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最弱と最強の頂点―アルトヘヴン―  作者: フリーの傭兵
STAGE1――幻の黒龍
10/10

ヘビー級ビースト

「…………こいつを相手取るのは俺だと思うんだがな」

 そんな蒼太の不平は、滾るリュウガには届かなかった。

(これはひょっとすると……ひょっとするかもしれないな)

 あの幻を出せるようになるかもしれないというのは、リュウガを乗せるための嘘のはずだった。

 しかし、リュウガは黒騎士と似たプレッシャーを放っているように見える。

 これならあの黒龍に対抗できる、そんな予感がしていた。

(自分で言っててなんだが……プレッシャーって何だよ……)

 リュウガの後ろで漂っている何かはオーラだとか気だとか呼べるような曖昧なものだ。

 プレッシャーと呼ぶのが一番適当だったためそうしていたが、意味がわからない。

 現実ではありえない現象。これはアルトへヴンのシステムとして組み込まれた隠し要素のようなものだと蒼太は考えている。

 そもそもほとんど説明がないため、隠すも何もないが。

 サソリとリュウガは睨み合い、膠着状態にあった。もしサソリの動きを止めているのがリュウガならば大戦果だ。メールで指示を送る時間が出来たのだから。

 蒼太はすぐに反応できるように気を配り、かつ最速でメールを作成した。

 今攻撃されれば防御しか選択肢がないほどの最大の隙だったが、サソリはこれを逃した。

 この時点で一歩リード。

 蒼太の一手目はミキを後ろへ下がらせることだった。

 ミキの武器は弓だ。ならば、それを活かさなければならない。

 相手から目を離せないため、カメラは後ろに向けない。上手く隠れられただろうか。

 メールが届いた。

【下がったよ!】

「よし、やるぞ!」

「よっしゃぁ!」

 先手は取った。次はサソリの手番だ。

 サソリが鋏を前に突き出して、バチンッと打ち鳴らした。

「うおっ、とぉ」

 二つの衝撃波が生じた。

 リュウガは少し驚いたような声を上げたが、動こうとはしなかった。

 形を持たない二つの衝撃波が合わさり、二等辺三角形状の両刃の剣が完成した。

 それはリュウキの放った衝撃波よりも高い破壊力を秘めながらも、その鋭さは斬ることも可能としているかのようだった。

(どっちみち、避けるしかないな)

 左に走るコマンドを入力した。右でも問題はなかった。

 蒼太が右移動ではなく左移動を選んだのは入力速度にコンマ数秒の違いが出るからだ。数秒の余裕があった、ここでの回避に、その違いは意味をなさなかった。

 回避が実行され、画面には全力で左へ移動するリュウガの姿が映し出されていた。

 ここで結果まで見るのは素人。わかりきっている結果を待つ必要はなかった。

 即座に敵の方を向いて突撃させるコマンドを入力。実行は回避が完遂されてから。

 完全操作習得において、最も重要なのがこの先行入力だ。

 完全操作は止まってはいけない。相手の行動を見てからコマンド入力なんて隙を出してはいけないのだ。

 完全操作はコマンドを先に入力して初めて、隙間なく常に加速状態にあるというアドバンテージが得られる。

 しかし、先行入力には注意すべき点があった。

 コマンド入力とは文章を書くような形式である。入力するべきコマンドを間違えたとき、バックスペースキーでいちいち消さなければならない。

 コマンド実行中に新たなコマンドを入力実行すると、実行されていたコマンドがキャンセルされ、新たなコマンドが実行される。

 先行入力は次の行動であり現在進行の状況に対する行動ではない。

 これらの情報から、先行入力が抱えている問題が浮き彫りになる。

 今の状況を例にしてみる。

 サソリの攻撃を回避している状況で先行入力済み。先行入力済みということは何か思わぬこと、例えば、サソリの尾が何倍にも伸びて――まず、ありえないが――リュウガを攻撃されれば、コマンドを消して再入力しても間に合わないということである。

