少し疲れた、ごちそうが食べたい
疲れることもあるけれど、ごちそうで乗り切りたい7篇
『夏の庭』
土曜日の朝、隣家から子どものはしゃぐ声と聞き慣れぬ音が聞こえた。
どう形容すべきか。砂利を踏むような……と思えども、隣家に砂利はない。
そっと窓から覗いてみれば、隣家のカーポートにビニールプールができていて、子ども達はそこで思い思いに遊んでいた。とても夏の休日らしい光景。
親御さんの工夫と優しさとビニールプールを膨らます労力の賜物により、どんな暑い日でも子ども達は元気に楽しく過ごせるのだ。
この炎天下でビニールプールの中身がぬるま湯になるまで、はてさて何時間かかるかな。
眩い外の景色から手元のグラスに目を移し、アイスコーヒーの氷をカラリと鳴らす。
『夏のごちそう』
素麺を大きな鍋でたっぷり湯がく。
鍋の中、ユラユラクルクル舞い踊る麺。
台所のコンロまわりは火と湯気で蒸し暑いけど、ほんの数分で茹で上がってくれる細麺に何度、感謝したことか。
茹で上がった細麺を流水でザバザバ洗い、水気を切ったら器に盛る。
素麺用に買った硝子の器。我が家の硝子の器は、夏のこの時季、大活躍。
さて、具はなんにしようか。
小葱、海苔、生姜、茗荷、錦糸玉子、ツナ、胡瓜、トマト。
サッと油炒めした茄子と茸を麺つゆで軽く煮たのも美味しいんだ。
暑さでバテた体でも、細くて喉ごしの良い麺はスルスル食べられるから有り難い。
「素麺、できたよー!」
汗だくで呼べば、家中で「はぁい」と返る元気な返事。
夏の昼。
『ごちそう』
良い鯵を貰った。頂き物の鯵は全部、良い鯵。ありがたや。
さて、何にしてやるか。
小振りだから刺身にするにはちょい割に合わない。でも、あれならいける。
頭を落とし、ハラワタを取る。
ゼイゴ――尾っぽ近くのガジガジは無視。後で皮ごと剥いちゃうし。
三枚におろし、流水で洗って水気を拭き、骨を抜いてバットに並べたら塩をする。
少し時間を置くと水が浮き出てくるので、身を崩さぬよう軽く拭う。これをしないと生臭いからね。
再び、身をバットに戻し、酢で締める。暫くして身が白っぽくなったら、まあひとまず良しってことで。何なら、まだ酢に馴染ませてやってもいい。そこはお好みで。
皮を剥いたらひとまず完成。
一番いいのは酢飯を握って、赤紫蘇をくるりと巻いたものの上にこの鯵を載せれば、鯵寿司になる。
ばあちゃんに教わったごちそう。
あとは薄焼き玉子も酢飯に巻けば完璧なごちそう。
いただきます。
『蝕む』
君の胸から生えた芽が蔦となり、全身に巡り、首筋に深紅の花を咲かせた。
大輪の花が君の生命を蝕むことはない。
けれど、花が朽ち始めた頃から君は俺に素っ気なくなった。
やがて花が実になると同時に、君は俺のもとから去ってしまった。
花は君の恋心を食い尽くしたのだ。
『十七夜』
漆黒の空に茜色の大きな月。
夜に見る夕日のような、
空に浮かぶ常夜灯のような、
丁寧に磨かれた鼈甲や琥珀のような、
熟成した梅酒に沈んでいる実のような、
どうにもこうにも違和感ばかりの月。
十七夜の歪んだ月はまるで、天の手指に摘ままれたみたい。
いそいそとワイングラスにシードルを注ぎ、夜空に掲げれば、ほら、夕焼け色の月が薄金色の酒に浮く。
今夜は良い夜。
『父とコリ』
――お父さん、定年退職からもう何年経ったっけ?
久々に父の背中と脚をマッサージしながらふと考える。
『就業中はずっと階段を上り下りしていたからなぁ』
定年間際に施したマッサージ中、うつ伏せてこもった声がそう言ってたっけ。その時、パンパンになっていた脚が、今はもう随分と解れていた。
デスク作業でガチガチの肩こりと岩のように硬い腰のコリはもうクセなのかな。
けど、腰痛については原因がちょっとわかってるんだ。
お父さん、最近は毎日、お気に入りの座椅子に座って、テレビとスマホをずっと見てるもんね。座りっぱなしはよくないよ。
趣味のゴルフの飛距離の低迷だったり、町内会の除草作業の準備体操で腰痛になって、体の衰えを感じたって?
ストレッチしなー。体を解して、筋肉を付けよう。
マッサージはプロにお任せするのが一番だけど、私のでよければいつでもするよ。
人間、健康が一番だ。
『おやすみ』
キミがこの文を読んでいるとき、
外は真っ暗で、多くの人々が寝静まり、
ひょっとするとキミも布団の中かもしれないね。
まあ、取り敢えず、これ読んだら、ちょっとでいいからスマホと目を伏せなよ。
明日もすごく暑いんだとよ。頭と体を休めようか。
夏の庭2024.7.20
夏のごちそう 2024.7.20
ごちそう 2024.7.20
蝕む 2024.7.21
十七夜 2024.7.22
父とコリ 2024.7.22
おやすみ 2024.7.23




