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下級悪魔の労働条件  作者: 桜兎
第二章:セスバイア法王国の狂った巫女姫
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第二話:変化その参

 司の合図と同時に、瑛作と琵伊太が雄叫びをあげながら突進してくる。

 互いに万全の状態であればまず間違いなく、精霊術においても剣技においても勝っている梓に軍配が上がるだろう。しかし今の梓は体力が枯渇寸前。それは向こうも同じことだが、体力だけでいえば男である彼らの方に分があるといってもよいだろう。

 普段なら軽やかな足捌あしさばきで相手方を翻弄する事も容易だったかもしれないが、今は正直戦う前から足が限界を教えている。踏ん張りの利かない状態では剣を振るうことも、剣で防御することも難しい。ならばーー


 ≪暗き夜フィンスター・ナハト


 二人が眼前に迫りくる前に、梓は精霊術を行使する。

 あと数歩のところで梓の周囲に闇が蔓延する。それは瞬く間に広がったかと思えば瑛作と琵伊太の二名も呑み込んでいった。観戦者を残し、三人は闇の中へと姿を暗ます。


 この精霊術はつい最近梓が覚えたものだ。以前命の危険が迫ったときに、逃げるという手法が梓には欠けていた。もしもこの精霊術が使えていたら良い時間稼ぎになったかもしれないということを反省し身につけたものなのだが、どうやら早速使う機会ができたようだ。

 これ自体に攻撃力はないが、光を通さぬ漆黒の闇は単純な目くらましとなる。また絶好の闇討ちにもなる。

 何も見えない暗闇の中では、人間は少なからず恐怖して動くの止める。

 瑛作も琵伊太も、互いの顔を確認することもできない視界不良に、振り上げた剣の勢いを弱めてしまっていた。

 闇の精霊術を行使する梓は人よりも夜目が利くため、その隙を逃さない。

 


「【荒波あらなみ】!」



 この一撃に全力を尽くす。

 梓は渾身の力で剣を振り上げる。狙うは瑛作の持つ剣。そして斜めからの切り落とし。残る琵伊太の持つ剣へ。この連撃に視界を確認する術もない二人が防御できるはずもなく、呆気なく両の手から剣が弾き飛ばされてしまった。



「そこまで!」



 その瞬間、司が制止の合図を発する。

 大吾や愛を含む騎士生らは一体何が起こっているのか確認することが出来ずにいたので、司の急な一言には一瞬驚いた。しかしそのすぐ後に闇は一気に霧散され、決着が着いたんだとそこでようやく理解した。

 剣を持たぬ二人と、まだ剣を握っている梓の姿を見て。



「勝者、白城梓!」


「よし!」


「さっすが愛さんの梓!」



 梓の勝利に二人は大きくガッツポーズを作って喜んだ。

 しかし梓は勝利の余韻にも浸ることもできず、そのまま地べたに腰を下してしまう。どうやら体を支えるのも限界だったようだ。愛や大吾は慌てて駆け寄って心配を再燃した。



「おいおい大丈夫か?」


「短時間で決着をつけたのは正解だったみたいだね」


「ーーそうね。だけどもうへとへと。暫く立てないかも」



 兜の中から籠った声が聞こえる。れた内温と涼し気な外気を循環させるように、兜の隙間からは二酸化炭素と酸素が出入りしていた。肩で呼吸する疲労困憊ひろうこんぱいの状態。

 梓はすぐにでも鎧を脱ぎ捨て倒れたい気持ちでいっぱいだった。しかし今はまだ訓練中。そんな無様な姿を三大騎士家の一員として晒せるわけもなく、梓はよろめく二本足を両の手で支えながらゆっくりと立ち上がろうとする。



「ほら。俺に掴まれ」


「あ、ありが……、ーーッと!?」



 大吾のいきな優しい手を、梓は咄嗟に素っ頓狂な声を上げて即座に跳ね退いてしまう。恋に身をやつす思春期の女の子は、その瞬間脚の限界を超えたようだった。

 一連の流れ通りに愛はニンマリと笑みを浮かべながら、大吾は内心で静かにショックを受けていた。



「わ、悪い。嫌だったか?」


「そ、そういうわけじゃないわ! 今ちょっと汗臭いから、ほら?」


「そこ。次の模擬戦の邪魔になるから早く移動するように」


「「は、はっ!」」



 司に催促され、梓は両の足を動かそうとするがーー



(う、動かない……)



「次、新庄愛!」


「はっ!」


「そしてわき椎次郎しいじろう!」


「はっ!」



 辛うじて立つことは出来ているが、これ以上足が動く気配はない。そんな梓を無視してどんどん次の役者が土を踏み前に出ていく。

 梓は焦燥感に駆り立てられていくのを感じた。



「白城梓! 早くそこをどけ!」


「はっ!」



 返事はするが、それでも足が言うことを聞かない。

 そんな梓を見兼ねて、大吾はもう一度肩を貸す。



「ほら、悪いが摑まってもらうぜ」


「で、でもーー」


「汗の匂いなんて気にしねえよ。むしろ男の俺の方が汗臭いだろうから、それは悪いが我慢してくれや」


「あ、ありがと」


「いいってことよ。困ったときはお互いさまだしな」



 梓は大吾の肩を借りると、皆が観戦している外枠へと移動した。ついでに大吾の臭いを堪能しながら。兜を被っているので目視することはできないが、梓の頬は薄く赤に染まっていた。



(ーーって、これじゃ私が変態みたいじゃない!?)



