第三ノ漆話 「白祇祭り:編集部」
「お前のことだ。お前の体験だ。書いていいに、決まってる」
「でも、それ、記事として」
「お前の記事は、いつも、お前のことが滲んでる。今回も、滲ませろ」
部長は、それを、淡々と言った。説明的ではなく、ただ、そう、言った。
「わかりました」
「書け。書きすぎないように、書け」
「書きすぎず、ですか」
「前回みたいに、書きすぎて、いい一行になることもある。だが、今回は、書きすぎないほうがいい気がする」
「なぜ」
「お前自身のことだからだ。お前のことを、書きすぎると、お前が、書きすぎになる」
部長は、それを、軽く言った。意味は、深かった。
「あと、もうひとつ」
「なんだ」
「神野さんが、ギオン様が何かをくださる、って言ったんだろ」
「言われました」
「検知器、一瞬、赤くなったんだろ」
「なりました」
「それが、それだ」
「それが、何ですか」
「ギオン様がくださったもの」
「何を、いただいたんですか、俺は」
「わからん。お前自身が、これから、わかる」
部長は、それを、淡々と言った。
俺は、頷くしかなかった。
「そんな暗い顔すんなって」
「暗い顔、してましたか」
「してた。お前、神野さんに見られて、御丑様に見られて、ギオン様から何かをいただいて、ちょっとは誇っていい話だ」
「誇るような話、なんですか」
「お前が誇るかは、お前の自由だ。だが、暗い顔する話じゃない。少なくとも、俺の故郷の神様が、お前に、何かをくれたんだから」
「部長」
「ん」
「ありがとうございます」
「何が」
「いえ、なんとなく」
「まあいい、とりあえず書け。締切は、いつも通り」
「わかりました」
部長は、また、巻物を開きかけた。
俺は、頭を下げて、パーティションを出た。
目のない鳥の剥製が、いつもと同じ角度で、首を傾けていた。鳥は、何も、見ていなかった。たぶん。
俺は、白祇祭りの記事を書き上げた。
書きすぎないように、書いた。
部長の言ったとおりに。
記事の書き出しの一行は、何度も書き直した。
最終的に。
同じ蝉が、違う鳴き方をしていた。京に着いた夕方、通行所の外で、私はそう感じた。
こうした。
それから、京の景色、白祇神社、御丑様、神野さんの話——記事は、その順番で、続いた。
最後の段落で、俺は、御丑様に見られたことを、一行だけ、書いた。
それで、記事を、終わらせた。
発売日は、それから三週間後だった。
その日の昼休み、コンビニで好物のクロワッサンをを買って、戻った。
本屋の前で、棚に並んでいる『余白』を、しばらく眺めた。
今号の表紙は、白い御丑様の写真だった。
俺が、撮ったものではなく、神社が公式に提供してくれた写真。
席に戻ると、南が、自分の机で、何かを書いていた。
「三輪さん、記事、読みました」
「ありがとう」
「京、どうでした」
「遠かった」
「遠い、というのは」
「物理的にもそうなんだが、東都と、空気が違った」
「どんなふうに」
「むずかしいな、あまりうまくは説明できない」
「そういうもの、ですか」
「お前もいけばわかるよ。あの空気は忘れない」
南は、それで納得したように、また、自分のノートに戻った。
午後の日差しが、編集部のフロアに、まっすぐ差し込んでいた。
窓の外で、誰かのスマホが鳴った。短く、二度。領域注意報の通知音。
フロアの誰かが画面を確認して、特に反応せず、また仕事に戻った。
今日の東都第八地区は、注意報レベル低。
たいしたことはない。
俺は、袋を開けてクロワッサンを食べはじめた。
次の取材先のことを、考えはじめていた。




