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歌舞伎町が僕を食べる。  作者: 夜坂ネオン
ホスト前期

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75/105

エピソード74 核心

歌舞伎町、昨今なにかと世間を賑わせている街。


そんな場所で実際に経験したこと聞いたこと考えたこと


そんなことを織り交ぜたノンフィクション風ファンタジーです。


あのコールを境に、

先輩たちは次々とシャンパンを開けていった。


まるで、最初の一本が合図だったみたいに。


さっきまで静かに張りつめていた空気が、

一度破れたあとは早かった。


五十万、また五十万、その次はもっと上かもしれない。


照明が落ちるたびに、店の中の熱が少しずつ上がっていく。


コールが流れて、歓声が上がって、また別の卓で何かが動く。


その繰り返しだった。


俺は何もできなかった。


ただ、コールが流れたら指示されたテーブルへ向かうだけだ。


グラスを運ぶ。席を空ける。


ヘルプに入る。


マイクの輪の外で声を張る。


店の熱を途切れさせないための動きだけを、

ひたすら繰り返す。


それも仕事だ。必要な役割だ。頭ではわかっている。


でも、わかっていることと、

納得できることは違う。


さっき春さんの卓で見た景色も、

最初の五十万のコールも、

全部まだ自分のものじゃない。


俺はその場にいるのに、中心にはいない。


締め日の熱気の中で働いているのに、

その熱を自分の卓から生み出せていない。


照明が落ちるたび、

少しだけ胸の奥がざわついた。


次は自分じゃない。


その事実が、

一本流れるたびにはっきりしていく。


先輩たちは当たり前みたいな顔でシャンパンを開けていく。


普段と変わらない顔で笑って、

飲んで、姫を立てて、そのまま数字を積んでいく。


その姿がかっこいいと思うのと同時に、

ひどく遠く見えた。


俺はただ、呼ばれた場所へ行くだけだった。


コールが流れたら走る。終わったらまた自分の卓へ戻る。


少し話して、また別の卓へ呼ばれる。


締め日の店の中で、

俺はまだ流れを作る側じゃなく、

流れに使われる側だった。


それが悔しかった。


悔しいのに、今はその悔しさをどう変えればいいのかもわからない。


ただ、店の熱だけがどんどん上がっていって、

自分だけがその外側に取り残されていくみたいな感覚があった。


それでも足は止められない。


止まれば、もっと置いていかれる気がした。


だから俺はまた、次のコールに呼ばれてフロアを走る。


笑って、声を出して、何事もない顔をする。


そのたびに、自分の中の焦りだけが少しずつ濃くなっていった。


締め日は、店がひとつになる日なんかじゃない。


誰が上に行けて、

誰がまだ下にいるのかを、

嫌でも見せつけてくる日だった。


ららの席に戻ると、

ららがグラスを揺らしながら言った。


「今日、コールなしでいい。十とかでコールされても恥ずかしい」


一瞬、返事に詰まった。


たしかに今日、十万台でコールをしている席はなかった。


五十万以上が当たり前みたいに飛び交う空気の中で、

十万は急に小さく見える。


さっきまで自分が感じていた焦りと、

まったく同じ種類のものが、その一言には入っていた。


「わかった。シャンパン、今飲む?」


そう返すと、ららは少しだけ眉を上げた。


「やっぱり奏楽も、十でコール恥ずかしいと思ったんだ」


核心を突かれた。


たぶん俺は、ほんの一瞬黙った。


その一瞬だけで、もう十分だったのかもしれない。


「……思ってない、とは言えないかも」


そう言うと、ららは何も言わずにこっちを見た。


「でも、ららの十が恥ずかしいって意味じゃないよ。今日の店の空気が、そう思わせるだけで」


言いながら、

自分で少し苦かった。


結局俺も、さっきまで先輩たちのシャンパンを見て、

数字の大きさに飲まれていたんだと思う。


十万だって、外から見れば十分おかしい金額だ。


それなのに、この店の中では、

もっと上があるだけで急に小さく見えてしまう。


「じゃあ、やっぱりそうじゃん」


ららはそう言って笑ったけど、

その笑い方は少しだけ寂しそうにも見えた。


「ごめん」


気づけば、先にその言葉が出ていた。


「なんで謝るの」


「いや、なんか……ららが持ってきてくれた十とか二十まで、

この空気で小さく見えそうになってたから」


「ふーん」


「でも、本当は全然小さくないよ」


そう言うと、ららはグラスを置いて、少しだけ真顔になった。


「そういうこと、ちゃんと今言えるなら、まだ大丈夫だよ」


その一言に、今度は俺のほうが黙った。


締め日の空気に飲まれていたのは、

俺だけじゃなかったのかもしれない。


でも、その空気の中で何を大きく見て、

何を小さく見てしまうのかを、

ちゃんと口にした瞬間、

少しだけ自分の足元が戻ってくる感じがした。


店の中ではまた、どこかの卓で歓声が上がっていた。


照明が落ちて、コールが流れて、誰かの夜がまた大きく動く。


それでも今、目の前にあるららの言葉のほうが、少しだけ重く胸に残っていた。


締め日は、数字で人の価値を測る日だ。


でもその数字の見え方まで、

この店の空気に全部預けたら、

たぶん終わるんだと思った。

よんでいただきありがとうございます。

感想、評価、レビュー思ったままにお願いします。

いただいた方にはお返ししに行きます。

ブックマークしていただけるよう謹んでまいります。

今後とも長いおつきあいをよろしくお願いします。

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