光と闇の交錯、深淵へのダイブ
雲一つない、ひどく乾燥した青空の下。干上がった太平洋のど真ん中、かつての海底平原であった果てしない塩の砂漠に向かって、強襲母艦『アーク・ロイヤル』はゆっくりと高度を下げていた。
「高度、50メートル。艦体水平維持。対地センサー正常」
CIC(戦闘指揮所)に響く、ユキのクリアな声。
「各セクション、テストオペレーションへ移行。ドローン、射出します」
艦の左右に設けられたハッチが開き、ラプラス特製の小型高機動ドローン『ウォッチャー』が7機、一斉に飛び立った。
5機のドローンは、アーク・ロイヤルの周囲に五角形のフォーメーションを組み、広大な索敵範囲を確保する。残り2機は、眼下の演習空域に展開し、星装機との通信リンク及びDIVAシステムによる歌姫の歌声を広範囲に届けるための、飛行する音響中継器として位置についた。
艦長席で、トーマスが居住まいを正す。
「全システムのオンラインを確認。これより、本艦の魔素環境適応テスト、並びに『シュバルツ・ロード』及び『ベオウルフ・リベリオン』の実戦模擬テストを開始する」
トーマスの声は、かつての文官の弱々しさを完全に払拭し、歴戦の指揮官の落ち着きを放っていた。
「まずはフェーズ1。対象エリアに配置された10機のターゲット・デコイを、通常兵器を用いて殲滅せよ」
ユキがメインモニターの表示を切り替える。
荒野の砂の上に配置された10個のターゲットが映し出された瞬間、ブリッジにいたクルーたちから「おおっ」というどよめきと、「趣味悪っ……」という苦笑いが漏れた。
モニターに映るデコイは、ただの標的板ではなかった。
ムーの地下大空洞で回収された異界生物の巨大な白骨。そこに、エデン軍から鹵獲した『ホープレス』の装甲板や、廃材となったケーブル類が複雑に絡み合い、溶接されている。骨の白と、錆びた鉄の黒、そして剥き出しのコード群。それらは異様な立体芸術として、どこか生物的で恐ろしい造形美を醸し出していたのだ。
「……アルド、君の作品かい?」
ヨシュアが、腕を組みながら呆れたようにモニターを見上げる。
「おう。昨日の夜からずっと格納庫で火花散らして組み上げたんだ。ただの的じゃ張り合いがねえだろ? 関節の構造までこだわって、強度もバッチリだぜ」
アルドが胸を張り、ニヤリと笑った。エデン軍時代からジャンクパーツを弄っていた彼の、妙な才能が開花したらしい。
「すっごーい! ちょっと不気味だけど、怪獣みたいでカッコいいかも!」
リンが身を乗り出してモニターを見て、目を輝かせる。
「よくあんなものを作れますね……。夜中に動き出したら呪われそうです」
ヨシュアのパートナーであるユナが、少し引き気味に肩をすくめた。
「まあまあ。敵の骨格構造を学ぶという意味では、非常に理に適った教材ですよ」と、ヨシュアが穏やかにフォローを入れる。
かつてノアⅣを襲撃した敵軍の兵士。しかし今、アルドはその器用さと、誰に対しても分け隔てなく接する泥臭い人柄によって、急速にアーク・ロイヤルのクルーたちに馴染み始めていた。「手のかかるおもしろい同僚」としての地位を確立している事実に、トーマスも密かに頬を緩めた。
「さて、芸術鑑賞はここまでだ。両機、出撃!」
トーマスの号令が下る。
アーク・ロイヤルの下部カタパルトから、二筋の光が荒野へと打ち出された。
白銀と漆黒のツートンカラーに輝く『ベオウルフ・リベリオン』。
そして、一切の光を吸い込むような深い闇を纏った新型機『シュバルツ・ロード』。
二機の巨神が、砂埃を巻き上げて塩の大地に降り立った。
『レイ。フェーズ1だ。まずは5機ずつ、手早く片付けるぞ』
カイトの通信に、レイが穏やかな声で応じる。
『了解しました、カイトさん。……シュバルツ・ロード、行きます』
二機が同時に砂漠を蹴った。
カイトは、前方約2キロに点在するデコイ群に狙いを定める。
第一の攻撃。彼はアサルトライフルを構え、ブースターを全開にして右へ水平移動しながらトリガーを引いた。
ダダダダダッ!
