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最弱と最強の頂点―アルトヘヴン―  作者: フリーの傭兵
STAGE1――幻の黒龍
5/10

人生初のフレンド申請

 リュウガは至って平凡な村人だ。良くも悪くもない少年らしい顔に、角度によっては茶色に見えてしまうような黒髪。モテモテとはならなくともガールフレンドの一人や二人がいたとしてもおかしくはないが、リュウガが誰かと交際することはなかった。村にも女の子はいたし、付き合う男女もいたが、単純に、好きになった女の子がいなければ、告白されたこともなかったからであった。

 リュウガはこうしたこともあって恋愛事には疎いのだが、環境に変化が生じた。突然、キャラクターに選ばれて、濃いプレイヤーと接して、戦いに巻き込まれて、弟と出会い、全てが幻だったのだと悟る。そして、とある少女に助け出される。

 その少女はあの黒龍に決して臆することなく立ち向かい、リュウキを退けた。それに調子づいて啖呵を切ったのは今すぐ消し去りたい過去となってしまった。それはともかく、リュウガから見た少女は端的に言って魅力的だったのだ。

 少女の一番の特徴といえば炎を連想するような赤髪だが、その赤はどこか弾けたような色をしていた。物理学的には同じ赤のはずなのだが、印象が違う。それがなぜ違うのかは蒼太にもわからないだろう。

 しかし、それが一番魅力的なのかと言われればそうではないのかもしれない。であれば、単純に顔が良いからなのだろうか。それもあるかもしれないが、少女のように顔が良い女の子は村にもいた。ならば、それだけではないはずだ。

 だが、どんなに考えても理由は見つからない。それは少女について知っていることがまるでなかったからだった。話してもいないのに魅力的だとリュウガは感じてしまっていた。これが一目惚れというものなのだろうか。理由もなく、一目見た瞬間、惹かれてしまう現象。

 そんなリュウガの後頭部をやさしく包み込む物があった。柔らかい感触になんとなくリュウガは膝枕をされてるんだと感じていた。

 あの少女だ。

 リュウガはそう確信し、ゆっくりと目を開く。

 白いような場所で目と目が合う。目が合った人物は太ももの持ち主。それぐらいはリュウガにも理解できている。

 しかし、それは頬を染めるキロだった。

「お、おぅ……起きたか」

 目線の先にいる悪魔が口を裂いて笑った、絶望の世界へようこそ、と。

「う、うわああぁぁぁぁ!!?」

 バサンッッと起き上がると、そこにあったのは普通の部屋にある普通のベッドと普通の枕であり、白いような場所でキロに膝枕をしてもらう地獄はなかった。

「はぁ……はぁ、はあぁ……ゆ、夢か? ゆゆゆ、夢だよな!?」

(あんな恐ろしいこと夢じゃなかったら……!)

「落ち着いてください。随分とうなされてようでしたが?」

 ベッドの横で椅子に腰掛けて本を読んでいたらしい少女が心配そうに顔を上げていた。

「あ、ああ……ちょっと悪夢をね」

「無理もないです。あれはトラウマものでしょうから」

 少女が言っているのはリュウキにぼろ負けしたことだろうが、リュウガがうなされていたのはそうではない、そうではないのだ。

「いや、そうじゃな……って、君はなぜここに?」

 夢のようなふわふわした感覚はなく、夢から覚めて現実なのだと認識したリュウガは少女に理由を求める。

「状況説明をするためですよ。あの男の人は私に伝言を頼むとどこかに行ってしまったのです。この街では二度と会えそうもないですし、文句が言えないのは残念です」

「状況説明? 伝言? 二度と会えない? どういうことなんだ、聞きたいことはいっぱいある!」

「大丈夫ですよ。そのために私がいるんです。落ち着いて一つずつ質問してください」

 物腰の柔らかい少女の微笑に熱を帯びた気持ちが冷却されていくのを、リュウガは感じていた。

「あ、ああ……じゃあまずは、えーと……君はずっとここにいたのか?」

「いえ? 本を買いに行ったり、装備を見たり、食事をしたりして時間を潰してから……あなたが起きるであろうこの時間に状況説明のためにこの部屋に来ました。この宿を借りてるのは私なので自由に出入りできるんです」

(ずっといたわけじゃないのか……ん? この宿を借りてるのは私、ってもしかしてここは彼女の部屋なのか? じゃあこのベッドは…………)

