エピソード81 輪郭
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
まおは、いつも通り終電でひとりで帰っていった。
最後まで、店の外の話には乗らなかった。
同伴もだめ。
アフターもだめ。
店の外で会うことだけは、たぶん本気で拒んでいた。
今回ではっきりわかったことがある。
まおは、絶対に店の外では会いたくないんだ。
俺に求めているのは、
店の中でだけ楽しませてくれること。
ホストとして、
ちゃんと気分を上げてくれること。
それ以上でも、それ以下でもない。
少なくとも、そう見えた。
終電の時間が近づくと、
まおはいつもみたいにさっさと立って、
いつもみたいに雑な言葉を置いて帰っていく。
引き止めても無駄だし、
たぶん引き止めすぎると嫌われる。
そういう線引きを、
あいつは最初からちゃんと持っていた。
だから見送りながら、
これはもう性格とか気分の問題じゃなくて、
まおの中のルールなんだろうと思った。
店の中なら会う。
でも、その外には出ない。
そこだけは、冗談じゃなく譲らない。
ホストをしていると、
そういう線をどう越えるかばかり考える瞬間がある。
同伴に繋げるか、アフターに繋げるか、
店の外の時間をどう作るか。
そのほうが距離は縮まるし、
売上にもなる。そういう考え方自体は、
もう俺の中にもちゃんとあった。
でも、まおに関しては、無理にそこをこじ開けたくない気持ちもあった。
壊れそうだったからだ。
何が壊れるのかは、まだうまく言えない。
ただ、あいつのその拒否は、
ただの駆け引きじゃなかった。
店の外で会わないことに、
まおなりの意味がある。それだけはわかった。
だからその夜は、
見送りながらそれ以上は考えないふりをした。
店の外では会わない。
俺に求めるのは、店の中だけ。
それが今わかっている、まおの答えだった。
でも、それで終わるほど簡単でもなかった。
たぶんこの時にはもう、
俺の中でまおはただの客じゃなくなり始めていた。
もちろん、担当として気になる客ではある。
来れば空気が変わるし、
言葉の端に残る本音を拾いたくなる。
そういう意味で、
目が離せない相手ではあった。
でも、それだけじゃなかった。
もっと知りたいと思っていた。
なんでそこまで店の外を拒むのか。
何を守ろうとしているのか。
何なら受け入れて、何なら拒むのか。
そういうことを、客としてというより、
ひとりの人間として知りたくなっていた。
それが少し危ないことも、たぶんわかっていた。
相手は姫で、俺はホストだ。
知りたいと思う理由は、
本来もっとわかりやすくていい。
何を飲むか、いくら使うか、次はいつ来るか。
本当なら、そのくらいでいいはずだった。
でも、まおに対しては、それだけじゃ足りなかった。
終電に乗るために足早に離れていく背中を見ながら、
俺はそのことをぼんやり考えていた。
店の外では会えない。
なのに、店の外にいるまおのことを、
もう少し知りたいと思ってしまっている。
たぶんその時点で、俺の中の何かは、
少しだけ予定から外れ始めていた。
花音さんに声をかけた。
「りなちゃん、次いつ来る?」
「来週以降かな。どうしたの?」
「んー、ちょっとまおのことで聞きたいこととかあって」
「連絡先、教えていいか聞こうか」
「いいの?」
「アイバンだし、奏楽なら信用できる」
そう言われて、少しだけ肩の力が抜けた。
本来、自分の姫以外と勝手に連絡を取るのはタブーだ。
店ではそういうのを爆弾って呼ぶ。
下手をすれば、人間関係も売上もまとめて壊す。
だから普通は、やらない。
やるとしても、かなり慎重になる。
でも、こうやってちゃんと許可を取って連絡することは、たまにある。
たとえばアイバンだったり、
卓同士で関係ができていたり、
相手の子に確認が取れていたり。
線を越えないための手順を踏んだうえでなら、
例外みたいな形で許されることもある。
それでも、
俺がりなちゃんに聞きたいのは、
結局まおのことだった。
直接聞けば、たぶんまおは答えない。
答えたとしても、半分はごまかす。
あいつはそういうやつだ。
店の外では絶対に会わない。
でも来る時は来る。
はまってるみたいで嫌だと言いながら、
ちゃんと三回も来る。
そういう矛盾ごと、
まおはまおなんだと思う。
ただ、その輪郭がまだうまく掴めなかった。
何が嫌で、何なら許せて、
どこまでなら踏み込んでいいのか。
その線を見誤ると、
たぶんあいつは簡単に離れる。
でも、慎重になりすぎると、たぶん何も進まない。
その間を知りたかった。
「でも、まおちゃんのこと探るみたいにならない?」
「なるかも」
「じゃあやめとく?」
「いや……やめたほうがいい気もするけど、ちょっと知りたい」
花音さんはそこで少しだけ笑った。
「気になってんじゃん」
「担当としてね」
「はいはい」
軽く流されたけど、
完全には否定しきれなかった。
担当として気になる。
それは本当だ。
でも、それだけじゃないことも、
たぶんもう自分で気づいていた。
花音さんはスマホを取り出して、
りなちゃんに短く連絡を入れた。
画面を打つ指がやけに慣れていて、
こういうのもこの店では日常の延長なんだと思う。
少しして返事が来る。
「いいって。あと、奏楽ならまあ大丈夫だって」
「え、何それ」
「ちょっと認められてるじゃん」
「複雑だな」
そう言いながらも、少しだけ嬉しかった。
りなちゃんから見ても、
まおのまわりをうろつく男のひとりとして警戒されていないわけじゃない。
でもそのうえで、
奏楽なら大丈夫と言われたことには、
たぶん意味がある。
花音さんが連絡先を送ってくる。
画面に表示されたその名前を見ながら、
ほんの少しだけ迷った。
りなちゃんに聞けば、
まおのことが少しは見えるかもしれない。
でも同時に、知らなくてもよかったことまで見えてしまう気もした。
それでも、知りたいと思った。
客として、だけじゃなく。
まおという人間の輪郭を、
もう少しだけちゃんと見てみたかった。
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