8人目 制裁完了?
深夜二時。瑞樹は、レンを伴って静まり返った一階の廊下に立っていた。
かつては自分の家族が住む温かな場所だったはずの家が、今はただの巨大な墓場のように感じられる。瑞樹の手には、健一が「忘れ物」としてリビングに放置していた、優奈の部屋のスペアキーが握られていた。
「瑞樹さん。……準備はいいですね。このドアを開けたら、もう後戻りはできません」
レンの低い声に、瑞樹は無言で頷いた。心臓の鼓動は激しく打ち鳴らされているが、その瞳には、もはや一滴の未練も残っていない。
瑞樹は、鍵穴に金属の鍵を差し込み、一気に回した。
――ガチャン。
乾いた音が響き、ドアが大きく開け放たれる。
次の瞬間、レンの合図とともに、数台の超高輝度LEDライトが一斉に点灯し、部屋の隅々までを暴力的な白光で暴き出した。
「なっ……眩しっ! なんだよ、おい!」
「ちょっと、撮らないでよ! 何なのよアンタら!」
光の中に晒されたのは、シーツの中で絡み合い、獣のような無様な姿で固まる健一と優奈だった。部屋中に充満していたバニラの香りが、急激な冷気と光によって、まるで見えない腐肉の臭いのように変質して鼻を突く。
「はい、カメラ回ってますよー。不倫現場、現行犯確保です。……お疲れ様です、健一さん、優奈さん」
レンの冷徹な声が響く。健一は狼狽し、シーツを無理やり引っ張って自分の体を隠そうとしたが、その拍子に優奈がベッドから床へ無様に転げ落ちた。
「瑞樹……お前、こんなことして……! 狂ったのか!」
「狂ったのはどっちよ」
瑞樹は、ライトの影に立ちながら、氷のような声で告げた。
「あんたたちが私の生活を、思い出を、全部汚物に変えたの。だから、今度は私があんたたちの『本当の姿』を、世界中に届けてあげるわ」
「はぁ!? お姉ちゃん、マジでキモいんだけど!」
全裸に近い姿で床に這いつくばったまま、優奈が金切り声を上げた。
「あんたが健一さんを満足させられないから、私がボランティアで相手してあげてたんでしょ? 私の方がずっと『女』として上なの! 奪われて当然じゃない、この地味女!」
優奈の剥き出しの敵意と嘲笑。それが瑞樹の耳に届いた瞬間、瑞樹の胃が、再び激しく裏返った。
「……っ、う……おえっ、……ぁああ!」
瑞樹はその場に崩れ落ち、激しく胃の中のものを吐き出した。
信頼、血縁、積み上げた歳月。
それらすべてが、目の前の二人の肉体を通じて、ドロドロとした汚物に変換され、畳を汚していく。泣き叫び、床を叩いて喚き、自分の吐瀉物にまみれる瑞樹。その惨めな姿を見て、健一は「見ろよ、本当に化け物だな!」と笑い飛ばし、撮影するスタッフに殴りかかろうとした。
「瑞樹さん、もういい。これ以上は、あなたの心が死ぬ」
レンが、震え、自分を見失った瑞樹を力強く抱きかかえ、立ち上がらせた。
「……健一さん、優奈さん。あなたたちのこの醜悪な姿、そして発言。すべて、全世界に届けさせていただきます。……これが、あなたたちが望んだ『自由』の代償です」
レンは瑞樹を連れ、狂ったように喚き散らす二人を背にして、淀んだ空気の漂う「家」を後にした。
車の中で、瑞樹はただ、虚空を見つめてガタガタと震えていた。隣でレンが静かにハンドルを握る。
「……全部、終わりましたよ。この映像は明日、世界に放たれます。もう、あの匂いを嗅ぐ必要はありません」
夜の窓の外、瑞樹が人生を捧げてきた「家」の明かりが、遠く、小さくなっていく。
瑞樹の手元に残ったのは、愛した男と妹の、この世で最も醜い「真実」を収めた一本の動画データと、空っぽになった心だけだった。




