第二話:変化その肆
司は不敵な笑みを浮かべると、遊ばせていた剣を静かに構える。やや下段で構えられた剣先は真っすぐに大吾を捉えていた。
大吾は司が構えたと同時に駆け出した。
「ぬおりゃあ!」
あの大剣の重さを感じさせないような俊敏な動きだ。精霊術で強化された筋肉が、強く地面を蹴る。この勢いで、その硬度までも向上された大剣がぶつかれば確実に大怪我は免れないだろう。
しかし迫りくる大剣に物怖じせず、司はその場を動かない。そしてギリギリまで引き付けると、その剣閃を紙一重で回避する。体幹がぶれないこの躱し方ならば、反撃しやすいからだ。
そして空振った袈裟切りによって見せた大吾の肩を、同じく袈裟切りで切り付けるーーが、司の考えは甘かった。
精霊術で強化された大吾の肉体が振るった剣の勢いを一気にゼロにする。あれほどの勢いが嘘のように静止したかと思うと、今度はその辿ってきた軌道を一気に引き返した。
「くらいやがれ!」
「ぬっ!?」
斜めへの切り上げ。
急な方向転換に流石の司も今更剣の軌道を変えることはできない。ならばーーと、覚悟を決めて、手に込める力を増した。
そしてギインッ! と短く金属音が響く。その衝撃の余波は二人を取り巻く空気をも震撼させた。
大吾の逞しい体躯に巨大な剣、そして司の細身とそれに見合った剣との衝突。
その体格差から司が弾き飛ばされるのでは、とも想像させたが両者とも一歩も引かずに剣を合わせていた。
(この私の手を痺れさせるとは……)
司は僅かに握力の低下してしまった自分の手に視線を落としながら、素直に大吾の成長を心の中で称賛した。
司は細身ではあるものの、決して筋力が他に劣るわけではない。むしろこのローランド法王国で力比べをするなら上から数える方が早いくらいだ。父である玄武ーーあの巨体の力を受け継ぐ者であるから、そう考えると実に自然ではある。
そんな松蔭の血筋が、精霊術を行使しているとはいえ単純な筋力比べで負けを認めたのは久方ぶりであった。
司は剣を握る手を回復させる為に、距離を取る。
しかし、短期決着を狙う大吾がそれを許さない。
強化した武器をさらに鋭利にーー【一刀両断】
その一太刀は全てを切り裂く。まさに一刀の下に両断する言葉通りの戦技だ。
これはローランド法王国の中でも有名で、特に法王守護騎士隊長の喇叭が放つ一撃は個に対しての最強の技だと謳われている。
そんな喇叭ほどの威力はないが、それでも人ひとり、剣一本真っ二つにするぐらいは容易だ。
一閃、一閃、と必殺の一撃が司を襲う。
相手に重症以上のダメージを負わすことを禁止したこの模擬戦において、優にその規則を無視しているのだが、そんなこと関係なく大吾は全力で放つ。司自身、それを指摘するつもりもないらしい。大吾の猛襲をただひたすらに躱し続ける。
(このままじゃ埒が明かねえ!)
相手は松蔭。馬鹿正直な搦め手無しの突進では、まだ自分の実力じゃ当たりもしない。それを改めて認識すると、大吾は一瞬にして戦法を変える。
大剣を地面に突き刺すと、司目掛けて勢いよく土を掘り起こす。
「あ、きたねえ!」と若干野次が飛ぶが、そんなことは気にしない。司も当然それを咎めることはしなかった。むしろ大吾を「きたない」と罵った騎士生こそ叱咤したく思った。
広範囲に散り飛んでくる砂粒手を、司は目だけを防ぎながら躱す。そんな手が横に浮いてしまった瞬間を狙って、大吾は飛び込んだ。
「ッるあ!」
そしてまた激しく剣を振るう。今度は戦技を使わない。でなければ司は剣で受けようとはしないだろう。初手で理解できたのは、今ならば単純な力比べなら司に勝てるということ。大吾はそこに勝機を見出した。
「なるほど。力比べをご所望というわけか。では望み通りーー」
司は大吾の意図を汲み取り、真っ向から剣を交える。
「ハッ! 松蔭先生のそういうとこ嫌いじゃねえぜ!」
「ふん。実力を上げたとはいえ、まだまだ歴然たる格の差というものを見せてやろう」
そして剣は何度も衝突し、火花を生む。
精霊術によって強化された筋力によって振るわれる大吾の剣速は、司の振るう剣の速度と大差ない。それはそれで凄いことではあるが、体躯も筋力も重量も勝っているはずの大吾の連撃を真正面から受けても、司の体幹が崩れることはない。
むしろ攻めている大吾の方が徐々にバランスを崩し始めていた。
「万全の状態であればまだまだ戦えたかもしれんが、そろそろ限界か」
「ちっ。なめんじゃねえ!」
口では威勢をつけるが、正直図星だった。それに魔力もそろそろ尽きかけている。大吾は力を振り絞ると、最後の一手を打つ。
大吾は勢いよく振りかぶると、司の頭上一直線に大剣を振り下ろす。しかしそんな大振りが当たるはずもなく、容易く回避される。そして司はその隙を逃すことなく、一気に剣を突き立てた。
(今だ!)
