冒険とおいしいもの ※
冒険したらおいしいものが待っているかもしれない7本。
※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。
『パン屋さんには抗えない』
パン屋さんには抗えない魅力があるのは何故なのか。
一軒目のパン屋さんは全粒粉を使ったパン――特にバケットや、ドライフルーツとナッツを練り込んだハード系のパンが堪らなくおいしそう。
二軒目のパン屋さんはドイツのパンが並んでる。
有名どころから初めて名を聞くものまで、どれもこれも卑怯なまでに美味しそうで、何を買おうかすごく迷う。ケースの前で、ムムムと唸ってた。
結果、プレッツェルを買ってみる。
だって、見事なまでに艶やかな、ムラのない焼き色とパックリと開いた切り込みから覗く、内側の白さのコントラストとアクセントの塩粒に誘われたもの。噛み締めたら絶対にうまいやつ。
ありがとう。無限に噛み締めながら味わうよ、いただきます。
『ナビ』
《〇メートル先、信号右折》
《この先、左から二番目の車線に入る》
こんな感じで、スマホにあれこれと指示されながら運転する。
案内された道が本当に最短ルートなのかとか、もっと運転しやすい道はないのかとか、超弩級の方向音痴である私にはわりとどうでもよくて。
そういうのは、土地勘があったり道や地名を把握していて、ちょっと道を間違えたって自力で即座に軌道修整ができて、自分で適切なルートを割り出せる人が好きなだけ気にすればいい。
スマホのナビに言われるがまま走り、道中で遭難しなければ御の字、目的地に着けば尚良しなのさ。
前のスマホはGPSがお粗末だったから、私はずっと海か隣町にいたものね。
今のスマホだってちょっと残念なヤツだけど、GPSだけはマシらしい。今更ながらに初めて使ったナビゲーションで、初めての道をちょっとした冒険気分で駆け抜けるのがこんなに楽しいとは知らなんだ。
おかげで、数年間、ずっと探していたパン屋さんも見つかったしね。
『足が早くて罪なやつ』
夏の鮮魚コーナーでイワシを見たらば、移動手段、後の予定、献立等でうーむと迷い、諦めきれなければ、カゴに入れて慌ててレジに向かうんだ。
何せ、イワシは足が早い。
真夏のイワシは冷蔵庫から出たならば、腐敗に向けて一直線に疾走するもの。私はイワシが傷む前に、氷や保冷バックを駆使して、あの手この手を使って疾走よ。
新鮮なイワシならば、夏らしく酢〆にしたい。茗荷をのせたら、冷酒と本当によく合う。
でも、保冷剤と氷で温度管理したとて、徒歩で持ち帰るんだもの。鮮度がやや気になる。ならば、火を通そうか。
梅煮も捨て難いし、タルタルソースやレモン汁で食べるフライも魅力的だ。でも、今日は蒲焼きにしましょう。
イワシは手開き。合わせ調味料は醤油、砂糖、味醂、料理酒、あとは酢を入れる。
イワシのギトギトの脂には、酢のさっぱり感とコクが合う。バテ気味の夏は特にいい仕事をしてくれる。
夏のイワシは傷みやすいのに美味すぎて、なんて罪なヤツ。
『inner』
『内なる自分と向き合いなさい』
年長者は説く。
『そうすれば、貴方は自分を救えるでしょう』
炎天下を一人で歩いていたら、ふと思い出した。
目的地はまだまだ先。話し相手もおらず暇なので、折角だからと、内なる自分とやらに声を掛けることにする。
初めてだから上手くいくかどうか。
「やあ」
(……)
「今日はすこぶる暑いね」
(……ええ)
おお、ちょっと間はあったけれど、応えてくれた。
案外、話し掛けられるのを待っていたのかも。
「今からベーカリーに行くよ。いつものお店ね。今日は何にしようか?」