『魔素貫通弾』のテストを兼ねた実弾射撃。カイトの瞳には、弾道が当たる数秒先の「未来」が光の線として視えていた。彼が銃口を向けるよりも先に、デコイがそこにあるという確信。
弾丸は寸分違わず三つのデコイの「コア(急所)」に指定された部位を撃ち抜き、見事に粉砕した。骨と鉄の破片が砂漠に散る。
『命中精度、誤差ゼロ。さすがだね、カイト』
ブリッジからラプラスの感心したような声が響く。
第二の攻撃。残る二つのデコイが、プログラムに従ってカイトへ向けて模擬レーザーを放ってきた。
カイトはそれを回避するのではなく、真正面から突っ込む。
『対魔力コーティング』を施された大剣を抜き放ち、眼前に迫るレーザーの光束を、真っ二つに切り裂いたのだ。
光の軌跡を割って飛び出したベオウルフ・リベリオンは、そのまま急降下し、デコイの装甲を大剣で両断する。
そして第三の攻撃。最後の標的に対し、カイトはスラスターを極限まで吹かした。重装甲の機体とは思えない、関節部が軋むほどの超加速。運動エネルギーを全て物理的な質量へと変換し、左腕のパイルバンカーを突き立てる。
ドガァァァン!
デコイは爆散し、後方の塩の壁に巨大なクレーターを穿った。
「ベオウルフ・リベリオン、目標5機クリア!」
ユキの報告と同時に、モニターの反対側でレイが動いた。
レイは、自らに割り当てられた5機のデコイを見据える。
第一の攻撃。彼は右手をかざした。
シュバルツ・ロードの胸部、人工コア『ネビュラ』が妖しく明滅し、腕の銃口から漆黒のエネルギー弾が放たれる。
『ヴォイド・カノン』。
弾速は遅い。だが、弾丸がデコイの群れの中央に着弾した瞬間、そこを中心に空間が歪んだ。局所的な重力崩壊——極小のブラックホールが発生し、周囲の砂、そして三機のデコイが、音もなく中心の一点へと吸い込まれ、そして圧壊した。
凄まじい威力の空間兵器。
続く第二の攻撃。
生き残った二機のデコイからの一斉射撃。だが、レイは回避行動を取らない。
シュバルツ・ロードの背部から、実体のない黒いエネルギーの翼『ヴォイド・ウイング』が展開される。推進剤を使わず、空間を「滑る」ような、重力を無視した独特の挙動。
レーザーの雨の中を、シュバルツ・ロードはまるで残像のように揺らめきながらすり抜けていく。
『……見えませんね』
レイが静かに呟くと同時に、機体の右手に『黒燿刃』が形成された。
それは実体剣に濃密なDARKエネルギーを纏わせたもの。レイが残る二機のデコイにすれ違いざまに刃を振るうと、装甲が切断されたのではなく、刃が通った部分の空間ごと『削り取られ』、デコイは上半身を虚無に消し飛ばされて崩れ落ちた。
「シュバルツ・ロード、目標5機、完全に沈黙……! なんてデタラメな威力……」
CICのオペレーターたちが息を呑む。
オリジナル・コアの力。それを安全圏で制御できるようになった零の存在は、まさに戦略兵器そのものだった。
『フェーズ1クリア。両機、素晴らしい仕上がりだ』
ラプラスが通信越しに手を叩く音が聞こえた。
『さて、これからが本番だ。いよいよカイトくんとレイくんの模擬戦を行う。このテストは、限界まで引き出した互いのエネルギーが、未知の魔素環境下でどう干渉し合うかのデータ収集が主目的だ。機体の出力制限は解除してある。……生死に関わるようなコックピットへの直撃判定のみ、自動で強制キャンセルされるようリミッターをかけてあるから、遠慮はいらない。存分に、殺し合うつもりで戦いたまえ』
ラプラスの物騒な訓示に、トーマス艦長が咳払いをする。
「……というわけだ。両パイロットは所定の位置へ。各員、警戒を怠るな」
艦内の特設歌唱エリア。
防音と音響設備の整ったその部屋の中央で、アリアは静かに目を閉じ、マイクを握りしめていた。
ヘッドフォンからは、風の音と、二機の星装機の低い駆動音が聞こえてくる。
(カイトさん……)
