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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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秋とベランダ

日中の酷暑から逃れるように秋の夜風を楽しんだ7本

『中秋』


 日中三〇度超えの中秋。

 夕方、各々袋を手に持った子らがソワソワと外を行き来する。

 日ごとに暗くなるのが早くなる一八時過ぎ、にわかに外が賑やかになり、子らの駆け足と「名月」の声がそこここで上がった。


 中秋の名月。月がいっそう明るく照る夜、町内の子らは各家で用意された菓子を貰いに練り歩く。

 由来がさっぱりわからぬ行事だし、「名月」と唱える子らが誰一人として空の月を仰ぎもしないどころか、月が雲隠れしてるが、どうだっていいのだ。

 彼らは花より団子、月より菓子。皆、仲良く菓子を食らえばいい。


 私は私で、日中の夏と変わらぬ暑さを冷ます秋の夜風に吹かれるべく、今日も暢気にベランダで過ごす。






『月の明暗』


 月の明暗。

 サイレンの音が三度、おりんの音が三度。

 ご飯の炊けたかおり、線香のにおい。

 遠く、犬が無駄吠えし、庭を徘徊していた猫は無言で立ち去る。

 人の足音。カラカラと金属を引き摺る音。


 事件なんて起こりやしない。

 知らぬ間にあって、知らぬ内に終わるのだ。

 誰もいない月明かりの通りを、長く真っ黒な人影がトボトボと往くことなど、誰も気付きやしない。






『栗と本能』


 赤いネットにゴロゴロと入った秋の実り、栗。

 湯がいて、鬼皮を剥き、湯がいて、湯がいて、筋を取り、湯がいて。


 味見だと、作業した者ののみが許される特権を差し出されて、歯を磨いた直後でも迷わず受け取る。当然でしょ。

 口に放り込んだ茹で栗は、ただ湯がいただけなのに、ほっくりしみじみ甘かった。幸せを噛み締める。


 目一杯の砂糖を煮含めた渋皮煮。

 鍋から直接爪楊枝を刺したそれはいやに硬かった。

 首を傾げつつ齧れば、栗なのに変な……ちょっとバナナっぽい臭いがする。

 食べちゃダメだと、脳内で警報が流れた気がして、慌てて吐き出したそれは、中が黒く傷んでた。


 『これは危ないもの』なんて情報、自分で刷り込んだ記憶はないから、生存本能に元より刻まれていたのか。人の持つ危機回避能力に感心させられる。


 改めて鍋から取った渋皮煮は、本能まで大絶賛の出来で、本日二度目の興奮を口一杯楽しんだ。






『祭と風船』


 秋の淡い青空に、黄色の風船。

 祭りで賑わう雑踏の中で、ちっちゃなもみじがうっかり手放してしまったのだろう。風に流され上空を泳いでいた黄色は、ほどなくして電線に紐を取られ、絡まった。

 「あーあ」と、私以外にもその黄色に目を向けていたらしい誰かが、私の思いを代弁する。


 恐らく、そう時を置かず、あの風船は割れてしまうだろう。

 たくさんの人の声や舞台の音響、屋台の呼び込み、祭り囃の喧騒に紛れることなく、パァンと割れる風船の断末魔はこの祭の度に聞かされてきた。


 どこかで、チビの泣き声は聞こえてやしないか。

 ただそれさえも、喧騒に掻き消えるのだが。






『秋より数ヶ月ほど前』


 今年の初夏に収穫して、丁寧に下ごしらえしてから砂糖に漬けた梅シロップ。

 夏の間は水分補給と熱中症対策に随分と世話になった。


 秋の晩、日中の馬鹿らしい暑さにくたびれて、思いたって梅シロップを水で薄めて飲んでみる。

 一口目を口に含んだ途端、明るくて風通しのよい、初夏の廊下を思い出す。

 青梅が黄色く熟すまで、ザルの揺りかごの中でゆっくりと休ませていたあの廊下だ。


 ザルの中で、黄熟するまで待ち惚けを食らってた梅たちの、「まだか、まだか」と待ちわびているような、甘い、ふくよかな香。

 ふっくらとした輪郭と色がカナリアのようとか、リンゴのようと微笑んだあの日をありありと思い出す。


 梅の甘露が見せてくれたつかの間の夢に、ほっとした。

 私はまだ生きている。






『アレルギー抑制剤とホットジンジャーハニーティー』


 ブタ草が元気になればなるほど、私は不調になるわけで。

 花粉がもたらす症状に対し、仕方ないわねと痺れを切らして飲むアレルギーの薬が、ひどい眠気と倦怠感を呼ぶのです。


 体は体内の花粉の存在を敵と見做して、洟やらくしゃみやら咳やら涙やら痒みやら湿疹やらで、頑張って外に追い出そうとしてるから、とかく辛くって。

 辛いのならば、体ごと怠くさせて、花粉を敵判定する機能も鈍らせようぜって、薬でそうさせているのかしらね?

 人間の体はよくできているのか、逆に単純すぎるのか、よくわからないけど、不器用で面倒くさいのは確か。


 秋らしい、冷ややかな秋の夜。

 私は薬で怠い体を椅子に委ね、ホットジンジャーハニーティーで体の芯から温まろうとする。

 労らねば、すぐくたばってしまう体だからね。






『幸福セットと二種のトースト』


 体に鈍化のデバフと"面倒くさいの呪い"が掛かっていた。


 徒歩十五分のバーガー店の、不思議生物図鑑なんて、とても気になるおまけの付いたセットメニューを求めようにも、バーガーだのパンケーキだの、サラダだのポテトだの、各種ジュースだのを選ぶのも面倒だ。

 おまけとあつあつパイは気になるけど、本当に必要かと天秤に掛けてしまうほどには、今の体は鈍重だった。

 ついでに言うと、イイ年した大人がおまけ目当てにお子さまセットを頼むことにも気が引けた。

 体裁なんて気にせず、"ソウイウの"を買う大人が多いのを知っていたとしても。



 幸福セットは気になるが、今はそれよりも小さじ一杯程度の幸せが必要だ。

 一斤五枚切食パンを四等分にしたものに、りんごシナモン、板チョコの二種をトッピングしてトーストする。

 それだけで、おまけもパイも『今日はよし』になった。


 あれが気になる、これが欲しい、色々を選ぶのは手間、面倒だから動きたくない――結局、あれもこれもどれも欲でしかなく、それを抑えるのもまた欲なのだと、腹に落ち着いたパン四切れで以て帰結した昼下がり。

 人間、空腹になると欲だらけになるのだね。

中秋 2025.10.06

月の明暗 2025.10.06

栗と本能 2025.10.08

祭と風船 2025.10.12

秋より数ヶ月ほど前 2025.10.12

アレルギー抑制剤とホットジンジャーハニーティー 2025.10.17

幸福セットと二種のトースト 2025.10.18

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