(……明太フランスとレモンクリームパンとベリーデニッシュ。コーヒーも忘れずに)
「いいチョイスだ」
内なる自分と食の趣味がすこぶる合う。良い友だちになれそうだ。
(とても暑いから帰りにパフェを食べましょう)
いい提案だ、すごく。
ただ、この内なる自分とやらは、単なる欲求と何が違うのか。公園の木陰でデニッシュを頬張りながら、一人、首を傾げる。
『自分のためのごはん』
他の人が作ってくれたごはんはとても有り難いし、おいしいと思うんだ。
ただ、心も体もすこぶる不安定で、ちょっとしたことで大きく揺らいで、いつまでも治まらないとき、自分の作るごはんが一番安心できることもあるのだと知った。
他者の作る料理に込められた、作り手の思いや気遣いが、揺らいで過敏になっている心を更に揺すってしまうのかもね。
素材をテキトーに取り出して、何を作るか考える。
献立を思いつかなくても取り敢えず切っていく。
今はあっさりとして肉料理の気分だな。汁物も付けよう。野菜の煮物も食べたい。
酸味のあるもの、苦いもの、ご飯、麺類、どれが今の自分の求めるものだろうと、自分の心身と相談しながら調理する。
途中でふと、作業の手を止めて、何となくここまで調理したけど、後はどうしようかと思考してもいい。
だって、献立が途中で変わろうが、名もないような料理になろうが、誰かのためでなく、自分のためだけにご飯を作っているのだから。
誰かの好みや健康について気兼ねする必要はない。味つけの塩梅は自分の好みでいい。
なんなら、味が薄過ぎたって、濃くたっていいんだ。自分が作ったものなら、「こんなものだ」とそれなりにおいしく食べられる。
食べた誰かの顔色や反応を気にする必要がなく、おいしくなければ、「こんなものを食べさせてしまった」と申し訳なく感じることもないんだもの。
そうしてできるごはんが、食べてつらいわけがない。
だから、一番安心。
『ガチガチに硬いきな粉クッキー』
調理用ビニール袋に薄力粉七〇グラム、きな粉三〇グラム。
これは薄力粉がいつものレシピの分量には足りず、きな粉を足しただけ。世にきな粉クッキーはあるのだから、なんとかなるでしょ。
塩は気持ち多めのひとつまみ、砂糖は二じゅ……
「おわ、手が滑った」
入れ過ぎだ! アナログの測りだから一桁目はわからないけど、目盛り半分以上入っちゃった。
まあ、甘さなんて好みの問題。甘さ控えめ、きな粉の風味と味を重視したいのならば、二〇グラムでも、もっと控えめにしてもいい。要は甘さの塩梅は気分次第だし、オーケー、大丈夫。
粉系の材料を入れたら、袋の中の材料を混ぜやすく、そしてうっかり零さないように、袋がふんわりと膨らんだ状態で口を縛り、シャカシャカ振る。
粉が均一に混ざったら口を開けて、油――太白胡麻油なんて凝ったものはないから、米油大さじ二を回しかけ、生地がポロポロのそぼろ状になるまで混ぜる。
混ぜるのは袋の上から。手や調理器具を無駄に汚したくない。
最初は、指の腹で掻くように混ぜる。袋に付いた油がすっかり粉に吸われるよう、指先でアシストしながら油を拡散させる感じ。
油が見えなくなったら、粉全体を掌や指全体で軽く擦り合わせながら生地を混ぜる。これは、油を粉全体に行き渡らせるため。擦り混ぜる内に、粉と油の混ざったものは、そぼろ状に姿が変わる。
そぼろ状の生地を一掴みして手を開いたとき、生地が崩れることなく一塊になったらちゃんと混ざった証拠。確認したら、生地の塊は解しておくこと。
次はヨーグルトを大体大さじ二、袋に入れる。
ヨーグルトは牛乳製でも豆乳製でもいい。ヨーグルトじゃなくても、牛乳や豆乳、水でも可。要は、ポロポロの生地をまとめる水分が欲しいのだ。
