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勇者がヒモになったなら  作者: ひーらぎ
3章「初夏の海と彼女の過去」
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3章「初夏の海と彼女の過去」1

今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。


シーズン前の海はライフセーバーや海関係者がひとりも見当たらないほぼ貸切状態だった。目に入る人といえば、犬を連れて海辺を歩く人や遠くで釣りを楽しむおじさんくらいだ。これが夏を迎えた途端に人、人、人、で品浜が埋まってしまうというのだから、もう驚きだ。

 というか、嘘だろ――それがアルベルトの抱いた最初の感想だ。

 海を見ると自然と気持ちが昂ぶるものらしく、波と戯れる深雨は子供へ戻ったようにはしゃいでいた。

「アルトも見てないでこっちおいでよ。水冷たくて気持ちいいよ」

「今行くよ」

 足元スレスレのワンピース丈をサンダルと一緒に摘んで踊るように歩く深雨へゆったり目を細めた。これだけ楽しんでくれてるならシーズンなんて関係ないか、アルベルトもサンダルを脱ぎ捨て浅瀬へ足を潜らせる。

「服とか濡れないように気をつけてよ」

「平気、平気。着替え持って来てるから。でもスカートもう少し短いのにすればよかったなぁ。こんなにはしゃいじゃうと思わなかったもん」

 なんてボヤいても深雨の顔から一切笑みが消えることはない。普段の大人っぽさまで荷物と一緒にビニールシートへ置いてきたみたいだ。

 アルベルトはくるくる回ったりして狭い歩幅で歩く深雨の後ろを追いかけながらすっきり晴れた青空を見上る。塩をふんだんに含んだ空気を楽しんでいると、少し前を行っていた深雨が右腕へ飛びついてきた。

「来てよかったね。ほとんど人もいないし」

「でも散歩なんかでいいの? 遊ぶ道具とか少しは持ってきたのに」

 言いながらシートの上のリュックを横目にする。一応ビーチボールとか持ってきてみたが、この調子じゃほとんど出番はないだろう。

 まぁいいんけど。

「でも貸切に近いのに散歩だけってもったいなくない?」

「だからいいんじゃない。シーズン始まったらこうしてゆっくり歩くこともできないんだよ? 海で散歩ってすっごい贅沢なんだから」

「ならありなのかな……?」

「ありなんですよー」

 ぴょんっ、と腕から飛び離れた深雨がこちらへ身体を回して、

「でも散歩だけだと海に来たって感じしないし――アルトっ!」

「ん?」

 楽しげな深雨へ首を向け直すと、

「やっぱりちょっとは濡れないとだよね!」

 ワンピースの丈とサンダルを手放した深雨が膝を曲げて屈んだ姿勢から海水を手のひらで掬い上げた。キラキラ陽を浴びた飛沫がアルベルトのパーカーへ幾つもシミを作る。急なことに反応できなかったアルベルトを驚きに足を取られ、

「うぉっ!」

 綺麗に背中から海水へひっくり返った。

「冷たっ!」

「びっくりした? びっくりしたよね!」

 イタズラが成功した子供みたいに笑う深雨。アルベルトは濡れた髪を両手で後ろへ撫で付けて、滴る海水を払った。そして差し伸べられた手を握るや、

「なんか吹っ切れたかも」

「えっ……? あ、アルト?」

 目元をニヤ付かせた笑い顔に何かを感じ取った深雨だが、もう時すでに遅し。

「ま、待って待って。謝る、謝るからぁ」

「着替え持って来てるんだし平気だって」

「下着までは持って来てな――」

 ドボン――言い切る前に深雨の身体がアルベルトの真横へ沈んだ。幸い両手両膝を立てておかげで身体全部が濡れることはなかったものの、

「もぉ……!」

 しっとり潤った髪を耳へ引っ掛けた深雨がぷくっとキュートに頬を膨らませる。そして仕返しの仕返し、深雨が起き上がりかけのアルベルトへ飛び乗った。。

「ちょ、深雨さん!」

「ふふ、アルトも着替えあるし大丈夫だよね」

「お、おれだって下着まではッ――!!!」

 深雨の身体を抱ききれず、もう一度背中に衝撃を受ける。腹筋へ馬乗りになった深雨と目が合うや、何故か笑いがこみ上げて二人してバカみたいに笑い合う。海水で服が濡れていくことや、起き上がるのも忘れていると、

