白亜の檻と、魔王の予告時計
神聖エルフ帝国、首都『アルフヘイム』。
旧アメリカ大陸西海岸——かつてヒューマンたちが「カリフォルニア」と呼んだ大地の上にそびえ立つその都市は、美しい白亜の石材と、脈打つ巨大な植物の蔓によって構成された、文字通りの城塞都市であった。
都市の周囲をぐるりと囲むのは、高さ五十メートルにも及ぶ『嘆きの防壁』。
魔獣の爪牙を退けるための物理的な防壁であると同時に、壁面には高密度の魔素を収束して放つ「魔導砲」が等間隔に設置されている。その防壁の建設と維持に、どれだけのヒューマン奴隷たちの血と汗が流されたか、知る者はエルフの支配層にはいない。
都市の中心には、天を穿つほど巨大な大樹がそびえ立っていた。
『世界樹』。
地脈からマナを汲み上げ、都市全体を覆う不可視の絶対防壁を展開するための巨大な魔力炉であり、エルフ帝国の心臓部だ。その世界樹の根本を穿ち、あるいは大樹の枝と一体化するようにして築かれた壮麗な宮殿こそが、皇帝の居城『世界樹の宮』である。
美しくも物々しいその都の空は、ここ数年、重苦しい空気に包まれていた。
アルフヘイムから西を見遣れば、世界の果てを断ち切る『黒い壁』が聳えている。
かつて、魔力に敏感な一部のエルフや特異体質のヒューマンたちには、その壁が周期的に「薄く」透けて見え、外の世界の灰色が垣間見えることがあった。
だが、ちょうど3年前から、壁の様相は一変した。
薄くなる周期は完全に消失し、ただひたすらに光を吸い込む、絶対的な『漆黒』の壁となってしまったのだ。
「……まるで、外の世界など最初から存在しなかったかのようだな。」
アルフヘイムの城壁の外、防衛軍の特別演習場。
第七国境守備隊の隊長、**ヴァリアン**は、忌々しげに遠くの黒い壁を睨みつけていた。
「隊長。そろそろ次のテストの準備が整いますよ。集中してください。」
呆れたような声で通信機から語りかけてきたのは、副隊長の**ラリス**だ。
彼らは3年前、あの壁が透けていた僅かな時間に、決死の覚悟で「外の世界」へと足を踏み入れた『影渡り(シャドウ・ウォーカー)』の生き残りである。
外の荒野で彼らが見つけた、サビだらけの「星のマーク」を掲げた鉄の巨人。そして、巨大な白銀の機体が壁を突き抜けて去っていった事実。
それらを帝国上層部に報告して以来、彼らの運命は大きく変わった。
壁が完全に黒く閉ざされたことで、彼らの「壁外調査」という任務は物理的に不可能となった。
代わって彼らに与えられたのは、外から持ち帰った「旧人類の兵器の残骸」と、エルフの魔導技術を融合させた、新兵器開発の実働テスト部隊としての役割だった。
「わかっている。……シトリン局長のお手製のオモチャ、乗りこなして見せようじゃないか。」
ヴァリアンは、自分が搭乗している機体の操縦桿を握り直した。
全高約4メートル。
エルフたちが旧世界の残骸からリバースエンジニアリングで生み出した、搭乗型の新世代魔導兵器。
名を、**『霊装機』**という。
それまでエルフ軍の主力であった、空を駆ける魔導バイク『スカイ・ヴァイパー』とは運用思想が全く異なる。
乗り手を魔法の結界で守るのではなく、分厚い特殊合金と魔獣の甲殻を組み合わせた物理的な「鎧」で覆い、パイロットの魔力を直接機体の駆動系に接続して動かす、巨大な鎧武者だ。
「仮想敵、展開します。……実戦さながらでいきますよ。」
演習場のゲートが開き、檻から放たれたのは本物の魔獣だった。
体長8メートルを超える、岩のような外皮を持った多頭の狼型魔獣、『ケルベロス・ハウンド』。
中央大陸『魔境アビス』から稀に迷い出てくる、災害級の怪物だ。
「グルルルゥゥォォッ!!」
三つの首が涎を垂らし、ヴァリアンの霊装機へ向かって猛然と突進してくる。
かつての魔導バイクの部隊であれば、空高く舞い上がり、遠距離から魔法でチクチクと削るしかない相手だ。少しでも攻撃を食らえば、障壁ごと肉体を粉砕されていただろう。
だが、今のヴァリアンは逃げない。
「来い……ッ!」
ヴァリアンの魔力が機体に注ぎ込まれ、背部のマナ・コンバーターが青白い光を噴き出す。
彼が乗るのは、霊装機の中でも防御とパワーに特化した重装型、**『アニマ・グラヴィス』**。
分厚い大盾を構え、ケルベロス・ハウンドの体当たりを真正面から受け止める。
——ズガァァァァン!!
