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緊張でゆのの手が湿っていくのを、翔は握っていた手のひらから感じる。ゆのが自分の家のインターホンを押そうと少しずつ伸ばしていると、玄関の方からドタバタとなにやら聞こえてきた。少しうるさいとゆのは思って門の扉を開くと、すぐに母親が飛び出してくるのだった。帰ってこないことに痺れを切らしていたのだろう、丁度家を出ようとしていた時に目の前に見えたゆのに抱きつこうとして、はっとして躊躇う。
「大丈夫だよ、お母さん」
頭の前にまで伸ばされた手を優しく触れる。触れられて、その大丈夫だとひとことを言われて、泣きながらもう一度抱きついた。
「ただいま、お母さん」
「どこ行ってたのよ……!」
「初めての反抗期だよ。秘密でも許して」
「連絡も入れないで帰ってこないで……オマケに部屋を見てみると画面バラバラのケータイも見つかって……許すもんですか!」
仕方ないよ、なんて佳恋は肩を竦めて翔や茜に笑った顔を見せる。それを見て2人も見合わせていると、見渡した母親が3人にも怒った声で言う。
「ちょっと、家に入りなさい!」
4人は居間に並んで正座をさせられた。まだ子供なのにと叱り、それでいて帰ってきたことの嬉しさで涙を流したままだった。
「それで!どこに行ってたか言いなさい!あなたたち!」
「それは……」
ゆのが言うのを躊躇った後4人は見合わせる。みんな思いは同じで、これは絶対に。
「秘密です」
翔は、はっきりと言った。そのひとことに頭に血が上ったのか、ゆのの母親はいっそう大きな声で叱り始め、4人は身を縮めるしかなかった。
長い間叱られ続けてしまう。さすがに立っているのも疲れた母親も椅子に座り頬杖をついている。4人は正座をしたままだったが、最初に堪えきれなくなったのはゆのだった。
「っ、あははっ、あははははっ!」
笑いが絶えずに漏れ続ける。それを聞いたゆのの母親も、こんなにも明るく笑ったのにどこか驚いた様子だった。
「ご、ごめんお母さんっ、いや、怒られるのはわかってたんだけど、なんか、あはははっ」
「ゆの、あなた……」
「あはははは、っは、みんなでこうやって怒られると、思ってもなかったから、あははっ」
止められないゆのの笑い声につられて他の3人も笑ってしまう。楽しそうにみんなと仲良く笑っているゆのを見て、どこか安心をした母親は立ち上がってキッチンの方へ向かっていった。
「もう、ゆのちゃん、笑いすぎだよ、あはは」
「だっておかしいよ、これ!笑っちゃうよ!」
「もう、落ち着きなさい。ほら、みんなにジュース」
バラバラに笑っている4人の前に、なみなみ注がれたグラスのコップが置かれる。4人の前に座った母親は、どこかほっとした顔をしていた。佳恋はすぐに飲んで、コップを隣に置いて姿勢を正した。
「んっ、はぁ……ありがとうございます、本当に。関係のないわたしたちにまで」
「いやいや、もういいのよ。なんとなく、悪いことはしてなかったってわかったから。みなさん、ゆのをありがとうございました」
「もう、お母さん、大袈裟だよ。みんないい人だよ、私が保証するから」
ゆのは一気に飲み干してコップを床に置いた後、母親に笑顔を作って言う。なぜだかそれがあまりにも嬉しくて、母親はまたゆのを抱きしめてしまった。
「もう、心配させないでねゆの」
「ごめんね、お母さん」
撫でられるゆのを見て、佳恋もなぜか茜を抱きしめて撫で始める。異質な光景に翔はまた笑った。
口の中に広がった甘くて優しいりんごのジュースの味は、4人の心を満たしていくようだった。
「では、またいつか機会があれば遊びに来ることもあるかもしれません」
「また、遊びに来てください」
「バイバイゆのちゃん!」
日没を前に、佳恋と茜は帰ろうと背を向けた。ゆのは2人に手を振って、名残惜しそうにその背中を見送る。次はいつ会えるのだろう。ゆのは少し悲しげにそう考えてしまう。
「ゆの」
ゆのの隣で、翔は同じように2人を見送っていた。一番接点のなさそうだった2人の後ろ姿が、なんとなく繋がったように見えていた。
「なに」
「楽しかったな」