 リュウガの中で急に気恥ずかしさが込み上げてきて布団から足を出す。床を足を着けると、ひんやりとした感触で素足であることに気が付かされた。

 リュウガは改めて自分の体を見下ろすと、いつもの村人服ではなく、無地の白Tシャツと茶色いズボンだけを着ただけの格好だった。キロからもらった〈最初の剣〉も見当たらない。

「あ、あれ……?」

「それは寝巻きですよ。この宿で無料で貸し出してくれる物です。布団から離れれば自動的に元の服に戻りますから安心してください」

 心配したのは剣のことであって、あの村人服にそこまで執着があるわけではなく、なんだったらこの寝巻きのままでもいいぐらいなのだが、どっちにしろこの言い分なら剣も戻ってくるのだろう、と安心したリュウガは二つ目の質問に移る。

「じゃあ、次。おっさんの伝言って?」

「はい、ではそのまま伝えますね。何かあったらいつでも連絡してくれ、俺は初心者支援をするために店を出そうと思う、と言ってましたよ」

「おっさんが店……ははっ、落ち着いたら遊びに行きてぇな……なんにしても、俺は二度と会えないわけじゃないのか。その……連絡? それってどうすれば?」

「フレンド登録をしたのではないでしょうか? 私もそこまでは聞いていませんので……あなたのプレイヤーに聞いてみてはどうですか?」

「んー……今はいないみたいなんだよね」

「そうなのですか。まあ、あちらにはあちらの生活がありますから」

 繋がっている間は特に気にしていなかったが、繋がってるときと比べて、違和感のようなものがないように思えるのだ。違和感という言葉はその感覚を表す言葉として適切ではないが、リュウガにはそれより適切な言葉は見つからなかった。

「君はおっさんの知り合いなのか? どうしてこんな面倒な頼みごとを引き受けたんだ?」

「知り合いではありません。それに、引き受けたわけでもありませんよ。断る前にさっさとどこかへ行ってしまって……ここで私がやらなければあなたも困るでしょう?」

「た、確かに困るけど……でもそれだけでわざわざ残ってくれたの?」

「ええ……ですが、それほどでもないです。本を読む、いい口実になりましたから」

 少女は眩しい笑顔で、「面白いんですよ、これ」と本の表紙を見せてくれる。表紙だけでは面白いかどうかなど伝わるはずもないのだが、その表情で、面白いんだろうなぁ、とリュウガには思えてしまう。

 表紙にはその本のタイトルと思しき、〈神になった少年〉という文字が印刷されていた。

「あーあー、これからどうしよっかな。蒼太がいないと何も出来ないしなぁ」

「そういえばあなたはここに来たばかりでしたね」

「うん、退屈だけど道に迷ったら蒼太に怒られるし、この部屋で暇を潰していようと思う……あー、いや、それは迷惑かな?」

「この部屋にいても私は構いませんよ。それよりも暇なのでしたら……私のプレイヤーもログインしてないですし、私が街を案内しましょうか?」

「い、いいのか!?」

「え、ええ……私で良ければですが」

 突如、服が分解され、素肌を晒すことなく元の村人服が構築されていく。そこにはきちんと剣が備わっている。

 困惑するリュウガだったが、『ベッドから離れると戻る』と少女は言っていたではないか。つまり、そういうことであった。少女も若干引き気味で、口に小説を押し当てている。

「あ、えっと、そのー…………うん、君が案内してくれるなら俺は嬉しいよ」

「そうですか。では早速街中案内を始めましょう」

「あ、ああ……」


   ***


「くそっ!」

 暗く閉ざされた部屋は憤懣やるかたない声がぶつけられる度に寂しく、空虚な物へ変貌していく。

「くそっ、くそくそくそくそがぁ!!」

 移動いすは蹴飛ばされ、足に付いたローラーが止まれるだけの摩擦力を生んでくれず、本棚へと激突する。その衝撃でゲームのパッケージがばらばらと落ちてるがそれを拾おうとするほどの余裕は蒼太にはない。

 ゲーム内では完璧な蒼太も、現実では酷いものだった。敗北を認めてなおも、完璧と思える動きはしていたし、助けられて街に帰るときも蒼太は完璧であり続けた。ログアウトする、その瞬間まで。

