エピソード79 意地
歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。
そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと
そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。
まおが来た。
いつものように、
真っ黒な服で。
派手な店の照明の下にいるのに、
まおだけはいつも少し光を弾くみたいに見える。
明るい色を着ているほうが目立つはずなのに、
あいつは黒を着ている時のほうがちゃんと目に入る。
ぶれないからだと思う。
似合うものを着ているというより、
自分の輪郭ごとその色に寄せている感じがあった。
席に着くと、
まおは鞄を置いて、
こっちを見る前に先に店の中をちらっと見た。
締め日が終わったばかりの月初の空気を、
たぶんあいつなりに見ていた。
先月までみたいな張りつめ方はもうない。
少しだけ気の抜けた空気の中で、
それでもこの店はいつも通りの顔をしている。
「なに」
「三回目だね、はまっちゃった?」
「別に、北斗さんも見れるし」
「見るだけならいいよ」
そう返すと、
まおは少しだけ鼻で笑った。
「見るだけで済むと思ってんの?」
「こわ。誰に言ってんの」
「自意識過剰ホスト」
「じゃあ違うの?」
「違わなくはないけど」
その言い方に、
少しだけ安心する。
まおはいつもそうだ。
全部を素直には言わないくせに、
完全に嘘もつかない。
だから会話の端にだけ本音が残る。
その小さい欠片を拾うたび、
少しずつ距離が縮んでいる気がしてしまう。
酎ハイをまおの前に置く。
まおは礼も言わずにグラスへ手を伸ばして、
一口飲んでから、やっとこっちを見た。
「締め日、結局どうだったの」
「二十三位」
「微妙そうな顔してるね」
「九十二万。まおが来てれば百いったのにな」
「八万も無理」
「今日の予算は」
「七」
「いけるじゃん」
「この一万はでかいから」
まさか、まおのほうから締め日の話をしてくるとは思っていなかった。
「二か月目にしては悪くないって言われたよ」
「でも自分では納得してないんでしょ」
「まあね」
「めんどくさ」
そう言いながらも、
まおはグラスを置く指先だけ少しやわらかかった。
「でも、そういうところはいいと思う」
「え、急に褒めるじゃん」
「今の取り消していい?」
「だめ」
「うざ」
口ではずっと雑なのに、
こういう時だけちゃんと見ている。
締め日に来なかったのも、
たぶんどうでもよかったからじゃない。
逆に、どうでもよくできないから来なかったんだろうと思う。
数字の空気の中に、
自分まで混ざるのが嫌だったのかもしれないし、
そこで自分の立ち位置を勝手に決められるのが嫌だったのかもしれない。
どっちにしても、まおなりの意地みたいなものがある。
「締め日、そんな嫌だった?」
「別に嫌っていうか、ああいう日に行くと、
なんか自分までその空気の一部みたいになるじゃん」
「なってくれたら助かるけど」
「そういうとこが嫌」
ぴしゃっと言われて、少し笑う。
やっぱりそうかと思った。
まおはたぶん、使う時は使う。
でも、締め日だからとか、
周りがそうしてるからとか、
そういう理由に自分を混ぜたくないんだ。
自分のタイミングで来て、
自分の気分で使って、
自分の意思ではまりたい。
そういう面倒なこだわりが、たぶんこの子にはある。
「じゃあ今日は?」
「今日は別に、来たかったから」
「それは嬉しい」
「調子のんな」
「もう乗ってる」
そう言うと、まおは小さく笑って、
グラスを持ち上げた。
締め日のあとに見るまおは、
少しだけ不思議だった。
数字の世界の外にいる顔をしているのに、
ちゃんとこっちの数字に影響する場所へ来る。
その距離感が、まおらしいと思う。
簡単に思い通りにはならないくせに、
来る時はちゃんと来る。
そういう相手のほうが、
気づけばこっちの中で大きくなっていく。
「で、北斗さん見れた?」
「まだ」
「じゃあ今日は外れじゃん」
「奏楽がいるじゃん」
え、と思った次の瞬間、まおはすぐに続けた。
「その顔きも」
そう言って笑うまおを見ながら、
月初の少し緩んだ店の空気より、
こっちの胸のほうが先にざわついていた。
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