地響きが鳴り、アニマ・グラヴィスの巨体が数十センチ後ろへ滑る。
だが、耐えきった。4メートルの鋼鉄の足腰が、8メートルの怪物の突進を完全に殺したのだ。
「ラリス! 今だ!」
「承知!」
魔獣が盾に激突して動きを止めた瞬間、頭上の死角から一陣の風が舞い降りた。
ラリスが搭乗する軽量・高機動型霊装機、**『アニマ・ゼファー』**だ。
アニマ・グラヴィスに比べ装甲は薄いが、その分極限まで軽量化され、魔力を推進力に変換して一時的な「飛翔」すら可能にする機体。
空中から急降下したアニマ・ゼファーは、手に持った両刃の魔導剣に風の魔力を纏わせ、魔獣の首の一つを鮮やかに斬り落とした。
「ギャオオォォォッ!!」
痛みに狂乱した魔獣が、残った二つの首でラリス機に噛み付こうとする。
だが、アニマ・ゼファーは空中でスラスターを吹かし、ありえない軌道でバックステップを踏んで牙を避けた。
「隊長、お返しします!」
「おう!」
ヴァリアンは盾を引くと同時に、アニマ・グラヴィスの右手に装備された巨大な「魔導パイルバンカー」のロックを外した。
内部に充填された魔石エネルギーが爆発的な推進力を生む。
「粉砕するッ!!」
極太の鋼鉄の杭が、至近距離から魔獣の胴体を正確に貫いた。
硬い岩の外皮ごと内臓を抉られ、魔獣は断末魔の叫びと共に崩れ落ちた。
「……ふぅ。仕留めたぞ。」
ヴァリアンが額の汗を拭う。
星装機のような十メートル級の巨体ではない。だが、この4メートルの鎧は、パイロットの魔力を直接の破壊力と防御力に変換する、エルフにとっての「新しい牙」だった。
『素晴らしいデータですわ、お二人とも! 私の可愛い子供たちが、これほど見事に動いてくれるなんて!』
演習場のスピーカーから、甲高い女性の声が響き渡った。
帝国軍・魔導技術局長、**シトリン**。
ヴァリアンたちが外の世界から持ち帰った「星装機の残骸」を解体し、一からこの『霊装機』の体系を組み上げた、稀代の天才にして変人のエルフだ。
分厚い眼鏡の奥の瞳をキラキラと輝かせ、彼女は興奮気味に続ける。
『パイロット自身のマナと、外部バッテリーである高純度魔石のハイブリッド駆動! これこそが、我が帝国の新しい剣と盾です! これなら、魔境アビスの深部を探索することも夢ではありませんわ!』
「……局長が嬉しそうで何よりだがね。」
ヴァリアンはコックピットから降り、タラップを伝って地上に降り立った。
「だが、あの星のマークをつけた『本物(星装機)』は、こんなサイズじゃなかった。十メートルは下らない鉄の塊だ。しかも、空恐ろしいほどの兵器を積んでいた。……あれが束になって攻めてきたら、これでも防ぎきれる保証はない。」
「悲観的ですね、隊長。」
ラリスも機体から降りてきて、貴族らしい優雅な所作で汗を拭った。
「あれから3年。壁は真っ黒に閉ざされ、外界の脅威など幻のように消え去りました。今、帝国の最大の敵は、外の旧人類ではなく、魔境アビスから溢れ出る魔獣です。この力があれば、我々の領土をさらに東へ広げることができる。」
ラリスの言葉は、現在のエルフ帝国軍の上層部が抱いている「野心」そのものだった。
壁が透けなくなり、外界への恐怖が薄れた今、新兵器を手にした帝国は、長年手をこまねいていた中央大陸「魔境アビス」への領土拡大に目を向けていた。
その決定が下される重要な会議が、まさに今、世界樹の宮で行われているはずだった。
世界樹の宮の最深部、大玉座の間。
ステンドグラスから差し込む光が、大理石の床にモザイク模様を描き出している。
玉座に座るのは、神聖エルフ帝国の頂点に君臨する若き女帝、**ルミナリア**だった。
