『深淵の侵入者と、崩壊のパスワード』
神界中央創造局、午前2時。
漆黒の闇に包まれたオフィスで、ソウゾウの指先は今夜も冷徹なまでに美しく鍵盤を叩いていた。画面に映し出されているのは、第三の禁忌――『海しかない世界、の海底ドーム』の超精密コードである。
「フッ……深淵なる蒼穹の檻(海底ドーム)の構造式、定着完了。水圧という名の絶対の絶望すら、この論理のガラス一枚を穿つことはできん。地上生物どもよ、深海の底で、私の慈悲の空気を貪り喰うがいい……」
流れるようなタイピングでセキュリティをパチンと閉じ、完璧な仕事を終える。
――その刹那、ソウゾウの背筋に冷たい戦慄が走った。
(……何だ? 何かに見られている感覚がある……っ!)
ソウゾウの顔面が劇画調の凄まじい陰影に染まる。額からドロッとした大粒の冷や汗が流れ落ちた。彼は一瞬で迎撃モードへと移行し、猛烈な速度でセキュリティログを走らせる。
「なん……だっ!? 監視グループの電波査察か……!? いや、外部への通信遮断は完璧。監視制御システムにも穴はない……! だが、この悍ましいプレッシャーは一体……クッ!」
神界の最高機密を扱っているかのような緊迫感の中、ソウゾウが全神経を研ぎ澄ませた、その瞬間だった。
唐突に、背後の闇から気さくな声が響く。
「今日もやってんなぁ、ソウゾウ」
ガシッ。
不意に、力強く右肩を叩かれた。
完璧なる超エリート・ソウゾウの全神経が、恐怖と驚愕で破裂した。劇画調のイケメン顔が完全に崩壊し、口から神界の歴史上、最も情けない叫び声が飛び出す。
「あwせdtmrftgyふじこlp!!!!」
凄まじい勢いで椅子ごと飛びのき、ファイティングポーズを取りながら振り返るソウゾウ。その目の前で、一人の青年が肩を揺らしてニヤニヤと笑っていた。
「あはは! 悪い悪い、そんなに驚くとは思わなかったわ」
短髪で爽やか、ソウゾウと同じく無駄に筋肉質な体躯。再生(世界を立て直す)グループの若きエースであり、ソウゾウの数少ない良き理解者――カイゾウであった。
ソウゾウはバクバクと激しく波打つ胸を押さえ、一瞬でいつもの超シリアスな劇画顔に戻ると、眼鏡をクイと上げてフンと鼻を鳴らした。
「……カイゾウか。脅かすな。私の絶対防衛圏が乱れ、危険が危ないところだったぞ」
「お前、驚くとそんなネトラジのバグみたいな声出るんだな」
カイゾウは苦笑しながら、ソウゾウのマルチモニターを覗き込んだ。そこに映る、海の中の海底ドーム世界を見て、感心したように口笛を吹く。
「へえ……今度は海底ドームか。相変わらず、上層部の老害どもが見たら気絶しそうな尖った世界創ってんな」
「フッ、これこそが真のクリエイティビティだ。再生グループのルーティンワークに浸かっているお前には、眩しすぎる芸術かもしれんがな」
「はいはい、芸術ね」
カイゾウは呆れつつも、嬉しそうに画面のコードを指差した。
「でも、ここ、水圧の計算がちょっとキツくね? ドームの東側に不可視の修復コード(パッチ)を1枚噛ませておいてやるよ。これなら万が一の時も、俺の再生エネルギーで自動修復できるからさ」
「……フン。余計な世話だ。私の計算に狂いはない」
口ではそう言いながらも、ソウゾウの口元には微かな笑みが浮かんでいた。
重度の中二病であるソウゾウと、その思想を理解しつつ、一歩引いて付き合ってくれる軽度の中二病のカイゾウ。
二人の天才の隠密な夜は、まだ始まったばかりだった。




