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勇者がヒモになったなら  作者: ひーらぎ
1章「たのしい? 勇者のヒモ生活」
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1章「たのしい? 勇者のヒモ生活」2

今作品は、C90「よろづ屋本舗」にて販売した作品となります。

 そのストーカーが始まったのは今から大体一ヶ月ほど前らしい。

「最近、ここら辺で誘拐事件もあるし……なんか怖くなって」

「警察には連絡したの……?」

 クシャナを心配した深雨が隣へ腰を下ろした。クシャナが萎むように頷く。

「でも……まだ何もされてないからって話を聞いてくれただけで」

「何もされてないってストーカーにあってるだけでなにか起きてるよ」

「まぁまぁ、落ち着いて。それでストーカーは見たの?」

 アルベルトがテーブルへ手をついて立ち上がるも、深雨の微笑に制されて静かに腰を下ろし直す。何となく今もストーカーが身近に潜んでいる気がして、大窓から覗く商店街の風景を振り返る。

「今日もそのストーカー? はいたの?」

「はい……あのこの商店街に入るたびに。この商店街でだけ、感じるんです」

「ここでだけ……?」

「変な話ね」

 互いに顔を見合わせて深雨と頷き合う。

「そのストーカーも女の人みたいで……」

「女の人?」

 クシャナの細い声にますます謎が深まった。相手が男でないとなると逆恨み目的か?

 深雨へ目線をやっただけで、こちらの意思を汲み取ったのかアルベルトが言うより早く彼女の口が動いた。

「その人ってクシャナちゃんの知り合いだったりするの?」

「い、いえ……それが知らない人で。ちゃんと見てはないですけど……友達とかなら気付きますから」

「そうよねぇ……」

 深雨が頬へ手を当てて吐息した。

 心配しきって微苦笑が崩れていく深雨へ変わってアルベルトが外を気にしているが、相変わらず店先を過ぎるのは見慣れた商店街の面々。まさかこの中にストーカーが紛れているとは思えないが――アルベルトがゆっくり腰を上げた。

「一応外に変な人がいないか確認して来るよ。誰もいないってわかったら少しは安心するでしょ」

「そうね……クシャナちゃんもいい?」

「はい……あの、アルトさん。ありがとうございます」

「いえいえ。これくらい大したことないから。じゃあ行ってきます」

 扉へ手をかけた途端、


 カランコロンカラン。


「深雨サン、レイネさんが来ましたですよー」

 店内を埋め尽くしていた緊張感を片っ端から砕く陽気な声が真ん前へ跳ねるように飛び込んで来た。金と薄緑のふわふわロングヘアーが視界を流れていく。咄嗟のことにアルベルトが尻餅を付きそうになり、

「おっと、これは大変失礼しましたでございますね~。お怪我はないです?」

 眠そうに閉じられた目元にゆったり微笑みを作った女性に手を引かれて、よろけた身体を立て直す。

「あっ、平気です。そっちは?」

「レイネさんでございますか? レイネさんは大丈夫でございますですね~」

「ならよかったです。えっと……」

「大鳥レイネさんでございますですよー」

 左右で髪と同じ彩に分かれた瞳、オッドアイと交差した。本当にいるんだ、と驚きながら握手へ応じる。

「あっ、品田アルトです」

 なんか不思議な感じの人だなぁ。

 日本人ならまず似合わない髪色や瞳色も彼女の気品溢れる雰囲気と、アレボスの深森で暮らす精霊族のように中性的な顔立ちがあらゆる違和感を根こそぎ排除していた。丈が長いクリーム色のワンピースも不思議とドレスに見えてしまう。

 アルベルトが彼女の独特な雰囲気に目を奪われていると、

「今日は久しぶりの人が多いわね~。お仕事はどう?」

 カウンター席へ座ったまま深雨がレイネへ身体を回した。

「ようやく慣れてきたところでございますですよー。紹介してくれた深雨サンには感謝感激でございますねー」

「ちゃんと続いてるならよかった。いつものでいい?」

「はい~。深雨サン、この方が彼氏さんでありますですね?」

「そうなの。この前帰って来てねぇ~」

「そうでありましたかー。ふんふん……なるほどなるほど」

 ふわふわ髪も一緒に頷かせたレイネが、今度はこちらへ目を投げた。

「な、なんですか……?」

 思考が読めないオッドアイに見つめられて数秒。一切思考が読めないレイネへ居心地の悪さを覚え始めていると、

「あなたもそちら側の人間……異世界人でありましたか」

「――ッ!?」

 口辺を攣り上げて唱えられた言葉に、アルベルトはすべての緊張や動揺が引っ込んでいくのを感じた。

 今この女は何を言った!? 

 両目を見開いて彼女を直視し直す。

『異世界人でありましたか』

 確かに、間違いなくこの女は今そう口にした。

 どうして見破られた? というより、なぜその単語を迷いなく言うことができた?

 アルベルトが瞬間的な衝撃に言葉を失ってしまう。しかしこれは吉報かもしれない。彼女も異世界人なら、アレボスへ帰れる可能性が見つかるかもしれないのだ。

 アルベルトが早る心音を抑えて細い呼吸を繰り返していると、

「ミルクティーとお仕事続いてるお祝いでケーキ。貰い物で申し訳ないんだけど」

 カップと先程食べたのと同じケーキを盆に乗せた深雨がテーブル席へやって来た。アルベルトは途端に我へ返り、

「えっと……外見て来ますね」

 入口の戸へ手を伸ばした。

「あっ、待ってアルト。レイネちゃん、ここに来る途中で変な人見なかった?」

「変な人でございますですかー。花壇のところに一人いましたですねー」

 直後、アルベルトが店内を飛び出た。入口を右手へ回ると――確かにレイネの言った通り怪しい女性が一人。長身を猫背に曲げて、這うような姿勢で聴診器のようなものを壁へ押し当てていた。盗聴だろうか?

 アルベルトが足音を殺して一歩、また一歩近寄る。

「あ、アルトさん……きょ、今日も……や、やっぱり本物……ふひひ」

 譫言のような呟きにアルベルトが首を傾げた。 

 足音へ気付いたのか、ボサボサに乱れた灰色の髪を乱して不気味な笑い声を漏らす女性が耳から聴診器を外してこちらへ顔を上げる。数秒の交差、女性もこの展開は想像していなかったのか、しばらく無言の時間が続く。そして、最初に動いたのは女性の方だ。

「あ、あ、あああ、アルトさぁん。ほ、ほんもの、ほんものですね」

 膝上に乗せていたリュックを放り投げて一目散に駆け寄って来た。アルベルトが半身で躱そうとする。しかし座っていたせいで気づけなかったが、この女性、手と足が異様に長い。

 想像より早く迫られたアルベルトがあっと言う間に抱き付かれ、花壇傍へ押し倒されてしまった。

 女性が深い隈が染み付いてくたびれた顔に笑みを乗せて、当たり前のように唇を近づけてくる。アルベルトが顔を背けて抵抗。

「アルト!! 大丈夫!?」

「あっ、この人!」

「アルトさん、大丈夫でございますです!?」

 深雨の声を戦闘に、三つの人影が視界の隙間へ飛び込んでくる。

 助かった、アルベルトが安堵の域を漏らしたのも束の間、

「な、なな、なんですか!! あ、あなたまでアルトさんを狙う気ですか!! だ、だ、だ、ダメですよ、アルトさんは私と結婚するんです! 邪魔しないでください!」

 この女、ほんとになに言ってんだよ!!

 ヒステリックな女の叫びが柔らかい日差しに照らされた通りへ歪に反響した。

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