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6人目のクズ夫

「……また、この匂い」


**加奈子(30)**は、夫・**達也(32)**が脱ぎ捨てたワイシャツを洗濯機に入れる直前、鼻を突く異臭に顔をしかめた。

それは、安っぽいシトラス系の芳香剤と、古いコンクリートが湿ったような、独特のえた臭い。

加奈子と達也の生活は、切り詰めたものだった。達也の給料は手取りで20万円そこそこ。加奈子は少しでも家計を助けるため、内職と深夜の清掃バイトを掛け持ちしている。


「今は我慢の時だよな。二人で貯金して、いつかマイホーム持とうぜ」


そう言って笑う達也の言葉を信じ、加奈子は自分の服一枚買うのを我慢し、昼食は50円のカップ麺で済ませてきた。

だが、最近の達也には、不可解な行動が目立つ。

残業だと言って帰宅が遅くなる割に、会社の残業代は一円も増えていない。それどころか、小遣いが足りないと愚痴をこぼすようになった。


「達也さん、今日もお仕事遅かったのね。お疲れ様」


「ああ……。ちょっとトラブルがあってさ。あー、疲れた。先に風呂入るわ」


達也は加奈子と目を合わせようともせず、そそくさと浴室へ向かう。

加奈子はふと、達也のカバンから覗いていたコンビニのレシートを手に取った。


『除菌ウェットティッシュ、携帯用消臭スプレー、缶コーヒー』


購入時間は20時15分。場所は、自宅近くの公園のすぐそばにあるコンビニだ。

残業をしていたはずの男が、なぜその時間に地元にいるのか。そして、なぜ執拗に消臭スプレーを買っているのか。

翌週。加奈子は深夜のバイトを休み、達也の「残業」のあとを追った。

達也は会社を出ると、真っ直ぐ駅へ向かうかと思いきや、人通りの少ない裏通りにある**「公衆トイレ」**へと入っていった。


(えっ……あんなところで、何をしてるの?)


建物の陰から様子を伺っていると、ほどなくして、一人の女が周囲を警戒しながらそのトイレに入っていくのが見えた。派手なメイクをしているが、着ている服はどこか安っぽく、くたびれている。


5分、10分……。


夜の公園に響くのは、時折通り過ぎる車の音と、公衆トイレの壊れかけた換気扇が回る不気味な音だけ。


20分後。達也が女と一緒に、何食わぬ顔でトイレから出てきた。

達也は女の肩を抱き寄せ、耳元で何かを囁いている。女は下品に笑いながら、達也の胸を軽く叩いた。


「いやー、今日も安上がりで助かったわ。ホテル代払うくらいなら、お前に美味いもん食わせたほうがいいもんな」


「もー、達也さんたらケチなんだから。でも、スリルがあっていいでしょ?」


加奈子は、暗闇の中で息を止めた。


怒りよりも先に、猛烈な「吐き気」がこみ上げてきた。

自分が50円のカップ麺で飢えを凌ぎ、深夜に床を這いつくばって掃除をして稼いだ金。それをこの男は、公衆トイレという不潔な場所で、安っぽい女と情事にふけるための「消臭スプレー代」に変えていたのだ。

達也はポケットから例の消臭スプレーを取り出し、自分の体にこれでもかと吹き付けている。


「これで加奈子にはバレねーよ。あいつ、鼻が利かないからな」


その言葉を聞いた瞬間、加奈子の中で、何かが「パチン」と音を立てて切れた。

悲しみは一瞬で蒸発し、後に残ったのは、目の前の「汚物」を徹底的に消毒してやりたいという、冷徹な殺意に近い感情だった。


「……そう。鼻が利かないと思って、そんなところで腐っていたのね」


加奈子は暗闇に紛れ、二人の後ろ姿をスマートフォンで静かに、確実に、動画に収めた。


ズームされた画面の中、公衆トイレの前でニヤつく達也の顔が、この世で最も汚らわしいゴミのように見えた。

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