プラチナブロンドの長い髪を複雑な結い目にまとめ、透き通るような白い肌と、深い湖のような青い瞳を持つ彼女は、まだ百歳にも満たない(エルフとしては極めて若い)年齢でありながら、理知と慈愛に満ちた威厳を放っていた。
彼女の前に、帝国の重鎮たちが円卓を囲んでいる。
「ルミナリア陛下。霊装機の実戦配備は、第1から第5騎士団まで順調に完了しております。今こそ、東の『魔境アビス』へ向けた大規模な掃討作戦を決行すべき時です!」
力強く拳を机に叩きつけたのは、帝国軍最高司令官、**ガウェイン将軍**。
歴戦の傷跡が顔に刻まれた、獅子のような白髪の老エルフだ。彼の声には、抑えきれない軍人としての野心が漲っている。
「過去数百年にわたり、我らエルフは壁と魔境の間に押し込められ、防衛戦に甘んじてきた。しかし、技術局のシトリンがもたらした新兵器は、魔獣の群れを赤子のように蹴散らす力を我らに与えた。これを機にアビスを浄化し、神の地である東方へと領土を広げることこそ、神が我らに望んだ使命であります!」
「お待ちください、ガウェイン将軍。勇み足が過ぎます。」
冷ややかな声でそれを制したのは、帝国宰相の**エルロンド**だった。
細身で神経質な顔立ちをした彼は、エルフの中でも随一の魔力を持つとされる大魔導士であり、同時に極めて慎重な政治家だった。
「魔境アビスの深部には、我々の理解を超える高濃度の魔素が渦巻いている。そこは神が作りたもうた『澱み』の地。霊装機がいくら強力であろうと、瘴気に満ちたあの地で長期間の運用に耐えられる保証はない。……それに、あの『黒い壁』の異変も気になります。」
エルロンドは、ルミナリアへ視線を向けた。
「3年前から、壁は完全に沈黙し、時折見せていた外の景色を完全に隠してしまいました。あれは、ただの天候の変化でしょうか? それとも、あの『銀の巨人』が外の世界に持ち去った『何か』が原因で、壁の機能に異常をきたしているのでは?」
「宰相は杞憂が過ぎる!」
ガウェインが声を荒げる。
「壁の外の旧人類など、魔力を持たぬ土塊に過ぎん! たまたま迷い込んだ巨人の残骸から、我々は霊装機を生み出した。あのような野蛮な鉄屑しか作れん連中が、我々高貴なるエルフを脅かすなどありえん!」
軍部と文官の対立。
それは、長きにわたる閉鎖社会が生み出した、内部の歪みだった。
ヒューマンを奴隷として使役し、魔法こそが絶対の力であると信じる支配層。
彼らにとって、「外の世界に強大な敵がいる」という可能性は、己のアイデンティティを根底から揺るがす不都合な真実だったのだ。
「……静まりなさい、二人とも。」
涼やかな、しかし誰もが口を閉ざさざるを得ない威厳を含んだ声。
女帝ルミナリアが口を開いた。
「ガウェイン将軍の領土拡大の志は理解します。しかし、エルロンドの懸念も尤もです。魔境の深部、そしてあの黒い壁の向こうに、我々の知らぬ真実があるのは確かでしょう。」
ルミナリアは、憂いを帯びた瞳で玉座の間を見渡した。
「私たちは、『神』によってこの地に選ばれた民と教えられてきました。しかし、神は沈黙したまま。そして、この世界の魔素は年々濃度を増し、いずれ私たちの手に余るほどに膨れ上がろうとしています。」
彼女は、ただの飾り物の皇帝ではなかった。
王族だけが閲覧を許される古代の文献を紐解き、この世界が「閉じられた箱庭」であることに薄々感づいていた。
だからこそ、慎重だった。
「調査隊の規模は維持しつつ、まずは魔境アビスの浅い層の確保に努めなさい。そして、技術局には霊装機の魔素防護レベルの引き上げを命じます。壁の外の脅威についても——」
ルミナリアが言葉を続けようとした、その時だった。
——ズォンッ……。
