妹に寝盗られた夫
一週間後の深夜。一階に住む両親が、親戚の法事のために一泊の小旅行へ出かけ、二世帯住宅は不気味なほど静まり返っていた。外では季節外れの重い雨が窓を叩き、古い家屋特有の軋む音が、瑞樹の張り詰めた神経を逆撫でする。
瑞樹は、二階の寝室で一人、健一の帰りを待っていた。しかし、時計の針が一時を回っても、階下から彼が上がってくる気配はない。代わりに、一階の厚い床を突き抜けてくるのは、低く、湿り気を帯びた振動――優奈の部屋で鳴らされている、気だるい重低音の音楽だった。
「……またなの?」
瑞樹は、逃げ場のない不安に追い詰められ、ふらふらと一階へ降りた。共有スペースである洗面所に足を踏み入れた瞬間、瑞樹は目を見開いたまま凍りついた。
洗濯機の蓋が、中途半端に開いている。その中を覗き込んだ瑞樹は、あまりの衝撃に膝の力が抜け、冷たいタイルの上に崩れ落ちた。
洗濯槽の底に転がっていたのは、瑞樹が今朝、汚れ一つないように丁寧に洗い上げ、健一のために用意したはずの仕事用のトランクスだった。それが、優奈の、あまりにも露骨な――毒々しいほど鮮やかな、紅いレースの下着と、まるで蛇が獲物を締め上げるように固く、無惨に絡まり合っていた。
「……あ、っ……」
視界が激しく点滅する。下着に付着した、隠す気さえない生々しい「痕跡」。それは、単なる洗濯の入れ忘れなどではない。瑞樹がこれまで健一と積み上げてきた、静かで、平凡で、けれど大切だった日々を、土足で踏みにじるための「宣言」だった。
その時、閉ざされた優奈の部屋のドア越しに、瑞樹の耳を直接汚すような声が漏れてきた。
「お義兄さん、もっと……。お姉ちゃんには内緒だよ? ……あんな地味な女、放っておけばいいじゃない」
「ああ……優奈は、最高だな。瑞樹のやつ、最近は顔を見るだけで息が詰まるんだ……」
それは、かつて瑞樹が愛し、信頼し、その背中を追いかけてきた夫の声だった。瑞樹は洗面台の縁を指が白くなるほど強く掴み、内臓を素手で掻き回されるような激しい衝撃に襲われた。
「げほっ、……おえっ、……ぁああ!」
堪えきれず、胃の中のものが逆流し、洗面台の白い陶器を汚した。胃液の酸っぱい臭いと、一階の廊下まで這い出してきた、あの甘ったるく、死臭のように濃厚なバニラの香りが混じり合う。瑞樹は、自分の体の中から大切な何かが、濁った液体となってすべて流れ出していくのを感じた。
「許さない……絶対に……」
震える手で、吐瀉物を水で流し、瑞樹はポケットの中で熱を持ったスマートフォンを握りしめた。画面に映し出されたのは、不倫突撃系YouTuber・レンのダイレクトメッセージ画面。
瑞樹は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。かつて「妹」と呼んだ女と、「夫」と呼んだ男。その二人が、今この瞬間に自分を嘲笑いながら貪り合っている現実に、瑞樹の精神は真っ黒な憎悪へと塗り潰されていった。




