リベンジ決起 レベル1伝説の幕開け
どれぐらい眠っていただろうか。
浅い眠りから覚め、足を伸ばして寝たせいであまり疲れの取れてない体を一階のリビングまで運び、始まる遅い昼食。おいしそうな食事だが、味はしない。
他人がおいしそうな食べ物を食べていてもそれをおいしいなんて言うはずがない。実際に食べてないのだから、おいしそう、という範囲は絶対に抜け出せないのとそれは同じだった。
次の瞬間に、朝霧蒼太は二階にいた。何の次かは考えないでおいた。
そこでゲームをする朝霧蒼太。
どんなゲーム? FPS? RPG? シューティング?
オンラインゲームではないことは、はっきりとしていた。内容はぼやけているが、ベストスコアの更新に挑戦しているように思える。
しばらくゲームを続けていた朝霧蒼太だったが、ふと、どうして部屋がここまで散らかっているのか、と思い立ち、片付けを始めていた。
ベストスコアは更新できたのか?
そんなことを考えている内に時間は流れていく。
いつの間にか朝霧蒼太はベットの上で安らかな時を過ごしていた。深い眠りだ。
「君は何をやっているんだ?」
朝霧蒼太の寝顔を観察する蒼太は、隣に立つ少年の対話に応じた。少年は蒼太とどことなく雰囲気が似ている。
(何をやってるって……どういう意味だ?)
「このままで本当にいいと思ってる?」
(別にいいだろ。何か問題あるか? ネトゲなんか時間を喰われるだけ。世間的に見ればむしろいいことだ)
「諦めるなよ。これを手放したら君には何もなくなってしまう」
(諦める? はっ! あんなゲームやってられるか。史上最悪のクソゲー認定してやるよ)
「そんなことはない。君はあのゲームで変われる」
(変われる? くかはは! バカ言うなよ。たががゲームで変わると思ってんのか? いや、変われるか……ゲームは人を堕落させるもんな)
「そういうことじゃない。いい方向でだよ。君ならわかってるだろ?」
(…………ゲームで人生が良くなるなんてことはありえない。俺が一番よく知ってる。世界はそんな都合良く出来ていない。神はいないんだ)
少年は初めて笑った。笑い方がわからなくて、無理に笑ったという印象だ。
「……神様は君の頭の中にあるよ。どうか、神様を死なせないでやってくれ」
少年は渦を巻いて消える。それだけではなく、世界そのものが渦を巻いていた。そして、世界は一度閉じた。
「ん、んん~~……んぅ、んん?」
長い夢だ。現実に戻れば白い絵の具と毛先の柔らかい筆で塗られたように消えていく夢だった。ひどくどうでもいい無意味な会話があったことだけは覚えている。
(どっからが夢、だっけ?)
朝になってようやくまともな思考回路へと戻った蒼太。綺麗に整えられた部屋とゲーム機の上に乗せられた横スクロール型のアクションゲーム。
ゲーム機を起動するとアクションゲームが入ったままだったようで、ゲームが始まった。
「ああ、やったんだな」
ベストスコアは更新されている。
今日はあのゲームを始めてから二日後の朝ということだった。
母親はいつものようにいない。蒼太は気兼ねなく一階へ降り、冷蔵庫を漁った。器に入れられたご飯とから揚げがラップ掛けされて置いてあり、それを電子レンジで温める間、用を足した。
洗面所でしっかりと手を洗い、タオルで丁寧に水気を拭き取っていると、チンッと冷たい物がホカホカになった音がした。お盆に箸を乗せて、その次に電子レンジからご飯とから揚げを乗せた。ふと、窓の外から小学生の声が耳に入った。蒼太のことなど微塵も知らない元気な声だった。出窓の天板に光が惜しげもなく降り注ぎ、そこにある花に力を与えていた。
そして、蒼太は朝食を手にして暗く閉ざされた自室へと戻った。
「さてと…………」
自室でまずやることと言えば、もちろんゲームである。しかし、いつもなら即決でプレイするゲームを選ぶ蒼太が今日は珍しく悩んでいた。
(グランダムもいいし、フレイムファイルもいいよな。う~む、悩む)
本棚には常識をぶっ壊し、伝説を作ってきたゲームの数々。
蒼太は学校に行かないことで持て余した時間を全てゲームに注ぎ込んできた。しかし、蒼太は母親がいなければゲームの入手は困難な身。そう多くのゲームは持っていない。自然と一つのゲームに注ぐ時間は常人には及びもつかないものとなっていた。
そこまでやり込んだゲーム。その腕を自慢したいと思うのは当然なのかもしれない。そこでゲーム機に備えられた機能を利用して、ネット上でだけならと自身のプレイ動画をサイトに投稿。それまでの常識を覆すようなプレイは見た者を震撼させ、伝説として語られた。
やがて、オンラインゲームに手を出した蒼太は永遠の二番というあだ名で呼ばれるようになったのだ。
「…………」
何のゲームで遊ぶかはもう考えなくなった。そもそも、常にゲームをするためにプレイするゲームを選ぶ時間など無意味だからだ。
何かをしていたいならオンラインRPGにすればいい。オンラインRPGならやることなどいくらでもある。蒼太の余りある時間など食い潰してしまうほどに。それでもその思考は危険だと本能とは真逆のことを考えていた。
諦めるのか?
