エピソード82 独占欲
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
花音さんに許可をもらって、
りなちゃんへ連絡を入れた。
「りなちゃん、お疲れ様。いきなりごめんね!」
「どーしたの?」
「まおのこと、もっと知りたいなと思って」
「そう、はぐらかすもんね、あの子」
「うん。同伴とかアフターも拒否されるし」
送ると、少し間があいてから返信が来た。
「あー、それは聞いたよ」
「『誘われたけど恥ずかしすぎて無理。
てか、お店以外で会ったら独占欲でちゃうし、
好きになりすぎちゃうからいけない』って言ってたよ」
その文を見た瞬間、指が止まった。
衝撃だった。
友達には、そんなふうに話してるのか。
店ではあんなに雑で、いつも一歩引いたような顔をして、
絶対に肝心なところは素直に言わないくせに。
俺の前では「無理」「やだ」「そういうの嫌」としか言わなかったのに、
その裏ではちゃんと、理由になる感情があった。
恥ずかしいとか、独占欲とか、好きになりすぎるとか。
そういう言葉を、まおは俺には見せずに、りなちゃんには見せていた。
「奏楽、気づいてる? あの子の努力」
続けて来たその一文に、今度は別の意味で引っかかった。
「え、何のこと?」
「会計、覚えてる?」
「えーっと……今日は七でおさめてって言ってた」
「その前は?」
「えー……」
「私が一緒だった時、六ね」
「……そうか」
「その前が五。最初に五万使っちゃって、
そっから下がったら奏楽が悲しむから、
毎回絶対更新したいって言ってたよ」
そこまで読んで、息が少し詰まった。
五、六、七。
ただその日の予算を言ってるだけだと思っていた。
今日は六、今日は七、そういう気分の問題だと思っていた。
少し意地っ張りで、少し見栄っ張りで、
その場のテンションで言ってるだけなんだと。
でも違った。
下げたくなかったんだ。
俺を悲しませたくないから。
毎回、前より少しでも上を出したかったから。
そんなふうに考えて来ていたなんて、想像もしていなかった。
りなちゃんからのメッセージは、まだ続いていた。
「だから今まで、私と同じ美容室でアシスタントしてたんだけど、
夜はラウンジも出るようになって」
「おじさんに手握られたとか、おしり触られたとか、
泣きながら夜中に電話かかってくるんだよ、私に」
「そこまでしても、奏楽を見に行きたいって言って、この前も来たんだよ」
画面を見たまま、しばらく動けなかった。
俺は、何もわかっていなかった。
まおが来る時、いつも少し不機嫌そうだった理由も。
予算の話をやたら細かく言う理由も。
締め日に来ないくせに、それ以外の日にはちゃんと来る理由も。
店の外では絶対に会わないと言い張る理由も。
全部、わかった気になっていただけだった。
俺はただ、面倒で気分屋で、
でもなんだかんだ来てくれる子だと思っていた。
そういう輪郭で見ていた。
自分が見えている範囲で勝手に理解したつもりになっていた。
でもその裏で、まおはちゃんと自分なりに削っていた。
金を作ることも、
気持ちを抑えることも、
店の外で会わないことも。
全部、あいつなりに線を引いて、守っていたんだ。
「……知らなかった」
そう打ってから、消した。
知らなかった、で済ませていい話じゃない気がした。
知らなかったんじゃなくて、
見ようとしていなかったのかもしれない。
見えているサインを、
自分の都合のいい意味で受け取っていただけなのかもしれない。
好きになりすぎちゃうから行けない。
その一文が、遅れて胸の奥に落ちてくる。
嬉しいとか、脈があるとか、
そんな軽い言葉で処理できる感じじゃなかった。
むしろ苦しかった。
自分が知らないところで、
まおがそんなふうにひとりで線を引いていたことが。
それでも店には来て、
いつもみたいな顔で座っていたことが。
その裏で、ラウンジまで出て金を作っていたことが。
何もわかっていなかった。
そう思った時、
まおが店で笑いながら「この一万はでかいから」と言った顔が、
急に別のものに見えた。
軽口じゃなかったんだ。
あれはたぶん、本当にでかかった。
りなちゃんとのトーク画面を見つめたまま、
俺はしばらく返事を打てなかった。
知りたかったはずなのに、
知ったあとで、
こんなに重くなるとは思っていなかった。
まおのことをもっと知りたいと思ったのは俺だ。
でも、その先にあったのは、
少し甘い真実なんかじゃなくて、
俺が見落としていた努力と、
勝手にわかったつもりでいた自分の鈍さだった。
そのことが、ひどく刺さった。
俺は何もわかっていなかった。
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