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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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縁と実 ※

縁とはどこにでもある7本

※一部に流血描写があります。苦手な方はご注意ください。

『世界はサウナ狂であろうと、風は薫る』


 三寒四温のその先は、過ごしやすい気温の日が穏やかに続き、梅雨入りの少し前から気温が増していくといいなと、暢気に期待していた五月半ば。

 妙に肌寒くてブランケットを膝に掛けた数日後、じっとりと汗ばむほどの、天気予報士曰く『六月中旬並みの』暑さが続くことになるなんて、誰が予想できるというのか。


 それはそれは唐突な暑気到来と朝晩の大幅な寒暖差はまるで、サウナ狂と化した世界が、生きとし生けるものすべてを巻き込んで大規模な温冷浴をおっ始めたかのようだ。なんと傍迷惑なことか。

 サウナ狂いの世界の気紛れに一体、どれだけの生物がいとも容易く順応できると思っているのだろうか。少なくとも私は大規模な強制温冷浴についていけていないのだが。

 唐突な夏日に暑熱順化が間に合わず、自律神経は面白いほど振り回されている。体が熱をうまく体外へ逃せず、発熱したようにフラフラだ。


 まったく。日本の四季はどうしてしまったのか。

 極寒の冬はもう少し早くおいとましてくれて構わないし、夏はそのせっかちさを正すべきだ。春は奥ゆかしいにもほどがある。訪れたと思ったら、早々に去ってしまうのだもの。ついでに秋も、いつまでも夏をのさばらせていないで、とっとと追い返してくれていい。

 本当に、頼むよ、四季――とほざくのはこのくらいにして、五月からこの調子でへたっていたのでは、本格的な夏が来る頃には、バテるどころではなく、体も思考もドロドロに溶けて、人間でなくなってしまいそうだ。


 慌てて夏服を引っ張り出し、日傘を差して外に出た。勿論、水分補給用の水も忘れない。

 なんとかして体を暑気に慣れさせねば、命が保たないとの危機感が、私を散歩道に急き立てた。



 ああ、本当に困ったものだ。ついこの間まではあった、ポカポカ陽気の心地よい日向が今や、すっかり失われている。いつもの散歩道にあるのは、容赦なく肌を焼く直射日光と、そこにいるだけで体を煮やす苛烈な日向だ。

 日傘を差しているにも拘らず、それでも足は更なる涼を求めておのずと日影へ向かった。日向を避けて影から影へ移動するなんて、遠い昔に遊んだ影鬼だ。まさか、大人になっても遊びでなくやることになるとは。吹く風の微妙なぬるさと相俟って、力なく苦笑する。


 ぬるくてやや強い風。先月、こんな風が吹いたならきっと、桜の花弁も紛れていただろう。今は風に舞う花びらは見えず、代わりにザワザワと枝葉が風に弄ばれる音が聞こえる。それとあと、香り。

 風に飛ばされそうな日傘を慌てて引き寄せて、ほっと息をついたとき、流れる風の薫りが甘くなったことに気付いた。

 風の来た方に目を向ければ、視界に鮮やかな色が映る。


 大輪のバラが無数に咲く庭、白や黄のジャスミンが見事に蔓延るフェンス、名も知らぬ小さな花で真っ白に染まった街路樹――それらが香りのもととわかり、蜜蜂よろしく花の香りに誘われてご機嫌に歩く。

