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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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95/95

夏と夜 ※

夏と夜に絡む7本

※一部に鬱、虫の要素があります。苦手な方はご注意ください。

『目からウロコのマヨネーズ』


 小さいパンケーキが食べたくなって、でも冷蔵庫に卵がなく、代わりにマヨネーズをみつけた真夜中。

 そういえば、どこで見たのやら、ケーキの生地にマヨネーズを入れるレシピがあったようなと思い出す。


 マヨネーズの原料は卵と酢と油。全部、蒸しパンに入っている材料じゃないか。

 蒸しパンに酢を入れるなんて意外なようだけど、確か、酢は重曹やベーキングパウダーに反応すると炭酸ガスが発生して、生地をふんわりさせる効果があるんだっけ。昔、学生時代に家庭科で習った、調理の不思議。

 ……というわけで、ものは試しにマヨネーズを使ってみることにした。



 薄力粉と砂糖、ベーキングパウダー、マヨネーズ、牛乳を混ぜて焼く。なんて、テキトー。

 だけど、できたものは驚くほどキレイな焼き色で、食感も表面はさっくり、中はもちっとふんわりしていた。酢はまったく感じない。普通においしい。


 意外な物がおいしさに繋がるのだと、目からウロコ。






『目をつけられる』


 休日なのに妙に静かな昼下がり。晴雨兼用傘を開き、私はぼんやり歩いている。


「良い傘ね」

 ふと、声を掛けられた。俯いていた顔はようやく地面から前方を向き、そして、目を見張る。


 立ち止まったのは辻のど真ん中。視界の端から端まで田畑と山が広がるのみで、周囲には人っ子一人いない。

 おまけに、振り返れば、潜った記憶のない赤い鳥居が背後にそびえ立っていた。


 ――ここどこ?


 自宅を出て、どれほども歩いていないはず。それなのに、よく見知った、迷いようのない自宅周辺からいつの間に、見知らぬ土地にきた……いや、歩かされていたのか。


 当惑して空を仰げば、厚い雲が天を覆っていた。傘が遮るべきは肌を焼く日差しではなく、じき雨に変わるのでは?――そう思わせるほどに、空は不穏な灰色で埋まっている。

 僅かでいい、雲を照らす一点はないか。

 おおよその方角を知ろうと太陽を探し、真上を向いた瞬間、絶句した。曇天の隙間から、巨大な目が私を凝視している。


(これ、さっきの声の主じゃない?)