そんな言葉がふと浮かぶ。誰が言った言葉なのかは見当もつかない。
「…………」
朝食の置かれた机を見た。朝食を食べるなら、いすが必要だ。
いすはどこだ?
本棚のすぐ近くにそれはあった。
そして、いすの上にはとあるゲームのパッケージがある。整理し忘れた物で、多分、意図的に避けてたゲームだ。だから、これだけ整理されてなかったのかもしれない。いや、結果的にこうなってしまったのではなく、これは過程が本来進むべき結果なのだろう。
つまり、アルトへヴンというゲームを見つけるために整理していたということになる。
「今日は……これをやるか」
いすが元の位置に戻される。もう荒れた形跡はこの部屋には存在しなかった。
蒼太が今日プレイするゲームは決まったようだ。
***
午前八時。
リュウガはいびきをかかずに、すぅすぅと鼻で息をして寝ていた。
タイマーの設定は午前九時。これはもう仕方のないことである。それでもこれが許せない人物がここにはいるらしい。
「こんの、起きろ! この馬鹿!!」
「うひゃあ!? だ、誰だ!?」
部屋には誰もいない。当然だ。鍵を持っているのはミキだけであり、タイマーが鳴っていないということはミキが帰ってきたはずもなく、街中では武器を抜けないようになっているため、ドアを無理やり壊す手段もないはずなのだから。それゆえに、昨日にはなかった接続感覚で声の主を悟る。
「そ、蒼太? 昨日は何してたんだよ。心配したんだぞ?」
「ふん。心配されるようなことはしてねぇよ」
「ふーん。何もなかったならそれでいいや」
「……お前こそ何してたんだ? この部屋はなんだ?」
「あー……そのことなんだがな」
痒いわけでもないのにボリボリと頭を掻きながら布団から抜け出し、数歩歩いて離れると、服装が元の村人服に戻る。蒼太から思っていたような反応を得られずに残念がりつつも、言葉を続けた。
「蒼太に報告というか頼みがある」
「なんだ?」
リュウガは言ってから、どこから話せばいいかを悩んだ。その末に、リュウガは最初から全部を話すことにした。
「昨日、じゃなくて一昨日か。女の子に助けられただろ? その女の子が朝起きたらいてさ、俺が寝てたのは彼女の部屋だったらしいんだ。それでミキさんに、ああ、彼女はミキさんって名前なんだが、街中を案内してもらったんだ。それでな……」
「長い。要点だけを話せ」
リュウガは木の枠で四つに区切られた、光り輝く窓を一瞥してから、蒼太の目となりうる不可視のカメラを見た。
不可視であるのになぜその位置がわかるのか。それはプレイヤーの接続と同じ、違和感に似た感覚がそこにあるからに他ならない。
「…………つまりな。ミキさんとフレンドになるのを許してほしいんだ」
「一応聞くが……それはお前から申し出たのか?」
「ん? そうだな。俺からだ」
蒼太に言われ、そのときを思い返してみれば、自分から誘った記憶がリュウガにはある。
「それならいい」
「そっか。ありがとな」
ニヤッと悪友に向けるような笑みを浮かべて、リュウガは礼を言った。
「ミキって言ったか? その人と会う手段はあるのか?」
フレンド登録するにはキャラクター同士が近くにいて、その上でプレイヤー同士が手続きをしなければいけないとミキから聞いている。蒼太が会うかどうかを聞いているのはそういうことだろう。ちなみに、『手続きと言っても、申請メールをどっちかが送ってそれを受け取った人が受理するだけのものですよ』ともミキは言っていたので、手続きが軽い物ということはリュウガでも知っている。
「うん。またここに来るよ。鍵が閉まってて外からじゃないと開けられないんだ。九時ぐらいだと思う。タイマーをそれでセットしたって言ってたから」
「へぇ」
蒼太から、こいつは驚いた、と言うかのように調子のはずれた声が聞こえる。
蒼太に話したことでリュウガも外からでないと開けられないことの意味を今さらながらに考えた。そして、その意味がもたらす効果に身を震わせた。つまりそれは閉じ込められているということで、またしても蒼太の与り知らぬところで危機的状況に陥っていることに説教が始まると思われたのだ。
しかし、蒼太にはそれよりも驚いたことがあった、いや、純粋に驚いていたようだ。
「お前、時間の概念とかあったんだな。タイマーも知ってんのか」
「それはさすがに馬鹿にしすぎだ。学校で習うことだぞ」
時計という道具は村にはなかったが、昼から夜、夜から朝、そして朝から昼へと輪になった変化を刻むのが時間であるというのはリュウガは理解している。もっとも、それを言語として表現できないリュウガは概念的に時間を理解しているに過ぎない。
それでも、蒼太には驚きであったらしい。馬鹿にされたものだ。ただし、このときばかりはリュウガも馬鹿で良かったのかもしれない。
なぜなら、中途半端に頭の回る人間ならば、話の間に入る異物に耐えられなかったからだ。
間ではなく間に入り込んでくるのだ。それはまるでオセロというゲームにおいて白石に挟まれ、なおもひっくり返らない黒石のようであった。