玉座の間の空気が、突如として奇妙な振動を起こした。
いや、空気ではない。空間そのものが歪んだのだ。
「な、なんだ!? 結界が!?」
エルロンドが驚愕の声を上げる。
世界樹の宮は、強力な対空間魔導結界に守られており、いかなる転移魔法も受け付けないはずだった。
だが、玉座と円卓の中間の空間が、まるで水面に黒いインクを垂らしたように滲み、人の形を取り始めた。
「曲者だ!! 陛下をお守りしろ!」
ガウェインが腰の魔導剣を抜き放ち、ルミナリアの前に立ちはだかる。
周囲に控えていた近衛騎士たちも一斉に武器を構え、現れた不審者に殺到しようとした。
「……あー、ごめんごめん。ちょっと待ってね。」
空間から完全に実体化したその人物は、エルフたちの怒号を気にも留めず、自分の袖口のホコリを払うようにパタパタと手を動かした。
それは、この世界に似つかわしくない、洗練された「黒づくめのスーツ」を着た、線の細い男だった。
青白い肌。しかし耳は丸く、エルフではない。ヒューマンだ。
だが、その男から発せられる圧倒的な魔素の奔流は、大魔導士であるエルロンドでさえも恐怖で足がすくむほどの、規格外のものだった。
「何者だ! 下等種族の分際で、どうやってこの不可侵の結界を破った!」
ガウェインが剣の切っ先を男の喉元に突きつける。
だが、黒スーツの男は、まるでそこに剣など存在しないかのように、にこやかに微笑んだ。
「ヒューマン、ねえ。まあ、形はそう作られてるけど。……自己紹介が遅れたね。ごきげんよう、世界樹の庭に引き籠もる、可愛いエルフのお友達。」
男の声は、部屋の音響に直接響くような、奇妙な二重音声だった。
「僕は、この黒い壁のずっと中心から来た。君たちの言葉で分かりやすく言うなら……そうだね。『魔王の使者』かな。」
「魔、王……!?」
近衛兵たちがざわめく。
魔境アビスの中心に座すという、全ての魔獣の母にして、禁忌の存在。神話の中の悪魔。
それが、使者をよこしたというのか。
「無礼な! 貴様のような下郎が、魔王を名乗るなど……!」
ガウェインが剣を振り下ろそうとした瞬間、彼の剣は、男の身体に触れる数センチ手前で、見えない壁に阻まれたようにピタリと停止した。
魔力による障壁ではない。空間そのものが、男の周囲だけ硬化しているような現象。
「野蛮な歓迎だね。まあいいや。」
男は、ガウェインを無視して、玉座のルミナリアに深々と一礼した。
「女帝陛下。美しい貴女に、私から……いや、私の主である『リゲル』からの伝言をお伝えしにきました。」
その名が出た瞬間、ルミナリアの目が大きく見開かれた。
「リゲル……。旧き神の名を……。」
「神だの魔王だの、呼び方は好きにしてくれて構わないよ。彼は、そんなこと気にしてないからね。」
使者の男は、すうっと空中に浮遊し、玉座と同じ目線にまで上がった。
そして、部屋中の全員を見渡し、劇場で台詞を読み上げる役者のように、朗々と語り始めた。
『親愛なる子供たちへ。
500年という長い時間、箱庭の中での退屈な進化のゲームに付き合ってくれてありがとう。
だが、世界は停滞を許さない。時の檻のエネルギーは限界を迎え、扉は再び開かれる。
今日、いきなりだと驚くと思ったから、事前に伝えることにした。』
男の言葉と共に、玉座の間の空間が波打ち、中央の円卓の上に、巨大な黒い「時計」のホログラムが出現した。
それは、見たこともない数字を刻む、カウントダウンタイマーだった。
『まもなく、部分的に黒い壁は消える。外の世界と、内の世界が繋がる。』
「な……壁が、消えるだと……!?」
エルロンドが驚愕に目を見開く。
『その時、何が起こるか。旧き神が舞い戻るか、鉄の悪魔が蹂躪するか、あるいは……お前たちが世界を飲み込むか。』