アリアの胸に、出撃前の第1格納庫での光景が蘇る。
最終チェックを終えようとするカイトに、ユキが歩み寄り、彼の手をしっかりと握りしめていた光景。
「心配せずに前だけ見て。私が全力でバックアップするから」と笑うユキと、それに応えるカイトの、誰も入り込めないような信頼の空間。
二人の間に流れる空気が、確実に変わっているのを、アリアは感じていた。幼馴染という関係を超えた、もっと深く、揺るぎない絆。
胸の奥がキュッと締め付けられる。
アリアは、カイトの戦う力になりたいと強く願っている。しかし、日常という「彼が帰るべき大地」になっているのはユキだ。自分は彼に、戦いと覚醒を強いる存在でしかないのではないか。
淡い恋心と、歌姫としての役割。その狭間で揺れる自分がもどかしかった。
(……逃げちゃダメだ。私は……カイトさんのパートナーとして、これから一緒に死地に赴くんだから。)
アリアはギュッと目を閉じ、迷いを断ち切った。
嫉妬や不安を抱えている場合ではない。自分は「歌姫」だ。彼を支える「翼」なのだ。
目を開けた彼女の翠玉の瞳には、もう揺らぎはなかった。
そして同時に、彼女の肌は微かに粟立っていた。
未来を視ることはできない。だが、何かが起きる。この二つの強大すぎる力がぶつかり合った時、絶対に「ただの訓練」では終わらない。強烈な予感が、彼女の全身を駆け巡っていた。
『アリアちゃん。こっちのシステム、オールグリーン。準備はいい?』
インカムから、ユキの明るく、真剣な声が聞こえた。
アリアは小さく微笑み、力強く答えた。
「はい。いつでもいけます、ユキさん!」
『よーし! 全システム・スタンバイ! パイロット両名、戦闘空域へ!』
ユキのコールが響き渡る中、別の回線からニコの声が割り込んだ。
『……レイ。聞こえるかい?』
『はい、ニコ』
『君の新しい機体……シュバルツ・ロードは、未知の世界を切り拓く力を持っている。でも、決してその力に呑まれないでくれ。君がどれだけ高みへ行こうとも、私が全力で……君を繋ぎ止める。だから、思い切りやってこい』
ニコの不器用で、けれど深い愛情のこもった言葉に、レイはコックピットの中でふわりと微笑んだ。
『ありがとう、ニコ。……僕にはもう、力が怖くありません。あなたたちがいるから』
レイは操縦桿を握り直し、カメラアイを正面のベオウルフ・リベリオンに向けた。
『全力でいきます。……胸を借ります、カイトさん』
その言葉を受け、カイトの胸の奥で、戦士としての本能が高らかに咆哮を上げた。
かつて彼がレイと相対した時、レイは感情のない人形のようだった。だが今の彼は違う。明確な意志を持ち、仲間との絆を知り、自身の強さを肯定している。
これほどの強敵と戦える喜び。
(俺の未来視は……対人戦闘においては反則に近い力だ。)
カイトは思う。
(だが、それでも勝敗が分からないほどのプレッシャー。そして、この力を振るって誰かを守るという意義……。みんなが俺に、それを教えてくれた)
張り詰めていた大人としての責任感や重圧が、一瞬だけ抜け落ちた。
ただ純粋に、目の前の強敵と戦いたいという、子供のような無邪気な闘争心。
「かかってこい、レイ!」
カイトは満面の笑みを浮かべ、吠えた。
「フェーズ2、開始!!」
砂塵が弾け飛んだ。
中距離からの牽制。カイトはアサルトライフルを連射し、レイはそれに呼応するようにヴォイド・カノンを放つ。
実体弾と光のビームが交錯するが、レイの放つ小さなブラックホールが、弾丸の軌道を捻じ曲げ、文字通り「虚無」へと飲み込んでいく。
対するカイトは、レイのヴォイド・カノンが着弾する空間の歪みを数秒前に「視て」、そこには初めから存在しなかったかのような滑らかなステップで回避を続ける。
『当たらない、か……なら!』
『来い!』
牽制の無意味さを瞬時に悟った二機は、武器を捨て、互いにブースターを全開にして距離を詰めた。
ガギィィィィン!!
