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05. 一発ぶち込まれ

 あー、さっぱりした!


 八重は肩に届くか届かないかの癖っ毛を鼻歌交じりにまとめてから、つば広帽を目深にかぶった。


 切るタイミングを逃していたのだ。

 会う人会う人に髪の長さを指摘されていたので、切ったらやれ失恋だなんだと、うるさく聞かれるに違いなかった。

 そもそも公家の女性に短髪というのが少ない。

 これで洗髪の苦労からも解放される。


 上機嫌のまま八重は虹梅に通信機をかけた。


「姉さん! 今どこ!?」

「死霊の拘束所の前。これから知り合いの家に行くけど、その前にちょっと寄り道」


 八重は巨大な灰色の建物を眺めた。


 ここは祓いきれなかった悪霊や死霊を一時的に拘束するための国内最大の拘束所で、八重の以前の職場だ。

 この施設のセットアップと、死霊の確保が八重の以前の業務だった。

 少し出世した後は、死霊の最終的な処理の手続きを任されていた。


 裏門から入り、無機質な前庭を歩く。

 確認は終わった。


「無事なのね……とりあえず良かったわ」

「ああ、自殺偽造? もう須見家の方に報告が行っているの?」

「須見家にっていうか……何でもないわ。その知り合いって誰? 今後はどうするの?」

「取引がうまくいってからね」

「……あの、姉さん」


 虹梅が言葉を濁しながら話す。


「あのね。例えばだけど、今の姉さんには先輩と結婚する気が、どれくらいある?」

「ゼロ通り越してマイナス。死んでも結婚などしない。もし転生なんてものが本当にあって、記憶とか一切なくなっていたとしたら――それでも勘弁ね。やっぱり生きているうちに全部、何とかしないと」


 虹梅の言葉に、八重はすかさず答えた。

 虹梅が結婚を勧めてきたって、八重は特に驚きもしない。

 いくら八重だって、普通は反対されることをやっている自覚はある。


「そ、そこまで……いや、まぁ、仕方ないの、かしら? でも、姉さん昔、先輩と付き合っていたじゃない」

「どこ情報?」


 八重は眉をひそめた。

 いっさい身に覚えがない。


「いや、姉さん昔、しょっちゅう先輩の寮に泊まりに行っていたじゃない。何していたのかは聞かないけど」

「共同論文の討論」

「いや聞かないって……は? え、姉さんの部屋に何度も泊めていたのは?」

「だから共同論文の討論」


 沈黙が流れる。


「姉さん何やっているのよ!」

「え? 姉さんたちが共同論文作っていたこと、知らなかった?」

「知っているわよ! なんで付き合ってもいない一人暮らしの男性の部屋に、ほいほい行って、ほいほい泊めていたんだって聞いてんのよ!」

「討論の白熱っぷりについては長くなるから、後で話すわ」

「ガチで駄目だ、こいつらガチもんの駄目だ……」


 虹梅が頭を抱える気配がする。

 しばらくした後、弱弱しい虹梅の声が通信機から響いた。


「でも、先輩が姉さんに懸想しているのは確定でしょう?」

「違うわよ」

「何でよ!」

「由緒ある家に入りたいのよ。ほら、奴は孤児だから家がないし、新設の家って何かと大変だし」

「あの、なんというか、もう……」


 しばらく沈黙が流れる。

 やがて、ゆるゆると虹梅の声が響く。


「姉さんがそう断言するからには、なにか理由があるのよね?」

「……ある、けれど、言いたくない」


 八重は唇をかむ。


「姉さん?」

「でも、いつかは言わなければならないことだから、言う。姉さんは……」


 八重は吐き出した。


「もてない」

「……」

「ごめんなさい、今まで百戦錬磨みたいな顔してたくせに」

「してたの?」

「こんな姉さんで許してね」

「何かすごく嫌な予感がするけれど、聞かせて。何故そう思ったの?」

「まず姉さんは一度も言い寄られたことがない。男:女=9:1の学校で。一度女子たちと恋バナした時、判明したの。同学年で、姉さんだけが言い寄られていない」

「……」

「それだけじゃない」


 八重は続ける。


「決定的な出来事が四年前。奴が失踪する前の年ね。姉さん、西洋研究部で月一回のダンスパーティーを企画したの」

「ああ。何か、そんなこと言ってたわね」

「知識を得るために、情報戦は必須。西洋だと社交にダンスは不可欠らしい。たかが群舞だから私含む神官志望者どもの運動不足解消になるし、洋装に慣れるにもいい機会かと思って」