 つまり、先行入力は予想外の敵の行動に対処できないのだ。

 だから、全て先行入力にするということではない。むしろ少ないぐらいだ。

 大事なのは、それ以外にありえない、というようなキャンセルする余地がないほどその行動が確定しているときに、次の行動を先行入力することなのである。

 もちろん言うのは簡単だが、先読みし、それらを判断してコマンド入力するなど並大抵のことではない。

 ただ、これに気づいているかいないかで習得できるかが決まる。

 なぜなら、これが完全操作の肝だからだ。

 蒼太にもまだ慣れない部分が多々あった。それでもこういったコツさえ掴んでしまえば、見える世界は変わるものだ。

「さて……」

 画面先では不測の事態も起こることなく、回避を終えようとしていた。

 蒼太はスペースキーをロスがないように押した。

 入力したコマンドが実行され、リュウガは真っ直ぐにサソリの元へと向かっていく。

 サソリの反応は想定よりも速く、鋏が横からリュウガを刈り取ろうとしていた。

 このまま走れば雑草のごとく命を引っこ抜かれただろうが、蒼太の反応はサソリなんかよりもずっと早かった。

 新たにコマンドを入力、実行することによって行動を割り込ませた。

 リュウガの足を止め、後ろへ軽く跳ばさせる。

 そのすぐ前を鋏が通り過ぎれば、リュウガに再び走り出させた。

 さらなる攻撃はなく、体重を支えきれるとは思えないほど細いサソリの足まで辿り着く。

 足は右と左に四本ずつ、計八本。

 リュウガに右足の四本の内、一番前の足へ攻撃させた。

「ぅう! かってぇな!」

 リュウガがどこか楽しそうに言った。

 鋼鉄は見かけ倒しなどではなく、少なくともこちらの攻撃を通さない程度には硬かった。

 ノーダメージだが、絶望するにはまだまだ足りない。

 弱点がこれ見よがしに晒されていたからだ。

 おそらく最大の弱点と思われる目、それと細い足の関節部分。

 目を狙うのは危険だが、足の方はそう難しくないだろう。

 足のほとんどが鋼鉄に覆われて関節部分の面積はとても小さい。細かい動きが利かない技で狙うのは難しい。

 では、自律操作にするのか?

 いや、違う。

 蒼太は気づいていた。リュウガ自らが動こうとすることによってほんの少しだけ動きが変化することに。自律操作ほどの自由度はないが、狙った部位を攻撃することなら出来る。

 それを使わない手はなかった。

「リュウガ、狙えるか?」

「…………」

 リュウガも自分で動かせることはわかっている。その上でジッとサソリを見つめた。

「任せろ!」

「よし! いい答えだ」

 カタカタカタッと軽快な音と共にコマンドが入力していく。

 コマンドが同じであるからリュウガの動きも同じだった。

 このままなら先程と同じように関節部分の少し下にある鋼鉄を打つだけで終わっていたが、少しずつ動きは変わっていった。

「ぬぅぉおおおおおっ!」

 刀の軌道が明確に変化した。本来、完全操作では通らない道を刀は通っていた。

 刀は足の関節部分に到達し、柔らかい肉を裂いて強引に道を作った。

 そして、通り抜けた。

 刀が通った道には何も残らなかった。ごく小さな四角い肉片がその軌跡に舞い込んだ。

 この瞬間、サソリは一番前にある右足を失い、ガクリとバランスを崩した。

 倒れない。

 サソリの右足はまだ三本残っている。バランスを取り戻すには十分だった。

「よし、このまま二本目に……」

 取りかかろう、そう蒼太が言おうとしたときだった。

 何の予兆もなく、鋏が薙ぎ払われた。

「っっ!?」

 考える暇もなく反射的にリュウガを後ろへ下げた。

 そこで気づく、今の攻撃の意味を。

(なるほど。攻撃は一回までということか)

 足を一本斬ると即座に反撃されて離れなければならないような仕様になっているのだろう。

(これはあるな。攻撃パターン変更!)