「なんだよ……なんなんだよ、あれ!!」

 蘇るのは黒龍の姿。予備動作もなく発動された極限技と思わしきあれは操作不能というプレイヤーにとって最悪の効果をもたらした。これだけ人気のあるゲームなのだから、あんな理不尽には対抗策が必ず用意されてるはずで、それを見つけられなかったのが蒼太には悔しくて堪らなかった。

「なんで……対戦ゲームで初見殺しを味わわなきゃいけないんだよ!?」

 畳まれて収納された部屋着を全て投げ出す。それだけでなく、整えられていた物はほとんど崩した。それに意味はあるのか。感情に従った行動に意味はあるのか。それを導き出すことに意味はあるのか。

 勝てる余地はあった。リュウキは明らかに傷を負って、その要因も当たりを付けていた上で、負けた。それも蒼太の心を波立たせていたのだ。

 負けるなら負けるで、負けイベントのようにその余地をなくして欲しかった。

「どこまで……! どこまで俺の期待を裏切るんだ!」

 感情を乗せた拳を机に叩きつける。机はびくともせずに堂々としていて、まるで経験豊かな老人のようだった。

 どれか一つということはない。その全てが揃って蒼太の感情を爆発させていたのだ。

「…………俺は本当にこのゲームを遊べるのか?」

 巨大なミキサーでぐちゃぐちゃにされたような部屋の惨状を直視して、蒼太は憂鬱そうに呟く。

 その中で、青い掛け布団だけが皺一つない綺麗な状態であった。これは中学時代に母親が蒼太の誕生日で買ってきた物。これだけがぐちゃぐちゃに出来なかった硬い物。これが幻想だったとしたらどう思うだろうか。リュウガはどう受け止めたのだろうか。もしかしたらミキサーの正体はこれだったのかもしれない。

 どうして、たかがゲームでここまで心をかき混ぜられなければならないのだ。

(ダメだ…………)

 ボフンッと掛け布団の上に倒れ込む。その拍子に埃が舞うが、そんなものはミキサーの刃に付いていた残りカスのような物でしかなく、蒼太は大して気にしなかった。

(やめよう。こんな思いをするぐらいならやめた方がいい。もう……たくさんだ)

 蒼太はベッドの隅まで転がり、敷き布団と掛け布団の間に体を滑り込ませる。そして、布団を頭まで被り、丸まった。

(そのまま流せばデータも残るはず…………リュウガには新しいプレイヤーと楽しくやってもらおう。ああ、それがいい)

 それから足を伸ばして、浅い眠りにつく。頭は最後まで布団から出さなかった。


   ***


「ここはそれなりに人気のある宿なんです。部屋は悪くなくて、ごはんもおいしくて、それにキャラクターが経営してる店なので他と比べて安いです」

 少女の最初の街中案内はこの宿についてだった。

 部屋から出て右手にある階段を降りると食堂になっており、宿泊客以外でも利用できるここは大勢の人で賑わっている。

「へぇ~……俺もここに住んでみようかな……あっ、でも蒼太が許してくれないかな?」

「それはさすがにないと思いますよ? キャラクターにとって休息はとても大切な意味を持ちますから」

「へぇ、それってどんな?」

「失った血を取り戻すには休息するしかありません。あなたも多くの血を失ったから丸一日寝込んでいたのですよ?」

「丸一日!?」

 意識を失ったのは昼。起きたのも昼。これなら、寝ていたのは数時間だけと思うのが当たり前だろう。

「そんなに寝てたのか」

「……お腹は空いてますか?」

 突然そんなことを言われて、カウンター横に設置されているオススメメニューの看板に目を移したが、食欲は湧き上がってこなかった。

「いや、あんまり」

「そうですか……STはあまり消費しなかったようですね。もしかして、極限技も使用してないですか?」

「えーと……そうだな。というか極限技の名前すらわからないんだよなぁ」

「それは、なんと……」

 かわいそうな人を見るような目をする少女に弁解の言葉を発しようとして、後ろから怒鳴られる。そこは階段で、降りてくる宿泊客には大変な邪魔になっていただろう。

「おい! 突っ立ってんな!」

「うおっ! す、すまん……」

 恫喝されてスッと道を譲るリュウガ。

「ここにいては邪魔になりますから、とりあえず外に出ましょうか」

「……そうだな」

 少女に促されて外へ出ると、そこは活気に満ち溢れていた。行き交う人の数もそうだが、一直線に並ぶ建物の数も驚きで、向かいにも平行になるように建物が並んでいる。その建物の一つである宿から出たリュウガも今すぐ見て回りたい衝動に駆られたが、それよりもリュウガにはしなければならないことがあった。