この機を大吾はずっと窺っていた。
精霊術で向上させた腕の筋肉で一気に大剣を胸元に戻したかと思うと、司の突きを受け止めるように剣を横にする。そしてーー
「【跳撃】!」
青く刀身が光ったかと思うと、衝突のタイミングで司の攻撃が弾かれる。あらゆる攻撃を弾く完全防御型の戦技である。
「何っ!?」
流石の司も、隙をついたつもりで上手く誘導されてしまっていたことに悪態をついてしまう。そして弾かれた片腕のせいで、見事にバランスが崩れてしまった。
「うおらっ!」
そしてその格好の機会を逃さないよう、大吾は今度こそ最後の一撃を振るう。
完璧なタイミング。防御も回避も間に合うはずがない。
大吾の成長ぶりは全てにおいて司の想像以上だった。
だからこそ司は、ここにきてようやく精霊術を行使する。
≪筋力向上≫
瞬間的に司の筋力が跳ね上がる。そして無理矢理弾かれた腕を胸元に呼び戻すと、刀身に青き光を奔らせた。大吾が先ほど使ったばかりの戦技ーー【跳撃】である。
大吾の会心の一撃も問答無用に弾き飛ばされる。完全に数秒前と立場が逆になった。
(ーーやっぱりかッ!?)
大吾は想定していた結果に、唾を吐きたい気持ちでいっぱいになる。そう、ここまでは予測していたのだ。以前梓に対してその力を振るった模倣の精霊。一度見た精霊術や戦技を模倣し、行使することのできる精霊と司が契約を交わしていることを知っていたから。
ただ、ここから更に逆転する術が今の自分にはない。体力も魔力も尽きた。
成す術無く、大吾は司によって隙だらけの身体を蹴り飛ばされてしまう。それで終わりだった。
思った以上の善戦に他の騎士生から歓声が沸いた。
「--ふむ。お前たち三人はこの短期間で見違えるように強くなったな。一体何どんな修練を積んできたのだ?」
負けたとはいえ数多の成長ぶりを見せた大吾と、同じように実力を一気に伸ばした梓と愛を見据えて、司はそう興味深く尋ねた。
まさか自分たちがこうして素直に認められるとは想像もしていなかったようで、三人は一様に驚きを示す。
「まあ、今俺ら二人とも白城んとこでお世話になってまして、そこの執事に毎日稽古してもらってますね」
「執事?」
「ええ。見た目は子どもなんですが歳は見た目以上にとってる執事さんです」
「ほう。実に興味深い。可能なら是非ともローランド法王国の戦力強化の為、騎士たちにも訓練をつけてもらいたいものだ」
と言って、司は梓の方を見る。
これはおそらく、許可をもらってきてほしいというお願いなのだろう。梓はそう察すると、小さく頷いて返事をした。
「……一応、本人にも聞いてみます」
「うむ。頼む」
どうやらその通りだったようだ。
司はもうそれ以上の追及をすることはなく、静かに納刀する。
そして梓たちの想像以上の実力アップの根源が顕わになったところで、模擬戦が再開された。
「よし、それでは続きを行う。次の組み合わせはーー」




