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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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64/77

片付けと梅しごと ※

片付けに追われたり梅しごとをする日々を追う7本

※一部に死の要素があります。苦手な方はご注意ください。

『受け入れる』 ※死の要素あり注意


 あなたの鼓動が止まった瞬間、工事が始まった。

 それは氷塊を破砕し、最終的に内包物を取り出す大仕事。


 最初はアイスピックでおっかなびっくり、氷塊の一角を突っつくなんて、地道な仕事だった。

 氷の表面が薄く削れただけで、終わりどころかちょっとの先も見えやしない。


 けれど、あなたを収めた焼却炉の戸が閉まった瞬間、氷塊はドカン! とダイナマイトで発破されたのだ。

 砕けた氷はすぐさま溶けて、私の目から溢れ、外へと流れ出る。


 以降もひとりになったときや、あなたの遺品の片付けをしているさなか、なんてことないふとした瞬間にも、氷塊はパカンパカンと発破され、一部瓦解して、落ちた欠片は涙となって排出された。

 そうしていつしか氷塊から転げ出たり、取り出された結晶の断片を私はいそいそと拾い、懐にしまう。


 結晶は私とあなたの思い出。

 ほんのひとかけらだったり、他のかけらと結びついたりと、形も大きさも色も様々で、そのいずれも眺めていると、在りし日のあなたの姿や声や言葉を見せてくれた。


 あなたはもういないけれど、あなたがいた証は、今も私の心の中で輝いている。






『荷を下ろす』


 特に意味もなくただ伸ばしていた髪を切った。

 断つとか捧げる意図があったと自白しよう。それほどまでに不幸が続いた。


 私物を持ち出し、部屋を片付け、不要品を処分し、髪を切る。

 長期的に見れば、泣き続けたことも、体重が減少したことも同じ意図と言えるのか。


 寄越された穢れも、留まる不幸も、偏った運気も、私から離れていったものと共に流してしまおうと思ったのだ。

 我ながらなんと浅はかな。


 そうまでしても不幸や不運は何一つ変わってないのかもしれない。

 だが、頭も身も荷もわずかとはいえ軽くなり、気が少しは晴れた気がする。

 軽くなければ、すぐに疲れてしまうよ。

 髪一束分、まだ進める。






『のこりもの』


 住む者がいなくなった親の実家。

 流しの奥、食器棚の片隅、物置の端――いたる所から出てきた酒瓶。

 いつだか開封されたブランデー、手付かずのウイスキー、変色したコルク栓で封された焼酎、何年製だか不明の果実酒。

 祖母は酒に興味がなかったから、これらは二十年前、鬼籍に入った祖父の遺したものだろう。

 まだあったのか、と苦笑したり呆れたり。


 未開封のウイスキーと香りの良い果実酒を分けてもらった。

 ウイスキーの瓶とラベルは流しの臭いが染み付いていたが、酒そのものは美味かった。

 果実酒は……十年単位で長持ちするものではないと知る。


 とっとと飲み干すに限るのだ。酒も、哀しい気持ちも。






『梅しごと』


 若葉、青リンゴ、オカメインコ、カナリア……あとはあとは――

 瑞々しい緑にタンポポみたいな黄色、ほんのり赤く色づいたり、ゴマふったような斑点をつけちゃったり。

 コロリ小ちゃな実は愛らしく、驚くほど表情豊か。


 虫が棲んでいないか、傷みはないか、コロコロコロコロ転がせぱ、甘酸っぱい香りが漂った。

 昔、じいちゃんの植えた梅は、今年もじゅうぶんに実をつけたね。



 さて、梅干し、カリカリ梅、梅酒、梅シロップ、梅サワー、甘露煮、醤油に漬けたり、味噌にしたり、どう調理してやろうかな。


 長雨の直前、我が家の一角には、ズラリ並んだ瓶と甕が今か今かと出番を待つ。






『無能者』


 筆を折ろうと何度思ったろう?

 今こそ、利き手ごとペンを潰しちまいたかった。


 賞を逃す度に唇を噛み切って、

 書いてたとて読まれぬと、閲覧数0の数字に嘲笑し、

 「もうやめてしまえ」と"書き手"の自分を罵倒し、

 何年、十何年、何十年と、何十、何百、何千、何億、何兆と文字を書き連ねた末に、無意味だったと、不毛だったと痛感させられて。

 それでも。


 まだこうして書いている。

 誰が見ても読んでも、私の書くものが無意味で、道端の小石よりも芥よりも無価値だとしても、この文字列が過不足のない、"私"でしかなかった。


 私こそが、不毛で、無能で、無意味。






『花束』


 道端の花を摘む。

 私の家からあなたのいる場所まで、見つけた花を摘む。


 家にあなたはいなかった。庭先に咲く小さな花を摘んだ。

 あなたがよく使う道にもいない。道端の花を摘んでいく。

 仕事場にもいないようだ。塀に生えた花を摘む。

 お気に入りの場所もすべて行ったけど、見つからない。花だけ摘んで、次の場所へ探しに行く。


 最初、指で摘まんでいた花は、片手で持ち、両手で持ち、紙で包んで腕に抱え、どんどん増えていって持ちきれなくなりそう。

 萎れた花も、枯れそうな花もあったから、それらはあなたがくれた小説本に挟んだ。



 やっとみつけたあなたは病院にいて、両手いっぱいの花は花瓶に生け、枕元の台に置いた。


 お見舞いに、あなたがくれた本を貸してあげる。

 物語の主人公が人に会い、新たな場所に行く度に、あなたは野花を見つけるでしょう。






『琥珀の世界』


 瓶という名の一.八リットル世界に琥珀色の液状の海と砂と氷、そして無数の月が詰まってる。


 最初はただの砂と氷と月だったのだと、世界を創った神様はおっしゃった。

「でも、詰めた途端に水が出て、二日目には池になり、三日目にはとうとう海になってしまったの」

 瓶詰めの世界を眺め、神様は微笑む。


 満ち充ちていたたくさんの月は海に揺蕩う内に、身が萎んでしまった。

「海に命が溶け込んでいるのね」

 瓶底の砂漠の表面に滲む透明な靄が揺れるのを、うっとりと目を細めて眺めたまま動かない神様が説く。


「砂と氷がすっかり溶けて落ち着いたら、ご馳走しましょう」

 琥珀色の命はどんな味か。そして、萎んだ月は何処へ行くのか。

受け入れる 2025.5.16

荷を下ろす 2025.5.18

のこりもの 2025.5.19

梅しごと 2025.5.21

無能者 2025.5.21

花束 2025.5.24

琥珀の世界 2025.5.30

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