「そのさっきのことなんだけど……別に蒼太からいじめられてるとかじゃないよ」

「ふふっ、わかってますよ。プレイヤーを信頼しているのですね」

 柔らかな笑みで返す少女にリュウガはドキリとさせられる。

「信頼してる……のかな?」

「信頼してなければログインしてないプレイヤーのことをそんな風に言ったりはしないものですから」

「そっか。なら、そうなのかも」

「……そういえば、あなたの名前を聞いてませんでしたね。教えてもらっていいですか?」

「そういえばそうだったな、あははっ。リュウガだよ」

 リュウガは頬をポリポリ掻きながら恥ずかしそうに自分の名を告げた。名前だけでここまで恥ずかしくなるのは人生では初めてのことだ。

「リュウガ君……ですか。では私も名乗りましょう。ミキ、そう呼んでください」

「ミキ……ミキさん、か」

「…………」

「…………」

 名乗るだけでどうしてこうも気恥ずかしいのだろうか。ボンッと擬音が付いてしまうかのようにリュウガの顔がみるみる赤く染まっていく。気のせいなのかもしれないが、ミキの白い肌も赤い髪との差がほんの僅かになくなっているように見える。

「では、行きましょうか」

「そ、そそそうだな!」

 赤髪を揺らして先に進むミキの背中を追いかけながらリュウガは考える。

(そういえば、女の子とどこかに出かけたことなんてないな……これって、デートだよな? でも出会ったばかりでデートはおかしいか。本当にただの案内、なのかな? ミキさんに聞いてみるか? これってデートかな……っっって、バカか!)

「リュウガ君、どうかしましたか」

「え!? な、何か?」

「立ち止まっていたので、どうかしましたか、と聞いたんです」

「あ、ああ! ちょっと考え事をしててね」

「考え事……ですか? 私なら何かわかるかもしれません。言ってみてください」

「うぅっ!? えっと、それは~……」

 まさかデート云々について考えていたなんて言えるはずもなく、とにかく誤魔化せる何かを探すリュウガ。

 すると、オシャレな店が多く立ち並ぶこの通りには似つかわしくない、鉄くさい店に屈強そうな騎士が入っていくのが見えた。他の店が華やかな色をしているとしたら、その店は黒い色をしていたのだ。

(これだ!)

「え~と、その、あそこは何の建物なのかなぁ、てね」

「……?」

 ミキは訝しげな目でリュウガをジッと見つめる。つい、リュウガは本当のことを言ってしまいそうになったが、グッと堪える。最後にはそれで納得して、きちんと案内をしてくれた。

「鍛冶屋ですよ。装備類の加工などをしてくれます」

「ん? それって……武器屋とか、防具屋とかとは違うの?」

「ええ。武器屋などは完成品を売っている店です。それに対して、鍛冶屋とは素材を加工して武器を作ってもらうんです。上級者になればこちらの方を利用することが多くなりますよ」

「へぇ~……」

 残念ながら中は狭く、あの騎士を含めて三人となると迷惑になるため、中を見るのは遠慮した。


 そこからさらに歩くと、鍛冶屋とは違う意味で異色な建物に目が止まる。

 どうやってバランスを保っているのか不思議なほど歪な形で、天辺には三日月がどっしりと構えている。その月のオブジェクトはその下を照らし、〈月見道具店〉という店名を強調していた。道具屋は村にもあったからなんとなくわかるが、もしかしたら村とは違う部分があるかもしれない。念のためにとリュウガは尋ねた。

「月見道具店……道具屋? どんな道具が売られてるの?」

「道具屋ですと……戦闘や外で使う物が主となりますね。便利な物ばかりです。どんな道具があるのか知ることも大事ですし、中に入ってみましょうか?」

「おおっ! 入る入る!」

 近代的な自動ドアに所狭しと商品を並べた陳列棚。店内は独特の香りが漂っていて消臭剤を、臭いを消したというよりも匂いで塗り潰したと行った方が正しい。随分とファンシーな外装に反して、内装は飾り付けなどがほとんどない質素な作りになっていた。

