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第28話 究極の雑炊

 深夜の千蔵屋ちくらやの台所。


 熱でうなされる穂波ほなみを少しでも早く回復させるため、三人の男たちがエプロン姿で並び立っていた。しかし、そこは和洋中のプライドが激突する戦場と化していた。


「穂波んの弱った胃袋には、消化に良いうどんに決まってる。僕の優しい出汁で打った麺なら絶対に食べられるはずだ」

 結城ゆうきみなとが真剣な顔で主張する。


「バカ言え。風邪を治すにはスタミナだ。俺の滋養強壮スープを脂少なめの特注に仕上げれば、一発で熱なんて吹き飛ぶぜ」

 伊乃草いのくさがいが腕を組んで譲らない。


「君たちは栄養学というものを理解していないな。ビタミンとミネラルを完璧に補給できる、栄養満点のミネストローネ風パスタこそが至高だ」

 うら涼真りょうまが冷ややかに反論する。


 互いの料理哲学がぶつかり合い、一歩も引かない三人だったが、ふと、二階で苦しそうに寝返りを打つ穂波の姿が頭をよぎった。


「……いや、今は麺類すら胃に負担かもしれない」


 湊の呟きに、凱と涼真もハッとして押し黙る。そして、三人は顔を見合わせ、完全に一つの結論へと達した。


「「「世界で一番優しい、究極の雑炊を作る」」」


 和洋中の最強職人たちが、その持てるすべての技術を「一人の少女の胃袋」のためだけに結集させた瞬間だった。


 湊が昆布と鰹節から、透き通るような極上の一番出汁を引く。そこに、涼真がじっくりと弱火で炒め、野菜の甘みと旨味を極限まで凝縮させたソフリットを加える。さらに凱が、徹底的にアクを抜き、極限まで澄み切らせた鶏の清湯チンタンスープを合わせる。


 鍋の中で三つの極上のスープが混ざり合い、奇跡のような香りが台所に立ち込めた。

 小皿に取り、三人が無言で味見をする。


「……悪くねぇ。俺の鶏のコクを、湊の出汁が優しく包み込んでやがる」

「悔しいが……完璧なマリアージュだ。私のソフリットが、全体の味を見事に調和させている」

「二人の強い旨味を、僕の和風出汁がしっかり支えられたね」


 互いの技術を認め合い、職人としての矜持と穂波への愛が見事に融合した、究極の一杯が完成した。


 +++


 翌朝。窓から差し込む柔らかな光で目を覚ました穂波は、ふわりと漂う優しい香りに気づいた。


「穂波ん、起きられる? 少しでも胃に何か入れよう」


 ベッドの脇には、湊、凱、涼真の三人が心配そうな顔で並んでいた。湊の手には、湯気を立てる雑炊の椀が握られている。


「みんな……徹夜、してくれたの?」

「お前のために、三人で世界一美味い雑炊を作ってやったんだ。食ってみろ」


 凱が照れくさそうに鼻の頭を擦りながら言う。

 穂波は体を起こし、湊に支えられながら一口だけ雑炊を口に含んだ。


 その瞬間、穂波は大きく目を見開いた。

 野菜の深い甘み、鶏の力強いコク、そしてそれらを優しく包み込む極上の和風出汁。三人の異なる個性が、喧嘩することなく完璧に溶け合い、弱った身体の隅々にまでじんわりと染み渡っていく。


「……美味しいっ」


 気がつけば、穂波の目から大粒の涙がポロポロとこぼれ落ちていた。


「すっごく、優しくて……みんなの味がするよ」


 泣きながら笑顔で食べる穂波を見て、三人の男たちはホッと安堵の息を吐き、これまでの疲労がすべて吹き飛ぶのを感じていた。

 しかし、少し元気を取り戻した穂波は、ハッとあることを思い出した。


「そうだ、畑……! 鳥たちを追い払わないと、黄金雪が……っ」


 慌ててベッドから抜け出そうとした穂波の両肩を、三人が優しく、しかし有無を言わさぬ絶対的な圧でベッドへと押し戻した。


「君はまだ寝ておけ」

 涼真が冷徹に、しかし優しく告げる。


「お前はゆっくり休んでろ。畑の害鳥は、俺たちが一羽残らず追い払ってやるからよ」

 凱が力強く頷く。


「絶対に君を一人で戦わせないって約束しただろ? 僕らに任せて」

 湊が温かく微笑む。


 三人の過保護すぎる包囲網に逆らうことはできず、穂波は再び大人しく布団を被せられたのだった。


 +++


 数日後。熱もすっかり下がり、体調を取り戻した穂波は、千蔵屋の二階の窓から大きく伸びをした。


「あー、よく寝た! みんなのおかげで完全に治ったわ」


 穂波はずっと心配していた畑へ駆けて行くと、その光景を見て、思わず目を疑った。


「……え? なに、あれ」


 畑の周囲には、鳥害を防ぐために三人が立てたという手作りの案山子かかしが並んでいたのだが、その光景があまりにも異様だったのだ。


 一つ目の案山子は、着古した黒のライダースジャケットを羽織り、なぜか頭にタオルを荒々しく巻き、木刀を構えたヤンキー仕様になっている。どう見ても凱のお手製だ。


 二つ目の案山子は、泥のついた畑の真ん中に不釣り合いな純白のコックコートを着せられ、手には優雅にワイングラスを持たされている。無駄にスタイリッシュなその出で立ちは、間違いなく涼真の作品だ。


 そして三つ目の案山子は、藍色の作務衣を着て、右手には大きなお玉、左手には鍋の蓋を盾のように構えた、完全なオカン仕様。湊の過保護さが案山子にまで乗り移っていた。


「ふふっ……あははははっ!」


 クセの強すぎる三体の案山子が、風に揺れながら黄金雪の畑を必死に守っている姿がおかしくて、穂波はたまらず吹き出した。


 過労と恐怖で泣いていたのが嘘のように、心の底からの笑い声が絵神原通りの空に響き渡る。

 彼女が一人で抱え込んでいた重荷は、泥だらけの騎士たちによって完全に引き受けられていた。


「みんな、本当にありがとう」


 畑で笑い転げる穂波の顔には、かつてないほど晴れやかな、太陽のような笑顔が戻っていた。

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