ベオウルフの大剣と、シュバルツの黒燿刃が激突する。
衝撃波がすり鉢状に広がり、地表の塩の結晶を粉砕した。
そこからは、息もつかせぬ超高速の近接戦闘だった。
レイの動きは、重力という概念を置き忘れたかのようにトリッキーだった。ヴォイド・ウイングによる慣性無視の機動。上空から振り下ろしたかと思えば、次の瞬間には背後に回り込み、黒い刃を突き出してくる。
対するカイトは、そのすべてを未来視で捉えていた。大仰な回避はしない。首を傾けるだけ、半歩下がるだけという、必要最小限の動きで死の刃を躱し、流れるように強烈なカウンターを叩き込む。
ガガガッ! キィィン!
装甲が擦れ、火花が夜明けの空のように連続して閃く。
時折、レイが機体からDARKエネルギーの塊を炸裂させ、広範囲の空間削り取りを行う。しかしカイトは、それすらも攻撃が発動するコンマ一秒前に死角へ飛び込み、同時攻撃の隙間を縫うように大剣を突き入れた。
少しでも気を抜けば、互いの命が瞬時に散る。文字通り、魂を削り合う鋭い攻防。
ブリッジでその様子を見ていたクルーたちは、絶句していた。
「なんて……動きだ……。」アルドが呆然と呟く。
「あれが、世界を変える力ってやつか……。」
エースパイロットの目から見ても、二機の動きはもはや人間技の域を脱していた。
そして、戦場に「彼女」の歌が響き渡った。
《闇を切り裂く その白き剣に》
《魂の熱を いま、解き放て》
アリアの歌声。広域共鳴システムによって増幅されたDivaの波長が、荒野を包み込む。
その瞬間、ベオウルフ・リベリオンの胸部のDIVAコアが激しい唸りを上げた。
ブウゥゥゥン……!
機体の関節部から、白く眩い光が溢れ出し、漆黒の装甲を神々しく照らし出す。オーバーブレイクの兆候。カイトの思考と機体の反応速度が、さらに次元の階段を一段登る。
それに呼応するかのように、レイのシュバルツ・ロードも変化を見せた。
人工コア『ネビュラ』が明滅速度を上げ、機体の輪郭がぶれるほどの黒い残像を纏い始めたのだ。DARKコアの過剰出力。だが、レイはそれを完全にコントロール下においている。
「ハァァァァッ!!」
「はあぁぁぁっ!!」
光を纏う白き剣と、闇を帯びる黒き刃。
二機の速度はさらに上がり、カメラを追従させるドローンですら、その残像を捉えきれなくなっていく。
空間が割れるような轟音だけが、戦いの激しさを物語っている。
CICでは、コンソールに表示されるエネルギー係数の異常な跳ね上がりに、ユキが青ざめていた。
「艦長! 両機の出力、計測限界を超えています! このままでは周囲の空間に干渉しすぎて——」
「止めろ! これ以上は危険だ!」
トーマスが叫ぶが、二人の闘争の渦に声は届かない。
だが、その光景を見下ろすラプラスだけは、恍惚とした笑みを浮かべていた。
「素晴らしい……。光と闇、極大の相反するエネルギーの激突。……特異点が、開くぞ。」
その時だった。
カイトとレイ、二つの機体が空中で交差し、剣を真っ向から押し付け合った。
眩い白光と、底知れぬ漆黒。
二つのエネルギーが溶け合い、渦を巻いた瞬間。
ピタッ、と。
世界の時間が、静止したように見えた。
ドローンの映像がフリーズし、計器の針が止まる。
(……なんだ?)
