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dinner→diver

「クロームスミスには気をつけなさい」


 街でも有数のレストラン。

 悪意なく、プライベートのクエスさんは忠告した。


 塩漬け肉と野菜の端をパテにした前菜、スパイス系のスープと順調にコースを進める中、改まったと思ったらこれだ。


「クロームスミスというのは、ヌル子ちゃんのこと? それとも鍛治の名家ってこと?」


 返答次第では、という視線を投げかけてやる。


 クエスさんは一瞥して、水を口にする。


「両方よ」

「……」


「失礼。白身魚のポワレにございます」

 ウェイターの配膳(サーブ)がなければ、というところだった。


 ……しかしこのポワレ。下味に塩胡椒のほか、……レモンの皮で香りをつけているのか。それを小麦粉でコーティングして、バターでじっくり焼き上げている。皮の苦みがそれぞれの甘みを嫌みなく引き立てていて、今度余裕ができたらヌル子ちゃんにも紹介してあげたくなった。


「美味しい料理をごちそうになっている礼だ。多少の失礼にも目を(つむ)ろう」

「チョロカワ……」

「なにか?」

「いえ、別に。――それで、クロームスミスなのだけれど」

 唇のソースを拭き取るクエスさん。


「彼らの理念は、『剣士を含めて一つの作品』なの」

「……?」


 口直しのレアチーズのムースケーキ。甘いと思って食べたらけっこうチーズ寄りで、でもさっぱりしていて……なるほど、これが口直しか。


「いい? ヌルレインさまにも、クロームスミスにも気をつけなさい」


 メインには日替わりジビエのソテー。第一界層で獲れた魔物の肉を食らい、明日への活力を蓄えてもらおうという、探索者向けのサービスメニューだ。これは花喰み鳥の肉らしく、味もさることながら香りも素晴らしい。表面のみを素早く焼き上げることで、それらを肉の中に閉じ込めているわけか。……これはもしかして、焼き入れの燃料に、餌になってた花を使っているのか? もしそうだとしたら……!


「あの一族は、探索者を自分の作品を成立させる部品の、一つとしか思ってないのよ」


 デザートはさまざまな果物を練り込んだジェラート。アクセントや香りに余念がないことはここまでで十分理解していたので、もう驚かないぞ、と腹を据えていたが、これはそんなチャチな小細工なしにただ美味しいという一点でコースをまとめ上げてきた。

 ……完敗だ。


「……ねぇ、聞いてた?」

「聞いてた」

 こんな質問、前にもされたな。


「二つだ。

 ひとつ、僕はヌル子の刀で構わない。師匠に会って首を取れればそれでいいし、どうせならヌル子と一緒がいい。


 ふたつ、クエスさんはすごいお人好しだ。僕を気遣って忠告してくれたのはそうだけど、わざわざヌル子のいないところで話してくれた。僕はクロームスミスの方針にどうとは思わないけど、ヌル子はどうかわかんないから」


「……素敵よ、ヒナギクさん。あなたのような探索者の担当になれて光栄です」

「こちらこそ。ヌル子ともども、よろしく頼む」


 夜眠れなくなるので、コーヒーは一口だけ。


「ごちそうさまでした、クエスさん。送って行きますよ」

 門限の22時まで、まだ余裕がある。クエスさんを送り届けても、そこから急げば間に合うはずだ。


「えぇ、そのつもりだったけど……遠慮するわ。ヌルレインさまに悪いもの」

「……そうか」


「最後に、第四界層について少し」

「湿地で、日が暮れる前に通過する必要があるんですよね」


 夜になると魔物が活発になる、というのももちろんあるが、最大の要因は第四界層の性質にある。……と、これは現地でヌル子に聞かせてあげよう。


「その、失礼だったらごめんなさい。ヒナギクさんは一体、どこまで……」

 この質問も前にあったな。

「ソロで第七までです。第八は入るだけ入って、すぐ引き返しましたけど」


「……そう。ならこっちのメモはいらないわね。代わりにこれを……」

 手渡されたのは、危険行為に対する罰則金の明細だった。


◆◆◆


「ただいま」

 ヌル子ちゃんの工房に、明かりは点いていなかった。


 そこそこ散らかっているリビング。その周りだけやや片付いているソファで、ヌル子ちゃんはすでに寝てしまっていた。


「風邪ひくよ、もう……」

 ベッドに連れて行って起こしてもかわいそうなので、毛布をかけてあげる。


「ん……?」

 大事そうに何かを抱えていた。これは……刀の柄、か? 


 ……。


 ありがとう、ヌル子ちゃん。


 感激のあまり、できるだけ起こさないようゆっくりと抱きつく。柔らかくて温かくて、好きなにおいがした。

 ヒナギクさんの記念すべき初敗北を書きたくて書きました

 グルメとファッションは実質能力バトルなので、やっててとても楽しかったです

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