09. 攻防戦は続く
「……で、どうするんですか」
虹梅は自室で座布団に座り、いつも通りの柔和な笑みを張り付けた充月を見た。
八重と充月のガチバトルから一週間がたった。
八重の逃走や第一拘束施設の死霊の乗っ取り、充月による全祓いは、八重と充月、虹梅の三人であらゆる手段を使ってもみ消した。
しかし、結婚騒動はいまだ落ち着いていない。
虹梅はため息をつきながら額を押えた。
「姉さんは、ずっとうちの自室に結界を張って立てこもっています。私が会えないのも困るので、さっさと何とかしてください」
「それなんですけれどねぇ」
充月は笑みを崩さず顎に手を添えた。
「こちらには八重さんを傷つけた弱みがあるので、やはり強行突破はよろしくないかと」
「待ってください先輩、私を仲間扱いしないでくださいよ? 私、脅されてましたからね?」
「それに、八重さんが僕のことを大切に思っていてくれたことが予想外です……本当に」
「聞く気なしか」
「一度大切に思われていると知ったら、その気持ちを失うのは怖くなりました。しかし、八重さんが僕を大切に思ってくれていた理由は、僕が八重さんをもの扱いしなかったから。もしも僕が普通に結婚して八重さんを囲い込めば、もの扱いとみなされて、完全に嫌われてしまうかもしれません」
「囲い込むのをやめればいいのでは?」
「いいえ囲い込みは確定です。そこで最後の手段なのですが……」
充月はすっと無表情になった。
「口説き落とそうかと」
「最初の手段にしてほしかった」
「八重さんも同じことを言っていました。やはり姉妹ですね」
「全世界中の人に同じことを言ってみてください。確実に同じ返事が返ってきます」
「しかし、僕は正直色ごとに向いた性格をしていないので、ぜひ妹であるあなたに相談を」
「どうしよう、追い返したい」
「もちろん下調べは万全にしてきましたし、案も練り上げてきました」
「下調べとは一体……いえ、もう何も聞きません」
充月は柔和な笑みを取り戻した。
「吊り橋効果を狙おうかと」
「またずいぶん、古典的な手法を持ち出しましたね」
「僕は口説くことにおいては初心者ですから、やはり基本に従うのが一番かと」
「基本というか古典ですね」
「もちろん、ただ定番の戦法を用いて、倒せる相手だとは思っていません」
「恋愛相談でしたよね?」
充月は人差し指をたてる。
「まず、禍津神を再召喚します」
「却下!」
「少しは話を聞いてください。これは定番:暴漢に襲われたところを助けるという公式を練り込んだ、素晴らしい案で」
「一カップルのために国が危険にさらされてたまりますか!」
「むむ?」
「むむじゃない!」
充月は笑顔のまま、困ったように眉を八の字にした。
「困りましたねぇ、もう案がありません」
「最悪ですよ!」
虹梅は額に手を当てながら、袖から二枚の紙片を取り出す。
「甚だ不本意ですが、私も似たようなことを考えました。活動写真をご存じですか? 西方から伝わってきて、最近流行しだしたんです。これはホラー映画のチケット。差し上げます」
「それで吊り橋効果ということですか? しかし、死霊のエキスパートである八重さんが、怪奇現象におびえる可能性は低いのでは」
「姉さんは怪談には強いけれど、人間が引き起こす恐怖には耐性がないんです。これはサイコホラーものだから、いけるのではないかと」
「なるほど」
充月はぽんと手を打つ。
「では、さっそくおびき出してきます」
「言い方……もういい、うまくやってくださいよ」
数日後、また充月は虹梅のもとを訪れた。
「姉さんと二人で、活動写真に行ってましたよね。どうでした?」
「無事怯えてくれました。終始、僕の腕にしがみついていましたよ」
「それはよかったです。それで?」
「めっちゃドキドキしました」
「お前がしてもしょうがないんだよ!」
充月はうなだれた。
顔は見えないが、耳は真っ赤に染まっている。
「これは仕方がないです。すごくいい匂いしたし、ちっちゃいし、若干、胸とか、当たっ……」
「先輩、その惨状でよく貞操奪えるとか思いましたね」
「不意打ちでしたから。予測できれば対策の立てようはあります」
「ホントかよ……」
充月は顔を上げる。
いつもの柔和な笑みに戻っている。
「そういうわけで、振出しに戻りました」
「戻すな」
「もちろん、次の手は考えてあります。ブレインストーミングを知っていますか? 西方で発祥した会議方式の一つですが」
「知っていますが……」
「ここでやりましょう」
「いやですよ!」
「そういわずに。あなたほど、八重さんに詳しい人を存じ上げないのです。きっといい案が浮かびますよ」
「……それなら姉さんとやってくださいよ。姉さん以上に、姉さんに詳しい人なんていません」
「すばらしい! さすがは虹梅さんです。確かに、八重さん本人と八重さんの口説き方について話し合えば、的確な案が出せることでしょう」
「冗談だよ! 本当に色ごと向いてないですね」
そのとき、ぴろぴろと間抜けな音が部屋に響いた。
虹梅はすぐに懐から通信機を取り出す。
「姉さんからの着信ですね。先輩、出て行ってください」
「おや、内通者になってくださらないんですか」
「今回ばかりは先輩の肩を持っても、こちらに何の利益もないので」
虹梅は充月を部屋から叩き出す。
「薄情な義妹ですねぇ」と笑顔のまま言うのを聞いて、頭を抱える。
今気づいた。
婚姻届が受理された以上、充月は虹梅の義兄なのだ――最悪だ!