 今まで黙っていた尾がこちらに先端を向けた。砲口を向けられているような気分だった。

「そらきたっ!」

 そこから出てきたのは緑色の液体だった。十中八九毒だろう。

 受ける選択肢がないのだから、回避一択。

 バックステップをしたリュウガの目の前で毒がベチャリッと地面にへばり付いた。毒が小石を溶かしながら地面を侵食していた。

 地面に残った毒を迂回してサソリに突撃させようとしたが毒でそれを妨害された。

 慌てて後ろへ跳ばせたリュウガを追うように次々と毒が吐き出された。秒間3発という脅威の連射にサソリとの距離がどんどん離されていった。

(ちっ! 離すのが目的か!)

 サソリの怒涛の攻めに後手にならざるを得ない。だが、いつかは止む、必ずだ。ならば、今は回避に集中すればいい。

 しかし、コマンド入力と行動の先読みに集中して、周りまでは気を回せなかったようだ。

 いつの間にかミキが隠れていた岩場にサソリが接近していた。手痛いミスだった。

(まずい!)

 サソリの左目がミキを捉えていた。

 尾がヌゥッと動いて、ミキに標準を合わせた。

 リュウガもサソリの意識が逸れたことに気づいた。

「なっ、おい!」

 リュウガの声を無視して、サソリは濁った水のような緑色の毒を発射した。

 だが、雪のように白い肌には一滴たりとも付着しなかった。ミキが気づいて回避したのだ。

 あのスピードはおそらく技であろう。

(ナイスアシストだ、ミキのプレイヤーさん)

 サソリはそこでやめるつもりはないのか、二発目の準備していた。ミキならこれも避けれるはずだ。ならば、その隙を突かせてもらおう。

 そう思い、蒼太はコマンドを入力した。

 しかし、それを遮る存在があった。

 サソリでもミキでもない。

 リュウガだ。

「お前の相手は……俺だろうがぁ!!」

「ギッ!?」

 ドウンッとプレッシャーが噴き出した。リュウガの怒りが、体の震えが空気に伝播していく。

 サソリの注目がリュウガに戻った。無視できなくなったのだ。

「おいおい……余所見してる間に軽く足一本飛ばすつもりだったのによ」

「ごめん……どうしても許せなくて」

「別にいいさ。お前の意思は出来る限り尊重してやる。いいぜ! 正面突破だ!」

 リュウガの期待に沿うようにコマンドを実行させる。

 毒が発射される。近づくと毒は止み、代わりに鋏で攻撃するようになった。

 なぜか両手同時に攻撃するという非効率なやり方であり、一度越えてしまえば一足で足元まで入れた。

 二本目はまだ簡単ということだろう。

(それじゃあ、遠慮なく!)

 今度は刀ではなく剣を関節部分に寄せた。

 リュウガの微調整によって、剣が関節部分に触れた。

 刀よりも攻撃力が低いせいなのか、切断するのにほんの少し時間がかかり、分離された足は飛ぶことなく地面にボトリと落ちた。

 リュウガがどんなにやる気を出そうが、ここはすぐに離れさせた。紙装甲のリュウガが反撃を喰らえばひとたまりもない。リュウガもそこをわきまえているようだった。

「後……二本!」

 二本目の足を失ったサソリの体は斜めに傾いていた。

 それでもやはり、倒れない。

「ギグ、グギィィィィィ!」

 サソリが怒った様子で鋏をバチンッバチンッと鳴らしていた。

(この流れだと……おっ、やっぱりか)

 尾の穴から曲がった尾針が顔を出した。あれこそが本命だろう。

(そういえば、状態異常とかあんのか? もしあるならここで受けるわけにはいかないな)

 HPがじわりじわりと減っていく毒に侵されても回復手段は持ち合わせていないから危険であるし、麻痺毒のように動けなくなるのはさらに厄介なパターンだ。やはり触れるわけにはいかないだろう。

 鋏はなんとか防御できるが、毒がたっぷりと塗りたくられた尾針は防御しても飛び跳ねる毒が怖い。

(だが、ビビッてても仕方がない!)