分量について『大体』というのは、ヨーグルトを少しずつ加えて、生地の硬さを見ながら増やして適量にしていくから。
最初は袋の上から指先で混ぜて、水分が生地に吸われて、おおよそ全体に行き渡ったら、生地を二つに折りたたむか、真ん中から分けて上下に重ねて軽く伸し、また重ねて伸してを数度、繰り返す。
繰り返すのは三度くらいでいいかな。あまりやり過ぎると、硬くなりそう。
「あ、ヨーグルト入れ過ぎたかも」
生地が緩いや。水分でじっとりもったりしてるし、持ち上げたらぐんにゃりダレちゃう。
まあ、でもなんとかなるでしょ。サクサクにはならないかもしれないけど。
生地を畳んだり重ねる工程は、パイやクロワッサンと同じ原理。生地の層を作って、サクサク感を出すため。ただ、パイのようにバターを間に挟んで、何層も重ねて層を作るわけではないから、ちょっと食感が良くなるくらい。
以前、きな粉の入っていない生地に、薄く油を塗って層を作ってみたら、パイほどではないものの、気持ちサクサクしたから、ひと手間掛けておいしく食べたいなら試すのもありかも。
生地が四角くまとまったら、袋ごと生地を麺棒で平らに伸していく。
まずは、生地の中心に麺棒を当て、トントンと中央から奥、中央から手前に軽く伸す。麺棒を縦に半回転させて、中央から左に、中央から右に圧して伸ばしていく。生地が強く圧縮されてしまうから、麺棒はまだ転がさない。
生地が袋いっぱいに広がり、厚みも七、八ミリ――これも好みによるけど――になるまで伸したら、表面を平らにするために、ここで初めて麺棒を軽く転がす。
平らなったら、あとは袋の上から好きな大きさにカット。型抜きしてもいい。
袋を切り開くなり、口から慎重に取り出すなりして、生地をアルミホイルの上に移して、一七〇度に温めたオーブントースターもしくはオーブンに入れて焼く。
……とはいうものの、私は余熱なしでオーブントースターにぶち込んだし、なんなら、オーブントースターがご機嫌斜めで、何度加熱しても数分で職務放棄をするから、結局、何分加熱したかなんてわかりゃしない。
きつね色の焼き目が付き、生地の中央を指で押して、硬ければ出来てるでしょ、くらいのテキトーさ。
あとは、庫内の余熱もクッキーも触れられるくらい冷めるまで放置したら完成。
たんぱく質を少しでも多く摂りたい人向け、おまけに顎も鍛えられるガチガチに硬いきな粉クッキーの出来上がり。
『黄色、朱、それから青』 ※死の要素あり注意
八月の丁度真ん中。
こんなに蒸すのは、地獄の釜の蓋が開き、中の湯気が地上まで上がってくるからだろうか。
ぼくは灼熱の日差しに焼かれながら、ホオズキを一本握り、自分の背よりも大きなひまわりの海を進む。
目指すは海が見える丘。
ここはまだきみに触れられた頃、二人でよく通った道だ。
今では一年に二回、今日という日ときみとサヨナラした日しか使わない。
いつものことだけど、歩いていると、持っているホオズキがほんの少し重くなっていく。
ぼくはこの重みにきみの存在を感じて、嬉しくなるんだ。
少し立ち止まって、持っていた水を飲み、ホオズキにも一口分掛けてあげる。
きみが何度も行きたがった海はもうすぐだよ。
きみは今も夏の空よりも青い水平線を見て、前と同じく大はしゃぎするのかな。
パン屋さんには抗えない 2026.7.19
ナビ 2026.7.20
足が早くて罪なやつ 2026.7.23
inner 2026.7.23
自分のためのごはん 2026.7.26
ガチガチに硬いきな粉クッキー 2026.8.11
黄色、朱、それから青 2026.8.15




