アークライヤー領
ドッ……ゴォォンン……
砦に辿り着いた瞬間、何かを叩き付けるような凄まじい音が響き渡った。その音に驚いた馬達が嘶き、落ち着かな気に前足で地面を打つ。私の相棒レインは他の子とは違い全く動じる事なく澄ましている。
「姫様のレインは動じませんね」
馬達を落ち着かせようと奮闘する騎士達の一人にため息交りに声を掛けられたが、こればかりは慣れ?というしかない。
「私と共に向かう場は当たり前のように大きな音を身近に感じる所ですもの」
レインの鼻の頭を撫でながら答えると、レインも当然だ、と鼻を鳴らした。
レインって実はとっても気位が高いのよ。ツンデレだと思うわ。
……あ、レインからじとりとした視線を感じる……
「さ、さぁ!今のはきっとお父様よ。行きましょう」
レインの視線から逃げるようにしてそそくさと砦の中へと入っていく。レインは砦の騎士に預け、休息を取って貰う。
アークライヤーの砦は西の切り立った崖を起点に横に連続して繋がった壁のような形の要塞である。勿論造りはとても頑丈で、沢山の武器防具、騎士達の宿直室や、会議室なども揃えられている。うーん、見た目は前の世界で見た万里の長城に似てるかしら?あれ、凄いわよね。映像でしか見たことなかったけど。目の前に広がるこの砦は戦う事を前提に造られているから見た目ゴツイけど格好いい!でも、物々しいのよね。
「姫様!」
私に気付いた騎士が声をかけてくると、バタバタ動いている騎士達が一気にわっと声をかけてくれたり、寄ってきたりしてくれる。うんうん、とっても図体の大きい人達に囲まれると圧迫感あるよね。こら、働きなさい!
「エルディオ様は結界外に居られますが、もう間もなくお戻りになられると」
「あら、ではわたくしはここでお待ちしましょうか」
案内致します、とにこやかに促されたのは会議室。
因みに、エルディオというのが私のお父様の名前よ。響く大きな音に動じる事なく各々にお仕事をする騎士達の憧れの人だそうよ。なんだっけ?あ、そうそう!イケメンで強いものね、お父様!
今回はお手伝いはいらないのかしら?
会議室の円卓には大きな地図とチェス盤がある。それからこの砦の模型。この模型は私が初めてここに連れてきて貰った4歳の時に、あると便利よねって感じでお父様に伝えたらあっという間に造られていたものなの。以来子供遊びでお兄様達と戦略を練ったりして遊んだものよ。サフィール兄様に読んで貰った兵法に載っていた戦法の実演にもってこいだったわね。
壁には魔物の絵と特長や弱点が書かれた紙がズラリ。そう、魔物!魔法で興奮してた私だけど、魔物の存在を知った時にはファンタジー!って脳内で叫んでたわ。でもね、ファンタジーな存在だからといっても人々の命を脅かす存在だという事を嫌というほど知ってしまったし、私はアークライヤー家の一員で、この王国を守る為に身を捧げるように戦うお父様や騎士達を見ていたから、倒すべきものとして認識したのよ。
その上で、魔物の生態を知ろうと思ったの。でも魔物に関する書物はなくて、皆とりあえず来たら倒すだけ、としか言わなかったの。魔物退治の戦闘狂の異名が廃るわよ!なんて思ったものよ。
お父様に魔物の生態を知る事がどういう風に役に立つのか伝えたら、記す事も大切なのだな!ってことで、アークライヤー領は魔物の研究家の一面も持つようになったの。お陰で魔物の対処も良くなったし、魔物が嫌う香りを作ったりして各所の被害を防げるようにもなったのよ。結界があるからって慢心したらいけないのよ、ってちゃんと伝えられた私偉いっ!
