『断絶のインボイスと、恩義のセーフティ』
神界中央創造局。
昼間のオフィスは、それぞれの神が担当する「通常世界」の定時報告で活気に満ちていた。ソウゾウもまた、暑触しいほどの爽やかな笑顔を浮かべ、寸分の狂いもない正確さでルーティンワークをこなしていた。
「ソウゾウ、少し良いか」
声をかけてきたのは、現在は上層部に身を置くかつての恩人――ジャス先輩だった。
ジャス先輩は周囲に人がいないか軽く視線を走らせると、重々しい空気で一通の提出書類の束をソウゾウのデスクに置いた。
「久しぶりだな、ソウゾウ。……すまないが、この査察データの数値を少し確認してくれないか。私の直属の部下2人が提出した書類なんだが……少し、お前の確かな目で見てほしいんだ」
ジャス先輩は「不正」という言葉をあえて一切口にしなかった。しかし、その張り詰めた眼光と、誰にも知られないよう内密に動いているただならぬ気配は、ソウゾウの鋭い観察眼を誤魔化せなかった。
「ジャス先輩の頼みとあれば、無下にはできませんよ」
面倒だなと思いつつも、昔お世話になった先輩への義理を重んじ、ソウゾウは劇画調の真剣な顔つきで書類を開いた。
その書類の主は、ヴィルとデモ。上層部でも「極めて優秀で、一切のミスをしない完璧なエリート」と噂される2人組だ。書類に並ぶ数値や座標データは、どこからどう見ても完璧で、非の打ち所がない美しい並びを見せていた。彼らは優秀に見せかける天才なのだ。
しかし――次の瞬間、ソウゾウの思考が完全に停止した。
(……思考が停止した。何だ、このデータは)
ソウゾウの眼鏡の奥の瞳が、驚愕で鋭く狭まる。額からドロッとした大粒の冷や汗が流れ落ちた。
常人の神なら100%騙されるレベルの、あまりにも緻密な、術してあまりにも巧妙な「データ改ざんの跡」が刻まれていた。巧妙に隠してはいるが、ソウゾウの真実の眼をごまかせると思っているのか。
ソウゾウは先輩にこれを伝えようと口を開けかけた。だが、その刹那、ヴィルとデモの完璧なエリートとしての仮面が脳裏をよぎり、言葉を完全に読み込んだ。
(待て……。ここで私がジャス先輩に真実を伝えたら、先輩は内密に動いているからこそ、すぐに2人を追及してしまう。だが相手は、周囲を完璧に丸め込んで『優秀』の皮を被っているヴィルとデモだ。明確な証拠を握る前に先輩が動けば、逆に先輩の方が『有能な部下を不当に疑う無能な上司』としてハメられ、上層部での立場を失いかねん……。それは、先輩の身が危険が危ない……!)
数秒の沈黙の後、ソウゾウは一瞬でいつもの爽やかなエリート好青年の顔を作り、書類をエレガントにジャス先輩へと返した。
「――ジャス先輩。私の感知システムで確認しましたが、一切のバグ(異常)は検知されませんでしたよ。完璧な数値です。先輩の取り越し苦労ですよ、ハハハ!」
「そうか……。お前がそこまで言うなら、本当に俺の思い過ごしだったんだな」
ジャス先輩はホッとしたように胸をなでおろした。しかし、彼の顔色は酷く悪く、上層部の見えない闇に対する本能的な恐怖と緊張で、その表情は痛々しいほどに強張ったままだった。先輩は疲れ切った様子で書類を抱え、静かに去っていった。
先輩の後姿を見送った瞬間、ソウゾウの顔から笑顔が完全に消え去り、劇画調の凄まじい闇がその表情を覆った。彼は、手元の端末にコソコソと複製しておいた「書類の隠しデータ」をギラリと睨みつける。
「フッ……先輩に無茶をさせるわけにはいかんからな。顔色を悪くするほど先輩を追い詰めるヴィル、そしてデモ……。完璧なエリートの皮を被った貴様らが、この世界の裏で何を『創造』しようとしているのか……。この私が闇に紛れて、一人で解き明かして(ハッキングして)やろうではないか」
九死に一生を得たジャス先輩の裏で、ソウゾウは冷や汗を流しながらも、新たなる知的サスペンスの到来に最高に悦に浸るのだった。