「ま、一対一ならアイツが勝つだろうな」


「へ?」



 そんな少女が煩悩を振り払おうとしたところで、隣で大吾がそう口に出していた。

 その視線の先を追い、剣を構えて対峙する二人を見てようやく梓は現実に舞い戻る。



「ああ、そうね」


「実技三位と実技四位。椎次郎には悪いが、もうその間には結構差が開いちまったからな」


「でも『実力差があると訓練にならない』って松蔭先生も言ってたから、何かあると思うんだけどーー」


「ーー始め!」



 という梓の予想を裏切って、そのまま模擬戦は行われた。どうやら今回は順位が接しているところでの単純な力比べのようだ。



「よっ、と!」



 愛は愛用する小太刀を器用に振るいながら椎次郎を牽制する。



「こ、このッ!」


「ほい、隙だらけッ!」



 挑発に乗ってしまった椎次郎は大振りで横に切るが、身を小さくした愛にその剣が届くことはない。あっという間に距離を詰められて喉元に小太刀があてがわれる。



「……ま、まいった」


「そこまで! 勝者、新庄愛!」



 オオッ! と観戦していた騎士生らから思わず声が漏れる。

 大吾の予測通り、試合運びから一方的に愛のペースであった。



「では次、鳳大吾!」


「よっしゃ待ってました!」



 意気揚々と大吾が立ち上がり、次の組み合わせが発表される。



「対するはーー私だ」



 班単位での戦いでなくなったこと以前に、司が戦うと宣言したことに皆が驚愕した。



「「えっ!?」」



 と、当然皆が口を揃えて発する。

 しかしそれと今から対峙する大吾は、期待以上の組み合わせに笑みを浮かべながら胸の鼓動を高まらせていた。



「へっ! 願ってもねえ」


「では準備しろ」



 そう言うと、大吾と司は愛と椎次郎と入れ替わり、中央にて向き合う。

 司が戦う姿を見るのは騎士生らにとってこれで二回目。かなり珍しいことだった。

 初めて戦う姿を見たのは、彼がこの聖騎士学校に赴任した初日。司が梓に対して行った安い挑発にのっかるような形で、梓、愛、大吾の三名が反抗を示した時の一件のみ。

 その時は完膚なきまでに三人は打ち負けてしまったのだが、ここ最近の梓らの実力は以前と比べると雲泥の差だ。元々最上級生の中でも取分け頭角をを現していた三名が、更にめきめきと実力を伸ばしている。

 その証拠に、元々僅差で勝っていたはずの愛があっさりと椎次郎をくだした。

 他の騎士生らも薄々感づいてはいたのだが、先ほどの戦いでそれが明らかになった。


 では今聖騎士学校の騎士生の中で最も実力のあった大吾が、三大騎士家である松蔭の嫡子ーー松蔭司にどれだけ食らいつけるのか、そんな期待の眼差しで同期たる大吾の姿を皆が捉えていた。

 大吾自身も今の自分でどこまで司に対抗できるか知りたかった。再戦リベンジという、先の苦渋を晴らす絶好の機会に全力を出し切ることを全身に言い聞かす。



「いつでも来い」



 司も兜を被ると、挑発するように剣で手招く。以前大吾を簡単に負かせただけはある。流石は三大騎士家の一員というべきだろう。どこまでも余裕の声色を崩すことはなかった。



「へっ、じゃあ遠慮なく!」



 大吾はそれに呼応するかのように大剣を構える。



(ーーレヴィさんいわく、技を見せる間もなく敗退するのは三流以下……だったか?)



 司と初めて対峙したときのことをかえりみる。あの時は精霊術も戦技も放つことなく大敗してしまった。ただあの時は例え精霊術や戦技をどれだけ行使しようが、勝敗に変わりはなかっただろう。しかし全力を尽くすことなく敗北するというのはレヴィがいうように格好悪い。

 大吾はそんな自身の反省を経て、戦闘準備を開始する。


 ≪筋力向上アオフ・スティーク・ムスケル≫ ≪武器強化ヴァッフェ・フェアシュテルケン

 

 唱えた精霊術は二つとも騎士にとって基本の精霊術。

 しかしこの精霊術はあまり普及していない。それは誰もが使えるが、使用者によって効果の規模が大きく違うからだ。

 基本の強化精霊術においてその効果の程は使用する精霊の階級によって差があり、当然高位の精霊程その力は増す。逆にいえば最下級精霊の強化術はその効果は低い。更に強化し続けている間は魔力を消費し続けるため、基本的に戦技として放つ方が効率的なのだ。

 だが大吾は迷うことなく自身を精霊術で強化する。

 レヴィとの稽古で自分の魔力が短時間で枯渇しないことを覚えているからだ。

 


(レヴィさんとの稽古んときは最長で五分程度。戦技も使ってくと……三分続けば上出来だな。二人に続いて速攻で決着ケリをつける!)



 戦闘準備を整えた大吾は見開いた炯眼けいがんで司を射る。



「ーーほう。面白い」


 

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