男はニヤリと笑った。
『それは、お前たち自身の『選択』に委ねよう。リゲル様は、君たちの選択に期待しているよ。』
その言葉を最後に、中央の黒い時計が、『チクッ、タクッ』と、重々しい音を立てて時を刻み始めた。
表示されている数字は。
——『30:00:00:00』。
30日。
「待ちなさい!」
ルミナリアが立ち上がり、声を張り上げた。
「30日後に壁が消えるというの? リゲル様は……神は、何を望んでおられるのです!?」
「それは、君たちで見つけることさ。僕の仕事は『伝令』だけだからね。」
黒スーツの男は、恭しく一礼すると、再び空間のノイズに紛れていく。
「せいぜい、霊装機のおもちゃを磨いて待っていることだね。……じゃあ、30日後に、また会おう。」
シュン! という音と共に、男の姿は完全に消失した。
後に残されたのは、不気味に時を刻み続けるカウントダウン時計と、静まり返った玉座の間だけだった。
使者が消えた後、玉座の間は爆発的な混乱に包まれた。
「陛下! これは妖言です! 卑劣な魔法使いの罠に決まっています!」
「いいえ! あの魔素の波長、結界を破る技術……。あれは確かに、我々の人智を超えた存在です!」
「30日だと!? 壁が消えれば、何が攻めてくるか分からんぞ!」
騒然とする重臣たちを前に、ルミナリアは硬い表情のまま時計を見つめていた。
30日。
神の気まぐれか、それとも破滅へのカウントダウンか。
「……静まりなさい。」
ルミナリアの一声に、再び沈黙が落ちる。
女帝は、ガウェインとエルロンドを強い瞳で見据えた。
「これが罠であれ、神の啓示であれ、残された時間は30日です。……ガウェイン将軍。」
「はっ!」
「魔境アビスへの侵攻計画は白紙に。全霊装機部隊を、直ちに『黒い壁』の西国境へと集結させなさい。壁の消滅と同時に現れるであろう脅威に備え、絶対防衛線を構築するのです。」
「……御意に!」
ガウェインは、悔しさを押し殺して頭を下げた。だが、未知の敵に対する恐怖と、そして新たな戦場に対する軍人としての血の滾りが、彼の内で渦巻いていた。
「エルロンド宰相。貴方は魔法ギルドを総動員し、あの使者の空間転移の手法と、壁の機能低下に関する原因究明を急いでください。」
「承知いたしました、陛下。」
ルミナリアは、大きく息を吐き出した。
500年続いた箱庭の平和が終わる。
外の世界には、あの「銀の巨人」を作り出した野蛮な旧人類たちが、鉄の軍隊を連れて待ち構えているかもしれない。
「……エルフの誇りに懸けて、この聖域は守り抜く。」
その頃。
国境の防衛基地で待機していたヴァリアンとラリスは、玉座の間からの「全軍国境配備」という緊急指令を受け、信じられない思いで顔を見合わせていた。
「隊長。どうやら、私たちの『勘』は当たっていたようですね。」
ラリスが、苦笑混じりに言う。
「ああ。壁が消える。……30日後にな。」
ヴァリアンは、ハンガーに並ぶ霊装機『アニマ・グラヴィス』を見上げた。
対魔獣用に作られた、エルフの新たな剣。
だが、それがこれから対峙するのは、知性を持った人類の兵器。
あの、恐るべき星装機なのだ。
「3年か。あっという間だったな。」
ヴァリアンは、空を見た。
「外の世界の連中……あの銀の巨人に乗っていた奴は、今頃どうしているだろうな。」
自分たちと同じように、空を見上げているのだろうか。
エルフの騎士と、壁を越えた少年。
二つの運命が、30日のカウントダウンと共に、激突の時へと向けて加速し始めていた。
物語の舞台はいよいよ黒い壁のなかに。次回は東海岸の旧人類のエリアにスポットを移します!