「み、深雨さん……?」

 ふと、アルベルトの視線がある色を捉えてしまった。

 クリーム寄りの白いワンピースへ浮かぶは、二つの薄桃色の貝殻――ではなく女性が付けるアレ。

 もしかして気付いてない?

「ん、どうしたの? あっ、重かった?」

「いや、そうじゃなくて……えっと」

 キョトンと首を傾げる深雨へ顔を近づける。

 色の薄い唇との距離が縮まるにつれ、深雨の目がゆっくり細くなっていき――鼻と鼻が重なる頃には完全に閉じられた。人肌の吐息が頬を掠め、

「いいよ……」

 甘い声が波音の中へ交じり、風に溶けることなく辺りへ漂う。

 しかし、アルベルトの唇はその真横を通過、

「下着、透けてるよ」

 砂浜で数えられる程度しかいない人間にも聞こえないようそっと囁いた。すると、

「えっ、し、した……下着……?」

 期待してたの違う一言だったらしく、深雨が両目をパチクリ瞬かせた。何を言われたのか理解できないと言いたげに気が抜けた顔へ頷く。

「着替えたほうがいいよ。あの……更衣室使えたはずだしさ」

 なるべく見ないよう務めるも、視界の端ではしっかりレースが可愛らしい薄ピンクのブラを捉えている。より視界を下げれば、腰付近で同色のラインがはっきり確認できる。

「あっ、う、うん……」

 ようやく気付いてくれたか。

 両腕で身体を抱き隠すように立った深雨へ、少しでも身体を隠すことができればとずぶ濡れのパーカーを手渡す。

「あ、ありがと……」

 初夏の日差しと別で赤くなった深雨が手探り寄せるようにパーカーを胸へ押し寄せた。これで下着が見えなくなったが、鼻下をパーカーへ埋めているように見えてこれはこれでなんともイヤラシい絵面に見えなくもない。だが、これ以外彼女を真夏を待てないクソ野郎クソ共のパッション滾る視線から守る術は考えつかない。

「じゃ、じゃあ……着替えてくるから」

「う、うん……い、行ってらっしゃい」

 見続けていることが申し訳なくて背中で答える。しかし頭の中では脳内ハードディスクに永久保存確定の瞬間が何度もフラッシュバックされている。それを表へ出さないように水平線を見つめていると、

「あの……アルト?」

 ちょんちょん、とTシャツの袖を引かれる。

「恥ずかしいから更衣室まででいいから一緒に来てくれない?」

「お、おれはいいけど……」

 こりゃ視界の置き場に困るな……。

 アルベルトが喉の奥でそっと吐息した。

「じゃ、じゃあ行こっか」

「うん。ちょっとはしゃぎすぎちゃったね」

 てへっ、と舌を出した笑い顔をうっかり見てしまい逃げるように目を逸らす。急に鼓動を加速させた心音が聞こえないよう、わざと音を立てて砂を踏みしめて歩き出した。

「深雨さん?」

 しかしアルベルトの足は一歩目を踏んだところでピタリと止まった。腕へ寄り添ったままその場へ固まる深雨に首を回す。

「どうかした……?」

 返答のない深雨へ首を傾げ、彼女の視線を追いかける。遠い水平線へ行き着いた。

 なにかあるのかな?