慣れた手つきで通信機のボタンを押す。
「もしもし、虹梅? 姉さんです」
「知ってるわ。他に誰もいないわ。どうしたの?」
「何というか、ちょっと相談したいことがあって」
八重は言葉を濁す。
虹梅は眉を顰める。
いつでも即断即決の八重が、虹梅に意見を乞うてくれるのは珍しい。
「この前ね、充月に扉ごと部屋に貼った結界を粉砕された。奴の霊力をもろに浴びて、失神している間に連行されて、気が付いたら活動写真の視聴席に座っていた。それで、何が何だかわからないまま、すごく恐ろしいものを見せられて、ものすごく怖い思いをさせられて、そのまままっすぐ部屋に帰された……」
八重は沈黙した後、声を潜めて言う。
「奴の意図が全くつかめない。虹梅、何かわかる?」
虹梅は頭を抱えた。
全然おびき出せていないじゃないかとか、それだけやっといて一人でドキドキして帰ったのかとか、いろいろ言いたいことはあるが。
「……姉さん、何かあった?」
なんだか、八重のしゃべり方にいつものキレがないのだ。
「何かっていうか……うん、もう正直に言おう」
八重は爆弾発言を落とした。
「あの、例のガチンコバトルの日から、姉さんは充月のこと考えるたび、動悸や発熱に襲われている。ありていに言えば、死ぬほど意識している」
虹梅は沈黙する。
「……おめでとう?」
「全然おめでたくない!」
八重は叫んだ。
「あの充月だ。少しでも弱みを見せたら付け込まれるどころか、笑顔で弱点めがけて正確に、メリケンサックで右ストレートぶちかましてくる」
「恋愛相談よね?」
「うかつだった、一回告白されたくらいでこのざまとは。あまりにも単純すぎる。恋愛経験の無さがたたった。ふがいない姉さんでごめんなさい」
「謝ることはないけどね?」
虹梅は遠い目をする。
学生時代の充月の行動が、離れ業で八重を打ち抜いてきた。
「とにかく姉さんは、囲い込まれるのはごめんだ。商品としてなら覚悟していたけれど、恋愛で囲い込まれる準備は全くできていない」
「逆であれよ」
しかし、虹梅とて八重の言うことを否定することはできない。
姉が囲い込まれれば、困るのは虹梅も同じなのだ。
「そういうわけで、私もゆっくり策を練った」
八重はたっぷり間を取った後、言った。
「要はこちらの弱みを悟らせず、かつ充月の好意をさらに深くして、惚れた弱みに付け込めばいいわけ。ざっくり言えば、口説き落とす」
この状態、長くなるのだろうか。
切れた通信機をぼんやりと見つめる。
前々から思っていた。
なぜ自分は、こいつらの間に立たされているのだろう。
何故こいつらは、頭だけはいいくせに、愚かなことしかしないのか。
「才能ある馬鹿どもが……!」
怒鳴っても、提出された婚姻届には八重のサインが残っている。
多分、永遠に残っている。
完
執筆当初の目標はドSイケメンを書くことでした。
読んでくれた友人は全員「充月はドMだ」と言います。
彼がどちらなのか、ぜひ感想欄で判定を教えてください。
書けば書くほどイケメンが分からなくなり、「山のあなたの空遠く、イケメン住むと人の言う」とか、「イケメンは遠きにありて思うもの――室生犀星」とかブツブツ呟いていたせいで、家族に「犀星に謝れ」と叱られました。
お読みいただきありがとうございました!




