表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第二章:セスバイア法王国の狂った巫女姫
40/146

第三話:帰路の間で

「ーーご苦労様です。皆様方」



 夕刻、そう言って聖騎士学校の門を出る梓ら三人を出迎えたのは一人の男性だった。

 彼には朝方にも世話になったので、当然三人とも覚えている。権太が手配してくれた馬車の御者だ。そんな職にしておくには勿体ないほどのがっしりとした体格が三人の中では印象的だった。

 三人は軽く返事を返すと、そそくさと馬車へ乗り込んだ。というのも他の騎士生らの注目の的になっていたからである。


 このローランド法王国において馬車という移動手段は決して珍しくはないのだが、騎士生というわば半人前の身分でそれを利用しているのだから周囲からすればさぞ稀有けうな事に見えただろう。

 さらにその馬車の外観も豪華なつくりになっているので、より一層皆の目を引くのも仕方がない。

 まず一般に利用される馬車は荷馬車である。そもそも物資を運ぶことを主な目的としているので、当然乗り心地など二の次。荒い構造だがそれなりの耐久性があり、且つ費用も抑えられるので国内で見る馬車のほとんどがこれに該当するだろう。

 しかし三人が搭乗した馬車は皇族貴族御用達ごようたしの箱馬車だった。天蓋てんがいのついた箱の両側には長方形の窓と大きなドアがついており、外側からは分からないが車体の下に振動を抑えるバネ等があるので乗り心地は悪くない。また車輪も大きく御者台も高い位置にあるのでその存在感は大きい。

 そしてこれを牽引する馬もそれに見合う特別なものだった。非常に大型で、胴も太く逞しい。毛色は黒で染め上がっているが、四肢はふさふさとした白徴長白。これほど立派な馬を育てるのにも一体どれだけの費用が掛かったことだろうか。

 こんなよほどの金持ちでなければ乗れないような馬車に子どもが三人乗るものだから、周囲の人間も目を疑いたくなるだろう。



「ーーこういう注目のされ方は嫌だな」



 大吾はそんな目を避けるように窓にかかるカーテンを閉める。

 向かい合わせの座席に座る梓と愛もそれに同意するかのように深く頷いた。



「でもまあ、これがあるおかげで移動時間の短縮にもなるんだからいいんじゃない?」


「それはそうかもしれないけどよ。ーーいや、白城のとこで世話になっている以上、こんな文句言うのも筋違いってやつか」



 大吾は自分の失言にばつが悪い表情を見せながら、梓の顔をうかがう。

 確かに本来ならば大吾の言う文句は筋違いもはなはだしいものだ。馬車に乗るにも多額の費用が必要となるというのに、これから毎日のように無償の移動手段の一つとして利用できるのだから。それも一生に一度機会がない人間の方が多いであろう豪華な馬車で。

 だが梓もそれを咎めるようなことはしない。むしろ大吾と同じ心情だったので、馬車の利便性と嫌気がさす向けられる視線とを天秤にかけていた。



「いえ。正直私もみんなと同じ思いだから気にしないわ」


「悪いな。ーーところで二人は屋敷についたらどうするんだ?」


「『どうする』って、何が?」



 大吾のいきなりの話題転換に、愛が首を傾げながら聞き返した。



「ほら、この馬車のおかげでいつも以上に帰宅の時間が早くなるわけだろ? 今まで帰路にかけていた時間をどう使うのか気になってな」


「なんでアンタにそんなことまで教えないといけないのよ?」


「相変わらずすげえ辛辣しんらつだな、おい。別にいいじゃねえか。同じ班員、同じ屋根の下で寝泊まりする仲間なんだし、親睦の意味を込めてのただの会話だよ」


「ふ~ん? 愛さんらの予定を知ってどうこうするつもりじゃないなら別にいいけど」


「何で俺がお前みたいながさつな女をどうこうしないといけないんだよ?」


「ほら。愛さんたちは美少女だし? アンタみたいな野蛮人に襲われでもしたら、愛さんや梓みたいな可憐な少女が一生トラウマを背負いながら生きていかなきゃならないじゃん」