 ――良い傘ね。

 この場でただひとり、私に声を掛けたヒト。


 私は傘を開いたまま地面に置き、後ろ足で鳥居へ引き返した。






『好物』


 飴なんて、ただの砂糖の塊。香料と酸味料で誤魔化した味などただの虚ろだと、侮っていたこともある。……否、今もその評価は変わらない。本物を除いては。


 赤い丸缶から取り出して、掌にコロリ転がす飴玉は、角の取れた三角錐。宝石みたいに蕩ける赤で、艶々と照りがある。

 舌に載せれば、溶けた先から滋味深い甘さとよく練られた香ばしい風味が広がり、不思議とぬくもりを感じた。まるで、麦芽の飴や甘藷を味わっているよう。


 他の飴はすぐに噛み砕くのに、これだけは誤魔化しのない素朴な味わいをいつまでも楽しみたくて、最後のひとひらが溶けて消えるまで静かに味わってしまうんだ。


 これはあなたが教えてくれた本物。だから大事に食さないと。






『輪廻』 ※死の要素あり注意


 夢の中、貴方は息を引き取った。

 昨日も、一昨日も、先週も、先月も、半年前も、昨年も、何年も前も、ずっと夢で。


 この世で貴方が息を引き取ったのは、当然ながら一度であり、ずっと昔のことだった。

 それなのに、私の夢では数え切れないほどの数、貴方は命を終えるのだ。

 過去と同様に寿命の蝋燭が尽きるように眠ることもあれば、目前で唐突に逝くこともある。報せを受けることもあった。

 私はいずれの終末もただ見届けるのみだ。


 貴方を失う夢を見るのは……見せられるのはどうしてなのか。縁なんて、辛うじて繋がっていた程度でしかなかったのに。

 私に伝えたいことがあるのか、実際に貴方は何処かの世界でそうなってしまった事実を知らされたのか。何ひとつわからない。

 それでも私は今日も明日も、貴方の輪廻の旅を見続けるのだろう。






『夜散歩』


 深夜零時半、家人達を起こさぬよう、こっそり家を抜け出す。

 しばらくの間、胸にわだかまっていたモヤモヤが気持ち悪くて、夜道に落としてきたかった。


 真夜中の散歩は一年半ぶりか。……いや、違うな。

 散歩目的でこんな、日付の変わった真夜中に出掛けるのは初めてだし、散歩の行く先がコンビニなのも初めてだ。


 前にいた所はド田舎だったから最寄りのコンビニは車の距離で、真夜中にそこまで歩くなんて、土台無理。暗い時間帯なんて、山から何が降りてくるかわからないから、余程の近所でない限りは車での移動が安全だったもの。


 それでも、こんな深夜に移動したことがてんでないわけではない。

 かつていた所でも今いる所でも、こんな時間に動くとしたら大抵は病院からの呼び出しか、夜間の付き添いだ。

 暗闇の道を車のライトで照らしながらの移動は、いつだって何処か心細かった。



 そんなとりとめのないことを思い出しながら、街灯で照らされた夜の町を歩く。

 すっかり慣れたはずの道なのに、夜闇の中だと全然知らない道に見える。曲がるのはこの道で良かったか、細い道も判断も暗闇に紛れてしまう。


 どこもかしこも真っ暗。通り過ぎるどの家も、向こうに見えるアパートも明かりなんて全然ない。町のほとんどが寝静まっているんだ。

 これだけ町が真っ暗だから夜空には星が見えて、でも、かつていたあの寂れた町ほどの星はないのが少し寂しい。


 夜道をテクテク、躓いて転ばぬように歩く。

 昼間は絶えず車が通る公道も、今の時間は車がほとんどないようだ。道向こうのコンビニの明かりが煌々と光り、ひどく目立っている。誘蛾灯に向かう羽虫よろしく、大股歩きで公道を横切った。


 深夜のコンビニ、買うものは決めている。ホットスナックコーナーの唐揚げがどうしても食べたかった。

 深夜だとレジ横の棚はスカスカになるらしい。このコンビニの、豊富なフレーバーが売りの唐揚げも今はレギュラーかチリの二種のみらしい。ちょっと迷って、レギュラーを手に取った。

 棚の片隅に二十円引きの焼鳥を見つけ、塩ダレとタレを一本ずつ買う。


 焼鳥と唐揚げなんて、随分と久し振りだ。

 家にいる鶏肉嫌いが頑なに拒むものだから、唐揚げも焼鳥もあまり食卓に出せないもの。

 こっそり抜け出した夜に、滅多に食べられないものを内緒で買い食いするという背徳感のスパイスが、帰り道の私につまみ食いの誘惑をする。抗えるわけがない。ボディバッグから焼鳥を取り出した。