明るい話題という名の白石の隣に黒石をそっと置かれる。
「…………学校……か。そうか。村にも学校はあるんだな……」
蒼太が突如として陰鬱とした空気を口から吐いた。話の流れとしては不自然な空気だ。常人と話しているようにはとても思えなかった。
「ある、けど……それがどうかしたか?」
「学校は楽しかったか?」
「うん、まぁ楽しかったぞ」
「そうか…………」
「本当にどうかしたのか、蒼太?」
「なんでもねぇ、よ」
蒼太の声が少しだけ沈む。蒼太の顔もその分だけ沈んでいるに違いなかった。
蒼太はときどき、どこか暗くなることがある。全て同じところからか、一つ一つ違うところからか、どこか暗くなるのだ。だが、付き合いの短いリュウガにそれをどうこうすることは出来なかった。
「…………」
「…………」
明るい部屋の中に沈黙が流れた。陽が入射する角度の変化をリュウガが認識すると同時に、蒼太は何事もなかったように喋りだす。
「……九時までまだ時間があるな」
「うん。どうするんだ?」
「…………」
少しだけ間が空く。リュウガも考えてみたが、ここでやれることなど限られていた。
「どうせ暇だからな。昨日のこと、詳しく聞いておこう」
「ああ、どこまで話したっけ?」
「どこまででもない。最初からだ」
「わかった……」
タイマーは昨日と変わらずに午前九時を指し続けていた。
***
(またか……)
リュウガと話しながら、蒼太はそんなことを考えていた。
(生身で話してるせいかどうも、くるうな)
リュウガが話し終えたのはもう少しで九時になろうというときである。そのときにはもう、蒼太は現実の朝霧蒼太ではなく、完璧な〈永遠の二番〉へ戻っていた。
「ということで、ここはミキさんの部屋なんだが……それでだな、もう一つだけ頼みがあるんだ」
リュウガはその手を合わせて頭の後ろを向けてくる。
「なんだ?」
「素材を売ってこの宿を取ってほしい」
「宿?」
蒼太は首を傾げた。
「宿で睡眠を取らなきゃ血は戻らないらしいんだ。だからいいだろ? な?」
「ふむ……」
蒼太が気になったのはリュウガが血と呼んだものだった。生物を傷が付いたときにドロドロとした赤黒い血の代わりに溢れる物を、四角い形状をしていたことからキューブと蒼太は心の中で呼んでいた。
(ずっとキューブって呼んでたけど……あれ、血でいいのか。それに、宿でなきゃ回復しないシステムね……)
「だめか?」
チラリとリュウガはこちらを見る。蒼太が黙っていたせいで、拒否されるのでは、という不安を与えてしまったようだ。
「宿ぐらいは別にいい。だが、お前はどうしてこの宿と限定したんだ? 他にも宿はあるはずだろ?」
「えっとー、それは…………」
言い淀むリュウガ。
(誰にでも言いたくないことの一つや二つはあるしな…………この俺にも……)
「もういい。それよりもお前はこれからどうしたい?」
それ以上は追及せずに、これからの方針についてリュウガがどう考えているのかを確認しておく。
「どうしたいって……冒険してかっこいい装備で強いビースト倒したりとか色々だな」
「つまり、何も考えてないってことか?」
「うっ、そ、そういうことになる……な」
「はぁー……お前悔しくないの?」
一昨日のことだ。蒼太達はリュウガの弟、リュウキに敗北した。蒼太はそれはもう腸が煮えくり返る思いをして、一時は引退、つまりアルトへヴンをやめようと考えたほどであった。
だというのに、リュウガはそれについて何も触れない。だから、蒼太は言った、悔しくないのか、と
「悔しいさ、でも今は勝てないんだ。元々実力差がありすぎたんだよ。あいつと同じぐらい強くなったら勝てる……そのときは全力でリュウキにぶつかってやる」
強くなったらそのときは覚悟しろよ! とそんな覚悟に燃えて拳を握るリュウガ。そこに蒼太は水を差すどころか水をぶっかけた。
「悪いが、レベルは上げない」
「上げない?」
「お前の言う通り、あいつと同じ土台に立てば簡単に勝てるだろう…………が、ただ、勝つんじゃ意味はない」
「うん」
蒼太は意味もなくマウスを弄りながら話を続ける。
「いいか? あの調子に乗った奴のプライドを粉々に砕けるのは、弱い今だからこそ出来るんだ」
「だから、レベルを上げないのか?」
「その通り。リベンジするからには徹底的に潰す。奴のレベルは50は下らないはず……それがレベル1に負けたら、さぞ面白いことになるだろうな」
「何もそこまで拘る必要はないんじゃないか? 勝つだけで十分だ」
何を馬鹿なこと言ってるんだ? と言うかのような目でリュウガを睨んだ。当然、リュウガには蒼太の表情など見えないため、それは伝わらない。
「あのな、俺がただ勝つという一点だけを求める男なら、お前なんてとっくに切り捨ててるぞ」
「それは酷いな」
「当たり前だろ? ステータスは最弱、おまけに馬鹿だ」
「馬鹿は関係あるのか?」
(大アリだ馬鹿! 今も危機になっていることに忘れんな!!)
