第二試合:疾風星彩
アリーナ。その中心に位置する円形闘技場は、神聖な儀式の舞台と見紛うばかりの静寂に包まれていた。
やがて、重い空気を切り裂くように、軽快なアナウンスが響き渡った。
「さあ、皆さんお待ちかね!星歌祭、第二試合!疾風怒濤の空中戦!翠色の疾風、フェイ!に対し、星の化身、シエラ・ノヴァ!一体どんな激しい戦いが繰り広げられるのか!? 乞うご期待!」
興奮気味に、今大会のルールと選手を紹介していく。観客の期待と興奮が、最高潮に達していくのがわかる。
「まずは、翠色の疾風!ノアⅢ代表!フェイ!WINDコアを操り、風を我が物とする、若き天才!得意技は、神出鬼没の高速機動!華麗な空中戦で、対戦相手を翻弄します!!」
ずっしりとした重低音とともに、蒼銀色の機体、シルフィードがアリーナに姿を現す。流れるようなフォルム、そして、巨大な翼。まるで、空を舞う妖精のようだ。
「対するは、ノアⅦから彗星の如く現れた、新星!シエラ・ノヴァ!STARコアを搭載し、星の力を操る、新世代の戦姫!必殺技は、無数の光を放つ、流星乱舞!!煌びやかな光で、アリーナを焼き尽くします!」
続いて、虹色の光を纏った機体、スターダストが、アリーナに登場する。その姿は、まるで、流れ星のように、美しく、そして、力強い。
「勝利を掴むのは、風の申し子か! それとも、星の化身か!? 刮目せよ!!」
【第二試合:開始】
開始の合図と同時に、シエラは、スターダストを駆り、アリーナを縦横無尽に駆け巡る。そのスピードは、凄まじく、残像しか捉えることができないほどだ。
(……まずは、様子見といきましょうか!)
シエラは、軽快なステップを踏みながら、アリーナを周回する。
しかし、その動きは、どこか落ち着きがなく、焦っているようにも見える。
……楽しむことを忘れたら終わり。まずは、会場を盛り上げなくっちゃ!」
シエラは、高らかに笑い、その身に宿る、すべてのエネルギーを解放した。
すると、スターダストの機体が、眩い光を放ち始め、アリーナ全体を、虹色に染め上げる。
「綺麗……!」
「まるで、オーロラみたいだ……!」
観客席からは、ため息のような声が漏れる。
しかし、その光景を、フェイは、冷ややかな視線で見つめていた。
(……無駄な演出は、よしてくれ。戦いに、関係ないだろう。)
フェイは、雑念を払い、精神を集中させる。五感を研ぎ澄ませ、風の流れを感じ取る。
(……来る——)
突如、目の前に現れた虹色の残像。
シエラが、超高速で、シルフィードに接近していた。
「貰った!!」
高らかに叫び、ビームサーベルを抜刀。
刹那、世界が輝き出す。
その切っ先は、フェイのコックピットを捉え、 一気に、勝負を決めようとする。
しかし、その瞬間、信じられないことが起こる。
突如、翠色の風が巻き起こり、シルフィードの機体を包み込む。そして、その風は、まるで、意思を持っているかのように、スターダストの攻撃を、いとも容易く、受け流したのだ。
【シルフィード:ウインド・バリア】
(なっ……!?)
シエラの攻撃を防いだシルフィードは、嵐の中心へと姿を隠した。
目前の敵を見失い、動揺するシエラ。
「何処へ行ったの!?」
動揺を隠せないシエラ。
焦燥感をあらわにする彼女を嘲笑うかのように、
シルフィードは、翠色の風を纏い、その姿を現した。
まるで、風の精霊が舞い降りたかのような、幻想的な光景。
その美しさに、観客は息を呑む。
「面白いわ!でも、まだまだこれからよ!」
シエラは、高らかに叫び、スターダストのエンジンを全開にした。
機体全体から、奔放なエネルギーが溢れ出し、虹色の光が、さらに強さを増す。
高エネルギー反応に呼応するように、上空に黒い雲が発生し、雷鳴が轟き始めた。
「……始めるぞ。シエラ」
静寂を破ったのは、フェイの声だった。
「その程度で、この私を倒せると思っているのか」
「試してみるさ」
挑発するように、フェイは笑った。
その表情に、焦りが浮かんでいることに気づき、
シエラはほくそ笑む。
(まだまだ……! 楽しませてもらうわよ!!)