カイトは、光と闇の奔流のド真ん中で、意識だけが引き剥がされるような感覚に陥っていた。
コックピットの計器は何も映していない。だが、彼の網膜には、激しいノイズと共に「断片的な映像」が洪水のように流れ込み始めていた。
——それは、「未来視」だった。
だが、数秒先の敵の動きなどというチャチなものではない。極大に高まったDIVAコアとDARKコアの干渉が、空間だけでなく時間の地平線すらもねじ曲げ、遥か遠く、遠く離れた場所の景色をカイトの脳内に強制的に投影したのだ。
緑の木々が光り輝く、水晶の塔が建ち並ぶ街並み。そこを空飛ぶ乗り物が飛び交っている。
深い森の中、木々よりも巨大な恐竜のような獣たちが、群れを成して空を飛んでいる。
鋼鉄の廃墟の隙間に隠れ住み、旧時代の銃を構える薄汚れた人間たち。
そして、荒野の集落で寄り添い合う、狼の耳を持った亜人や、毛むくじゃらの人々。
(これは……! なんだ!? 俺が見ているものは……!)
カイトは混乱する。ここが地球だというのか?
全ての断片的なヴィジョンが、まるで竜巻のようにカイトの意識を巻き込み、一つの中心へと収束していく。
カイトの精神が、深い、深い裂け目の底へと落ちていく感覚。
行き着いた先。
底知れぬ暗闇の最深部で、カイトは「それ」を見た。
巨大なクリスタルのような玉座。
そこに、無数の太いパイプと発光するケーブルに半身を繋がれた一人の男がいた。
痩せ細った骸ではない。その肉体は筋骨隆々としており、黒い血管が皮膚の下で力強く脈打っている。彼から発せられる絶大なる魔素のオーラは、生命力そのものの奔流であり、カイトの魂を押し潰すほどの神々しい威圧感を放っていた。
(魔王……。)
直感的に、カイトはその言葉を理解した。
彼こそが、500年の間、この異常な世界をたった一人で支え、作り変え続けてきた存在。イザベラの兄、リゲル。
彼は囚われているのではない。自らの意志でこの玉座に座り、世界に命を注ぎ込んでいるのだ。
その時。
瞑想するように目を閉じていたリゲルが、ゆっくりと、その目を開いた。
漆黒の闇の中に、星屑を散りばめたような瞳。
若々しくも深淵なその瞳が、次元の壁を越え、時空の果てから、カイトの精神と真っ直ぐに視線を交差させた。
リゲルの口の端が、ニヤリと釣り上がる。
彼は、歓喜に満ちた表情で微笑んでいた。
——よく来た。世界の因子よ。
言葉ではない強烈な思念が、カイトの頭を直接殴りつけた。
「う、ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!」
カイトはコックピットで絶叫した。
情報量が多すぎる。人間の脳で処理できる許容量をはるかに超えた「世界の真実」と「魔王の熱量」が、彼の精神を焼き切ろうとしていた。
現実に引き戻された瞬間、視界が激しく歪んだ。
レイの機体『シュバルツ・ロード』から、さらなる強大な闇のエネルギーが爆発的に噴出していた。カイトとの精神干渉によって、レイのDARKコアのメモリが強制的に共鳴し、飽和状態を迎えたのだ。
白と黒のエネルギーが相克し、制御不能の暴走へと至ろうとする。
このままでは、二人とも消滅する。
「アリアァァァッ!!」
カイトは、血を吐くような声で叫んだ。
自分の精神を繋ぎ止める、唯一の楔へ向けて。