「深雨さん、あの……どうしたの?」

 アルベルトが首を捻って深雨の顔を覗くと――まただ。

 またあの顔をしている。

「本当に……楽しいなぁ」

 遠い目をして一体水平線以外の何を見ているのだろう。いや、考えるまでもない。

 またアイツか……。

 自分じゃ深雨の曇り顔一つ晴らすことができないもどかしさに歯噛みし、イライラを隠すように眼下の小石を蹴り飛ばした。素足なせいで足の親指が痛む。

 それでこのイライラを忘れることができるなら今はそれでも……。

 アルベルトが内心で項垂れて溜息すると、

「ねぇねぇ、カノジョー。こんなとこで何してるの? 暇? 暇なら俺たちと遊ばない?ねっ? 楽しいよ?」

 間延びして、だらしない男の声がアルベルトの意識を現実へ引き戻した。深雨も同様らしく、二人が顔を見合わせて首を斜めにする。

「この時期にナンパ……?」

「ナンパに季節は関係ないと思うけど……」

「もしわたしがナンパされたらどうする?」

「うーん……まぁ助けるかな」

 アルベルトが照れ隠しでそっぽを向く。無意識で向いた先へは、件のナンパ男たちと別に三人の女のシルエット。遠目で誰かわからないが、見覚えのある三人組だ。。

「ナンパですかぁ? ちょっとそういうの困るんですけど」

 そして覚えのある声が一つ。

「わ、わたしにはこ、心にき、決めた人……い、いるので」

 二つ。

「これがナンパでございますか~。レイネさん始めてでございますよ。これは深雨サンに自慢できるかもしれないですねー」

 三つ。

 もう間違いない。

 深雨も聞き取ったらしく、再び視線が重なった。

「今の声って……」

「だよね……というか、なんでここにいるんだろ。とりあえず行ってくるよ。何もないと思うけど、何かあってからじゃ遅いしね」

 腕へ抱きついたままの深雨へ言うも、彼女も思いは同じなようで強い眼光が向く。

「わたしも行く」

「深雨さんは待っててよ。なんなら先に着替えに行ってもいいし」

「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。助けてあげないと」

「わかってる……わかってるけど、深雨さんが行くと――」

 余計危ないんだよなぁ。

 まさか自分の服がどうなってるか忘れてるわけじゃないよね?

 アルベルトが微かな疑いを目尻に貯めて深雨をチラ見。もう助けに行く気満々で、今にも腕から離れようとしていた。慌てて深雨の手首を掴んで引き止める。

「深雨さんを危険な目に合わせたくないんだけど……おれなら大丈夫だからさ」

 もう説明するのも面倒で、手元から落ちそうなパーカーを深雨へ握り直させて、ナンパ男へ一直線。

「待って!」

 置き去りにした深雨へ振り返ることなく、ナンパ男の一人を正面に立つ。

「あぁ? お前だれ? もしかしてこの娘たちの連れ、なわけないよなぁ。お前みたいなもやしが」

 カラカラナンパ男たちの笑い声が響く中、

「あれあれ、アルトさんじゃないですかー。どうしてここに? あっ、もしかして店長さんとデートですか?」

「あ、アルトさん。ま、まま、また助けてくれた。や、やっぱり……わ、わたしのこと好き……なんだね。ふひひひ」

「あらあら。アルトさんにもナンパされちゃうのでございますですか?」

 振り返った三人は予想通りナンパへ怯えるどころか普段通りのままだった。

「ねぇアルトさん、店長とデートなんでしょ? ここで油売ってていいの? 別にあたしたちは平気だよ、面白そうだし」

「そ、そう?」

 彼らは気づいているだろうか。クシャナの笑顔が先程から自分たちを品定めしている薄笑いだということに。

「佐倉さんは大丈夫?」

「わ、わたしは……え、えっと……大丈夫。あ、アルトさんが助けてくれたし……」

「そ、そっか……」

 彼らは気付いているだろうか。クシャナ同様、夕蘭の目にも自分たちが映っていないことに。いや、クシャナ以上に眼中へないだろう。

「レイネさんも大丈夫でございますよー?」

「そ、そっか……」

 彼らは気付いているだろうか。レイネが漫画のような体験が出来てもう十分。そしてもう飽きたとばかりの苦笑だということに。きっと体験に意味があり、彼らのことなんてクシャナやレイネ以上にどうでもよく映っていることだろう。