 夜風が涼しい。雨のにおいが少しする。

 焼鳥は既に冷たく、我慢できずに食べたナゲットはしょっぱい。

 焼鳥ってこんな味だったなとか、ここの店の唐揚げってこんなにしょっぱかったっけ、なんて呟きながら帰る。行きよりも夜道に迷うことはなかった。


 ずっとモヤモヤしていた胸の内が、ほんのちょっとだけスッと軽くなった気がする。






『潮騒』 ※鬱要素あり注意


 病院にいた。一時間ちょっと前まで。

 病院の駐車場で泣いたのも覚えてる。その後、どうしたんだっけ。気付けば、よく見知った海が車窓の向こうにあった。


 荒波なのは潮が満ちてきているからか。

 沖は深い青緑で綺麗だけど、浅瀬は酷く濁って海藻やゴミが寄っている。今の私の心みたい。


 着いた先は祖母がかつて暮らし、今は静かに眠り続ける地だ。

 月命日でもないのに突然、墓参りに来た私に、その下で眠る祖母は驚いたろうか。

 数珠もないまま長々と、七月の強烈な紫外線を日傘で凌ぎながら祖母に語り続けた。


 線香が半分ほど灰になったところで墓から一度離れ、すぐ近くに広がる海に向かう。

 潮騒を近くで聞きたかった。心が乱れたときはいつも、潮騒を聞いて心の均衡を図っていたから。

 墓の前と祖母の家の前、二ヶ所の潮騒を波飛沫を浴びながら録音し、もう一度、祖母に声を掛けてから帰った。


 エンドレスで潮騒を聴く今、目はまだ涙で沁みている。






『夏の夜の迷惑客』 ※虫要素あり注意


 ああ、そうだ。毎年、もう少し早い時季の、雨上がりの蒸し暑い夜に来るものだから、完全に油断していた。そういえば、今年はまだ見ていなかったな。

 夏の夜、玄関扉の窓越しに見る大群。透ける羽根を優雅に舞わせ、番求めて光溢れる社交場に集う若き羽蟻たちの群れ。

 明るい窓、門灯、街灯、自動販売機に有象無象で群がる彼らは今まで一体どこに潜んでいたのやら。なんて嫌な風物詩。


 殺虫剤を手に、ドアノブに手を掛け、構えの体勢。

 ヨーイドン! でドアを少し開け、狭い隙間からスプレーを吹き掛けたら、慌てて締める。待機すること数秒、ドアに張り付く黒点の数が、少しは減ってくれたか?

 外に漂う薬剤を吸わぬよう、一息吸って息を止め、後はもう覚悟とスピード勝負。ドアを勢いよくかつ体一つ分だけ開けた瞬間、隙間に滑り込むように外へ出て、慌ててドアを閉める。即座に振り向き、再び殺虫剤を撒く。


 ドアを這う黒点が徐々に減る代わりに、ドア周辺の地面には黒いマダラ模様が密度を濃くしていった。

 集う群れの数というか量の暴力と殺虫剤による蹂躙に、そこはかとなく怯えてしまうのは、仕方がないのではなかろうか。


 ほうきで片付けつつ、招いた覚え皆無の来訪者を観察。寸胴ではなく、くびれがあるのでひとまず安心。シロアリでなくクロアリだ。

 辺りを見回せば、門灯は群がる羽蟻で照明効果が半減していて、街灯付きの電柱の上部はビッシリと羽蟻が密集している。鳥肌。


 余談ではあるが、山の方で暮らしていた頃、白だか黒だかの羽蟻の大群に、家中の隙間という隙間から侵入されたことがあった。あいつら、網戸の目まで潜り抜てきやがる。

 屋内はもう虫だらけ。口に入るわ、耳元を掠めるわ、しまいには羽根の落ちた白蟻まで頻繁に落ちてくる始末。もう、地獄。それが一年といわず、毎年だから本当にご勘弁。

 照明を落とせば寄らないと気付き、数日といわず、一夏ずっと夜間は常夜灯とランタンで過ごしていたのも、今ではすっかり懐かしい思い出だ。


 人も虫も、ウジャウジャと群がるのはよしてほしい。何事にも適度というものがあるのだ。

目からウロコのマヨネーズ 2026.6.01

目をつけられる 2026.6.07

好物 2026.6.10

輪廻 2026.6.17

夜散歩 2026.7.4

潮騒 2026.7.08

夏の夜の迷惑客 2026.7.10

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