結界はね、沢山の魔導士達が巨大な水晶に力を送って王国の、各領は領主を始めその領の魔導士が各領の水晶に力を送って発動させてるのよ。アークライヤー領は守りの要という特殊な地なので、領主であるお父様は全力で戦っているけど、本来はそれだけでは領地を治められないの。そう考えるとお父様にお母様がいてくれて良かったって思うよね。
まぁ、そんな訳でそういった事をお勉強していたお兄様達に混じって私もこの王国の事や領地の事を勉強したの。そこで 魔力についても知ったから、結界だけに頼りきりになっちゃダメよってお父様に伝えて魔物の生態を調べていく上で魔物避けの効果を得られるものの開発も行うことになったのよ。
そうそう、魔物の生態を調べてた事で面白い事も分かったの。魔物って個体個体で力も違うしやっぱり魔力を持っているのね。それでね、私達人間でも使役出来そうって事を発見したの。まぁ、全然簡単な事ではないし、使役出来たからといって人々が被った事を考えると喜ばしく思う人はなかなかいないだろうけれど。これはまだ私しか知り得ない事だし、確立した理論は出ていないからお父様達にも内緒なのよ。
「っひゃあぁ……!」
壁の絵を見ていたら突然横から引っ張られ、一瞬の浮遊感を感じた。
「!……お父様!」
「やあ、愛しいリディア」
目の前にキラキライケメン!我が父ながら本当に美しいこと!私はお父様の腕に腰をおろすように抱えられている。小さい頃からの私の定位置。
「其方の気配を感じたから戻ってきた」
「…………」
いえ、いくら血の繋りがあるからといってもキラキライケメンスマイルを間近で見ちゃうと照れるわね。
とりあえず抱き付いておく。役得。
「お父様、お怪我は?皆は無事かしら?」
埃っぽさは感じるけれど、汚れなど見当たらない父のお顔を挟んで思わず聞いてしまう。
「ああ、大丈夫だよ」
「エルディオ様がほとんど終わらせて下さいましたから私達も無事ですよ」
お父様のキラキラスマイルのインパクトが強くて気付くのが遅くなったけれど、一緒に結界外に出ていた騎士達も戻って来ているようだった。生暖かい眼差しで見つめられている。
「お帰りなさい、アレフ。皆も、無事で何よりです」
ちょっと恥ずかしいけれど、お父様に離して欲しいと頼んでも聞いて貰えた試しがないので、抱えられたままで労いの言葉をかける。皆慣れたもので、笑って応えてくれた。
「皆、休息を取れ」
「はい。姫様、御前失礼致します」
「ええ、ゆっくりお休みなさい」
皆が当たり前のように私を姫様と呼ぶけれど、どの領地でも令嬢は姫様扱いなんですって。王都に行けばまた違うらしいけど。エルファシオン王国には王女様がいるからね。
「エルディオ様、マントをお預かりします」
「ああ、すまない」
本当に、皆慣れたものとして扱っているけれど、お父様に会ってからこのかた、一度も地面に足を着けていないのよ、私。お父様は見た目ピカイチで強いのだけどお母様から言わせればそれだけなんですって。
普段のお父様は寡黙で、見た目と相まって氷の貴公子なんて呼ばれているらしいけど、脳筋で強くなる事にしか興味がなかったそうなの。お母様は政に関わりたかったのもあってお父様を言いくるめて結婚をしたそうよ。ご自身のやりたいことを許してくれそうなのがお父様だけだったからって言ってたわ。
かといって仲が悪い訳でもないし、むしろ良好だと思うのよ。だってお互いに利益があるからって子供5人も設けないわよね?
「どうした、リディア?考え事か?」
私を抱えたままで椅子にかけるお父様に、お母様との仲について考えていたとは言えない。
お父様は私を見ると、ふ、と笑った。
「残念ながら本日は其方の出番はないぞ?」
……お父様と同じ戦闘狂にしないで欲しい。
ちっとも嬉しくない。
今日はやっぱりお手伝いはないみたいね。
魔物の襲来が多いといっても常時襲ってくる訳ではないし、結界に阻まれているからここまで来ることはない。かと言って全く警戒しない訳にはいかないけど、今日はお父様がほとんど駆逐したのね。
ならばお父様に構って貰うまでよ!
