青い空
私はまるで、巣立ちが出来ない小鳥のようだわ。
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「青い鳥って見たことある?」
このときの彼の顔を、私は忘れる事ができるだろうか。
彼は、笑顔で。楽しいのか幸せなのか悲しいのか、私には良く分からない笑顔で笑っていた。
部屋には古い畳が敷き詰められていた。テーブルどころがちゃぶ台一つ無い、私の実家の一室。今時珍しい、広くて平屋の和風な家だ。今の季節、クーラーも無いこんな家の、しかも一番日当たりがいい部屋で日向ぼっこなんて、死ぬほど暑いはずなのに、彼は気にせず太陽の光に当たる。まぁ、今に始まった事じゃないけれど。
彼は、私の実家のこの場所を大変気に入っていた。暇があれば、必ず私を呼び出して実家へ行く。私が一人暮らしするアパートから実家まで、近いわけでもないのに。なんだかんだで彼と付き合って三年が経つのも、この場所のおかげかもしれない。
――――その日は、雲なんて一つも無いくらいの、快晴で。
彼はそんな空を見上げてから。私へと話し掛けた。
「あるわけ無いでしょう、そんなの。それとも何? 悠は見たことあるの?」
「うん、あるよ」
「嘘つき」
私が冷たくそう言ったら、彼はほんとだよ、と更に食いついてくる。
嘘ばっかり。
あなたの言う事は嘘ばかりよ。一体、その笑顔でどれだけの女を騙してきたのかしら。
「ほんとだってば。由梨は夢が無いなぁ」
「二十歳を過ぎてまで夢を追う女なんてイタイだけでしょう」
「そうかなぁ。夢見がちな子って、結構好きだけど」
あなたの趣味になんて興味、無いわ。
どうせ、……どうせ、意味なんて、ないもの。
「それで。青い鳥がどうしたって?」
「ああ、うん。青い鳥の探し方を教えてあげようかな、って」
「探し方? そんなのあるの?」
「うん、あるよ」
そんなのがあるなら、びっくりだ。
青い色の鳥がいないのは、世界の科学界も認めていることなのに、探し方があるなんて。
その探し方で、あなたは青い鳥を見たことがあるのかしら?
「紙とペンとはさみを用意して」
「その辺にあるわ」
そう言って、私はその辺を指差した。
彼は私たちが座る畳の上に、紙を置いてペンで何かを書き始める。
すごくいびつな落書きを書き始める、悠。そして、その落書きの形にはさみで切って行く。
五分もせずに、それは完成した。
「ほら!」
「……何、その落書き」
「何って。鳥に決まってるじゃん」
「鳥? そのいびつな丸が?」
「うわ、酷い、由梨」
悠はそう言って、私を隣りに呼んだ。
それでなくても暑いのに、日差しに当てられてますます暑くなったような気がした。
私の頬に、彼の髪が触る。くすぐったいわ。
「ほら、見て」
「見てるけど」
彼は、そのいびつな紙の鳥を頭上へと掲げた。
見ろと言われたので、私はそれを見る。
何の変哲も無い、白い紙で作られた手作りの鳥。
――――嗚呼、でも、
「ほら、青い鳥発見!」
「え? 何処に?」
どれだけ目を凝らしても、青い鳥は見つからない。
私はもう一度悠に何処、と尋ねる。
しかし、彼は此処に居るじゃん、というだけ。
「だから何処にいるの?」
「ほら、これが青い鳥だよ」
彼は紙の鳥を私に手渡す。
これ、が、青い鳥?
「どうみても白い鳥じゃない」
「これだけ見るとね。だけど、空にかざすと、たちまち青い鳥に大変身――――」
「しない! 背景が青の白い鳥よ!」
「細かい事は言わない言わない。ほら、由梨に青い鳥をプレゼント」
「ただの子供の工作じゃない……」
呆れた。
こんな子供でも言わないような事をするために、私を付き合わせたのか。子供っぽいにもほどがある。
私は大人しくそれを受け取り、出口のちかくに置いてある棚の上に置いた。
「じゃ、由梨には幸せをプレゼントしたから、」
「白い鳥が幸せを運ぶなんて話、聞いたことないけどね」
「由梨は、もう大丈夫だね」
「――――、?」
もう、大丈夫? 何の、話?
私は言い表せない不安にかられる。
何で、何でそんなこと言うのよ。
やめてよ、なんだか、まるで、悠がいなくなるみたいじゃない。
そんなのやだよ、…………嫌、だから、
「――――そんな不安そうな顔するなって! 俺は、どこにも行かない」
「……、ほんとう、?」
「ほんとほんと」
彼はいつもの笑顔で私を宥めた。
ああ、私はダメね。
彼に甘えてばかりで。
私はまるで、巣立ちが出来ない小鳥のようだわ。
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その日は、雲なんて一つも無いくらいの、快晴で。
人の手によって空を飛ぶ、青で白の紙の鳥に見惚れてしまっていたから。
私は、つい、彼が嘘つきだったことを忘れてしまっていた。