 八重は手のひらを握りしめた。


「パートナーに、誘われなかったの?」

「そう、男女比9:1の同好会で。割と和気あいあいとした雰囲気だったのに。もちろん、姉さんだって誘った。そしたら……」


 八重は額を押えた。


「全員真っ青になって、冷や汗をだばだば流しながら、どうか勘弁してくださいと。まだ自分たちは死にたくないのだと」

「……」

「分かった? 姉さんは、もてない」


 八重は細く息を吐いた。

 虹梅からの反応はない。


 しばらく待って、あきらめた。

 時間もないのだ。


「虹梅、ふがいない姉さんでごめんなさい。切るよ」


 すぐに切断ボタンを押したので、幸か不幸か虹梅の「あの男何をしたぁぁぁ!」という叫び声は聞こえてこなかった。


 ***


 八重が次に訪れたのは、神官学校の第三寮だ。

 門をくぐって玄関にたどり着く。

 立て付けの悪い扉で、開けるのに少々手間取った。


 ギシギシなる廊下を我が物顔で歩く。

 不法侵入だが、いっそ堂々としていた方が疑われないのだ。

 すれ違う寮生たちも、自分に気づく様子はない。


 第三寮はこの学校の中でも一番ぼろい寮だ。

 充月も以前はここに住んでいたが、既に退学状態なので、おそらく会う心配はない。


 目当ての扉をノックした。

 部屋番号を覚えていたことは幸いである。


「はいーちょっとまってねー」


 間延びした声が聞こえた後、扉が開いて赤色の頭が現れた。

 八重は即座に扉の間に足を差し込むと、力ずくで扉を開き、部屋の中に侵入した。


「わっ、わっ、何ですかアナタ――」


 混乱したような声はすぐに収まり、赤色の頭は首を傾げた。


〈あれ、誰かと思ったら八重先輩だ。洋服だから気づかなかったよ〉

〈覚えていてくれて助かった、アーベル君。こっちの言葉を教えたよしみで助けてくれ〉


 投げられた西洋の言葉に、すぐさま同じ言語で返した。

 彼の名はアーベル・アドラー。

 西洋からの留学生だ。


 神官学校はどんどん新しいことを試みている。

 一つが、西洋における神官、シャーマンの知識の輸入だ。

 学校独自でシャーマンの部族を探し出し、知識の交換を持ち掛けたという。


 シャーマンは西洋では異端宗教の信奉者として迫害されていた歴史があるため、数が圧倒的に少なく、見つけるのには相当難儀したそうだ。

 しかし交渉はみるみるうちにすすみ、今では三十五人もの留学生を確保している。

 この国が神々の研究でぶいぶい言わせているのが幸いだった。


〈え、八重先輩が頼み事って珍しいな。何があったんだ?〉


 アーベルはまた首を傾げる。

 この様子だと、八重の逃走も自殺偽装も、まだ大っぴらにはされてないらしい。


〈話せば長くなるんだけど、ざっくり言えば嫌なところに嫁がされそうなんだ〉

〈はぁ〉

〈それで国外逃亡がしたい〉

〈はぁ!?〉


 アーベルは目を見開く。


〈ずいぶん思い切ったなぁ。普通に平民に紛れ込むのはだめなの?〉

〈ちょっと敵が強すぎて、最低でも国外でないと撒けないと思う。それで、ちょっと拠点になってくれないかと思って〉

〈無理〉


 アーベルは左手で耳をほじりながら答えた。


〈八重先輩、いいとこの家でしょ? 厄介ごとにかかわりたくない。あきらめて結婚してこい〉

〈君のとこ、アンデッドを信仰してる一族なんだよね?〉


 アーベルは左手を止める。


〈そうだけど?〉

〈私が死霊研究の一族ってこと、知ってた?〉


 アーベルは腕を組む。


〈情報引き渡してくれるってこと?〉

〈須見家の資料も図書館の資料も全部目を通してある。自分で言うのもなんだけれど、知識にかけては父にだって負ける気がしない〉

〈でも、君のうちにばれたら困る。うちは弱小一族だから、この国の貴族に敵に回られたらひとたまりもないよ。ていうかそもそも、どうやってうちの国に来るつもり? 禍津神の影響で船は止まってるし、水と風の神の力を借りた大掛かりな転移陣は、あと一年は動かない〉

〈私は今、死んだことになってる。あと二年行方不明になれば、こっちの法では死者になる。そうなれば、探されないからばれない。……移動方法も考えてある〉


 八重はにんまりと笑った。

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