 なんとも助け甲斐のない三人組に、アルベルトはナンパ男たちが哀れに思えてしまう。額へ手を置いて溜息すると、それが彼らの琴線へ触れてしまったらしい。

「なんだテメェ、いきなりしゃしゃり出てきてヒーロー気取りか?」

 ひとりがアルベルトへガン飛ばしながら襟首を掴み上げた。威圧したつもりの双眼へ目もくれず、吐息を重ねる。

 これでビビると思ってるのか……今はこれでも元勇者なんだけど。

 内心ゴチってみるも、実際話したところで通じるものでもない。アルベルトは視界の端で残りのナンパ野郎たちがしつこくクシャナたちに声をかけているのを捉える。これだけ拒絶されてもまだ挑む勇気があるとは――もうこいつらが勇者だよ。

「ヒーローでもなんでもいいけどさ、相手にされてないことくらい気付きなよ」

 もうはっきり言った方がこいつらのためにもなるだろ。

 アルベルトが半ばヤケクソ気味に言い放つと、予想通り男の拳が持ち上がった。振りかぶった手には幾つか指輪がハメられている。擬似メリケンサックといったところだ。

「怪我しなきゃわかんねぇみたいだな」

「どっちが怪我するかな」

 アルベルトが口元のみに薄い微笑を作る。男のこめかみへ血管が浮いた。更に襟首を絞められ、今にも足が宙へ浮きそうになる。しかしそれだけ持ち上げる力があるなら好都合だ。砂浜すれすれのつま先へ力を入れて跳躍――しそうになったところでアルベルトが動きを止めた。

 なんで来ちゃったんだよ。

 背後から走ってくる彼女へ首を回す。

「深雨さん、待っててって言ったのに」

「できるわけないでしょ」

 胸へパーカーを押し当て深雨が絶賛アルベルトを締め上げている男へ抗議有りと尖った眼差しで言う。

「そこの人!」

 ひらりと胸を、スケスケの胸を、形までわかっちゃう胸を隠していたパーカーがお役御免と足元へ舞い落ちた。あちゃーと額へ手をやって溜息するアルベルトへ微笑した深雨が男へ一歩出る。