ただ遠ざかる影を見ながらのたったひとことなのに、ゆのの心に色々なものが溢れてくる。笑って、泣いて、苦しんで。そんな思いが一斉に包み込んだ。心に光が差し込むように、夕陽が辺りを照らし始める。
最初の暗く怯えるような、そんなゆのはもう夕焼けの中にいなくなっていた。気持ちに触れて、一喜一憂して。そんなものの積み重ねは必ずしもいいものだったと限らないが、それでもわかることはひとつ。
「楽しかったよ」
時に進んで、時に後ろに下がって。そうやって歩いていくものなんだとここ何日かで思い知ったゆのは、胸に手を当てて目を閉じた。
「翔。私、今ドキドキしてるよ」
今ある現実は、夢のような星なんかじゃなく。
「しんどくて立てないなら、手を繋いであげようか」
「ひとりで立てるけど、繋いでいてよ」
翔の嫌味な笑みに、ゆのは仕返すように伸ばされた手を繋いで。
陽光に照らされて眩しく映えたゆののその笑顔は、これからも翔は忘れることはない。
○○○○○
夕陽が輝く坂を、2人で歩いていく。多分、翔とゆのがいなければ2人は会ってもここまで仲良くなれなかっただろうと、そう思いながら。
「佐口さん」
「茜でいいですよ、佳恋せーんぱい」
「茜さん、これでよかったの?」
「なにがですか?」
「きっと木崎くんは」
「木崎先輩のことは、諦めませんよ?茜。どうせ、彼女作る気がないんですよあの人は。じゃあ茜が初めての彼女になるつもりでいますよ」
強がっているそぶりもなく、茜は頬を緩ませる。夕陽が映るその瞳は、どこか憂いを帯びていた。佳恋はため息一つついて、優しく撫でてあげる。
「同情なんて、やめてくださいよ?」
「ううん、しないよ。強いね、茜さんは。すごいと思う。でも……少しくらいは、八重山さんのように甘えてもいいのよ」
「……っ」
茜は拳を握る。翔の胸を殴ったことを思い出し、悔しくて悔しくて仕方なくなった。
「先輩。フラれました。フラれましたよ」
「うん、わかってるよ」
現実を受け止めるのは得意だからと、茜はひとつも泣きはしない。それでも悔しさだけは拭えなかった。
「わかってても、辛くて。言わなけりゃよかったと思ってしまいます……」
「わかるよ」
「きっと、一緒にいるともっと好きになってしまいます、茜は。最初に校舎裏に座った木崎先輩を見たときは、この人はなにをしているのかと思っていました。でも、時々そうやっているのをからかっているうちに、気になり始めて、いつの間にか好きになってたんだと思います」
「うんうん」
「先輩はなにも言わないですね、ほんとに。先輩は……川島先輩は、木崎先輩のことは好きじゃないんですか……」
うーんと、少し考える。佳恋はきっとそういうのではないとわかっていても、茜はわからないなら、自分の気持ちのために聞いておきたくなった。
「多分ね、わたしは人を好きになれなかったんだよ。みんなに認めてほしいから、誰か1人を独占したいとは思わなくてね……でも、ちゃんと木崎くんが切り開いてくれて。それでもきっと2人の関係は変わらないよ。木崎くんから好きだったけど今は嫌いって言われたからね」
佳恋自身、こんなにも最初は話したくないと思っていたことがすらすらと言葉になって出てきたことに驚いた。この子には伝えたいと、心がひどく騒ぎ立てていた。
「ひどいですね、木崎先輩は。……って、やっぱり佳恋先輩のこと、最初は好きだったんですね」
「実はおっぱいが好きでだったりしてね」
「ありえますね。じゃあもしかして、胸のない茜だからフラれたのかもしれないですね」
佳恋の突然の言葉に茜も乗って言う。茜と佳恋は夕陽に当てられてか、頬を赤く染めながら2人でふざけてしまい、真剣な話のはずが可笑しくなって笑ってしまう。
「やっぱり、茜さんはそういう笑った顔が可愛いよ」
「知ってますよ!」
公園から聞こえる小学生たちのはしゃいだ声がまたねという声に変わり、そんな声を2人で聞きながら歩いていった。
そして、別々の道へと向かう2人の挨拶は、2人とも単純明快で。
「ふふっ、またね」
「はい、また!」
きっと、同じ空に照らされて輝いていたのは。
☆☆☆
きっと、みんなの納得のいかない終わりになったと思います。誰も最後に一番にはなりきれずに終わっても、それに幸せがないわけではないと思っているんです。だからこれが自分の中での正解です。
言い訳っていいわけ?
☆☆☆