「へぇー……本当にいろいろあるんだね。煙玉だって」

「衝撃を与えると煙幕を張ってくれる玉ですね。私は使ったことありませんが人気商品みたいですよ」

 入り口近くを物色しながら店内を改めて見回した。やはり村にあった道具屋とは違う点が多くあり、勘違いしたままにならなくて良かった、と心からリュウガは安堵する。リュウガの知る道具屋とは日常生活で必要なものを揃えた店であり、ついでに言えば、店の規模もまるで違う。現実で例えると駄菓子屋とスーパーマーケットぐらい違っていた。

 大安売りの商品としてワゴンに詰め込まれてるのも村にはなかったことの一つだ。

「回復薬と傷薬? これはどんな違いが?」

 どちらも同じ形状の小瓶に液体が満たされており、回復薬にはキャップが、傷薬にはスプレーノズルが取り付けられていた。

「回復薬はHPを回復させ、傷薬は血を止め、傷を塞ぐ効果があります」

「ふーん……あっ! でも、それじゃあ回復薬の方が良いよね?」

 HPが回復すればどっちみち傷も治るのだから、それなら回復薬が傷薬の上位互換になるだろうとリュウガは思い至った。珍しく、頭の回転が早い。だが、やはり回転は足りない。

「そうでもありませんよ。HPによる回復は完治しなけば傷は塞がりませんから。リュウガ君も経験あるでしょう?」

「確かに……」

 リュウキに腕を切り落とされて治癒が始まったが、指までは再生できずにキューブ――ミキは血と呼んでいた物――がダラダラ流れていたのは今でも覚えている。

「それに傷薬のいいところは効果が持続するところです。人によってどちらが良いかは別れるところかと」

 完治させたいなら回復薬。とにかく死なないようにするのが傷薬といったところだろう。確かにこれならどちらが良いかは別れる。

 自分の場合はどちらになるだろうか、とリュウガは考え始めてすぐにやめた。それは蒼太が決めることだからだ。二つの小瓶を戻して、今度は中の商品を物色し始める。

「これ、すごい形だね」

「これはですね………………………………」


 こうして道具を見るだけで時間はあっという間に過ぎていき、道具屋を後にする頃には太陽が半分ほどその身を沈めていた。もし、障害物がなければその身をもっと眺めていることが出来ただろうが、蒼太がいないまま外に出るなど自殺行為に近い。ましてや、太陽が沈むのは西のフィールド、東のフィールドよりも一段階危険な場所なのだ。

「もうこんな時間ですか……では最後に東地区の名所を案内しますね」

「名所か…………」

 ミキの言う名所は通りを最後まで進んだ先にあった。

 その名所とは東地区中央広場、その中央に設置されたシンボル、巨大五段噴水だ。天高く噴出する水がこの噴水をさらに大きく見せている。それを取り囲むように併設されたベンチで話し合う人々がそこを名所たらしめていた。そして、名所には当然のようにカップルが付き纏っていた。見せつけるようにお互いの体をベタベタと触れ合わせ、それはもう溶け込んで混ざってしまうのではないかと思うほど。

(そのまま溶けてしまえ!)

 そんな嫉妬の念を送るリュウガはカップルを意識の外へと吹き飛ばし、噴水の大きさにしばらく見入っていた。

 リュウガにとって見るだけの名所など退屈でしかないが、この噴水は素直に凄いと感じさせられるものがあった。やはり、大きい物にはロマンがあるということだ。

「うん、凄いけど…………」

 人が多すぎるような気がする。合計に対して人の動きが少ない、つまり、動かない集団がいるのだ。リュウガが何を言わんとしていることがわかったのか、ミキが口を開いた。

「…………ダンジョン、というものを知ってますか?」

「おぅ、知ってるぞ! 冒険には付き物だよな」

「はい。概ねそれで間違いありません。違う部分は外ではなく街中に入り口が隠されているのと、ゲームオーバーのリスクがないことですね」

「リスクがない?」

「街中ですから」

 それはそうだ、とリュウガは納得する。

「あの噴水はその中でもかなり有名ですよ。シンボルですので、誰にも見られずに探検は無理がありますからね。高難易度らしくて、一部の限られた存在だけがここをクリアしたらしいです」