「次! いくぞ!」

「おう!」

 リュウガから頼もしい声が返ってきた。

 蒼太は必要になるであろうコマンドを頭に浮かべて、リュウガを突撃させた。

 リュウガの頭上から断続的に迫る二本の鋏と尾を気合で避け、なおかつ、足を斬るために近づかなければならなかった。

 一つの行動でいちいち時間の取られる完全操作はこういった断続的な攻撃に弱い。その場その場で入力しなければならないため、先行入力も出来ない。

 ここはこの戦いで一番きつい場所であった。

 近づけば近づくほど攻撃が早く届き、難易度は増していった。

 一旦大きく下がってやり直す場面もいくつかあった。

 かといって、リュウガに任せるわけにもいかなかった。

 何度もやり直して、ようやく正解パターンを導き出し、三本目の足に辿り着いた。

「よし!」

 蒼太はそんな声を出した。

 迷うことなく切断。

 攻撃の嵐は止んだ。

 残り一本ともなれば、立っているのがやっとのようで、ガクガクと小鹿のように震えていた。反撃も来なかった。

 少し可哀想にも思えた。だがそんなことは言ってられないのが現状だった。

 蒼太は砦となっていた最後の右足を無情にも斬り飛ばす。

「ギ、ギギ、グギッ!」

 サソリが慌てたような声を出した。

「さぁ、いくぞ! わかってるな?」

「ああ!」

 四本の右足を全て切断すれば、当然転ぶ。

 転べば、届く。無防備に晒す弱点、目。

 通常状態で目を狙えば、避けられる、ないしは鋏で両断される。

 しかし、サソリが転べば必要な跳躍距離は減り、避けられることもなくなる。

 鋏は転びながらでも反撃可能だが、蒼太はそれはないと踏んでいた。

(強敵って言っても……所詮はザコの領域だろ! ここに攻撃行動が仕込まれていることはない。まず、ありえない!)

 倒れたらどの位置に目が来るか、もう予想は立ててコマンドを入力してある。

 サソリの体が地面と接した瞬間にコマンドを実行。

 跳躍するリュウガを目の前にして、機械じみた赤い瞳が揺れた。やはり反撃は出ない。

「くらえぇぇぇぇ!」

 リュウガの微調整を加えた正確な突きがサソリの右目を潰した。

 リュウガをすぐに離れさせ、蒼太は様子を窺った。

 サソリはしばらく苦しんでいた。鋏で目を抑えながらその場で暴れていた。その仕草はどこかしら人のようだった。

 その間に、蒼太は右上にあるメールアイコンからメール作成、送り主選択、本文に入力まで終わらせ、いつでもメールを送信できる体制を整えた。

 これは蒼太のもう一つのコマンドラインツール。リュウガとは別の、指示を送るための物。これを送信するだけで一つの支援攻撃が放てる。

「グギギギッ!」

 サソリが立ち直り、再びリュウガに鋏を向けた。

 右足がなく体を傾かせる様はひどく無様だった。

「お! やる気だな!」

(今なら直接目を狙えるか?)

 画面の先ではサソリが鋏をキチキチと擦り合わせていた。完全な待ちの体勢だ。

(無理か。となると……今度は左足を落として、だが倒しきれないと面倒だな)

 リュウガは武器を構えながら、蒼太の命令を待っていた。サソリもじっと動き出すのを待っていた。ほんの少しだけ沈黙が流れた。

(あれならやれるか? とりあえず用意はしておいたが……まっ、やってみるか)

 決定打といえば、やはり極限技だ。

 リュウガの必殺技は刺突ではなく斬撃。鋼鉄に囲まれたあの目に刃を通すことは出来ないが、一人で戦っているわけではない。狙われないように離れたところで待機させていた仲間がいる。

(隙……作るか!)

