第2章 【転生】ここはどこ?私は誰?
ピチョン。ピチョン。
雫の落ちる音がする。
冷えた体。頭も重い。
だけど、雫が落ちるにしたがって、そこからだんだん体が温かくなってくる。命が満ちてくるようだった。
「大丈夫ですか?!」
今度は……誰……もう落ちるのはイヤ……。
恐る恐る目を開ける。
そこにいるのは端正な顔をした青年。
「!?」
あわてて跳ね起きる。
「あっ……あなたは……!!」
「よかった。頭を打ってから動かないから、もうだめかと思いましたよ」
目の前にいるのは……。
淡い青の瞳。きらめく銀色の髪。陶磁を思わせる白い肌。筋肉を感じさせない、スレンダーな、長身。声音を抑えた低い声。そして、その口調。
「メイ・リル」
言うと、彼は眉をひそめた。
「何です。フルネームは呼ぶなと言ったでしょう」
そうだった……彼はフルネームだと女の子っぽいからと、呼ばれるのが嫌なんだっけ…ああ……でも……。ということは……。
まじまじと見つめてしまった。
う……うそ……だあ……。
そう、そこにいたのはまぎれもない。
私がソシャゲで課金しまくっていた、推しの張本人、メイ・リルその人だった。
「どうして、ここにいるの」
「……どうして?」
ますます眉をひそめる。
「もしかして、頭を打った時に、どうかしてしまったんですか」
「えっ」
「そんな記憶もないのですか」
「私が頭を……?」
うなずく。
「だからとっさにこれで手当てしましたが……」
と言って取り出したのは……。見覚えのある、瓶。
「ポーション?」
「そうですよ。もう使い果たして空ですけどね」
さぁっと引く血の気。
まさか……まさか……!!
周りをよく見る。そこは会社なんかじゃなかった。大きな岩に囲まれて、ところどころに水場があって……暗くて……湿り気があって……。
植物も変な色と形。絶対に地球には生えてなさそうな……でも……見たことのある、景色だった。そう。ゲームの場所だった。
「ここはどこ? なんで私はここにいるの?」
「マノン……」
呼ばれた名前に動揺した。
その名前。さっきの女性の名前だ。
「どこへ行くんですか?!」
とっさに走って近くの水場に行く。
揺れる水面に自分の姿が映っている。
「あ……ああ……」
かすかにぼやけているけれど、金髪に茶色の瞳。薄く軽い、ふわふわの衣装からでもわかる、曲線美。そっと顔に手をやると、すべすべの肌が気持ちいい。ふわふわの髪が指にからむ。
女性ながらも酒場のマスターで、ユーザーの案内人。
マノン・レイア。さっきの…女性、だ。
どうして忘れてたんだろう。
〈決めた!!……あなたにあげる!!〉
そして、知る……。
さっきのやり取りの、意味を――。
私は彼女の体を、ゆずってもらったんだ。
このゲームの世界に、転生しちゃったんだ。
「何をやってるんですか」
「ご……ごめんなさい……私……」
「マノン。先ほどから変ですよ。熱があるんじゃないですか」
と言って額に手をあててくる。
くうううううう……ち、ちか……近い……手が額に……気絶するう……。
じゃなくて……っ。
「今からドラゴン倒すのに、そんなのでどうするんですか」
「え?」
一瞬の静寂。
「だから、ドラゴンですよ」
「2人で?!」
「ええ」
私はぼーぜんとした。
普通、このゲームはパーティーを組む。基本、5人。大きいモンスターのときは、みんなで何人も集まって倒す。だから楽しくもあるんだけど…2人なんて、しばりゲームでなくても、無理だよ。ドラゴンだよ?
「その……どうしてそんなことに……?」
その時の、メイの顔。まるで汚物を見るような、軽蔑に満ちた、冷たい視線。
「あなたが……私の仲間に手を出したんでしょうが」
「え……えええええええええ?」
「色恋沙汰で仲間割れして……その噂が酒場で広まって……しばらくは仲間とは行動できないでしょうね」
「……」
「あなたが、夜な夜な酒場に訪れたパーティーに手を出しているのは知っていますが、本当に、そろそろやめたほうがいいですよ」
「よなよな……夜な夜な? えええええええ?」
う……嘘でしょうおおおお。
わ……わた……いやマノン?何してくれてんの?
ゲームでもそんな設定聞いたことないよ!!
「だからあなたが『仕方ないからついて行ってあげる』と」
「仕方ないって……あげるって……」
あなたがやらかしたんでしょうよ……。
「まさか忘れたなんて言わせないですよ?」
ああ……ああああああああ!!
ふう、とメイは一息ついて、そっぽを向いた。
その髪は水面に揺れてとてもきれいで…。じゃなくて。
私はもう、合わす顔がなかった。ショックで泣きそうで、我慢するとのども痛くて、口をきけなくなっていた。
好きなキャラに、こんな侮蔑に満ちた、視線を受けることになるなんて思わなかった。
実装されたら嬉しくて、ガチャで新しい衣装が出れば出るまで引いて…もう3桁は行ったはずだ。それがこの結果だ。
「ごめんなさい」
か細い声で謝った。 本人じゃないなんて、信じてもらえない。なら、せめて。
肩をたたかれた。
振り向けば、優しい光の目が、私を見つめていた。
「もうその話はいいんですよ……それに……」
「それに……?」
「なんだか……マノンじゃないようで……調子が狂いますよ」
ふと、見上げると……。
わ……笑った……めったに笑わない……メイが……。
わああ……スクショ撮らせて……。
「ドラゴンさえ、倒してしまえば、いいんですからね」
「えっ」
「さあ、行きましょうか」
「いやちょっと待っ……」
ずるずるずる。
「いやあ……無理!! メイ!!」
「大丈夫ですよ。この借りはドラゴンさえ倒せば、なしにしてあげますからね」
私は引きずられるようにしてメイと洞窟の奥へ向かったのだった。