「へぇ、そうなんだ! ということは、あの人達はダンジョン探検のために?」

「おそらく、そうでしょう。もしかしたら作戦会議だけしてお開きになるかもしれませんが」

「ふーん? 死なないんなら気軽に挑めばいいんじゃないの?」

「死のリスクがないだけで、ノーリスクというわけではありませんよ」

「そうなんだ?」

「持ち物は装備を除いて全て失い、体調は最悪の状態で街に戻されます。ダンジョンによってはさらなる代償を支払わなければいけないこともしばしばです」

「そりゃあ、大変だな」

 それはダンジョン内で手に入った物も全て失うということだ。しかもダンジョン攻略のために持ち込んだ道具も全ロストのオマケ付き。その絶望は計り知れない。

「立ちっぱなしもなんですし、座りましょうか」

「それはいいけど……どこに座るの?」

 噴水に併設されたベンチは埋まっている。主にカップルで。

「こっちにもベンチがあるんですよ」

「ん? ああ、ホントだ」

 噴水を中心にした円の外周にお店があり、その内周にベンチが一周するように設置されていた。ベンチのすぐ後ろにお店がある構図となり、ここに構えてる店はたいへん収益があることだろう。また、ベンチ一つ一つに街灯が並び、通な人間に言わせれば、夜ならここの方がよっぽどムードがあるのだ。

 そんなことを知らない二人は噴水から離れた、街灯下のベンチに二人揃って座る。

「ダンジョンの入り口ってどうなるのかな?」

「聞きたいですか?」

 噴水近くでは集団が紙を広げながら話し合いをしている。ベンチで新聞を読んでいた男が、他でやれよ、と言いたげな顔で去っていった。

「いや、いい! そういうのは自分の目で見ねぇとな」

「ふふっ、そうですか」

 だが結局、集団はダンジョンに入ることなくその場を去ってしまう。

「ありゃっ! ダンジョンに入らずに皆どっか行っちゃったよ」

「やはり、お開きになってしまいましたか」

「ダンジョンの入り口が開くシーン見たかったのになー……ちぇっ」

「それなら、リュウガ君がダンジョンに入ればいいんじゃないですか?」

「うっ……」

 ミキは悪戯っぽい笑みでリュウガに顔を近づける。無意識でやっているのだろうが、これを意識してやっているとしたらとんだ小悪魔だ。

「勝手に入って持ち物全部なくしたー、ってなったら蒼太に怒られちまうよ。それにこういうのは仲間がいないと楽しくないだろ?」

「確かにそうですね」

 ミキはスッと身を引っ込める。

(あれ? 仲間と言えば……)

 ミキは仲間がいるような口振りをしていた。リュウガはそれについてミキに聞いてみることにした。

「そういえば、ミキさんはなんかの集まりに入ってたよね? 初心防衛会だっけ?」

 血が流れて意識が薄れていたときの記憶をおぼろげながらに呼び起していると、ミキから驚愕の事実を明かされる。

「あれは嘘ですよ」

「嘘?」

「ええ。狩人(ハンター)という外での狩りを専門としている人達がいるのですが、その人達は外での対戦……殺人をする人を忌み嫌う傾向にあります。暗殺者(アサシン)を発見すれば迷いなく集団で狩るんです」

「…………」

 この言い方ならば、狩人とは悪い暗殺者を退治してくれる正義のヒーローのようにも聞こえるかもしれない。しかしながら、集団で狩り、そんな言葉を用いているのならまず間違いなく相手を殺しているだろう。それはおかしいのではないだろうか。だから、リュウガはそこを指摘した。

「それは同じ殺人じゃないのか?」

「殺人ですよ」

 間髪いれず、ミキはそう答えた。

「だから……私はあまり好きにはなれません。ただ、殺人をするような人には恐ろしい存在でもあります。あのように言えば、相手も死にたくはありませんから、仲間が来る前に退かざるを得ないんです。あ……誤解しないで欲しいのですが、全ての狩人(ハンター)がそうだというわけじゃありませんよ? あくまでそういう人達は多いというだけで……」

「うん、わかってる。狩人(ハンター)っていうのは狩り専門の人のことをそう呼んでるんでしょ? つまり、全員がそうってわけじゃない」

 噴水側のベンチを見ると、弓を装備した女の子が若い男と笑いながらアイスクリームを食べていた。

「でも、多くはそうってわけだ」

「…………」

 リュウガはミキが仮とはいえ、そんな狩人の真似事をしたというのが嫌であった。自分を助けるためにせざるを得なかったことがことさらに気持ちを膨らませていた。

「一つ聞きたいことがあるんだ。ミキさんは……どうしてここまで俺に構ってくれるんだ?」

「…………」

 その沈黙を、言っている意味がわからない、と解釈したリュウガはさらなる説明をした。

「だって、普通ありえないだろ? 出会ったばかり……出会いは普通じゃないけど、助けられたんじゃなくて、助けた側だ。つまり、助けられたことのお礼というのは絶対にありえないんだ」

