第四界層突破/時限式ダンジョンとチャンピオン
ヌル子ちゃんを抱き枕にした次の朝、ふと我に帰り、また怒られるのではないかと思っていたが。
「えへへ……おはようございます、ヒナギクさん」
はにかみながら挨拶されたり。
「この毛布、すこしヒナギクさんの匂いがします」
嗅がれたり。
「ヒナギクさん、ヒナギクさん。……呼んでみただけです」
かなり上機嫌だった。
◆◆◆
第四界層以降は、それなりの装備を必要とする。僕には必要ないが、ヌル子ちゃんは多少備えすぎなくらいが安心だろう。
新しい柄が出来てから、ヌル子ちゃんの作品は反りのある片刃のものが増えた。一から三層をうろちょろして素材を集めたり、食堂の女主人が趣味で作ったメイド服でコンセプトカフェをやったり、最近伸びてきた髪をヘアサロンでウルフカットにしたらクラスターウルフたちに一際懐かれたりして、2週間が過ぎた。
◆◆◆
第四界層である。
蒸し暑いので脱水に注意することはもちろん、足元は基本泥土なので気をつける。
しばらくは見通しがいいが、それからはマングローブが行手を阻む。派手に露出した根は見上げるほどの高さのものもあり、とても不気味だ。
「ヒナギクさんのブーツ……ヒナギクさんのブーツ……」
熱に浮かされたヌル子ちゃんが、新しい扉を開きつつある。
「少し木陰で休んでいこうか」
「蒸れ……蒸れギクさん……」
蒸れギクさんってなに……? ちょっと聞くのは怖かった。
……。
「生き返りましたー……」
幸い水はほぼ無限でだったので、これを採取。ヌル子ちゃんの浄化魔術で飲めるようにして、乾きを癒す。
「大丈夫?」
「はいっ。それにしても、全然魔物に会いませんね」
ここに挑むにあたり、クエスさんから『とにかく魔物が多い』と助言をもらっていた。
以前来たときも剣気で脅しきれなかったワニ型の魔物に襲われたりしたが、今回はかなり楽に進んできている。
「それは多分……もう少し進めばわかるよ」
◆◆◆
マングローブ地帯を抜けて、再び地平線を望む湿地。特に日の照る昼間を木陰の中でやり過ごせて助かったが、夕方ともなると水位が脛まで上がってきた。
第四界層は、時限式のダンジョンとも言い換えることができる。下手に進めば日差しが、慎重に進めば嵩を増す水とそこに生きる魔物たちが、探索者を襲う。
なにより――
「これってもしかして、『赤い池』ですか?」
数歩先の水が、真っ赤に染まっている。
「増水に乗って色が流れてきたものだね……。話によると大きく窪んであるらしいから、ヌル子ちゃんは少し離れていて。大丈夫、『赤い池』の近くなら魔物は出ない」
「……し、信じてますからね……」
「何かあったら言うから、気をつけてね」
一歩一歩確かめるように、前に進む。……緊張で喉が乾く。思わず、柄に手が伸びる。
次第に、浮かぶものが増えてきた。
「これって……」
「魔物の肉片……。ヌル子ちゃん、絶対動いちゃダメだよ」
「……はい!」
…………『赤い池』の正体。それは、第四界層で一番強い魔物を決める戦いで流れた血だ。僕から逃げ出さないような魔物は、この中で戦いに明け暮れている。
フェブレイのやつ、本当に厄介なところに投げ込んでくれた……けど、好都合と考えられなくもない。探す手間も省けたし、以前は迂回したここに再挑戦する機会にもなった。
「――」
精神を抜き払った刀身に集中させる。
「――――――シッ!」
刃先は空を切る。ふたつ遅れて、扇状に水が引いていって、ぶよぶよの地面が露わになった。3メートル先、大きな水溜まり……そこだ!
「■■■ーッ!」
魚型の魔物を咥えた水蛇。今のチャンピオンが姿を表す。
「ヒヒヒヒヒヒヒナギクさん⁉︎」
……あった。厚さ数センチの鋼鉄よりも硬そうな外皮に、見間違えるはずもない、僕の――
刀を正眼に。
足は肩幅よりやや狭く。
僕たちを獲物として捉え、落下するように突進する水蛇の、中心からブレないように。
「いざ、尋常に――」
真っ直ぐ、たった一度だけ、振るう。
「■――」
小さく鳴いて水蛇は、渇き果てた竹のように割れ裂けた。5メートルはあろう巨体が、構成核を失い霧散していった。
宙を舞った刀の先を、落下するまま鞘に収め、急ぎヌル子ちゃんを抱きかかえる。
「跳ぶよ、ヌル子ちゃん!」
「跳っ、ええ⁉︎」
返事よりも早く横抱きにして、斜め前へジャンプ。さっき剣圧で吹き飛ばした分の水が戻ってきたので、その流れに乗って一気に第四界層の境界を突破した。
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