 急な暑気にダレていたのも忘れ、道々の花の色と香りを楽しみながらのんびりと五月の散歩を楽しんだ。



 願わくば、天は私に癒しを与えてくれた花々に恵みの雨を降らせてはくれないか。

 五月にしては度を越した寒暖差と煮えるような陽気にまいっているのはきっと、動物だけじゃなかろうよ。草木や花々だって、潤いがなければ、すぐ干乾びてしまうもの。

 世界はそろそろ、連日のサウナと過度な温冷浴に飽きてくれないかなぁ。






『ハイヒール』 ※流血描写あり注意


 ハイヒールの音がする。自分の背後からずっと。

 満月の、人も車の通りも少ない真夜中、ハイヒールがアスファルトを打つ音が響く。


 視界に青信号を捉え、歩みを速めた。ハイヒールのテンポも速まる。

 十メートル先に交差点。信号が赤にならないことを祈る。いや、いっそのこと自分が行き着く頃に、点滅すればいいのだ。ハイヒールを足止めする要素がひとつでも欲しい。


 月光が照らすアスファルト。俯き、前のめりになって歩く視界の端に、チラチラと影が見える。ハイヒールの音はさっきよりも近付いていた。足を更に速める。


 前方の交差点は、願い叶わず、行き着く前に赤信号に変わった。直進は諦める。代わりに、進行速度を緩めぬまま直角で右折する。同時に、ハイヒールが駆け出す音がして、自分も咄嗟に駆け出した。

 来るな、来るな、来るな、来……キキィーーーッ


 耳を劈くブレーキ音、左側面に衝撃、浮遊感、体全体に衝撃、強烈な摩擦。

 ゴムの焼ける悪臭。全身を襲う強烈な苦痛。血の味、におい。

 いたい。痛いイタイいたい痛い!!!


 ふと。

 ハイヒールの音がどこからか聞こえ、耳元で止まった。

 死の足音が。






『センダンの雨』


 風薫る五月。風が汗ばむ肌を撫でたと思ったら、一陣の風が吹いた。

 煽られた木々のざわめきと共に、あられのようなものが小雨のように降り注ぐ。

 花だ。小さな白い花。


 見上げると、青々とした葉に混じり、白の群れと淡いからし色の実が見えた。

 実と花が同時に見られる不思議な木、センダン。


 その名を教えてくれたのは誰だったか。兎にも角にも忘れっぽい僕が、今でもセンダンを覚えているのなら、教えてくれた人は大事な人だったのかもしれない。


 花の雨はなおも降り続け、ポタ、とひとつだけ僕の肩に当たって落ちた。

 僕に触れたのを縁と感じて拾いたくとも、他の白にすっかり紛れてわからない。

 僕は自分と繋がる縁をいつだって見失うんだ。






『実山椒』


 お店で大好物の実山椒を見つけて、迷わずカゴに入れた。

 細い枝にたわわになる、爪ほどもない小さな実の何とも愛らしい。


 実を摘む作業の細かさに目を凝らせば、小さな実の表面にさらに細かな凸凹を見つけた。

 山椒がミカンの仲間であるのは知るところだけれど、こうしてつぶさに観察すれば、なるほどそれがよくわかる。


 水で汚れを落とし、軽く下茹ですれば、爽やかで少し痺れるスパイシーな香りが湯気と共に上がった。

 実はとても小さいのに、香りも刺激も強いとは畏れ入る。

 この清い香りならば、邪気は祓われ、気が引き締まりそうじゃないか。


 この世界は本当によくできていて、季節が春から夏へ切り替わり、慣れぬ暑さに心身が追いつかない頃になると、山椒のように気付けになりそうな実ができるんだ。

 自然の恵みの有難いこと。






『思い出話もしたくて』


 今夏も過酷な暑さになるでしょうと、気象予報士が脅す初夏。ポニーテールじゃ暑苦しいと、お団子にした髪で祖母の祥月命日に参った後、彼女の昔馴染に訪ねることにした。


 民家の一部を改装した、小さな美容室。そちらのご店主にはかつて、祖母共々お世話になっていた。


 美容室に人はおらず、玄関に回って声を掛ければすぐさま、「はあい」と元気な声が返される。家の奥から現れたのは、普段着にエプロン姿の小さなおばさま。長年、祖母の髪を整えてくださっていた、ベテラン美容師さん。