歌唱ルームで、アリアは目を見開いた。
カイトの絶望的な苦痛と、巨大な力に呑み込まれそうな恐怖が、彼女の中にダイレクトに突き刺さった。
「カイトさん……!」
アリアは、マイクスタンドを両手で握りしめ、力の限り、魂の底から声を振り絞った。
《光よ! すべての闇を抱きしめて!》
《帰るべき場所へ、いま、還れッ!!》
歌のテクニックではない。純粋な「祈り」の絶唱。
広域共鳴システムが限界を超えて悲鳴を上げる。
アーク・ロイヤルのアンテナから放たれた極太のDIVAエネルギーの波が、荒野の中心で暴走しかけている光と闇の渦へと突き刺さった。
増幅されたアリアの光の波動が、レイの放つ暴走エネルギーを優しく包み込み、そして中和していく。
反発していた白と黒が、ゆっくりと混ざり合い、透明な波紋となって四方へ広がり——。
パツンッ。
全ての光と音が、嘘のように消え去った。
アーク・ロイヤルのブリッジ。
呆気にとられていたクルーたちは、数秒遅れて現実へと帰還した。
「エ、エネルギー反応、消失! 両機のバイタル、安定しています!」
ユキが泣きそうな声で報告する。
「緊急事態だ! 各員、緊急発進態勢! 二機の状況を確認しろ!」
トーマスの怒号が飛び交う。
『了解! 征天、出る!』
『朧影、発進する。』
ハンガーで待機していた蒼斗と鴉の機体が、カタパルトから弾かれたように射出され、砂塵の向こうへと急行する。
アリアは歌唱ルームで、へたり込むように床に座り込み、荒い息をつきながら涙をこぼしていた。「よかった……よかった……」と呟きながら。
ドローンのモニターが、砂塵が晴れた演習場の中心を映し出した。
そこには、異様な光景が広がっていた。
二機が剣を交えていた空間。直径約百メートルにわたって、地面が「半円球」の形に、まるでスプーンで抉り取られたかのように綺麗に消滅していたのだ。
塩の大地も、岩も、すべてが虚無の彼方へ消え去り、滑らかなクレーターだけが残されている。
そのクレーターの中心へ、空中に静止していた『ベオウルフ・リベリオン』と『シュバルツ・ロード』が、糸が切れた操り人形のようにゆっくりと下降し、着地した。
現場に到着した蒼斗の征天と鴉の朧影が、警戒しながら二機の傍に降り立ち、通信を試みる。
『カイト君、レイ! 無事か!?』
『……返事しろ。カイト。』
ベオウルフ・リベリオンの薄暗いコックピットの中。
カイトは、全身を汗でびっしょりと濡らし、荒い呼吸を繰り返しながら、シートに深く沈み込んでいた。
(……俺は……何を見たんだ……。)
震える両手を握りしめる。
エルフ。魔獣。獣人。そして、パイプに繋がれながらも、不敵に笑うエネルギーの塊のような魔王。
あの光景は、単なる幻覚ではない。遠い過去ではなく、確かにこの世界に存在する「現実」だ。
カイトは、フロントモニターの向こう——東の空の果てにそびえる、見えない『黒い壁』を見つめた。
(あそこに……俺たちが行く場所には、あんな世界が広がっているのか……。)
今とは全く違う地球の姿。魔法と魔物が支配する、常識を超えたもう一つの未来。
カイトの瞳には、恐怖と、そしてそれ以上の強烈な覚悟が宿っていた。
人類の理を超えた領域。そこへ踏み込む時が、もうすぐやってくる。




