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混沌から星屑を拾う  作者: 三山 千日


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57/76

life ※

日常生活に浸透しているのは狂気か違和感か平穏かはたまたなんなのかを探る7本

※一部に死、喫煙の描写があります。苦手な方はご注意ください。

『ある無名作家の死』 ※死要素あり注意


 ――俺が死んだら俺の作品を全て消してくれ。

 そう言い遺して、友は死んだ。


 親友の遺言だ、聞いてやるよ。

 軽い気持ちで遺品を漁り、出てきた作品はごまんとあった。

 どれもこれも画面を単色で厚く塗り潰した作品ばかり。

 これらがアイツの抱いていた世界だというのか。


 ――どんな絵でもアイツを思う者のために、遺すべきなのでは?


 作品で埋もれたアトリエを前に、迷いが生じたとき、一枚の絵を見つけた。叢雲を透かす月光のように、単色の下に別の絵がうっすらと見える。


(おいおい、まさかとは思うが――)

 嫌な予感を覚えて、今まで見てきた単色の絵を改めて見返す。

 よくよく目を凝らせば、どの絵も隙間や塗りの浅い部分に別の絵の存在を認められた。――表情に欠けた単色の下に、まったく別の顔を隠している。



 ――作品を上塗りすることの意味するものとは?


 その疑問に気付いた瞬間、ゾッとした。


 友は俺に作品の処分を依頼する前に、自らの意志で、自身の作品を"すべて"、単色で上塗りする形で、この世から消そうとしたのだ。


 ――何故、描かれた世界を台無しにするようなことをしたのか?


 キャンバスやら紙やらに描かれた、幾十幾百幾千もの世界――それらすべてを塗り潰させてしまう意志と感情を何と呼ぶのか、俺は知らない。

 だが、苛烈なものであったのは、荒々しく且つ執拗なタッチから窺えた。






『ちぐはぐ』


 幼なじみのボクとキミ。赤ちゃんのときから一緒だから、「きょうだいみたい」とよく言われた。

 ちなみに、ボクが"お兄ちゃん"で、キミが"妹"なんだと。

 性別、逆だっての。


 身長は小学生までボクのが高かった。高校一年生の今はそんなに変わらない。

 ボクらは今もまわりから「きょうだいみたい」と言われてて、ちぐはぐな性別もそのままだ。


「おかしな話だよ、まったく」

 キミの節の目立つ武骨な指と四角い爪に触れてボヤく。

「キミはこんなにも男子なのにね」


 キミの爪に塗るのはターコイズのネイル。服はボクのオーバーサイズのパーカー。


「きみがジブンをかわいめにコーディネートするからじゃん」

 あざとい笑みでキミは言う。






『作家と息子と冬のご馳走』


 台所には大鍋と特売品の牛スジ、テーブルの上には執筆用のパソコン。

 火を着けたばかりのストーブはじんわりと部屋を暖めていく。

 寒い部屋、灯油ストーブ、執筆活動、大きい鍋。

これが台所に揃うと、今日はご馳走の予感。


「今日はなにご馳走?」

 ストーブに載せられた鍋の中には、水に浸かるスジと青ネギと生姜が入ってた。

「スジ煮込み。後で大根とこんにゃくも入れるから、忘れそうになったら教えて。それじゃあ」

「ラジャー」


 パソコンの前に座った母はそれからわき目もふらず、執筆に明け暮れる。

 ぼくは鍋の監視役。灰汁を取ったり、鍋に水を足す。


 ご馳走と小説、どちらが先にできるだろう?






『復讐』 ※喫煙描写あり注意


 紫煙を燻る、煙と共に毒を吸う、肺に取り込む、また吐き出す。

 手前の口から吐き出される紫煙は、まんま火葬場の煙だ――そう思わねえとやってられなかった。


 過去は未来に復讐する。今現在の俺だって、未来の俺に紫煙って名の刃を向けてる。

 夜を往く。命の淵を俺は往く。






『知らぬ予定』 ※喫煙、死の要素あり注意


 煙草を嗜むひとだった。嗜む……という言葉が適切なのかを疑うほどにはよく紫煙を燻らせていた。

 あのむちゃくちゃな量と飲んでいるかの吸い方は、嗜んでいたのではなく、糧として摂っていたのではないか。


「俺の肺は黒く染まってんだろうな」

 短くなった煙草を灰皿にねじ込み、紫煙をひと吹きした貴方は、自嘲気味に口元を下手な笑みで歪め、こう宣った。

「完全なる自責だからよ、肺癌になっても見舞いも香典もいらねえから」


 笑えない冗談に返す言葉は決まってる。

「副流煙で自分が肺患ったら、治療費ぶん捕りますから」

「怖ぇ」

 さして恐れてもないであろう、飄々としたふうに戯言を吐いていた。


 そんなくだらない過去を振り返りつつ、俺は彼への香典を用意する。

「聞いてねーよ、こんなん」

 あの人にもう、恨み節は届かない。






『缶の中の命を食らう』


 掌大の四角い缶。開ければ、小指サイズの小鰯がズラリ並んで詰まってる。

 黄金の油に浸る金色の小魚の群に、何とも言えぬ忌避感を覚えた。その理由はわかっているので、敢えて伏せる。


 スモークオイルサーディン。


 油ごと使い、ニンニクと冷蔵庫にあったサテトム、醤油、キャベツ、使い切りたかったサバ水煮缶と共にパスタにしてやる。美味。


 トーストにキャベツと水菜のサラダ、豆乳カッテージチーズを盛り、オイルサーディンを載せる。

 スモークの薫りと鰯の旨み、野菜の小気味よい食感、カッテージチーズの酸味がいい具合。

 ただ、丸ごと載った金色の小鰯が視界に入ると罪悪感に駆られた。


 きっと、これが命を食らうということ。






『トナカイは待ち飽きそう』


 子どもたちは寝静まった……と安心するわけにはいかなかった。


「寝息が不自然ですね」

 一度目のサンタチャレンジは子供部屋のドアを開ける前に断念した。


「戸を開けた途端に鈴が鳴りました。今年も仕掛けてきましたね」

 二度目はトラップに引っ掛かって中断。年々、罠は巧妙になる。


 三度目の挑戦の直前、夜中に鳴るはずのないアラーム音が聞こえた。

「まったく。執念深いのは誰に似たのやら」

 間違いなく私たちに、でしょうね。

 サンタクロースの出番まで、まだまだ先は長そうだ。


「まあいいでしょう。ホットワインでも飲んで気長に待ちましょう」

 ならばとシュトレンを薄く切る。

 夜はまだまだ長い。

ある無名作家の死 2024.11.29

ちぐはぐ 2024.12.03

作家と息子と冬のご馳走 2024.12.05

復讐 2024.12.10

知らぬ予定 2024.12.12

缶の中の命を食らう 2024.12.13

トナカイは待ち飽きそう 2024.12.24

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