「な、なんだよ、この女」

「あなたが殴ろうとしてた人の彼女だけど文句ある?」

「文句ならあ……あっ、えっと……」

 男が言葉の破片を喘ぐように吐き出しながら、それまで怒り狂っていた顔をゲスく歪めた。アルベルトから手を離し、深雨をつま先から舐め上げるように見る。

「お姉さんお綺麗ですね。どうです、俺らとお茶でも」

 毒牙が深雨へ照準を定めた。

「結構です」

 肩へ触りそうだった男の手を払って、アルベルトの腕へ寄り添う。

「この人がいるので。でも、多分いなくてもあなたみたいな人と遊ぶ時間は一秒もないかな。何も得るものとかなさそうだし、なんか不潔だし臭いし」

 ニコリと笑った笑みの唇がアルベルトの頬へ触った。

「そういうわけだから。あとこの娘たち、わたしのお友達だから開放してもらっていいよね。やりたいだけなら風俗に行ってらっしゃいな」

 深雨の細めた目元から繰り出された冷たい眼差しに射抜かれ、男たちは口辺を引き攣らせる。が、このまま引き下がるのはプライドが許さなかったようで、

「女だからって何もしないと思うなよ。オイ、お前ら!!」

 ポキポキ骨を鳴らした男の呼びかけに仲間がアルベルトと深雨を囲むように展開。

「痛い目見ないとわかんねぇみたいだな」

「お互いにそうみたいだね。深雨さんは下がってていいから」

「平気なの? アルト、喧嘩弱いのに……」

「そ、それは昔の話でしょ」

 ――へ、へぇ、そうなんだ。

 また彼の新たな一面を知ってしまった。

 気が抜けそうな一言を忘れるように左右へ頭を振る。直後、正面へ拳が迫る。

「よそ見してる場合か?」

「まぁ……ハンデかな」

 身体を切って拳を回避したアルベルトが手刀で手首を弾いた。途端に前のめった男の背中を肘で落とす。砂をひしゃげて男が転がった。男の仲間が挟むように拳を振るう。

 後ろの男の鼻先へアルベルトの裏拳が入る。顎が空を見つめ、鼻血が日差しに踊る。アルベルトが男の腕を掴んで、力任せに正面の男へ投げつけた。受け止めることができず二人も砂浜へ沈む。

 アルベルトはたいして汚れていない両手を叩いてから、心配そうに一歩離れて控える深雨の頭を撫でた。

「深雨さんを守れるくらいにはなれたかな」

「……も、もぉアルト」

「もう少し待っててよ」

 両目に不安を蓄えた深雨へ笑いかけて、残る一人へ踏み出した。

「どうする?」

「お、覚えてろよッ!!」

 男が仲間を担いで砂浜の彼方へ駆け出した。

「なんともわかりやすい逃げセリフを……。ごめん、深雨さん。大丈夫?」

 彼らの背中が小さくなるのに比例して、アルベルトの興味が徐々に掠れ、見えなくなるのを待たずに深雨へ振り返る。すると、

「あ、アルト!!」

 俯いてぷるぷる震える彼女が目に映った。怖い思いをさせてしまった、深雨の手を取ろうとすると、

「怪我したらどうするの!!」

「えっ……えっ?」

 予想と大きくかけ離れたリアクションに言葉を詰まらせる。

「み、深雨さん……?」

「怪我しなかったからよかったけど……これで怪我でもしたらどうするの」

「あ、あの……で、でも」

「でもじゃない!」

 はい!?

 アルベルトが助けを求めるようにクシャナたちへ首を回してみる。

「今回はアルトさんが悪いですね」

「ぼ、ぼ、暴力は……だ、だめ、だと、お、思います」

「レイネさんもどうかと思いますですねー」 

 三人もれなく深雨の味方だった。

 前後で挟まれたアルベルトは俯いたまま唇を震わせる深雨へ頭を下げた。

「ご、ごめん……。でも深雨さんが危なかったし……」

「もぉ、喧嘩はダメだよ。アルト、いつもやられてたんだから。怪我してないね?」

「うん……それは平気」

「じゃあ次はダメだよ」

 まだ怒りの余韻が残る顔に笑みを乗せた深雨がアルベルトへ目線を合わせた。しかしアルベルトの方はどうしてもアレが気になってしまう。あからさまに目を背けていると、

「でも、アルトさんも中々やりますね~。店長さんにこんな格好させるなんて」

 ちょ、なんで言うんだよ!!

 ニヤニヤ、クスクス笑うクシャナへ慌てて首を回す。余計なことを言われる前に黙らせないと、なんて考えていると、

「これでアルトさんを悩殺してたわけですか……胸ですか。堕肉ですか」

「アルトさんはおっぱい星人なのでございますね~。レイネさんのも見ますですか?」

 どす黒いオーラを迸らせる夕蘭とカラカラ笑うレイネに、深雨は思い出したように足元のパーカーを胸に抱き寄せた。

「き、きき、着替えてくる!!」

 それだけ言い残してナンパ男顔負けのダッシュで更衣室へ駆けて行った。

「あれ、不味かったですか?」

「ま、まぁ……タイミングは悪かったよね。最悪だよ、うん……」

 悪びれなく首を傾げるクシャナたちへもう怒る気になれず一人息を呑んだ。

「それで三人はどうしてここに? 泳ぐにしてはまだ早いけど……」

「あたしは学校の課題に使う写真を撮りに。もう終わりましたけどね」

 クシャナが海を写したスマホを片手に掲げた。

「わ、わたしは……朝、アルトさんを見かけてそのまま」

 ……お、おう。

 ヒクつく口角で何とか笑みを取り繕い、木の枝で砂浜に可愛らしいキャラクターを描いているレイネへ目の高さを合わせる。

「レイネさんは会社がお休みでしたのでクシャナサンのお供でございますですよ」

「駅でばったり会ってねー。暇なら海行く行っちゃう? って感じで。したら電車に夕蘭センパイもいるし? もう一緒しちゃおうじゃーんって感じです。で、アルトさんは店長さんとデート……季節外れの海でお散歩なんて羨ましいですねー」