「…………」

「出会ったばかりの俺にここまで付き合うのははっきり言っておかしい。それともミキさんは困っている初心者なら誰でも、部屋を貸したり、道案内したりするの? もし、そうなら絶対に止めた方がいい」

「そう……なん、ですか。私はそんなつもりはなかったのですが」

 黙り続けていたミキはようやく喋りだす。

「だったら……」

「それでも、困ってる人を見捨てるなど私には出来ませんよ。たとえ、誰であろうとそれは変わりません」

「…………!」

 この瞬間、リュウガは理解した。

(ミキさんはとても純粋に生まれてきたんだ)

 そして、もしかしたら、キロという胡散臭い男と一緒に現れたことから彼女の純真さを嗅ぎ取っていたのかもしれない。一目惚れをしたリュウガはたった今、ミキへの恋愛感情を確信した。

 そして、ここで別れればおそらくミキと会うことは難しくなる。そんなこと、リュウガには耐えられなかった。

「……離れてても連絡できる手段があったよね。フレンド、だったっけ?」

「ええ。フレンドで合ってますよ?」

「そっか。なら、ミキさん!!」 

「はい、なんですか?」

 ミキの笑顔は街を照らす夕日のように綺麗で、変わらない調子でリュウガの言葉を待っていた。

「俺の……フレンドになってくれないか?」

 リュウガもここだけは照れ隠しで頬を掻いたりはしないで、どこまでも真っ直ぐにミキを見続けた。

「それは嬉しいお誘いです。ですが、少し時間を頂いていいですか? 相談をしたいので」

「ああ、それはもちろん。俺だって蒼太に相談してないしな」

 そもそも蒼太はまだログインしていないから、とリュウガは心の中で付け加える。

 噴水の前ではいい雰囲気になった弓の女の子と若い男が濃密なキスをしていた。カップルに嫉妬していた少し前の自分をリュウガは馬鹿らしく感じた。


 数分後、太陽は既に見えなくなり、懐かしい夕日だけが街を照らす。

「もう夜になってしまいますね」

「そうだね。村では寝るのが当たり前だったけど……こっちではどうなのかな?」

 どうやら、キャラクターは外に出なければ、どんなに動いても疲労や空腹を感じず、睡眠も食事も必要としない体になっているらしい。つまり、一年中動き続けることが出来るのだ。ただし、戦闘で血を失えば睡眠は必要であるし、STを使えば使うほど食事を必要とするようだが。

「昼に活動して夜寝るのが一般的です。そこはプレイヤー次第、ということになりますが」

「ふーん、そんじゃまっ! 帰るか……って、そういえば宿無しだったな……このまま野宿でもするか?」

「一応出来なくはありませんが……野宿だと血の回復は見込めませんよ?」

「そっか。それじゃあ意味ないよな……どうしよっか」

「それなら私、いいところ知ってますよ。さあ、立ってください」

 ミキはベンチから勢いよく立ち上がって、リュウガに手を差し伸べた。その手を平然と握るのは常人には無理がある。その例に漏れないリュウガは、されど強くその手を握り締めて言った。

「これからよろしく」

「はい。これからよろしくお願いします」

 プレイヤーの反応によっては剥がされてしまうかもしれない繋がり。それでも、二人は固い握手を交わした。


 太陽が地平線の彼方まで沈みきると、辺りは暗くなり、店に明かりが灯される。噴水もライトアップされ、大理石の白さが一層目立っていた。人の質もまた変わり、そこは昼とは違う世界へと変貌していたのだ。

 だからだろうか、一度通った道でも初めて通るように感じてしまって、宿に入っても初めての宿としか思わなかった。そして、既視感を覚える食堂に困惑するリュウガは、気が付けば〈204〉と書かれた表札をドア近くの壁に掛けた部屋の前に立っていた。