「ご無沙汰しております。その節は、祖母共々、大変お世話になりました」

 挨拶して名乗れば、すぐにわかってくださった。それくらいにはご縁のある方。

 カットをお願いしたところ、二つ返事で椅子に勧められる。



「ご家族はお元気?」

「あなた、お婆ちゃんと同じ髪質ね。そうそう、髪の量が多くて、黒々としていてね」

「ここ辺りはね、人が減ってしまって、随分と寂しくなってね。昔の賑やかさももうすっかり静かなものよ」

 軽やかな鋏の音を聞きながら、ちょっぴり切ない会話を交わす。

 祖母が亡くなって久しく、家族以外で亡き祖母を知る人が減っていく中、思い出を語り合える懐かしくも大事な機会に、救われている自分がいる。


「はい、できました。仕上がりはいかがですか」

 床には大量の髪が落ち、頭が幾分か軽くなった頃、どうぞと手鏡を渡された。

 仕上がりを確認すれば、合わせ鏡の中に、かつて写真で見た若かりし頃の祖母が見えた気がした。






『カフェイン断ち結果』


 コーヒーを飲んだ後、舌に纏わりつくような不快さが嫌で始めたカフェイン断ち。

 始めは軽い頭痛と倦怠感と強烈な眠気に襲われた。

 カフェインの離脱症状か、単なる不調か、判断のつかない体調不良に見舞われるも、一週間ほどでカフェインのない生活に慣れた……と思ってたんだけどな?

 三週間を過ぎた頃の強烈なコーヒー恋しさはなんなのか。

 我慢できないほどではないけれど、コーヒーの字や画像を目にすると、わずかに心奪われてしまう。そんなときは、濃いめに淹れた麦茶で口寂しさを誤魔化した。



 つらくはないが、たまに無性にコーヒーが恋しくなるカフェイン断ちから丸一ヶ月。代用の麦茶がなくなったのを機に、コーヒーを解禁した。


 まずは薄いコーヒーをほんの一口。

 あれだけ恋しかったわりに、まったく感動しない。おまけに、カフェイン断ちのきっかけである後味の不快さも変わらないし。

 カフェインが体から抜けたからといって、期待していたような睡眠の質の向上や肌や体調の変化は特に感じられない気がする。

 私にとって、カフェイン断ちの前後の変化は、体調ではなく、コーヒーはあってもなくてもいいものになったことくらいだった。






『おそらくこれが普通』


 亡き祖母の作る寿司はとても甘かった。何せ、寿司酢に入る砂糖の量がべらぼうに多いのだ。一般的な寿司酢のレシピと比べたら、砂糖の量が倍以上も入るという、最早、お菓子レベルの糖度だったと知ったのは、つい最近のことである。

 甘い酢飯に合わせるのは、濃いめの味の薄焼き玉子や塩で締めて甘酢に漬けた鯵、瓶詰めウニに茹でエビだった。全体的に濃いめの味。


 そんな甘くて濃い寿司を幼い頃から食べていた私が、久し振りに店の寿司を食べることになった。


 豆皿に取った寿司にワサビ醤油をチョンと付け、一口パクリ。

「……」

 無言になったのは、味がわからなかったから。

 シャリが冷たいのは祖母のものと同じだが、お店のは甘さよりもわずかな酸味を感じる。

 ネタはクニャリと柔らかく、魚の個性はシャリに紛れて隠れていた。

 あれ? 寿司って、どうやって食べるものだったかな。ネタが上に載った状態で寿司を口に入れたら、舌全体をシャリが覆ってしまい、ネタを味わい難いんだけど。今、咀嚼しているのがなんの魚かわからない。

 寿司はどう食べれば美味しく感じるのか、食べ方を完全に見失っている。


 困ったな。ばあちゃんの甘くて、魚の味がちゃんとする寿司が無性に食べたくなってきた。

世界はサウナ狂であろうと、風は薫る 2026.5.17

ハイヒール 2026.5.17

センダンの雨 2026.5.18

実山椒 2026.5.21

思い出話もしたくて 2026.5.27

カフェイン断ち結果 2026.5.27

おそらくこれが普通 2026.5.31

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