「安心しろ。頼まれてもお前だけは襲わねえ。絶対襲わねえ。死んでも襲わねえ。生まれ変わっても襲ってやらねえ」



 大吾は目の前にいる性悪女に断固としてそう言い放つ。



「はあ? 愛さんや梓みたいな超絶可愛い女の子が傍にいるのに、食指が動かないなんてアンタそれでも男なの?」



 襲われる心配性を語ったかと思えば、今度は何で襲う気がないのよ、という理不尽な少女の言動に大吾はほんのり苛立ちを覚える。



(……何なのこの女?)



「少なくともお前は俺の好みじゃないから安心しろ」


「よかった。ほんと超安心」



(……ほんと何なの?)



「ーーまあ私のことはいいわ。じゃあ梓はどうなのよ?」



 そんな愛の言葉に、梓の心臓がドキッと跳ねる。



(ッ!? 何言い出すの愛!?)



 一気に早くなった鼓動を抑えながら、訴えるように愛の方を睨みつける。

 大吾に惹かれている梓にとって、彼の発する答えが肯定的なものであれば嬉しいがかなり気恥ずかしくなるし、逆に否定的であれば告白する前から失恋したも同じ。かなり余計な一言だった。

 ただ大吾はそんな梓が気にするほど真剣には受け取らずに、愛の悪ふざけの延長として淡々と答えた。



「もし白城を襲ったらその瞬間に俺の人生は終点だろうが。確実にレヴィさんかクラウンさんに殺されちまうよ」


「ま、それもそうね」



 そんな可もなく不可もない解答に梓はどう思ったのか。

 少なくとも対象外ではない。その事実に安堵の息を漏らして、すぐさま落ち着きある表情へ必死に戻し始めた。しかしそれを更に自分の都合の良い方へ解釈してしまい、自然と口角を上げてしまっていた。

 どうやら嬉しいようだった。

 そんな梓の小さな表情の変化を横目で一瞥して、愛も少し笑みを溢した。



「ーーで、アンタはどうするつもりなの?」



 愛は話題を戻して、逆に大吾に質問し返す。



「俺は折角時間が増えたんだ。その分レヴィさんに頼んで稽古の時間を増やしてもらう予定だ」


 

 司との模擬戦で一度体力と魔力も枯渇したというのに、大吾は嬉しそうにそう答えた。

 朝・昼・夕・晩と強くなることしか考えていない。いや、騎士を目指す者としては模範となるような志の持ち主ともいえなくもないが、それでもやはりここまで自分を追い込もうとする人間はほとんどいないだろう。やや暑苦しいかもしれない。

 しかし自己成長を常に意識するその姿勢は、愛の中で馬鹿を通り過ぎて尊敬するに至った。呆れたように苦笑いしている。梓に至っては恋の盲目というフィルタがかけられているからか、そう放つ大吾の表情に逞しさを感じると頬をほんのりと朱色に染めていた。



「ーーすごいわね。鳳くんって」


「ん? 何がだ?」


「ほら、今日も厳しい訓練の後だっていうのに、もう強くなる算段を立てている姿勢とか」


「ただの馬鹿なのよ、体力馬鹿」


「お前はほんとうるせえな」


「それに松蔭先生相手に善戦もしてたし」


「まあ確かに以前と比べるとまだ食らいついたほうだと思うが、それでも負けちゃったしな」


「それでも凄いと思うわ。私みたいに下級精霊と契約しているわけでもないのに、あそこまで戦えるなんて」



 梓は素直にそう称賛した。



「ありがとな。だが強くなった実感があるからこそ、今度は負けないようにもっともっと強くなりたいっていう願望が出ちまうんだわ」


「その気持ちは……分かるわ」


「ーーでもまあ、訓練後に訓練を重ねて訓練に身をやつすような思考回路は分かんないけどね」


「……お前、ほんと良い度胸してるよな?」


「あら? 愛さん何かおかしなこと言ったっけ?」


「よし、屋敷についたらいっぺんその性根叩き直してやるぜ」


「嫌よ。愛さんがアンタみたいな野蛮人に乱暴されたら怪我だけじゃ済まないじゃない」


「……本当に口だけは減らないのな。ーーで、お前は結局何する予定なんだ?」



 大吾は愛の対応に疲れながら、脱線しかけた話を戻す。これ以上、訓練する前に精神的疲労を重ねるのは勘弁願いたいようだ。


 