「あれ? えーと……」

「今日はもう遅いので、私の部屋を使ってください」

「……っ! そ、そんなっ、悪いよ!」

「いいえ。リュウガ君は一日寝たとはいえ、まだ血が戻りきってないはずです。夜は最も休息に優れた時間ですのでしっかり寝てください」

「じゃ、じゃあ宿は自分で借りるよ」

「まだ素材を売ってないようですから……所持金は初期のままですよね?」

「うん? 買ってもないからそういうことに……ってまさか!」

「そのまさかです。最初の所持金は10g。この宿は一ヶ月からで、12g必要ですから」

「そんな…………」

 NPCが経営している宿は日が沈むと受付を終了してしまうため、借りられる宿はここら一帯ではもう、ここぐらいしかない。自分で借りるという選択肢は潰えたのだ。

「素材を売ればそのぐらいにはなるでしょうが……その手続きはプレイヤーが必要となりますからね」

 ミキは困ったように木製の表札を撫でながら言葉を続けた。

「まだ……ログインしてないんですよね?」

「……うん、まだ、ね」

「あの、本当に気にしないでください。私はどっちみち部屋を空けなければなりませんから」

「なら、この分は後で払うよ。それでいいかな?」

「はい、いいですよ」

 柔和な表情でそう言うミキは〈204〉と書かれた鍵を鍵穴へ差し込んで、手首を捻った。

 リュウガがこの部屋に入るのは二度目だが、意識がなかった一度目とは違って女の子の部屋に入るのはさすがに緊張していた。しかし、そんな緊張を忘れてしまうような異常がミキの身に起きた。

「え? あ、ああ! あわわわわわわっ!」

 常に落ち着いていて、黒龍の前でさえその態度を崩さなかったミキはこれまでにないぐらいに挙動不審になって、やがてフリーズした。

「えっ! ど、どうしたの?」

 その肩を揺らすとミキの凍った思考が溶け出していった。ついでに言えば、ミキの繊細な肩に触れてリュウガの心も少しだけ溶かされていた。

「え~と、ですね……実はこの宿は設計ミスで内側からは鍵を開けられない仕様になってまして……」

「うん」

「それで、私が帰るまで外に出れなくなると言いますか……」

 ミキは恥ずかしそうに俯き、お腹の前で手をすり合わせる。意外な一面を垣間見たリュウガは思わず吹き出してしまった。

「ぷっ、あはははっ!」

「わ、笑わないでください! 外に出れないのは重要なことですよ? ここまで勧めておいてやっぱりダメだ、ってなったらどうしようかと本気で慌てたんですから!」

「ごめん、ごめん。なんだぁ、そんなことか。それぐらい大丈夫だよ。外に出る用事もないしね」

「うぅぅ……」

 もう一度「ごめん」とリュウガが謝ると潮が引くように落ち着きを取り戻していく。それでもミキの顔は赤く、少しぎこちなくもあった。

「はー……ふぅー……で、では、目覚ましのタイマーは朝の九時に設定しておきますね」

「わかった。今日は本当にありがとう」

「いえ、私も楽しめましたから」

「それなら良かった。また明日」

「はい。また明日」

 最後にはニッコリと笑うミキは本当に輝いて見えた。

 パタンッとドアが閉められ、再び鍵が閉められる。これであのドアは明日の午前九時になるまでは絶対に開かない。閉じ込められたと言ってもいいが、リュウガにはそんな考えは微塵も存在していない。

「…………っと、早く寝ないとな!」

 ミキの気遣いを無下にするわけにはいかず、いそいそとベッドに中へ潜り込んだ。自動的に服装が寝巻きになり、女の子の匂いがリュウガの鼻に吸い込まれる。匂いを残すほどこのベッドは高機能ではなく完全に気のせいなのだが、ミキが寝ていたという事実は恋愛経験0のリュウガには刺激が強すぎたようだ。

 そんな心境であっても、このまま目をつぶって羊を十匹ばかり数えるだけでその意識を夢へ落とすことが出来てしまう。

「まったく……何やってんだよ」

 リュウガは眠らないように部屋の入り口を眺めながら呟いた。変なことを考える自分に対して、そして、この場にいない蒼太に対して。

 蒼太がいない理由はリュウガにはわからなかった。敗北が関わっているのは確かだが、それがどう関わってるのかは想像もつかなかったのである。蒼太をある程度知ってる人間ならあるいは、想像ぐらいなら出来たかもしれない。しかし、リュウガは蒼太のことを何も知らない、その顔さえも。

「…………蒼太」

 見知らぬ部分を想像することさえも許されないパートナーのイメージは文句の付けようもない完成度を誇っているようで、ひどく歪んでいるようにも見えた。

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