手許と彼方 ※
近くへも遠くへも思いを馳せる7本
※一部に鬱要素があります。苦手な方はご注意ください。
『ワッフォー』
お皿の上にワッフル……ワッフォー。
スーパーで売ってる一パック四個入り、三割引のワッフォー。
格子状にエンボスされた、ふんわりしっとり生地にカスタードや生クリームが挟まったワッフォー。
しっかりめの生地にシャリシャリの砂糖とかシナモンとかメイプルシュガーが掛かったりとかチョコレートをコーティングしたやつじゃない、半生菓子なワッフォー。
安いけど、同じ名前の別物とも違うけど、一個でもとってもご馳走なワッフォー。
ごちそうさま。ワッフォー一個分の幸せでした。感謝。
『猫がいる』
猫がいる。
膝の上に猫がいる。
ぼくはそろそろ立ちたいのに猫がいる。
どいて、と言っても猫はいる。
押しても引いても猫はいる。
脇を持ち上げたってニョロンと伸びるんだ。
体ごと抱えようにもドゥルンと腕から流れるだけだ。
猫がいる。猫はいる。気が済むまでずっといる。
ぼくは猫の座布団。
『月へのレールを辿らされ』
「おめでとう、君が次代の月の司書だ」
夢で身長より長い白髭の、もやしみたいな爺さんに任命された。
――所詮夢だ。たとえ現実のものとしても冗談だろ。
そう思ったのは、夢から覚めた時、俺は学校の図書室にいて、漫画雑誌を枕に涎の世界地図をこさえていたからだ。まかり間違っても書籍を大切に扱う職に就くべき人間じゃあない。
それでも当代の月の司書と称するもやし爺は毎晩、俺の夢に押し掛け、俺を司書助手としてこき使う。
「いつまでこの冗談に付き合わにゃならんの?」
問えば、もやし爺は怪訝な顔をする。
「何を惚けたことを言うておる。お前は生きている限りずっと司書について学び、死して後、司書の職に就くのだ」
初耳だし、俺の死後のことを勝手に決めんな。
『虹の橋、銀の河』
銀の河を下って、あの子に会いに行く。
星屑流れる銀の河。足を浸ければキンと冷たくて、それでふと思い出すのは最期の記憶。
あの日、ぼくは君の涙でびしょ濡れになったっけ。
銀の河の流れに身を任せ、流れ星と一緒に旅をする。
仰ぐ宙では古い星が眩い光を放って死んでゆき、その後にキラキラと星の雲が生まれてた。
それをぼくに教えてくれたのは君だったね。
君はぼくにたくさんのことを教えてくれて、ぼくも君にとても大切なことを教えたよ。
ぼくという小さな命の一生を。
ぼくは君が一等好きなことを。
そして、今、ぼくが銀の河を下ってるのは、ぼくが虹の橋を渡ったことを君がずっと悲しむ必要はないって教えるためなんだよ。
じき、君のもとに着くからさ、待ってて。
『折れぬ筆』 ※鬱要素注意
創ることが好きとか趣味なわけじゃない。
私にとって創ることは感情と意思表示の一種であり、情報整理であり、独り言であり、排泄であり、想像であり、苦悩であり、反省であり、そして、自分にできることであった。
……自分にはこれしかできないのだ。
何をしても、どうやっても力量が足りず、肉体も精神も誰よりも劣り、しゃべることさえままならない人間だからこそ、創作は生きることであり、同時に己への失望でもあるのかもしれない。
だからこそ、私も私が創るものも誰に見向きもされぬ道端の石ころであり、雑草であり、他人から見た芥だと気付いているから、創作は絶望と孤独だった。
寂しくて、憎い。
『夏空』
今年の夏は空の色が淡く、どうにも夏らしくなかった。
私の識る夏空は濃い青で、見ていると天に吸い込まれそうな、視界も脳の中までもその青に染められてしまいそうな、美しく恐ろしい青なのに、今年は一体全体どうしたことか。
つまらない、と空から視線を逸らした時、眼鏡から外れた視野だけが鮮やかなことに気付く。
そうだった。眼鏡のレンズが去年と違う。
ブルーライトカットの淡い黄色みを帯びたレンズは、外の景色をノスタルジックな色に染めるのみならず、空の色さえ変えていたのだ。
眼鏡を外して見たものは、恋い焦がれた深い青の夏空で、やっと私に夏が訪れたのだった。
『忘れたとて』
「私のこと、忘れていいよ」
夏の灼熱の太陽の下、テトラポットの濃い影に紛れるように佇む君がポツリ告げる。
密やかな声はどうにも空虚で寒々しく、そして細かく削った氷の欠片のように儚く、美しい。
君の言うとおりに、僕は君のことを忘れてしまうのだ。
人間はそんなに情が深いわけではないもの。影に潜む君の顔すら、夏の終わりには忘れるだろうさ。
けれど、君の声と言葉だけは、たとえ忘れたとしてもまた思い出すのだ、きっとね。
僕のひと夏の恋。
ワッフォー 2024.7.14
猫がいる2024.7.14
月へのレールを辿らされ 2024.7.14
虹の橋、銀の河 2024.7.15
折れぬ筆2024.7.20
夏空2024.7.20
忘れたとて 2024.7.20