 サソリは鋏を再び鳴らして、衝撃波を生み出した。至近距離だが避けられないほどじゃない。第一、サソリが鋏を動かした瞬間、回避は実行されている。

 そして、左足を落とさん、と一気に懐へ入り込む。

 サソリはズリズリと体を引きずりながらリュウガに前面を向けようとするが、間に合わず、一本目の左足が飛んだ。続けて、二本、三本、四本と足がそれぞれの飛び方で宙を舞った。

 右足に比べて、実にあっさりしたものだった。

 とにかく、左側の足も全て斬り落とされたサソリは体全体を地にうずめた。

 既に倒れていて満足に動けなかったサソリは、這いずることさえも出来なくなった。

 右側の足はあともう少しで立てるようになるぐらい再生していたが、問題はなかった。

 なぜなら、すぐに終わるからだ。

 蒼太はここで用意したメールを送信する。

 メールの内容は【火矢 目】という単純な文。

 何度かメールのやり取りをして、相手はそれなりのゲーマーだとわかっていた。これだけで意味は通じるはずだ。

 数秒の時間が流れた。メールを確認して、コマンドを入力する。それだけの時間だった。

 蒼太の予定通り、ミキは赤熱した矢を番えてくれた。

 あれは移動中に教えてもらったミキの極限技。

「ソルエクスプロージョン」

 ミキが女の子らしい小さな手を矢尻から放す。

 赤く染まった特殊な矢は緩やかなカーブを描いて飛んだ。

 サソリは飛来する矢が見えていないようだった。

(タゲ取ってるから当たり前っちゃあ、当たり前だが)

 サソリの注目はリュウガに――蒼太の操作によって――取らせたままにしてある。ぬかりはなかった。

 矢はサソリの左目に斜めから突き刺さった。角度的に鋼鉄に弾かれるのを蒼太は懸念していたが、ミキの腕は本物だった。

「ギギッ!? グギィィィィィッ!」

 蒼太は暴れるサソリを無視して、ミキの極限技に巻き込まれないよう、急いでリュウガを離脱させた。

 そして、矢は徐々にその色をオレンジへと変えていき、爆発した。

 爆炎がサソリの体全体まで回り、黒い煙がもうもうとサソリを隠した。爆風が無風の岩石地帯に流れをもたらしていた。

 目覚ましのベルなんか比較にならないほどの爆音が鳴り響いた。この部屋が防音仕様でなかったら確実に近所迷惑になっていたぐらいだった。

「すごいな」

「すげー」

 蒼太もリュウガも同じような感想を抱いていた。事前に聞いていたとはいえ、ミキの極限技は自分達のものとあまりに違っていた。

「俺達のはあんな地味なのになぁ」

「そうだな」

 実のところ、あの地味さは蒼太にとっても期待はずれだった。それはリュウガが考えているような見た目の問題ではなく、地味な技は使い物にならない傾向があるからだ。

 地味な技とはつまるところ、製作側が力を入れてない技のことだ。

 もちろん、地味でも強い技はある。あくまで、傾向があるという話。

(使えることを願おう)

 蒼太はそう思わずにはいられなかった。

「……どうやら」

 蒼太は背もたれに寄りかかって、ため息を吐くかのように小さく呟いた。

「止めは必要なさそうだな」

 黒煙が晴れたとき、サソリはひどい有様だった。

 左目周りの鋼鉄はドロドロと溶け出し、キューブとなってポタリポタリと地面に垂れていた。左目は消し飛び、中の肉はモザイクが施されていた。そこから、血の涙が鋼鉄と一緒に混じりあうことなく滝のように流れていた。

