青い海
彼へ、届け。
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海の匂いは嫌いじゃない。
ねぇ、あなたは私がそう言ったこと、覚えてくれているかな。
忘れているでしょうね。
どうせ、あなたなんか、女の言葉なんて一夜で忘れてしまっているわね。
私の耳に届く波の音は、やけに私を落ち着かせた。
――――私、なんでこんなに落ち着いてるんだろう?
「悠の、嘘つき」
一人ぼっちで海を眺め、私はぽつりと独り言を零す。
誰も聞いてない。
そう思うと、独り言も愚痴も、止まることはなかった。
「どこにもいかないって、言ったじゃない。嘘つきだわ。あなたは、本当に」
私は嘘が嫌いよ。
大嫌い、あなたが吐く嘘だって、本当は、大嫌いだった。
あなたは嘘を吐くのが好きなようだわ。
どこにもいかないって。
言って、くれたじゃない。
ねぇ、……どこにいるのよ。
『借金取りに追われて。…………一家心中ですって』
どこにいるのよ。
私、あなたの居場所、知らないわ。
…………どこに行けば、会えるのよ、悠。
「……悠、どうして、あなたは何も――――」
聞いたことがなかった。
彼の家が借金で困ってた、なんて。
ううん、家族の話すら出なかった。
尋ねても答えない。不自然には、思ってたけど。…………思った、のよ。
訊いてはいけないことなんだ、とただ割り切っていたけれど。
こういう、ことだったんだ。
悠、どうして私に何も相談してくれなかったの。
私だって、話を聞くくらいできるわ。
……そんなに、頼りなかったかな。
「――――私は、頼りないね。私は、弱くて、甘ったれで、あなたに、頼りっきりで。――――ごめんなさい」
こうなってから、少し、ね。
息が出来ないわ。
たまに、感傷に浸りたくなるの。
一人で日向ぼっこをしているとね、何故か折り紙が欲しくなるのよ。
青い折り紙を、大量に買ったわ。
……、何に使うのかって。
そんなの、決まってるでしょう。
紙飛行機を、折るためよ。
「……残念ながら、飛べる鳥の折り方は分からなかったけど」
青いんだから、大丈夫よね。
少なくとも、白い鳥よりはましだわ。
私、悠に感化されたのかな。
あなたみたいに子供みたいな事、しようとしてる。
かばんにたくさん入っている紙飛行機を、私は取り出した。
そして、青い空に向かって、
ふわ、
頼りない、紙飛行機の青い鳥は、弱々しく飛んでゆく。
海に向かって。
空に向かって。
しかし、遠くの方で青い鳥は海へと沈んでしまった。
私は、もう一つ取り出し、もう一度投げる。
もう一度。
もう一度、
もう、いちど、
かばんの中が空っぽになった時。
心も一緒に、空っぽになっていた。
手に一つだけ残った紙飛行機を、つぶれないように握り締める。
結果なんて、分かりきっていたじゃないか。
何を悲しむのよ。
――――いいえ、違うわ、分からない。もう一つ、残っているじゃない?
頭の中で麻薬のように囁く声。
私は理性が止める声を聞きながら、麻薬の声にひそりと答える。
――――ええ、そうね。最後の一つが、残っているわ。
私は右手を上へと掲げ、ふわりと飛ぶ青い鳥を見ていた。
私の青い鳥よ。
彼へ、届け。
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残念ね、悠。
私の青い鳥は渡り鳥じゃなかったみたいよ。
…………あなたのとこまで、飛んでいけそうにないわ。