「そんなに愛さんたちのことが気になるの? いやらしい!」


「いい加減しばくぞ?」


「冗談よ。冗談。そうね、ーー梓はどうする予定?」



 愛は一度考える素振りだけ見せると、隣に座る梓に投げかけた。



「私は、そのーー」



 梓には明確な計画があった。この馬車のおかげで時間に余裕が持てたら、自分が週一でしか足を運べなかった場所へ毎日のように赴こうと。


 一つは北部西通りにある甘味処かんみどころ。そこはもう約四か月前に出店したばかりだが、未だ客足が途絶えないほど人気の店だ。なんでも曜日によって限定のお菓子が売り出されるらしく、そのどれもが大好評だとか。

 梓は一週間に一度しか行く機会がなかった為にその一種類しか楽しめていなかったが、それでもその一品にご執心である。それがこの馬車のおかげで他の限定品をお目にかかれるとなると、想像するだけでどんどん涎が生成されてしまう。勿論だらしなく口から垂らすような恥ずかしい真似はしないが。


 もう一つが同じく北部の東通りにあるペットショップ。ずっと友達を作らずにいた孤独な気持ち、これを埋めるかのように愛玩動物を休日の度に眺め、癒されに行っていた。一匹一匹に勝手に名前を付けながら喋りかけていたことは記憶に新しい。

 しかしこんな明確な計画があるにも関わらず、梓は言いよどんだ。


 愛にとっては以前梓にストーカー行為をはたらいていた為、周知の事実ではあるが大吾は当然知らない。

 何というか、好きな男性に自分のらしくない少女みたいな一面を知られて幻滅されないか心配になってしまったようだ。

 だがそんな詳細に語らなくてもいいだろうということにすぐ気づくと、言い淀んだ言葉の先を続けた。



「ーーちょっと気分転換のお出かけかしら?」


「ーーてなわけで、愛さんも梓と一緒にそこで決まりね!」



 こうして全員の予定が決定した。

 愛のこういった便乗は予想通りだったので、梓は特に驚くこともなくすんなりと受け入れた。作り上げてきた外面が反射的に強がって難色は示してしまうが、本当は話題の共感できる友達が欲しかったので断ることなどしない。むしろ普通の女の子の生活に憧れていた梓にとって、また一つ夢に描いていたシチュエーションが叶うと喜んでいた。



「ふーん? どこ行く予定なんだ?」


「なーんでアンタにそんなこと言わないといけないのよ?」


「もうこのやり取りには飽きたから無視したいんだが……、まあいいわ。一応要人暗殺の件もあっただろ? 場所位分かっといたほうが良いと思ってよ」



 思わぬ正論に愛は悔しそうに肯定した。



「ーーそれも……そうね。私たちは東通りと西通りをぶらっと歩く予定ーーで合ってる?」



 流石は四年間をストーキングしただけのことはある。見事に梓が向かうつもりだった場所、正解であった。

 念のために、と愛は梓の顔を見るが肯定の返事。



「了解。ま、気をつけてな」



 それだけ確認できると、大吾はカーテンを開けて外の景色を眺める。いつの間にか日は西の地平に傾き、宵闇がすぐそこに迫りつつあった。

 闇を前にすると誰もが不安な気持ちに駆り立てられるというが、大吾もそれに近いものを感じる。



(ーー何も起きなきゃいいが)



 そう心の中で切に思う。

 しかしそんな大吾の心配も空しく、また彼女らには悪意が向けられることとなる。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