「からかわないでよ」

 アルベルトが照れ隠しに後ろ頭をかき混ぜる。

「ん、アルベルトじゃねぇか」

「あら、アルくーん」

「えっ!?」

 前触れなく聞こえて来た声に振り返る。

 目元をサングラスで隠した禿頭にガラの悪いサングラスの男と胸を大きく晒したノースリーブのシャツの上へ羽衣を思わせるストールを巻いた女は、コトハとギブソンだ。

 日本語じゃなく、アレボス言語での呼びかけにクシャナたちの首が揃って傾いた。

「アルトさんの知り合いですか?」

「海外の友達。丁度こっちに遊びに来てるんだよ」

「あ、アルトさんのと、友達。ふひひ……な、仲良くしないと」

「レイネさんは一度会ってるのでレイネさんのお友達でもありますですねー」

 アルベルトは三人のリアクションへ対する返答もそこそこに、近づく二人へ片手を上げて応じながら溜息。

 なんで二人までいるんだよ……。

 心中それに尽きるのだが、それを言うわけにもいかず、アルベルトは苦笑を隠して何とか微笑を取り繕う。

「や、やぁ……二人とも」

「よぉ、お前も女をはべらせるようになったか」

「違うよ、偶然ここで会ったの。今日は深雨さんと一緒に来たんだよ」

「深雨……あぁ、お前が世話になってるて言ってた女か。なら、ちょうどいい。挨拶したいんだが、どこにいるんだ?」

 サングラスをアロハシャツの首元へ引っ掛けたギブソンが日差しを片手で遮って、あちこちへ目を配った。

「服が濡れちゃったから着替えに行ってるよ。二人はどうしてここに?」

 どうせ三人には理解できないだろうし、ギブソンたちもわからないだろうとアレボス言語で問う。ギブソンの指が小さな波を繰り返す海を指した。

「なに、海が見たくなっただけだ」

「アルくん!」

 ギブソンの隣へ並んでいたコトハが急に両手を握ってきた。

「な、なに……?」

「なにじゃないわよ、久しぶりに会えたのに!!」

「昨日会ったばっかじゃん」

「そうなんだけど、こんな筋肉ハゲと四六時中一緒でこれからもそうって考えるとね。情報収集もあるから仕方ないんだけど」

「おいおい、誰がハゲだ」

「なんか任せちゃってごめん。おれも協力するべきなのに」

「気にしないで。アルくんは今の生活を大事にしなさい。少しはお姉さんとそこのハゲを頼っていいんだから」

「オイ、だから誰がハゲだって? 何度言えばわかんだ、これはスキン。俺の魂だ!」

「はいはい、随分ツルツルな魂ね。宝石にでもなったつもりかしら?」

「このクソアマ!」

「ま、まぁまぁ。みんな見てるし喧嘩しないでよ」

 ゴツイ拳を構えるギブソンを片手で制す。オーバーにギブソンが肩を竦め、注意を海へ向けた。いつものやり取りだが、三人が見ていると妙なやりづらさというか、居心地の悪さを感じずにはいられない。

 アルベルトが二人へ隠れて溜息すると、砂浜の方へ新しい人影を確認。太ももの半分を丸出しにしたショートパンツに珍しくTシャツを着た深雨だ。

「みんなお待たせぇ」 

 これで今回の目的、深雨の疲れを取るプチ休暇は果たせそうだが――このメンツでそれがうまく機能するのか。アルベルトは深雨を見つめたまま、そんな不安を胸に宿した。

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