膝元の泥は、私の涙と混ざり合い、さらに深く、暗く、底知れぬ闇のように広がっていく。


「ふん、謝る必要はない、セラフィナ。エルゼ、お前は本日をもって公爵家を廃嫡、並びに国外追放とする。この聖なる国に、お前の流す『泥』は一滴たりとも必要ない」

 ジュリアン様の手が、無造作に私を突き放す。

 地面に転がった拍子に、胸元から母の形見のペンダントが零れ落ちた。

 色のない、ひび割れた小さな石。

 それすらも、私の涙に濡れて、無残に黒く汚れていく。


(ああ、私は本当に、何も持っていないのだわ)


 味のしない食事。色のない世界。

 幼い頃から、私は何を見ても、何を食べても、心が動くことはなかった。

 ただ、この黒い涙だけが、私の存在を証明する唯一のものだった。

 けれどそれすらも、ここでは「罪」なのだ。


「……行きなさい。二度と、その不吉なかおを見せるな」


 兵士たちに引きずられ、私は国境の森へと放り出された。

 雨は激しさを増し、体温を奪っていく。

 視界が霞む。

 森の奥から、獣の咆哮が聞こえたような気がした。

 ここで、誰にも知られず、泥の中に溶けて消えていく。

 それも、私に相応しい最後なのかもしれない。


 そう、瞳を閉じようとした、その時だった。


 地響きがした。

 荒れ狂う雨の音を切り裂くような、重厚なひづめの音。

 そして、森の木々が恐怖に震えるようにざわめき、霧の向こうから「漆黒」が姿を現した。


 それは、黄金の装飾が施された、夜の色の馬車だった。

 馬車を囲む騎士たちは、皆、死を暗示するような黒い甲冑を纏っている。

 

(魔物……? いいえ、これは……)


 馬車が私の目の前で止まる。

 扉が開いた瞬間、森の空気が一変した。

 雨が止んだわけではない。ただ、その男が現れただけで、天候さえも彼に従属したかのような、圧倒的な静寂が訪れたのだ。


 現れたのは、一人の男だった。

 濡れた漆黒の髪。氷の刃のように鋭く、けれどどこか寂寥せきりょうを湛えた深紅の瞳。

 その体躯からは、触れるものすべてを枯らすと言われる「死の魔力」が、陽炎のように立ち上っている。


 隣国の「呪われし皇帝」、ヴィルフリート・アイゼン。

 冷酷無比で、その手に触れられた者は例外なく命を落とすと恐れられる、生ける死神。


(殺される……)


 震える私の前に、彼が歩み寄る。

 その一歩ごとに、足元の草花が黒く萎れていくのが見えた。

 彼は私の前に立ち止まり、ゆっくりと膝を折った。

 泥にまみれた私と同じ目線に、皇帝が降りてくる。


「……見つけた」


 低く、地鳴りのような、けれど甘く響く声。

 彼の手が、私の頬へと伸びる。

 私は恐怖に目を細めた。彼に触れられれば、私の命は一瞬で吸い尽くされるだろう。


 けれど、頬に触れたのは、驚くほど熱い体温だった。


「……あ」


 彼の指先が、私の目元を拭う。

 指先に付着した、私の黒い涙。

 ヴィルフリート陛下は、それを忌々しそうに見るどころか、愛おしげに細めた瞳で見つめた。


「何という美しさだ。これこそが、私が焦がれ続けた『救い』だというのか」


 信じられないことに、彼は私の黒い泥を――その指先を、自らの唇に押し当てた。

 

「……っ、陛下、汚れます! それは、毒のように汚い泥なのです!」


 私が初めて声を絞り出すと、陛下は喉の奥で低く笑った。

 その瞳に、狂おしいほどの熱が灯る。


「泥? とんでもない。エルゼ、君の流すこれは、世界で最も純粋な『神の雫』だ」


 彼が微笑む。その瞬間、彼の周囲に漂っていた死の魔力が、目に見えて静まり、澄んでいくのがわかった。

 私の涙を口にした彼の頬に、微かに、けれど確かな血色が差した。


「君を捨てた愚か者たちに感謝しよう。おかげで、私は世界の心臓を手に入れることができた」


 陛下は私の身体を、泥ごと抱き上げた。

 重厚な外套が私を包み込み、皇帝の強烈な独占欲が、香油のような匂いと共に鼻腔を突く。


「今日から、君は私の妃だ。君を泣かせた世界など、私がすべて壊してやってもいいが……まずは、君のこの美しい涙を、一滴残らず私が飲み干すとしよう」


 彼の腕の中で、私は生まれて初めて「熱」を感じた。

 色のなかった視界に、彼の深紅の瞳が、鮮烈な色を持って焼き付く。


 雨はまだ降り続いている。

 けれど、私の心に流れていた冷たい泥は、彼の腕の中で、静かに溶け始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

「汚れ」だと言われ続けたエルゼの涙。

けれど、世界でたった一人、最強の皇帝だけがその真の価値を知っていました。

彼の執着は、ここから加速していきます。


この出会いが、エルゼの、そして滅びゆく王国の運命をどう変えていくのか。

次話、いよいよ帝国の後宮へ。そこでエルゼを待っていたのは、想像を絶する「甘すぎる」おもてなしでした。


もし少しでも「この後の展開が気になる!」「エルゼを応援したい!」と思っていただけましたら、ブックマークや評価、感想をいただけますと、執筆の大きな励みになります。

エルゼが宝石のように輝き出すまで、共に歩んでいただければ幸いです。

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