そんなツッコミを心の中に留めながら、蒼太は言う。
「……そんなお前が俺には適してる。最弱のお前がな」
「ははっ……俺に一生レベルアップさせない気かよ」
リュウガは本気ではなく冗談で言っているのだとその雰囲気から見て取れる。
「そんなわけないだろ。いずれお前のレベルは最大まで上げてやる。ただ、せっかくレベル1なんだ。この時を楽しんでやる、ってわけだ」
リュウガは何も言わずに微笑んだ。このゲームをとことん楽しんでやろうという気持ちが伝播したのかもしれない。
「それにレベルが上がったから勝てただけと言われるのも非常に不愉快だしな。どうだ? レベル1のままでリベンジする理由、納得したか?」
「それはわかったよ。でも、俺達は何も出来なかった。そもそも傷一つ付けられないんじゃどうしようもない。このまま挑んだって結果は同じだろう」
「このままなんて言ってねぇぞ」
「あれ?」
蒼太が何の勝算もなしに再戦を挑むはずがない。蒼太が言ったのはあくまで、レベル1に固定するというだけ。リュウガとリュウキの差はそれ以外で埋めればいいのだ。
「そもそも俺達に一番足りない物は何だ?」
「そりゃあ……ダメージを与えられるだけの力が足りないんじゃないか?」
リュウガの頭にはおそらく、何度叩いても硬い音しか返ってこないイメージがこべりついていることだろう。蒼太にもあの嫌なイメージはある。どんなに攻撃しても無意味というのはうんざりしてくる。
リュウキとの戦いの最中、確かにダメージを受けたような様子を見せたが、あれは偶然であり、完全操作であれを狙うことは難しい。
ゆえに、まずは鎧の上からダメージを与えるだけの攻撃力を用意するのが最初のステップとなる。
「そう、俺達に足りてないのは攻撃力、この一点のみだ」
「レベルを上げないのにどうやってそんな力を?」
「武器を強化すればいい」
「待てよ。武器を強くするなら戦わないといけないだろ。そうすると自然にレベルが上がるはずだ」
リュウガの言う通り、武器を強くするためには戦わなければならない。何をするにしても蒼太達は狩りで素材を入手する必要がある。その際に、ビーストから得る経験値でレベルが上がってしまうのではとリュウガは懸念したのである。
そんなリュウガに蒼太は盛大なため息と共に言葉を放った。
「ビーストでは経験値がほとんど貰えないのを忘れてないか」
「そういえばそうだったな……あれ、ということは、んん? どういうことだ?」
「まだわからないか? ビーストを倒してもレベルはまったくと言っていいほど上がらない。だが、素材は手に入るから武器は整えられる」
「レベルが上がらなくて……武器は整えられる…………あっ!」
リュウガは蒼太の言葉を何度か繰り返してようやく理解したように声を漏らした。
「やっとわかったか」
ビーストを倒して、武器を強化すれば蒼太達に足りない攻撃力は補うことが出来る。これで、レベル1でもあの憎き黒騎士を打倒するだけの力があるという構図になる。こんな簡単なことを理解させるのにこれだけの労力を必要とするのだから、やはりこの先、蒼太は苦労することになりそうだ。
「さぁ、今日から動くぞ」
「ああ! やってやる!」
こうして、蒼太の部屋に置かれた時計の針はカチリと9という数字に先を合わせ、歯車は再び動き出すのであった。




