転生者と転移者のこれから
新しく作ったお惣菜パンの専門店は大成功だった。
パンは主食って世界だから、サンドイッチみたいにバラけないので持ち運びやすく、それ単体でおかず要らずなパンはみんなに喜ばれた。
商業ギルドが、東の辺境発祥の食文化として領の外まで持ち出しているらしいが……王都の移転組にまで届いたら、転生者がいるってバレるかもしれない。
別に隠してるつもりもないので構わないけど。
「お嬢様!た、大変ですぅ」
「どうしたの?」
バタバタと部屋に駆け込んできたメイドが外を指差す。
「王都の、ゆ、勇者様がいらしてるんですよぅ」
「あら」
「王家印の移動許可証お持ちですから、ほ、本物ですよ!」
勇者たちはどこの領地にも自由に立ち入りできる許可証を携帯しているという。
思ったより早い接触だ。
「お嬢様と、お会いしたいと」
「そう。お父様は?」
「まだお帰りになってません!」
「私がお出迎えするわ」
…………………………………………………………
「………………ようこそ、エルクレア領へ。わたくし、エルクレア辺境伯三女、マーサ・エルクレアと申します」
応接室に入ったとたんに立ち上がった姿を見て、一瞬息を飲んでしまった。それでも、どうにか貴族の定型挨拶文を言い終える。
使い古されたシンプルな革鎧を身に纏っているが、黒髪黒目……久しぶりに見た、完全な日本人の青年。
(というか)
身体は大きくて、ざんばら髪だし無精髭も生えてるし、日に焼けた顔には大きな傷跡もあるけれど。
(りっくんキターーーーーー!!!!)
間違いなく、育ちに育ちまくった姿の、私の幼馴染みだった。
「…………眞砂…………」
「へ?」
「眞砂!!」
「うぐっ」
ふらふらと近付いて来たと思ったら、突然抱き締められた。
こっちの世界にハグの文化はない。勇者の突然の暴挙に慌てる護衛や、使用人たちにはどうにか手を振って落ち着いてもらい、私は締め付けられて詰まった息を整えた。
「りっくん落ち着いて。鎧が痛いって。ドレスの袖が鎧の溝みたいのに挟まって動けない」
「眞砂」
「うん、眞砂だよ。すごいね、よく私だってわかったね」
ぎゅうぎゅう締め上げてくる腕をタップし、弛めてもらう。
やっと隙間ができたので、私はまじまじとりっくんを見上げた。
私の頭みっつ分くらい大きい身長は、彼の両親にはないものだ。きっと肉食文化なこの世界で鍛えた結果なのだろう。
頬の傷跡は古く、引き吊ったりする後遺症はなさそうに見えるが、相当痛かったに違いない。
髪はパサパサに傷んでいて、雑に切ったままほったらかしにしているようだ。旅の多い生活だとそういうものなのか、それともりっくんが大雑把なだけなのかはわかりかねる。
ちなみに、今世の私は赤っぽい茶髪に緑色の目。髪と目の色の組み合わせだけで誰のことなのかわかるくらい、この世界の色は多種多様だ。
顔立ちは美少女というほどではないが、そこそこ上品にバランスが整ってて、丸顔童顔だった前世の面影はない。共通点は小柄なことくらいだ。
「光の玉に、眞砂が生まれ直してるって聞いた」
「あの玉に会ったんだ」
「居場所は教えてくれなかったけど、旅先で、東の辺境伯の娘がポテチとかポップコーン作ったって聞いて。さっき町で買った酢豚コロッケマカロニパン、昔眞砂が夏休みの自由研究で開発したヤツだったね」
「あ、食べてくれた?やっぱりあれは名作なんだよ!」
「顔は違うけど……歩き方も、立ち姿も、眞砂のまんまだ」
「あっれー?お嬢様としての振る舞い、頑張って身につけたのになー」
「眞砂」
「りっくんはすっかり大人になっちゃったね。魔王退治からは結構経ってる?大変だったんでしょ?」
「魔王なんかより、眞砂が……おれ……眞砂が死んじゃったかと思ってて……ぅぇ……」
14の私から見れば、お兄さんからおじさんに片足突っ込み始めた年代の男性が、涙声ですがり付いてくるという、貰い泣きより苦笑いが先に浮かんでしまうシチュエーション。
「私もいきなり死んじゃってびっくりしたけど、すぐに生まれ変わったよ。私は姿かたちも変わっちゃったし、また赤ん坊からだったし、王都まで遠いしで、今まで連絡できなくてごめんね」
「眞砂」
「今はマーサっていうんだよ。ふふ、超おしいでしょ?」
「マーサ」
「うん。りっくん、こっちに転移してからのこと教えてよ。クラスメートの人とかさ、私は挨拶もできなかったから」
巻き付いたまま離れない拘束からどうにか身体を引き剥がし、私はりっくんの手を引いてソファに誘導した。
アイコンタクトでメイドにお茶とお菓子を用意させる。
スンスンと鼻を鳴らしながら、りっくんは大人しく座ってくれた。ガチムチな大人になってるのに、泣き顔は全然変わってない。
私が笑いかけると、りっくんは半泣きのままフニャリと笑った。
勇者様の突然の暴挙を聞いて慌てて帰ってきたこっちの世界の父と母が、私と寸分も離れていられない病を発症した勇者様から「俺、マーサと結婚する」と爆弾発言を受けるのは1時間後のことだ。
(どういう事だって聞かれても……いや、一番びっくりしてるの私だから……)
「王女様と結婚したのってりっくんじゃなかったんだね」と言ったら、「俺の一番仲良い女の子は、昔からずっと眞砂だけだ」と真顔で返された。
せっかくチート能力持ちで異世界転移したのに全然異世界を楽しんでないっぽいのは、やはりアレのせいだよな……と思うと、責任をとらなくてはならないだろう。私も被害者だけど。
「この世界生まれな現地人の私が、これからのりっくんの異世界生活を、目一杯楽しいものにしてあげようじゃないの!」
笑顔で胸を叩いて見せる。
傷だらけの勇者りっくんは、それはそれは晴れやかに笑ってくれた。
ありがとうございました。