シエラは、スターダストを操り、シルフィードに突進する。
「捉えた!!」
高笑いとともに、放たれた無数の光線。
(甘いな。その程度、風でなんとでもなる)
シルフィードは、翠色の風を身に纏い、迫りくる光線を、いとも容易く、いなしていく。
操る風はより激しく、より鋭利に。
しかしそのとき、シルフィードの真後ろから、先程までとは桁違いの光弾が迫っていることに気がつく。
”躱せない”
本能がそう告げている。
「くっ……」
冷静さを欠いた時、見せる一瞬の隙。
シエラはそれを見逃さなかった。
「もらった!!」
背後から迫る光弾に、迎撃を指示する。
対空迎撃システム作動。
迫り来る光弾へ向けて、エネルギーを収束。
【スターダスト:メテオシャワー】
【シルフィード:ウインド・アビス】
シルフィードはWINDコアを全開にし、突風を発生させ、攻撃を掻き消し、光を屈折させ、エネルギーを無効化させる。
(何!?)
シエラの攻撃を防いだフェイは、上空へと飛び退いた。
シルフィードから放たれた翠色の光が、街を優しく包み込む。
その光景は、まるで、彗星のようだった。
上空から、アリーナ全体を見下ろす。
しかし、その表情は、険しい。
(先手必勝、というわけにはいかないか)
そう、容易くは行かない。
それが、フェイの読みだった。
シエラは強い。
力任せの攻撃に見えるが、その奥には、確かな戦略と、冷静な判断力が隠されている。
警戒を怠れば、足元を掬われる。
そう、フェイは感じていた。
ならば、どうすれば良いのか。
フェイは思考を巡らせる。
脳細胞をフル稼働させ、勝利への道筋を探る。
(やはり、あれを使うしかないか……)
フェイは、覚悟を決めた。
それは、WINDコアに隠された、最後の力。
使うには、リスクも伴う。
しかし、勝利のためには、手段を選んでいられない。
「……すまないな、シルフィード。少し、無茶をするぞ。」
フェイは、小さく呟くと、WINDコアへと、意識を集中させた。
その隙を、シエラは、見逃さなかった。
「逃がさないわ!」
その叫びとともに、スターダストの機体が、激しく輝き始めた。
そして、無数の光の粒子が、シルフィードに向かって、降り注ぐ。
【スターダスト:メテオシャワー】
迫り来る光の雨。それは、まさに、流星群そのもの。アリーナ全体を埋め尽くし、シルフィードに逃げ場はない。
「……甘いな。」
フェイの声が、静かに響いた。
次の瞬間、シルフィードの機体に変化が起こった。
翠色の光が、さらに強さを増し、機体全体を包み込む。そして、シルフィードの背部に装着されたウイングバインダーが、変形を始めたのだ。
風が牙を剥き、全てを飲み込む。 風を纏い、空を切り裂き、 運命を掴み取る、その力。
幾重にも重なり、編み込まれた翠色の翼が、 嵐を呼び、奇跡を起こす。
その姿は、もはや、星装機とは言えなかった。
空を統べる、翠緑の神竜——。
【シルフィード:風神顕現 (フウジンケンゲン)】
その異質な光景に、誰もが息を呑む。
「なっ……!?」
シエラも、信じられないといった表情を浮かべた。
シルフィードは、変形と同時に、突風を発生させ、迫り来る光の雨を、全て吹き飛ばした。そして、その勢いのまま、スターダストに向かって突進を開始する。
「……速すぎる!」
シエラは、驚愕の声を上げた。
スターダストは、 辛うじて回避行動を取るが、シルフィードの速度は、それを遥かに上回っていた。
(マズイ……!このままでは……!!)
突如、脳内に響き渡った、警告音。
シエラは、本能的に危険を察知した。
そして、次の瞬間。
シルフィードは、スターダストに肉薄。
翠色の刃が、コックピットを目指し、一直線に迫る。
(……ここで、終わりか……)
死を覚悟したその時——
アリーナ全体に、アナウンスが響き渡った。
【戦闘、終了。】
【勝者、シルフィード】
唐突に告げられた終幕。
放心状態のシエラを乗せ、スターダストは、ゆっくりと、アリーナから運び出されていく。
一瞬の静寂の後、歓声が沸き起こる。
フェイの勝利を祝福する、熱狂的な歓声が、アリーナ全体を包み込んだ。
しかし、フェイの表情は、晴れなかった。
何かを見据えるように、その瞳は、どこか遠くを見ていた。
やがて、シルフィードは、静かに、アリーナを後にした。
一方、イザベラは、興奮冷めやらぬ様子で、モニターに表示された戦闘データを見つめていた。
「ふふふ……面白い。実に、面白い。フェイ君……あなたは、私の期待を遥かに超えてくれるわ。
そして、仮面の騎士……ARMSコアによる制御だけじゃない、搭載不可能な量のミサイル弾幕。何か秘密がありそうね。ふふふ……」
イザベラは、狂気を宿した瞳で、そう呟いた。