 間違いなく、サソリは倒されていた。

「やったな!」

 リュウガが歓喜に震えた。それまで止めどなく溢れていたプレッシャーが弱まっていき、消えた。まさにスイッチを切った噴水のようだった。

 蒼太にとっては、陽炎のような空間がなくなっただけで、あまり変化がないように思えたが、ゲーム内ではかなりの変化を感じられたようだ。

 カメラを右の方へ向けるとミキが控えめな胸をホッと撫で下ろしていた。

 緊張感なんて蒼太は微塵たりとも感じられなかった。リュウキの黒龍もそうであったから、そういうものなのだろう。

「リュウガ君、お疲れ様です」

 ミキが優雅な動きでリュウガに近づいていた。

 リュウガは剣と刀をしまい、ミキと向き合った

「うん、お疲れ様。あんなすごい技だったのか」

「はい。私も始めて成功したので、正直驚いてます」

 ミキは演技などではなく、本気で驚いているようだった。爆発は見てるだろうけど、それを敵に直撃させたことはなかったのだろう。

 ミキの極限技はレベル10で習得した割にとんでもない威力、そして範囲だったが、かなりの制限があった。

 コマンド入力から発動までの発動速度、発動から発動終了までの発動時間、発動終了から動けるようにまでの硬直時間。そのどれもが長く、致命的な隙が生じてしまう。

 さらに、着弾してから矢が太陽の光を一定量浴びなければ爆発しない仕組みだ。つまり、着弾点が物陰だと不発になってしまう。

 ミキが低レベルでもこれほど強力な極限技を習得できたのはこの制限に依るところが大きいようだった。

 おそろしく使い勝手の悪い極限技であるが、全ての制限をクリアしてしまえば強力無比の武器になる。

 これは蒼太の勘であるが、同レベルで習得した極限技の総合能力は同じであり、制限がかかれば使い勝手は悪くなるが、より強力なものとなり、制限がなければ使い勝手は良いが、決定打に欠ける。

 つまり、使い勝手が良い強力な極限技は存在しないのではないかと蒼太は考えている。

 その点で言えば、一番良い極限技とは適度な制限で適度な強力さだろう。

 リュウガの極限技がどれだけの制限でどれだけの強力さなのかは早い内に――できれば、リュウキとのリベンジ戦の前に――見極めておきたい。

「ふう」と蒼太は一息吐いた。

 マウスをワンクリックするとカーソルが出現した。シュッと擦る音を立ててカーソルをメニュータブに合わせ、カチリッとクリックした。

 メニュー画面を開いたのはヘビー級ビーストという大物が落とした素材を見るためだったが、そのついでとして、蒼太はステータス画面を覗いた。何か変化はないか、と。

 まだ二体のビーストしか狩ってないのだから変化なんてあるはずもないだろうに。ステータスというものはなんとなく見てしまう。

 蒼太はひとしきり見たら満足して素材の確認をするつもりだった。変化なんてあるはずもない、そう思っていたのだが。

「は?」

 蒼太は目を疑った。

 毎日ゲームをして目を酷使する生活をしてきたのが、このときになって影響し始めたのだろうか、と。

(う、嘘だろ? だってこんな……)

 異変は狼を狩っても全く増えなかった経験値にあった。

 キラキラと輝く、ミカンのようなオレンジ色の経験値ゲージが、満タン近くまで溜まっていた。

 出かけるときに確認したが、そのときは無を意味する黒で埋め尽くされていたはずだった。ならば、たった二戦でここまでの経験値を獲得したということだろうか。

(いや、ありえなくないか? それ……)

 普通のRPGならそれで正しい。低レベルならサクサクレベルが上がる。だが、このゲームはそうではない。PVPをメインにしており、PVNは経験値があまり手に入らない仕組みのはずなのだ。

「んー、どうかしたのか? 蒼太」

「経験値が……いや」

 蒼太は説明しようと口を開いた。

 ふと、リュウガが自分の言うことを理解できるかについて考えた。理解できないという結論に至った。

 こちらの方が伝わると考え直して、蒼太は言葉を変えた。

「もうすぐレベルが上がりそうなんだ」

「レベルが上がる? 別にいいんじゃ……あっ! レベル1じゃなきゃいけないんだったっけか」

「そうだ」

 リュウキを叩きのめすために今はあえてレベル1に抑えようという話になっている。だから、レベルが上がるのは困るのだ。

 そして狼から得た経験値から察するにビースト相手ならレベルが上がるのはまだまだ先のはずだった。それはミキも保証していたことだ。

 単純に考えればヘビー級ビーストの経験値が高かったのかもしれないが、やはりこのゲームの特性を考慮するとそれはないという判断が下った。

「レベルってそんなに早く上がるものなのか?」

「さぁな」

 リュウガの質問に蒼太はそう答えた。

 ミキのプレイヤーにも聞いたが原因はよくわからないらしい。お手上げだった。

 何はともあれ、ビーストを狩れない以上、こんな危険地帯に留まる意味はなかった。

 付き添ってもらったミキには悪いが、とりあえず街に戻ることになった。

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