俺の名はアレフレッド・ウィング。
エルファシオン王国アークライヤー領で従軍している騎士の一人だ。今日はアークライヤー領主エルディオ様と共に砦の先にある結界外で魔物の討伐をしてきたばかりだ。といっても、ほとんどエルディオ様が終わらせたが。我等の領主エルディオ様はエルファシオン王国きっての強者で、比肩し得る者がいないとまで言われている。ご子息様方もまたその血筋故か王国軍部を取り仕切る程だ。
今日はアークライヤー領の末姫、リディア姫様が砦にいらっしゃる日で、その気配を感じたからと領主様は残った魔物を大剣の一振りで薙ぎ倒してしまった。
もはや魔物よりも領主様の方が恐ろしく感じる程だ。
そんな領主様だが、末姫であるリディア様を殊更溺愛されている。ご子息様は勿論、一の姫イルマ様も愛していらっしゃるが、ことリディア姫様に関しては砂を吐きたくなるくらいに態度が甘いのだ。むしろアークライヤー家が末姫様を溺愛している。
今とて目の前でエルディオ様はリディア様を腕に抱き、普段は寡黙で氷のような美貌を動かす事など滅多にないのに煌めくような笑顔を見せている。ここに女性がいたら阿鼻叫喚の体を成したであろう。
勿論、俺たち領民にとっても末姫様は特別な方だ。
アークライヤー領はエルファシオン王国の守りの要と呼ばれている特殊な地だ。切り立った山々に守られるようにしてエルファシオン王国はある。他の国と接する地はなく、通り道としてアークライヤーがあるのだ。そして、魔物の森と呼ばれている未開の地がアークライヤー領の近くにある。人の気配を感じて魔物が寄ってくるようで、アークライヤーは魔物との戦いが絶えない。そんな訳でアークライヤーの者は必然的に武に長けた者が多く集まる領地となったのだ。
だが、いくら武に長けた者が集まろうと未知のものを相手取るのは厳しい。例えエルディオ様のような強者がいようと。
末姫様がお生まれになった時、我々は魔物を相手取り苦戦を強いられていた。お生まれになるお子様が気になるのかエルディオ様は気がそぞろだった。上のお子様方の時にはなかった事だ。そして、何故か魔物たちの動きもいつもと違っていた。足の速い獣型の魔物の中には同じ形をしたもの達どうしで群れを成しているものもあったが、基本的に個体で襲ってくるものなのだ。だが、その時は様々な形の魔物が徒党を組んで襲ってきているように感じた。確実に仕留めようとする殺気すら感じたのだ。
だが、その苦戦している最中に空に目も眩む程の閃光が瞬き、驚きで動けなかった我々が魔物へ視線を戻したとき、やつらは砦の奥、アークライヤー城を向いて静止していた。いや、偶然だったのかもしれないが、何故か俺にはそう感じたのだ。そして、一際大きな体躯の魔物が吼えやつらは魔の森へと引き返して行った。同時にエルディオ様が城へ急いだものだから姫様がお生まれになったのだと俺には分かった。
仲間内であの閃光を放った者がいないか確認し合ったが誰も見に覚えがないと言った。俺にはあの時が姫様のお生まれになった瞬間だったとしか思えなかったし、何人かも同じような事を思っていたそうだ。
我々アークライヤーの騎士は砦に城に持ち場が変わっていた。領地の守りの要として魔物との戦闘経験がないのは恥でしかないからだ。
だからお生まれになった末姫様のご様子は間近で拝見する事もあった。城を空ける事が多かったエルディオ様は城にいる間、姫様を片時も離さずよく奥方に怒られている光景を目にしたものだ。赤子が我々の話す言葉を理解しているとは到底思えなかったが、末姫様の瞳は理知的な光を宿していたように感じたりもした。
そうして大きくなり末姫様が言葉を話すようになった頃、ご子息様方と共に砦に来るようになっていった。ご子息様方は既に砦で鍛練をなさっていたので抵抗なく、ただ小さな女の子がいる違和感に皆でハラハラしたものだ。だが、姫様が遊びの延長で提示していったものの重要性は後に我々の戦力を大きく変えていった。
そして、天の御遣いかと見紛う姿そのものの不思議な御技を惜しげなく我々に与えて下さったのだ。
同時に、エルディオ様の血を濃く受け継いだのだと思わざる得ない程、こと武術に関して面白いくらいに吸収し、初めは護身術を覚えさせていた筈が実戦で使える程になっていた。
とても不思議なお姫様ではあるが、我々騎士は何度も命を救われてきた。その不思議な御技然り、その武によっても。
アークライヤー領の特殊性について
リディアに語らせるとなかなか核心にいかないですね(--;)
次はもう少しすすめられるかしら……